バナー画像 お気に入り登録 応援する

文字の大きさ

指導と日常6

 飛んでいく火球。おおよそ直径二十センチメートルのそれは、矢のように真っ直ぐ結界目掛けて飛んでいく。
 といっても、飛んでいく速度はそこまで速くはない。時速百キロメートルほどだろうか。常人でも多くの者が見えるぐらいの速度ではあるが、結界までの距離は数十メートルとそれほど離れていないので、直ぐに火球は結界に衝突した。
 ボフッという柔らかな物がぶつかったような音がしたかと思うと、直ぐに結界の表面を這うかのように白炎が拡がっていく。
 数分としない内に結界が炎に包まれる。ボクは見事に炎の中に閉じ込められた訳だが、熱さはほとんど感じない。見た目こそ炎に囲まれてはいるが、その実ただの魔力の塊だ。
 まだ魔法は壊れていないので、見た目以外は問題ない。なので、そのまま結界の方に意識を向ける。
 周囲に張っている結界は逆向きだ。つまりは通常は外からの攻撃を防ぐ結界を、内側からの攻撃に対応するように表裏をひっくり返しているのだ。まぁ、見た目は何も変わっていないが。
 そんな結界に沿って拡がる白炎。結界の方は、視た限りは問題なさそうだ。ほとんど効いていないような気もしているぐらい。

「これはこれで自信を失くしそうだな」

 結界の方に大きく力を割いたとはいえ、攻撃の方にも可能な限り工夫と力を籠めたのだ。それがこうも効果がないとくれば、思うところもあるというもの。
 とはいえ、結界の方はそんな攻撃に問題なく耐えているのだから、そちらは誇ってもいいのだろう。そういう訳で、なんだか複雑な心境だ。
 暫く様子を見てみるも、結界が強固すぎて傷一つ付けられそうもない。これはこのまま続けても意味が無いな。それに、魔法の形が壊れて特性を放出されても面倒な事になるので、今の内に魔力を霧散させておく。
 攻撃魔法を分解した後、結界に問題がないのを確認出来たので、早速修練を行うことにする。
 的の方に視線を向けた後、まずは軽く魔法を放つ。放つ魔法は水を圧縮した透明な球体。
 その球体を的目掛けて射出する。先程の火球程度の速度で飛んでいった魔法が的にぶつかると、中に仕込んでおいた水と火の混成魔法が起動して、小規模な爆発を引き起こす。それにより的周辺が一時的にけぶるも、それも直ぐに晴れる。

「的は・・・問題なさそうだな」

 確認した的は、傷一つ付いていない。流石プラタが用意した的の中で最も硬い的なだけある。念の為に予備も用意していたが、その必要はなかったかもしれないな。
 そう思いつつ、次の攻撃に移る。今日は結界を維持したまま、限界まで魔法を放つつもりだ。自身の限界を知るのは大事なことだ。特に今のボクは急成長しているので、どこまでやれるのかが解らない。それと同時に、どれぐらい成長したのか確かめたいという思いもあった。
 それから何度も何度も魔法を放つ。ついでに基礎から限界まで様々な事を試してみる。
 途中から頭痛が激しくなって、頭が割れそうというか既に割れているのではないかと思ったほどだが、それでも歯を食いしばって修練を続けた。
 最終的には魔力を消費し過ぎて僅かな時間気を失ってしまい、制御を失った結界が消失してしまったが、この辺りも考えなければならないな。今回は限界まで強度を高めたせいで気が緩んだ瞬間維持出来なくなってしまったが、通常では気を失っても維持出来るようにしてある。といっても、魔力が続く限りなので、今回のような場合では長くは保たないが。
 それでも今回のように即消失というほどではない。今回の結界だと普通に就寝しても消えそうだからな。

「やはり何かしらの補助装置を考えるべきだろうか」

 例えば、予備の魔力を溜めておく魔法道具とか。それで魔力が切れても少しは維持出来るようになるだろう。ただし、今回のような場合は意味がない。

「今回の場合は制御する装置が必要だったからな・・・それが在れば、通常状態でも制御が楽になるか。まずは制御装置もしくは制御補助装置の製作を行うとするか」

 現状は背嚢の方に労力の大半を割いている魔法道具作製ではあるが、他の物も創っていない訳ではない。特に結界の制御装置か補助を担う道具は優先度が高いので、先にそちらの作製に入るのに否はないだろう。
 今回の結果から見れば重要な魔法道具なのも解るからな。それに魔法の方の制御にも使えれば、より高度な魔法も創造できるようになるだろうし、むしろ今まで創ってこなかったのが不思議なほどだ。

