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第249話 死神ちゃんと妖精(?)

 死神ちゃんがダンジョンに降り立つと、遠くのほうから楽しげな鼻歌が聞こえてきた。野太いおっさんの声で歌われるそれは変に艶っぽく、そこはかとなくバラの香りがした。
 鼻歌が段々と近づいてきて歌声の主の姿がはっきりと見て取れるようになると、死神ちゃんは盛大に顔をしかめた。現れたおっさんは死神ちゃんを見て目を輝かせると、小走りに近寄ってきた。


「やーん! かーわーいーいー! 食べちゃいたいくらい、かーわーいーいー!」


 死神ちゃんは、毛むくじゃらのドワーフ親父に羽交い締めにされた。ゴリマッチョな彼はテラテラと光を反射するような素材でできたピンク色のミニスカワンピースで身を包み、筋肉隆々の脚の先にはバレエシューズのような靴を履いていた。
 死神ちゃんは青々とした頬を寄せられて、チクチクとする頬ずりを受けてギャアと叫んだ。おっさんを必死に押しやって腕の中から這い出ると、死神ちゃんは目を見開いておののきながら素っ頓狂な声を上げた。


「何? 何!? お前、一体何なんだよ!?」

「あん、やだ。逃げちゃうだなんて、いけずさん。あたしは妖精よ。見て分からない? ほら、きちんと羽もあるでしょう?」

「いやいやいやいや、どう見てもドワーフだし! その羽もハリボテ感満載だし!」


 死神ちゃんは妖精を自称するドワーフのおっさんと「妖精よ」「嘘だろう」の応酬を繰り広げた。するとおっさんはにこやかな笑みを浮かべながら、先ほどのハイトーンな声とは対象的な地鳴りのような声でボソリと言った。


「嬢ちゃん、いい加減にしねえと本当に食っちまうぞ。俺が妖精っつったら、妖精なんだよ」


 死神ちゃんはヒッと小さく呻くと、カタカタと震えながらか細い声で「すみませんでした」と謝罪した。死神ちゃんはなおも声を震わせながら、おっさんに「本日はどのようなご用件でいらしたんですか?」と尋ねた。すると彼は両手を頬にあてがって(しな)を作り、これ見よがしに〈困っている〉というアピールをしながら答えた。


「あたし、最近太っちゃったみたいでぇ。思うように飛べなくなっちゃったのよぉ。だから、五階にあるという噂のサロンに行ってみようと思ってぇ」

「それ、たんに、筋肉が重いせいじゃあないですかね」

「あらやだ、あたしの筋肉、気になる? 気になる!? こう見えて、あたし、ビューティフルマッチョ選手権の優勝者なのよ! お嬢ちゃんになら、特別に触らせてあげちゃう! ほら、遠慮しないで! ほら! ほら!! ――おいこら、てめえ。俺が触れっつったら、触れよ。ああ?」


 おっさんは自慢の筋肉美脚――しかし、ドワーフのため短くて太い――を、うやうやしく差し出したまま凄んだ。死神ちゃんはげっそりとした面持ちで、指先で遠慮がちにその脚に触れた。彼はもっとしっかりと触るようにと死神ちゃんに強要し、死神ちゃんが嫌々ながらも手のひらでしっかりと触ると、恍惚とした表情で野太い嬌声を上げた。
 彼は死神ちゃんから「死神です」と伝えられても動じることなく、サロンを目指して進み始めた。すでに帰りたい気持ちでいっぱいの死神ちゃんだったが、当分はそれも叶わぬと知ると盛大に落胆した。というのも、彼の筋肉がビューティフルなのは見た目だけではなかったからだ。

 彼の筋肉は見た目重視の盛りマッチョではなく、戦闘にも活かせるようにとしなやかに鍛えられていた。拳ひとつで敵をなぎ倒していく彼を、死神ちゃんは呆然と見つめてポツリと呟いた。


「妖精って、魔力が豊富で魔術に長けているんじゃあ……」

「あら、鋭いわね。それじゃあご期待に添うように、リリカルマジカルな戦いをお見せしようかしら」


 そう言って彼はポーチからゴテゴテに装飾された、まるでアニメの魔法少女が手にしているようなステッキを取り出した。ぶりぶりとポーズを決めながらステッキを振りかざすと、彼はモンスターに向かって突進し、空いているほうの拳で殴りつけた。死神ちゃんはギョッと目を剥くと、思わず叫んだ。


