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第256話 死神ちゃんとおしゃべりさん④

 死神ちゃんはダンジョン四階に降り立つなり、遠方から近づいてくる声を耳にして辟易とした表情を浮かべた。そして声の主のもとへとは行かずに、向こうからやって来るのをその場で待った。声の主が到着すると、死神ちゃんは彼を見上げてニコリと笑った。


「偉大なる未来の教皇エクレクトス様、お待ちしておりました」

「何ということであろう。私の名はとうとう、ダンジョンの罠たる死神にまで認知されたようだ。つまるところ、私はこのダンジョンの隅々にまでその名を轟かせたということである。このような偉業を成し得た者は、ダンジョンが創造されてから三十余年経つ現在に至るまで、私しかいないのではないだろうか。さすがは将来有望の、教皇までの道を一直線に淀み無くしっかりとした足取りで歩み続けているこの――」

「なあ、そろそろいいかな。俺、とっとと帰りたいから、とりあえずそこの落とし穴にでも落ちて死んでくれよ」


 彼――先日の文化芸術祭を見に来てくれた、アイドル天使と名高いソフィアの叔父である〈おしゃべりさん〉は喜々として捲し立てていたが、死神ちゃんがころりと態度を変えて悪態をつき始めたことに立腹すると、真っさらな紙の上で踊るように動いていた〈魔法の自動筆記羽根ペン〉を乱暴に掴んだ。そして彼は死神ちゃんを睨みつけると、デコピンをお見舞した。


「貴様、何度言えば分かるのだ。空気を読め、空気を!」

「いやだから、お前に合わせて〈それらしい演出〉をするべく、お前がやって来るのをわざわざ待って、お前が好みそうなセリフをわざわざ言ってやったんじゃあないか」

「だったら、最後まで貫き通してくれ! まだ筆記を続けている途中で、素に戻るんじゃあない!」

「注文が多いな。人がせっかく、業務外のサービスをしてやっているっていうのに。ていうか、お前の〈おしゃべり〉は長すぎるんだよ。――まあ、いいや。ほら、早く死んでくれよ。ビジネスはwin-winといこうぜ」


 死神ちゃんが鼻を鳴らすと、おしゃべりさんは顔を真っ赤にして憤慨し、再びペンを紙の上で踊らせた。死神ちゃんはため息をついて肩を落とすと、出し抜けにペンを引ったくって力の限り投げ飛ばした。

 その場が静かになったのは、おしゃべりさんがペンを拾いに行ったほんの一瞬だった。彼はペンを手にするなり〈おしゃべり〉を再開したようで、死神ちゃんのもとへと帰ってきた時には先ほど以上にうるさくなっていた。死神ちゃんは自分の選択が誤っていたことを後悔すると、先ほどよりも深くため息をつきながら頭を抱えてうなだれた。
 おしゃべりさんはペンを拾って戻ってくるなり、そのままどこかへと向かって歩いていった。死神ちゃんはあとをついていきながら、どこへ行くのかと尋ねた。すると彼はペンを掴んでニヤリと笑い、胸を張って得意気に言った。


「私のこの素晴らしい本を、このダンジョンにあると言われている〈暗闇の図書館〉へと寄贈しに行くのだ。もちろん、サイン付きだ。まあ、寄贈せずとも、この偉大なる私の著作はすでに所蔵していることだろうがな。なにせ、あらゆる世界の本が揃っているという噂なのだから」

「それはまた、時間がかかりそうな……。どうせ一日中かかっても見つけられずに、帰ることになるんだろう? だったら一度一階に戻って、俺のことを祓ってくれませんかね。もしくは、そこの火噴き罠で炙られてくれ」

「貴様は本当に、減らず口でふてぶてしいな。残念ながら、暗闇ゾーンに足繁く通い、大体の場所は把握したのだ。――どこぞの一団が私の真似をして本を出し、それをさらに舞台化したのだ。この私の類まれなる一冊を差し置いて! しかし、そんな彼らとて、幻とも言われるダンジョン内図書館にサイン入り本を寄贈などは到底できぬことだろう」

「つまり、悔しかったんだな。それで、少しでも優位にありたいんだな。未来の教皇様のくせに、器が小さいな」

「何とでも言え。すでに王都の図書館にはサイン本を寄贈済みだ。これでダンジョン内の幻の図書館も制覇できたら、パーフェクトなのだ!」


 おしゃべりさんはフンと鼻を鳴らすと、現在書き途中の本と羽根ペンをポーチにしまい込んだ。そして暗闇ゾーンに足を踏み入れると、歩数を数えながら慎重にあるき始めた。
 死神ちゃんは彼が手探りと歩数で順路を丁寧に確認しながら歩いているのもお構いなしに、彼の名前について尋ねた。彼は煩わしそうにしながらも「神に選ばれし者」という意味があると教えてくれた。音の響きだけでも仰々しいというにもかかわらず、意味も御大層なものだったことに死神ちゃんは閉口するとともに〈それは、彼よりもソフィアにこそ相応しいのでは〉と密かに思った。

 しばらくして、おしゃべりさんは「む?」と声を上げると、手にしていた杖をしげしげと眺め、その後壁にべったりと張り付いた。どうしたのかと死神ちゃんが尋ねると、彼は声を潜めて言った。


