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「え」私はそのひと言しかいえなかった。
「まあ、笑顔もすてきだわ」祖母がほめそやす。
「え」私は祖母に対してもやっぱりそのひと言しかいえなかった。
「会えてうれしいわ、ユエホワソイティ」ハピアンフェルもよろこびをつたえる。
「うふふ」ユエホワは笑い声をあげたがすぐに「やめろ」と笑顔のままいって「うふふ」とまた笑った。
「うわ」私はおどろいたけれどすぐに理解した。ようするにユエホワは今、こちょこちょとくすぐられているような状態なのだろう。
「ぶっとばすぞふふふ」笑いながらいうので、ぜんぜんこわくもないしキンチョウカンもない。
「へえー」私はうなずきながら、テラスの上をじりじりとあとずさる緑髪鬼魔を見た。「ユエホワソイティ」呼ぶ。
「うふふお前までなにいってんだははは」どうみてもうれしがっているようにしか見えない。「はやく解けよふふふ」
「まあとにかく、大急ぎで食事にしましょうね」祖母は手まねきをしながら家に入った。「ポピーは今日うちに泊まっていらっしゃい」
「はあい」私はなんだか気分がわくわくするのを感じた。
なんというのか、新しい遊びを発見したときみたいだ。まあ、ユエホワには悪いけど。というか、ユエホワソイティには。
「ああ、俺もふっ飛ばされてえ」後ろでユエホワが、泣きそうな声でつぶやく。「あのビューリイ類みてえに」
「おばあちゃんが、ユエホワはそうしないようにって家にいいつけてるんだって」私は教えてやった。「あ、じゃなくて、ユエホワソイティは」
「なんだよそれへへへ」ユエホワはまた笑顔になった。
「ユエホワソイティ、私はあなたに心からあやまらなければならないわ」ハピアンフェルが、祖母の手から飛びうつったツィックルの葉の中でふわ、ふわと上下に飛びながらそう告げた。
ユエホワが何も言葉を返さないのでついそちらを見ると、彼はやっぱり幸せそうにほほ笑んでいた。
キッチンでは、祖母に命令された調理器具たちがいっしょうけんめいディナーをこしらえてくれる音が鳴りつづけている。
「いくらアポピス類たちに逆らえなかったとはいえ、あなたをさらってしばりつけるだなんて……ひどいことをしてしまった。本当に、ごめんなさい」ハピアンフェルのはかなげな声が、つらい思いをこめて語りつづけた。
それでもユエホワは何も答えず、もういちど見たときには幸せそうなほほ笑みも消えて真顔になっていた。
なので私は「ユエホワソイティ」ともういちど呼んだ。
するとたちまち緑髪鬼魔は、うれしそうなほほ笑みをふたたび浮かべた。「やめろよ」ささやくようにいう。
すごいなあ! 私はただそう思った。すごい呪いだ。
「ああ、ユエホワソイティ」ハピアンフェルはさけぶようにいった。「どうしてあなたはそんなに、笑ってくれるの? 気にしなくていいよっていってくれるの? なんてやさしい人なんでしょう」
「あ」私はそのときはじめて、ハピアンフェルにすべてを話していなかったことに気づいた。「あの、これはその」
「ああ、そんなやさしいユエホワソイティに、なんというひどいことをしたのかしら。本当に、私はどうしたらいいのかしら」
ムートゥー類はあいかわらず何もいわなかったけれど、あいかわらずほほ笑みつづけていた。
「さあさあ、おまたせ」キッチンから祖母がよびかける。「ディナーにしましょう。みんな、集まって」
「えっ、呪い?」ハピアンフェルは、ミイノモイオレンジの果汁をジュレにしたものを少しずつかじりながら、おどろきの声をあげた。
「ええ」祖母はスーブを口にはこびながらうなずいた。「けれどポピーメリアが、四日以内にピトゥイをおぼえて解くことになっているわ」
「え」私はミイノモイの果肉入りのサラダを食べていたが、おもわず手をとめた。
私のとなりでプィプリプ入り生地のミートピザをかじっていたユエホワが、なにもいわずうなずいた。
「けれどそうね、そうなるとかなり集中して訓練をしないといけないから……明日から四日間は、学校を休みましょう」祖母はさらにうなずきながら考えをのべた。
「え」私はふたたびサラダを食べはじめていたが、またおもわず手をとめた。
「そうだ」ユエホワがなにかを思いついたように、祖母を見た。「ひとつ、お願いがあるんですけど」
「まあ」祖母の表情が、ぱっと明るくなる。「もちろん、なんでも遠慮なくいってちょうだい。なにかしら?」まるで呪いをかけられたように、うれしそうに笑う。
「俺の友だち……さっき話した、大学でピトゥイを学んでるやつらがこの家に来ることを許してもらえると、なにか役に立てると思う」ユエホワは説明した。
「まあ、もちろんかまわないわ。ぜひ来てもらってちょうだい」祖母は目をくりくりさせて手を組みうなずいた。
「ええと、先にいっとくけど」ユエホワは、お皿の中のハピアンフェルを見てつづけた。「そいつらは、アポピス類なんだ」
「えっ」ツィックルの葉の中でハピアンフェルは飛び上がった。「アポピス類? どうして?」
「そいつらは種族の中で孤立してつまはじきにされてる」ユエホワは急いでつけ足した。「だから人間にたいしてぜんぜん敵愾心も持ってないし、危害をおよぼしたりもしない。もちろん、妖精にも」
私はすこし意外に思いながらムートゥー類を見ていた。あんなにきらっていたのに、ハピアンフェルをいっしょうけんめい安心させようとしている……
「なにたくらんでるの?」思わずそう質問した。
「えっ」ユエホワは赤い目を見ひらいて肩をびくっとふるわせた。「な、なにいってんだよたくらんでなんかいねえよ」ちらりと私を見るがすぐに目をそらす。
「あの三人のだれかに、呪いを解いてもらおうと思ってるんじゃないでしょうね」私はずばりといった。「だめだよ。あたしが解くまで待っとかないと」
「――」ユエホワは、悪いことをしたのがばれたときのように気まずそうな顔をした。「いや、なんか早くおぼえられる方法とか、知ってるかもしれないだろ。大学でなんか調べてくれるかもだし」
私はじいっと緑髪鬼魔をにらみつづけた。
「たしかに、それは期待できるわね」祖母はまたうなずく。「その子たちの名前はなんていうの?」
「ケイマン、サイリュウ、それからルーロ」ユエホワが答える。
私の頭のなかに、今日の朝校庭にならび立ち自己紹介をした三人の魔法大生の姿が思い出された。
でもそういえばあの三人のピトゥイは、はたして発効するんだろうか?
私はふとそんなことを思い、首をかしげた。
そういわれてみるとたしかに、あの三人にピトゥイを発動してもらって、今このユエホワにかかっている諾(だく)の呪いというものが解けるのかどうか、見てみたい気もする。
「そうねそれじゃ、明日マーガレットにツィックル便を……今夜のうちの方がいいかしら」祖母はそんなことをつぶやき、
「まあ、アポピス類の人たちと……そうだったの」ハピアンフェルはそんなことをつぶやき、
「じゃあ明日、ケイマンたちに……今夜のうちの方がいいかな」ユエホワはそんなことをつぶやき、
「うわあ、このピザ、ハーブがきいててすっごくおいしい」私はそんなことをつぶやきながらディナーはすすんでいき、やがて終わった。