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第四十三話 準備は?

「焔、あんたアンカーなんだからちゃんとやりなさいよ」

 お母さん。そんな情報どこから仕入れてきたんだよ。田舎のお母さん網は本当にすごいな。

 焔の母はそう言って、朝ごはんを机の上に置いた。

「まあ、全力は出すよ」

 そう言って、焔はみそ汁をすすった。

「あんたがアンカーをするなんて小学校以来なんじゃない?」

「え?……ああ、そう言えば小学校の時アンカーを任せられたことがあったな」

 完璧忘れてた。て言っても小学6年で1班、2班、3班、そして先生チームでリレーをした時だから、龍二も冬馬もアンカーをしたっけ……誰が最初にゴールテープを超えたっけ? ま、いいや。

 俺はチャチャっと朝飯を済ませると、水筒と弁当をリュックに詰め込み家を出た。

「行ってきまーす」

「行ってらっしゃい」

 今日はいい天気だな。それに涼しい。絶好の体育祭日和ってところか。

 
 ―――ガラガラ

 教室に入ると皆体操服を着て盛り上がっていた。

 後ろの方でバトンパスの練習をするもの、集まって髪のセットをするものと普段では味わえない雰囲気だ。だけど、こういう何とも言えない体育祭が始まる前の騒がしさは嫌いじゃない。