「まぁ、必要性が無かったからな」

 今までは結界もそれ以外も自力でどうにか出来ていたので、そこまで制御装置に必要性を感じていなかった。しかし、現在は状況が異なる。今の相手は全力を出しても勝てる可能性が在るかどうかという相手なので、他所で補える事はそうした方がずっと賢い方法だろう。
 とにかく更に上に行かなければならない。それこそ、プラタに必ず勝てるぐらいに強くならなければ。

「この魔力特性の制御も出来ればな・・・」

 気を失った時のままなので、床に寝転がったまま手を上に突き出す。
 そうして視界に入れた腕を眺めながら、自らの魔力吸収という特性についても思いを馳せてみる。
 魔力吸収。それは自分の魔力以外の魔力を吸収して、自分の魔力として取り込む特性。これだけ聞けば周囲の魔力を使って魔法を発動させるのに似ていると思うが、これが全くの別物だ。
 確かに周囲の魔力も吸収して自身の力とする事は可能だが、これは周囲の魔力を使って魔法を発現する方法と少し異なる。
 周囲の魔力を使って魔法を創る場合、それを自身の魔力として変換するのが難しく、また時間もかなり必要になる。なので、実戦で使用する場合は直ぐに魔法を発現する必要がある為に役には立たない。
 何故ならば、魔力を集めるには核となる部分が必要になるのだが、それは術者自身の魔力でなければならない。なので、周囲の魔力を自身の魔力に変換せずに使用すると、核の力が薄まり、その分威力が極端に落ちるのだ。核と周囲の魔力の相性如何によっては、そもそも魔法が発現しない場合も稀にだが存在するらしい。ボクは見た事はないが。
 なので、正直周囲の魔力の使用量によっては牽制にすら使えない魔法が完成するだけだ。
 しかし、では時間を掛ければどうなのかというと、そうなると本来の威力でほぼ無尽蔵な魔力を使用可能とも言えるようになる。もっとも、それは魔力量に限って論じた場合によるが。
 無尽蔵の魔力が使用可能ならばいくらでも用途があるが、それを実際に使用している者は古今どの国や団体でも存在しない。研究はなされたらしいが、結果は芳しくなかったようだ。
 それは何故かといえば、原因は魔力変換に必要な時間の長さ。
 仮にボクが自身の魔力百を使用して魔法を発現するとしよう。そして、その同等の規模の魔法を自身の魔力三割、周囲の魔力七割で発現するとする。
 ボクの場合、自身の魔力百で創造する魔法は一瞬で発現可能だが、自身の魔力三割、周囲の魔力七割を使用して、全て自前の魔力で発現した魔法と同等の威力まで高めてから魔法を発現しようとすると、おそらく早くても半日程度は必要になるだろう。確実性を考えるなら一日は欲しいところ。
 魔力変換に関してプラタのおかげでそこそこ慣れているボクでそれぐらい掛かるのだ。その他の魔法使いであれば、甘く見積もって五割は多く時間が必要になるだろう。無論、人間は論外だ。そこまでの技術に到達していなかった。
 つまりは、どんなに急いでも一日ぐらいは見なければまともな威力で発現出来ない魔法。それもその速度では、魔力変換しながら並行して別の魔法を構築するのは難しいので、実質一日一人一発しか魔法が撃てないという計算になってしまう。
 それであれば普通に魔法を使った方が圧倒的に良いという結論に達するのは自然な流れ。魔力変換に慣れても、作業時間が半分にまで縮小出来ればいい方だからな。
 では、大規模魔法を周囲の魔力を使って発現すれば、一日一発でもいいのではないかと考えた者も居たようだが、それはそもそもの考え方がおかしい。
 というのも、魔力制御に関しては自身の魔力と周囲の魔力を使用するのにあまり変わりはないのだ。むしろ若干ではあるが、自身の魔力のみを使用した方が魔力制御が効く。
 なので、大規模魔法なんて魔力制御が追い付かないのだ。それに、そんな大量の魔力を自身の魔力に変換しようとすれば、一日では到底不可能だろう。
 そういう訳で、よほど緊急か魔力量が心許ない以外ではあまり使用されない技法なのだ。人間界は魔法技術が未発達だったのでしょうがないが。
 それに比べてボクの魔力特性である魔力吸収は、この魔力変換がおそろしく速い。
 容量が核となった魔力と同量までという制限はあるも、それにしても速く、最大量、つまりは自身の魔力五割、周囲の魔力五割で魔力変換を開始すれば、遅くとも一分も掛からない。
 吸収する場合は吸収していく端から一気に変換していくので、徐々に力が増していくようになる。
 もっとも、相手の魔力を吸収して己の力を高める僅かな間に、核となる部分の自身の魔力が突破されたら意味は無いが。この辺りはこの特性の弱点と言えるだろう。ただし相手の魔力を勝手に変換してくれるので、核となる部分を制御しやすいように弱くする必要はないというのは大きい。この特性では吸収した魔力の制御も必要ないらしいからな。
 そういう訳で、最早別物なのである。まぁ、周囲の魔力を使う方法で相手の魔力を奪い取るのはかなり難しいので、最初から格が違うのだが。
 そんな魔力吸収だが、最近ようやく思い描いた通りに制御出来始めている。まだ完ぺきとは言い難いが、かなり完成に近づいていると思う。なので、これの制御もしくは補助を担える魔法道具を開発するのは重要だろう。相手の力を奪って自身の力に出来るというのはとても魅力的なのだから。
 しかし、これの感覚を道具で再現させるというのは・・・出来るのだろうか? 率直に言えば無理そうな気がするのだが、一度やってみなければその辺りも解らないか。
 そろそろ魔力も回復してきたので、上体を起こして一息つく。魔力が枯渇寸前までいったからか、身体がもの凄くだるいな。
 酷い倦怠感を抱きながらも、ゆっくりと立ち上がる。