「この辺りからが、未調査の場所だったのだ。他のところは何度も、念入りに調べ尽くしたからな。だから、図書館への扉があるのであれば、この辺だろうとアタリをつけていたのだ。――うむ、他の壁とは、音の響きが違う気がするぞ」

「盗賊でもないのに、壁を触りながら歩いているだけで、よく分かったな」

「当たり前だろう。私は〈選ばれし者〉なのだから。隠された仕掛けや罠を発見するための魔法くらい、朝飯前なのだ」


 そう言って、彼は手にしていた杖を見せつけるように前方へと掲げた。杖に嵌め込まれた水晶の部分が仄かながらもチカチカと光っており、どうやらそれが〈仕掛けや罠の発見の合図〉のようだった。
 死神ちゃんが感心するように唸り声を上げると、彼は何やら呪文を唱えた。そしてさらに、死神ちゃんは目を丸くして驚嘆した。


「おおお! すごいな、扉が開いた! 発見するのも開けるのも、至難の業で盗賊業のヤツらですらお手上げらしいっていうのに!」

「ふふふ、もっと驚け。そして褒め称えるがいい。さあ、リピートアフターミー。〈エクレクトス様素敵〉〈エクレクトス様さすが〉〈エクレクトス様惚れちゃう〉」


 ゴゴゴという地響きのような音に混じって、何やら妄言が聞こえたことに死神ちゃんは顔をしかめた。扉から漏れ出る光の眩しさに目を細めていたおしゃべりさんは、明るさに目が慣れてきた途端に〈死神ちゃんの、苦々しげに歪められたひどい面構え〉が目に入り腹を立てた。


「何だ、貴様! その顔は! 当たり前のことを言って、何が悪いんだ!」

「いや、お前のその妄想力とナルシスト加減は、たしかに神レベルだなと思って」

「なにおう!? 貴様は本当に――」

「あの、図書館ではお静かにお願い致します」


 おしゃべりさんは死神ちゃんに掴みかかり、顔を寄せて声を荒らげた。すると、その横にはいつの間にか図書館の司書さんがやって来ていて、彼は司書さんにお叱りを受けた。
 おしゃべりさんは掴んでいた死神ちゃんの胸元からパッと手を放すと、司書さんにヘコヘコと頭を下げて平謝りした。そして図書館の利用方法を教えてもらうと、さっそく自分の本が蔵書しているか確認をした。


「な、んだ、と……。所蔵されていないだと……?」


 悲しい結果に、おしゃべりさんはガクリと膝をついた。そしてすぐさま立ち上がると、彼は受付の司書さんに詰め寄った。


「どうして所蔵していないのだ」

「利用者様からリクエストを頂いても、毎月の選定会で吟味してから購入の是非を決めますので」

「ここは〈あらゆる世界の、ありとあらゆる本を蔵書する図書館〉なのだろう?」

「その通りなのですが、だからといって全く需要のないものを抱えておくほどの余裕はないといいますか」

「私の素晴らしい本が、需要がないとでもいうのか!? そんなことは無いはずだ。ここに一冊持ってきているから、是非これを収蔵してくれ。きっと、追加で何十冊も購入することになること、間違いなしだ!」


 顔を青ざめさせガクガクと震えながら、おしゃべりさんは司書さんに訴えた。司書さんが困惑して戸惑っていると、館内にいた利用者が何の騒ぎかと集まってきた。集まってきた彼らは騒動の渦中に死神ちゃんがいることに気がつくと、頬を上気させて近づいてきた。


「わあ、(かおる)ちゃんだ! 握手してください!」

「悪い。今、勤務中なんだ。また今度にしてくれるかな」

「いいじゃないですか! 俺も握手して欲しいです! いつも見ています!」

「ありがとう、嬉しいよ。でも、今、勤務中で――」

「私は、サインもお願いしていいですか!?」

「だから、あの、勤務中――」


 たくさんのファンに囲まれて困ったように苦笑いを浮かべる死神ちゃんを、おしゃべりさんはじっとりとした目で見つめた。そして「どうして、私よりも人気があるのだ」と呟くと、彼はサラサラと灰になった。どうやら、精神的ダメージが大きかったらしい。


「もう、床を灰だらけにして。困った利用者さんですこと。それから、皆さん、ここは図書館ですし、薫ちゃんは勤務中なんですから。どうぞ、お静かに!」


 箒をせかせかと動かしながら、司書さんがぷりぷりと目くじらを立てた。野次馬たちはしょんぼりと肩を落とすと、死神ちゃんに手短に挨拶をしてから名残惜しそうに去っていった。死神ちゃんも司書さんに感謝と謝罪を述べると、社員用の出入り口から帰っていった。

 後日、死神ちゃんは図書館ではなく百貨店にて〈偉大なる未来の教皇エクレクトスの華麗なる冒険〉が大量に平積みされているのを目撃した。何でも、図書館に置き去りにされたサイン本を確認してみたところ、死神ちゃんとの遭遇についてもしっかりと書かれていたことが判明し、その〈死神ちゃんが出ている〉という一点で人気が爆発したらしい。奇しくも彼の言う通り〈何十冊も購入することになること、間違いなし〉となったことに、死神ちゃんは苦笑いを浮かべたという。




 ――――どんなきっかけでブレイクするかは本人にも分からないし、それが本人の望む形であるとも限らない。〈売れる〉というのは、難しいことなのDEATH。

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