「よ! いよいよ体育祭だな。何か緊張して来たぜ」

 席に着くなり龍二が興奮した様子で話しかけてきた。

「ま、確かに龍二はムカデ競争のアンカーだからな」

「それを言ったらお前も最後の種目でアンカーだろ。緊張しないのか?」

「緊張をしてるけど、ムカデ競争みたいなアクシデントはほぼないからな。その分気楽かな」

「ハア~……練習ではあんましこけなかったけどなー。本番でこけるのはいやだなー」

「お前なら大丈夫だよ。ムカデ競争は一人の力だけじゃないんだろ? 不安ならもう一度しっかり確認しとくんだな」

「そうだな……ちょっと行ってくるわ!!」

 そう言って、龍二は席を立った。

 ハハ……龍二は他人に迷惑をかけることが一番嫌いだからな。本当、良いやつだよ。

「おはよう焔」

 綾香の声が聞こえ、焔は声がする方に振り返った。

「おお、おはよう」

 今日は髪形が違うな。いつもはロングの髪をそのまま下ろしているけど、今日は……ポニーテール? ってやつかな。

 綾香はもじもじしながら恥ずかしそうに焔に聞いた。

「ど、どう? この髪変じゃないよね?」

「別に変じゃねーよ。似合ってる」

 その言葉を聞いた途端、綾香の顔は緩み、先ほどの表情が嘘のように笑顔になった。

「そ、そう!? ハア……良かった~」

 女子ってのは何らかのイベントになると髪型を変えたくなる生き物なのか? まあ、逆に新鮮で良いっちゃ良いけど。

「綾香似合ってるよ」

 焔と綾香の会話に絹子が横から入ってきた。

「ありがとう絹ちゃん」

 綾香は絹子に笑顔を向け、焔はまじまじと絹子を見た。

「絹子は髪型とか変えないんだな」

「私は元々髪短いから……変えてほしかった?」

 相変わらず無表情で聞いてくる。それに焔も真顔で返す。

「いや別に。そもそもその髪型、絹子に似合ってるから変える必要ないと思うけど」

 綾香は少し動揺したような様子を見せた。

「そう……トイレ」

 そう言い、少し急ぎ足で教室を出て行った。

「あれ? トイレ我慢してたのかな?」

 そんなことを言う焔に、少しムッとした顔で綾香は焔のことを睨みつけた。

「焔ってショートカットの方が好きなの?」

「え? ああ、別に好きな髪型とかはないな。ただその人に似あってれば何でもいいんじゃないか?」

「へー」

 綾香は疑わしいような表情でまだ焔を睨みつけていた。その視線に気づき、焔は別の方向を向いた。


 え? 俺なんか怒らせるようなこと言った? 女心は全くわからなん。


 しばらく膠着状態が続いた。だが、その状態を破るように教室のドアが大きな音を立てて開いた。

「おーお前ら!! もうほとんど全員揃ってるな!!」

 先生だった。いつもよりも10分ほど早い到着で、クラス中先生に注目した。

「あれー? 先生いつもより早くない?」
「先生もテンション上がっちゃったんじゃねーの?」

「ハハハハハハ!!」

「はいはい。で、今日早めに来たのは……ジャーン」

 そう言って、先生は赤いハチマキを教卓の上に広げた。すると、クラスから大きな歓声が上がった。

「何かと女子は毎回毎回時間かかってるからな。しっかり準備して時間通りにグラウンドに来るんだぞ。
はい! 今日のホームルームは以上!! 今日一日楽しんでいくぞー!!」

「おー!!」


 流石生徒の扱いがうまいな、先生は。思わず俺も乗せられたしまった。


 先生が教室を出て行った後、皆は教卓の前に集まり各々ハチマキを取って行った。

 焔も取りに行った。


 赤……いい色だ。テンション上がるな。


 ハチマキを取り一度席に戻った。

 皆も各々の定位置に戻りハチマキを巻きあっていた。トイレの前の鏡の所に行く女子もいた。


 さて、俺も付けるか。


 焔は机の上にハチマキをピシッと伸ばしそのまま手に取った。そこで何かを考えるようにハチマキをジーっと見つめた。


 さあ、どういう風にハチマキ巻こうかな。髪の上に巻くか、下に巻くか……やっぱ男は直接でこに巻くだろ。だけど、いっつも一発で巻けないんだよなー。しかも競技中ずり落ちちゃうしなー。龍二にでもやってもらうか……いや待て。前にあいつにやってもらった時ひでー下手くそだったよな。そんじゃ、綾香にでも―――。


 綾香の方に視線を移すも手前の鏡でハチマキを巻く位置をずーっと模索していた。

 あー今声かけるのはまずいな。しかし、やっぱり綾香も立派に女子高生なんだな。そんなに迷うかね。

 焔は諦め自分でハチマキを巻こうとしたとき、教室に絹子が戻ってきた。


 お、絹子に頼んでみるか。


「おーい絹子。ちょっとハチマキ巻くの手伝ってくんね?」

 絹子は小さく頷くと焔の方に近寄ってきた。

「そんじゃよろしく頼むわ」

 焔はハチマキを机の上に置き、両手で前髪を上げた。絹子はハチマキを持つと、焔の顔をジーっと見つめた。しばらく焔も何も言わなかったが、流石に不思議に思ったのか絹子に声をかける。

「あれ? 俺の顔に何かついてる?」

 その言葉を聞きハッとする。

「ご、ごめん。別にそう言うことじゃ……」

 もじもじしている絹子に焔は何か納得したような表情を見せた。

「あーそっかそっか。前向いてちゃ縛れないよな。わりーわりー」

 そう言って、焔は一度立ち上がり後ろを向いて椅子に座った。

「そんじゃ改めて頼むわ」
 
 絹子は少しホッと溜息を吐きハチマキを巻いた。

「どう? 高さ大丈夫?」

「おー。こんぐらいでいいぜ」

「それじゃあ前の方抑えてて」

「ほい」

 焔がハチマキを抑えたのを確認すると絹子はハチマキを後ろの方で縛った。

「はい終わり」

「お、ありがとう」

 焔は立ち上がり、ハチマキを手で確認する。

「絹子うまいな。これなら外れる心配もないな。助かったよ」

「うん。良かった。あと似合ってるよ」

「サンキュ」

「……私もハチマキ巻いてこよ」

 絹子は笑顔でハチマキを取りに行った。


 あ、さっき笑った。珍しいな。テンション上がってんのかな。ま、俺もけっこう上がってるけど。


 ―――キーンコーンカーンコーン


 チャイムが鳴り、クラスだけでなく学校中騒がしくなった。いよいよ体育祭だからな。


「準備は?」

「……バッチリ」

「そんじゃ行くか」

 そうして、焔たちは教室を後にし、グラウンドに向かった。


 さあ楽しい楽しい体育祭の始まり始まり

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