「ああ、まだ少しふらふらするな」

 頭を軽く振るも、足下が急に柔らかくなったような感覚に陥り倒れそうになって数歩後退る。それでも倒れるまでには至らなかったが。

「・・・ふぅー」

 細く長く息を吐き出すと、気合いを入れて歩き出す。今日はこれで修練は終わりだ。早く自室に戻るとしよう。
 ふらつく足のせいか、いつもの道が長く感じる。それでもまあ悪くない疲れだし、それに久しぶりな気もする。やはりこれぐらいまで自身を追い詰めないと成長を感じられないのだろうか。
 そんな事をふと思うも、たまに確かめるから意味があるのだろう。そう思う事にする。
 やっと自室に到着すると、そのまま寝台まで近づき倒れこむように横になる。

「あー、しんどい」

 脱力すると、身体が痛みを思い出したかのようにピリピリとした痛みが走るが、魔力を使っただけで激しい運動をした訳ではないので、ほとんど疼くような弱い痛みが走るだけ。それでも地味に辛いが、我慢出来ない訳ではない。

「お風呂に入っておくべきだろうか・・・入った方がいいんだろうな」

 面倒だ面倒だと心の中で口にしながら、自分に活を入れる。ここで眠ってしまってもいいが、明日のことを考えるとお風呂には入っておきたいところ。

「んあ、ふぅ。さて、もうひと頑張りするか」

 緩慢な動きで寝台から降りると、背嚢を手にしてお風呂場を目指す。

「そういえば、まだプラタ達は戻っていないのか」

 寝起きのような少し靄がかかったような頭で周囲を見回し、そういえばと思い出す。時刻が若干普段の修練終わりよりは早いとはいえ、それも誤差の範囲。プラタであれば既に戻ってきているかと思っていたが、そうでもないようだ。それは必然的にタシも戻ってきていない事になる。

「まあいいか。今頃何をしているのやら」

 プラタには軍の訓練に参加させると聞いているだけで、詳しい話までは知らない。そういえば、今日中に戻ってくるのかどうかも聞いてなかったな。

「プラタは問題ないとして、タシも魔物だし、心配するほどでもないか」

 魔物は飲食睡眠不要なうえに、疲労も感じない。攻撃などで身体を構成している魔力が消失すると不味いが、それもある程度までは周囲の魔力を吸収して直ぐに回復するので、タシであればよほど強力な攻撃を受けて一瞬で魔力を刈り取られない限りは心配には及ばない。その辺りはプラタが監視しているだろうし、気にする必要はないだろう。
 つまりタシは問題ない。という事で、気にしない事にした。一人というのは久しぶりではあるが、慣れていない訳ではない。元々プラタもタシも静かなので、静寂もいつも通り。
 脱衣所で着替えの用意をしてから服を脱いで、浴場に入る。