「結局肉弾戦に走るのかよ! 魔法は!? リリカルマジカルな戦いは、どこにいったんだよ!?」

「そういうのはやっぱり、また今度にしようと思ってぇ。(こっち)のほうが早いのよ。あたし、早くサロンに辿り着いて、美しさにより一層の磨きをかけたいのー!」


 くねくねと身をよじらせながら、彼は笑顔で襲い掛かってくる敵を殴り飛ばした。視線を向けられることなく消し飛ばされるモンスターに同情の念を抱きながら、死神ちゃんは呻くように「ああ、そう」と相づちを打った。

 彼はサロンに辿り着くと、オーナーであるアルデンタスと意気投合した。アルデンタスも髭の剃り跡が青々としたゴリマッチョ系の大男で、中身は〈世のみなさんがイメージするような、コテッコテのオカマさん〉のため、彼が筋肉隆々ゴリマッチョのおっさん妖精と並んだことで絵面もサロン内の雰囲気も胃もたれが起きそうなほど濃いものとなった。
 死神ちゃんがバクのユメちゃんを抱えて現実逃避している間に、妖精のおっさんは美しさに磨きをかけた。仕上がりに満足して次の来店予約を行うと、アルデンタスとの別れを惜しみながらも代金を支払って帰路についた。

 その帰り道、彼はドラゴンと遭遇した。ソロで戦うには辛い相手のため、彼は戦闘を回避しようとしたのだが逃げ切ることができなかった。炎に焼かれ灰へと姿を変えながら、彼は口惜しそうに呟いた。


「まだ、飛ぶには重たいというの……」

「そりゃあ、それだけ筋骨隆々だったら、その貧弱な羽じゃあ飛べないだろうよ」


 死神ちゃんは表情もなく淡々と、降り積もった灰に向かってそのように呟いた。そして〈そもそも、彼が妖精であるというのは自称である〉ということを思い出して苦い顔を浮かべると、とぼとぼと壁に向かって姿を消したのだった。



   **********



 死神ちゃんは待機室に帰ってくるなり、マッコイにしがみついて無言で大殿二頭筋を撫で回しまくった。ケイティーが声をかけると、死神ちゃんは彼女にもしがみついて腹筋を撫で回しまくった。同僚たちは死神ちゃんにチラチラと視線を投げながら、声を潜めた。


「筋肉に一家言ある(かおる)ちゃんが喜んで触りに行かなかっただなんて、よっぽど何かがつらかったんだな」

「強要されるのは嫌なのかもね。ていうか、小花(おはな)はどうして班長たちにセクハラして回っているのよ?」

「あれじゃない? 赤ん坊のころから使っていたタオルケットを与えると、ぐずっていた幼児が大人しくなるっていう。あれと同じ感じじゃない?」

「ああ、久々に身の危険を感じたみたいで、いっぱいいっぱいになっていたもんな」


 彼らは、心なしか落ち着いた表情を取り戻して班長二人から離れた死神ちゃんににっこりと笑いかけると、声を揃えて言った。


「薫ちゃんも十分変態だし、残念だと思うよ。筋肉的な意味で」

「どういうことだよ! ていうか、お前らも対応に困るくらいに濃いキャラしてる冒険者の相手してみろよ! 絶対に、現実逃避したくなるから!」

「いやあ、俺たちはごく普通の〈ダンジョンを攻略する気のある冒険者〉を相手するので手一杯だから」

「俺だって、そういう冒険者の相手もしてるし! 変なのを押し付けられることも多いけど!」


 同僚たちにとどめを刺された死神ちゃんは、目に涙を浮かべて顔をクシャクシャにすると「どうせ俺は特殊客対応要員だよ」と叫んだ。そして久々に幼女スイッチの入った死神ちゃんは再びマッコイにしがみつくと、彼の腹筋に顔をグリグリと埋めながらワンワンと泣いた。
 その日の夜、同僚たちはお詫びを兼ねて死神ちゃんに夕食を御馳走した。おでん屋さんに連れてこられた死神ちゃんは、喜々としておでんを頬張った。そして、死神ちゃんが注文をするネタの三分の一を牛すじ串が占めていたことに気がついた同たちは、皿の上に並ぶたくさんの串を眺めながら「どこまでも筋肉が好きなんだな」と呆れ返ったという。




 ――――筋肉に一家言あるとはいえ、ゴリマッチョは好みではないのです。もっとしなやかで、美味しそうな筋肉が好きなのDEATH。

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