「一人で入るのも久しぶりだな」

 身体を洗って湯船に浸かりながら、ふとそんな事を思う。
 ここ一年ぐらいはずっとプラタと一緒に入っていたからな。ここのお風呂は大きいので、久しぶりに一人で入るとやけに広く感じる。二人でも大して変わらないと思っていたが、感覚としては随分と違うようだ。
 それでもお風呂の気持ちよさは変わらないので、半身浴にしながら足を伸ばす。

「はぁ。疲れが取れていっている気がする。それにしても、魔力切れってここまで酷かったかな?」

 随分と昔の話ではあるが、今までも魔力切れになった事はある。その時も最初は動けなくなったものだが、今日と同じように暫く休むと動けるようになったものだ。
 その時も身体の芯から力が抜けたような気怠さは感じていたが、それも直ぐに治った記憶があるんだよな。今回のように更に休んで、こうしてお風呂にまで入ってのんびりしてもまだ倦怠感を感じるなんて事はなかったはずだが。年が上がれば症状も悪化するのかな?
 今まで数える程度しか経験がないうえに、どれも子どもの頃の話なので記憶が曖昧だ。
 ジーニアス魔法学園の時にもジーン殿相手に魔力を盛大に使用した気もするが、それでもここまで長引いたかな? あの時は今よりも消耗具合が凄かったけれど。

「うーん・・・あんまり覚えていないな」

 もう何年前の話だろうか? 六年か七年ぐらい前だったかな? その辺りも曖昧だ。重要な部分でもなかったのでそれもしょうがないのかもしれないが、何だか急に年を取ったと認識してしまった。

「・・・そろそろ出るか」

 何だか少し気落ちしてしまったので、お風呂から上がる。
 髪や身体を乾かして着替えを済ませて自室に戻るも、まだプラタは戻ってきていないようだ。

「今日はもう帰ってこないのかな?」

 プラタにもプラタの都合があるだろうからそれはそれでいいのだが、そうなると夕食は背嚢の中に仕舞っていた保存食でいいか。
 そう思い、椅子に腰掛け背嚢から干し肉を取り出し齧っていく。何だか久しぶりのその濃い味に、僅かに懐かしさを覚える。
 手早く食事を終えると、寝る準備を済ませて寝台に横になった。

「ああ、今日はもう修練はいいかな。このまま眠るとしよう」

 そう思い、ボクは急激に襲ってきた睡魔に身を委ねるのだった。





「・・・・・・モウ、無理」

 硬い地面の上に倒れるタシ。

「おい、まだ終わってないぞ!」

 そこにすかさず怒声が届く。しかし、倒れたタシは羽の先がぴくぴくと動くばかりで起き上がる気配はない。
 今回の訓練の教官を務めている四椀の大男は、他の者達に訓練を続けるように告げて、タシの許に駆け寄り、様子を窺う。

「・・・・・・」
「うーん。魔力を消耗させすぎたか? もう少し待てば復活しそうだが・・・」

 羽先をぴくぴくとさせるだけのタシに、大男は問題はなさそうだとひとまず安堵する。それからどうしたものかと思案を始めた。
 現在のタシの様子から、強制的に復帰させようと思えば可能だろう。それには多少身体に負担を掛ける事にはなるが、それも一時的なものでしかない。
 それでも一時的に身体に負荷をかける事になるので、あまりお勧めは出来なかった。
 教官役の大男としては、今回はこれで十分ではないかと思っている。
 一番軽い訓練を半日だけとはいえ、今日初めて経験したのだ。それでほぼ終盤に差し掛かったぐらいまで訓練に付いてきたのだから、十分と言えば十分だろう。同じ訓練内容で初参加の新人ならば、半日も保つ者は半数を割る。
 その基準に当てはめれば、タシは及第点といったところ。なので、このまま休ませても問題ないはずなのだ。本来であれば。
 しかし、事タシに限って言えば、それは許されない。
 大男は感じる視線の方にちらと密かに視線を送る。その方角には離れた場所に監視塔が建っているのだが、そこに一人の少女が立って大男の事を見下ろしていた。
 距離はあるが、そんなのは関係ない。大男は間違いなく一挙手一投足全てを少女に監視されていると確信を持っている。特に少女が連れてきたタシは確実だ。
 大男が確認した少女の目は、恐ろしいまでに冷たい。
 とはいえ、大男の知る限り少女は常にそうなのだが、今回は特に温度が低い気がした。
 なので、大男は必死にタシを起こそうと声を掛ける。少女に任されて今回の教官を務めているのだ、もしかしたら自分にもとばっちりが来るかもしれない。そう思うと、ぞくりとした悪寒が背筋を走る。
 少女はそこまで横暴な性格ではないのだが、頭に浮かんでしまった以上、その可能性が頭から離れてくれない。
 そもそも少女は大男にとって、否、この国にとって英雄とも言える絶対者だ。他にも数名同格の存在が居るが、大男がもっとも顔を合わす機会が多いのはその少女であった。
 大男にとって少女は、畏怖の象徴のような存在。恐ろしいのだ。とにかく恐ろしい。
 別に少女が大男に対して何かした訳ではないが、その計り知れない力の深淵を僅かでも知るだけで、恐怖に震えあがってしまう。
 それに加えてあの目である。何処までも冷たいその目には、何も映していないのだろう。大男達には全く興味が無く、相手の生き死にさえ何も思わないのだろう事がありありと伝わってくる。
 少女にとって自分達は何の価値もないのだろう。そう思うも、その力の庇護下に居る以上、不満はない。というよりも。

(あの方よりかは遥かにまともだ)

 大男はもう一人、少女と同格の存在と会った事がある。その時の事を思えば、少女の何の興味もない視線など問題にもならないと思う。それにそんな視線を向けてきながらも、少女はしっかりと大男達の事を把握していて色々と改善していってくれているし、下々の声もしっかりと聴いてくれる。なので、大男にとって少女はいい上司でもあった。
 しかし問題はもう一人の方。
 そちらも見た目は監視塔に立つ少女に似ているのだが、明らかに中身が違う。その姿を思い出す度に、大男は芯まで感じる寒気と共に思う。

(あれは近くに居ていい存在じゃない)

 その少女は一見明るく親しみやすそうな感じであるのだが、大男の目にはその少女が獲物を物色している捕食者にしか見えなかった。
 なので、強く思う。あれは近くに置いていていい存在ではないと。今は何事も無くとも、いつかこの国を全て喰らうのではないかと気が気でなかった。
 もっとも、大男は知っている。この国には王が居る事を。そんな少女達や同格の別の存在すら従えている紛う方なき王が。

(飾りではないようだからな・・・恐ろしい)

 大男はそれなりに上の立場ではあるが、未だに王に謁見した経験はない。それでも現在監視塔に居る少女の態度からそれは察せられた。
 それ程の存在が居るというのにも驚くが、それと共にそんな強者の庇護下に居るという安堵もあった。捕食者であろう少女が大人しいのも、おそらくはその王の存在があるが故だろう。
 そして問題は、現在大男が必死になって起こそうとしているタシである。少女の口ぶりからして、この魔物はその王が創造した存在なのだろう。だからこそ、少女の目が普段以上に厳しい。
 どうにか起きてくれと大男は心の中で願いながら声を掛けるも、タシは起きそうもない。こうなった強制的に起こすしかないか。大男がそう決めた時、背後から声が掛けられた。

「何をしているのですか?」

 それは起伏が乏しいながらも優しげな声音。しかし大男には、それは芯から冷えるような声音に聞こえた。誰の声かも解っているし、何の目的できたのかも理解している。
 そもそもこの声の主が、現状がどういった状況かを知らないはずがないのだ。なので、この問いかけには意味はない。
 少女の声に、大男は意志に反して口が縫い付けられてしまったかのように閉じてしまったので、心の中で必死にタシに起き上がるように声を掛け続けてみるが、残念ながら通じる事はなかった。

「おや? タシが寝ていますね?」

 わざとらしく少女がそう口にする。起伏の乏しい声音でよくここまで感情を表す事が出来るなと、大男は現実逃避しながら考える。

「タシ。まだ訓練は終わっていませんよ?」

 タシの近くまで歩いてきた少女、プラタは、見下ろすように傍に立って優しく声を掛ける。
 その声音に反応したのか、羽先が今までで一番大きくぴくくっと反応を示す。しかし、起き上がるまでには至らない。ここまで来ると意識があるのかどうかも怪しいところ。
 少しの間三人の間だけに静寂が流れた後、プラタは僅かに思案げな表情を浮かべた後にしゃがみこんでタシの顔を覗き込む。
 それに何も反応を返さないタシ。
 プラタはそのままジッとタシを眺めた後、おもむろにタシの首辺りに手を伸ばす。

「ふむ。問題なく魔力は回復していますね」

 タシの首と思われる部分を掴んだプラタはそのまま立ち上がり、タシを片手で持ち上げながら目の前で観察をしていく。
 身長はタシの方が遥かに高いので、そんな状況でもタシの足は地面についている。というより、見た目はタシが上体を起こしたような感じだ。

「ならば問題ないはずですが・・・魔物が意識を失うというのは聞いた事ありませんね。ふむ。これはこれで面白い。流石はご主人様の創造なされた魔物という事でしょうか?」

 タシの首を掴んで掲げながら、プラタは独り言のように言葉を零す。その後に視線を大男の方に向けて「貴方はどう思いますか?」 と訊かなければ、間違いなく独り言だと思った事だろう。

「え? あ、はい。とても珍しい魔物かと」

 正直大男にはプラタが何を言っているのかは解らなかったが、それでも機嫌を損ねられても困ると思い、相づちを打ってそれらしい言葉を返した。
 それと共に、興味が逸れた事に内心で安堵する。このままいけば、訓練についてこられなかった事に対しての叱責は少なくて済むかもしれない。
 もっとも、プラタは最初に言ったようにタシは訓練についていけるとは思っていたが、必ずだとは考えていなかったので、ついていけなかったぐらいで咎める気はなかったが。それどころか、ある程度はついていけたので問題ないだろうと考えていた。
 しかし、それとは別に落胆はしていた。プラタの主であるジュライが創造して育成までしてくれたというのに、この程度かという落胆混じりの苛立ちは僅かに持っている。
 今回はそれを抜きにして評価することにしているプラタは、この辺りで今日のタシの訓練は終わりだと思ってやってきたのだが、しかしタシを観察してみると少し興味が引かれたので、少し確認してみる事にした。
 そうして、大男が訓練についていけなかったタシに対する罰だろうかと勘違いするような確認を幾つかした後、プラタは大男に声を掛けて、未だに意識を飛ばしているタシを引きづるようにして訓練場の外に持っていく。

「さて、ここまでくれば問題ないでしょう」

 プラタは周囲を確認して誰も近づいてくる者が居ないのを確かめた後、転移魔法を使用する。
 タシと共にプラタが転移したのは、ジュライの住んでいる地下の一階。それもジュライが入った事のない部屋。
 その部屋の広さは第二訓練部屋と大して変わらないのないのだが、そこには様々な機器が置かれ場所を取っていた。
 その中から、何か四角い機材と寝台のくっ付いたような物に近づいたプラタは、意識を飛ばしたままのタシをその寝台の上に横たえる。

「さて、もう少ししっかりと調べてみますか。せっかく気を失っているので、その間にさっさと済ませてしまいましょう。こんな雑事に構っていては、せっかく得られた貴重なご主人様との時間が削られてしまいます」

 プラタは少々面倒そうにそう言いつつも手を動かし、機器を起動させていく。

「ご主人様の所有物ですから手荒に扱えないのは残念ですが」

 そんな事を呟きながら機器を起動させる。そうして動き出した機器は、タシの上を台のような物が行ったり来たりとするだけで活動を終えた。

「さてさて、後はこうして少し魔力を採取して、これでご主人様の許に戻るだけですね」

 注射器のような物で魔力を採取したプラタは、タシを掴んで再び転移する。そうして今度は第一訓練場に到着した。

「ご主人様はもう御休みになられていますね」

 タシを引きずってジュライの私室へと移動しながら、プラタはジュライの私室に戻った後にやるべき事を頭の中に浮かべていく。

「はぁ。もう少し書類仕事をしなければなりませんか。人を育てるというのも楽ではありませんね」

 それから、急ぎではないが仕事がまだ少しだけ残っているのを思い出し、プラタは人知れずため息を吐くのだった。

しおり