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第244話 死神ちゃんと覗き魔⑤

 〈担当のパーティー(ターゲット)〉を探してダンジョンを彷徨(さまよ)っていた死神ちゃんは、ふと嫌な気配を感じて反射的に天井付近まで上昇した。すると、遠くのほうから猛烈な勢いでドワーフが走ってきた。死神ちゃんがすかさずスカートの裾を脚で挟んでガード体勢をとると、ドワーフの彼は〈信じられない〉と言わんばかりに目を見開き、体全体で〈何故?〉を表現した。


「どうしてそうやって隠すのよ!? 駄目でしょう、覗けるようにしておいてくれなきゃあ! それから、どうして逃げるのよ!? 死神なんだから、積極的にとり憑きに来よう? ほら、ほらぁ!」


 死神ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべると、脚の間にスカートの裾を挟み込んだままゆるゆると降下した。その様子を見て、ドワーフは「裾は元に戻そう?」などと文句を言ってきた。死神ちゃんはそれを無視したまま彼の眼前まで降りてくると、ツインの三つ編みあご髭を掴んで思いっきり引っ張った。


「お前が! そうやって来るから! 俺も防御体勢を取らざるを得ないんだろうが!」

「防御なんてしなくていいの! その素晴らしい入り口を、おいらにちょっと開放してくれればいいだけなんだから! 桃源郷に、ほんのちょっぴり(いざな)ってくれればいいだけなんだから!」

「それが! 嫌だって! 言ってるんだろうが!」


 死神ちゃんは言葉を発するたびに彼――スカートの中を覗くのが趣味な変態・覗き魔の髭を力の限り引っ張った。彼はギャアと悲鳴を上げながらも、半ば悦んでいるかのような声で「癖になりそう」と漏らした。死神ちゃんは全身に鳥肌を立てると、まるで汚いものにでも触れてしまったというかのようにパッと手を放した。
 死神ちゃんは辟易とした様子で顔を歪めると、彼に〈本日の目的〉と聞こうとした。しかし死神ちゃんが言い終える前に、彼はウキウキとした調子で「想像してください」と言った。死神ちゃんはあからさまに嫌そうな表情を浮かべたが、彼は菩薩のような慈愛に満ちた笑みを浮かべて再度「想像してください」と口にした。


「どうせ、いつもの妄想劇場だろう? いいよ、もう。そういうのは」

「まあまあ、そうは言わず。――さあ、想像してください。また、春が巡ってきましたね」

「そうだな。前にもそれで、女子学生の恋心劇場を見せられたな」

「そうですね。その彼女、部活動に入ることにしたんです」


 死神ちゃんは思わず素っ頓狂な声で「続き、あるのかよ!」とツッコミを入れた。彼は嬉しそうに笑ってうなずくと、再び楽しそうに話し始めた。
 彼が〈ストロベリードット〉なるものを探してやって来た際に語ったストーリーでは、入学式を迎えた女子高生が初日早々遅刻しそうになっていた。彼女は憧れの先輩を追いかけて進学し、先輩との恋を夢に描いていた。しかし、そんな妄想に胸を膨らませ食パンを口に咥えて走っていると、先輩と同じくらいイケメンな男子学生とぶつかってしまったのだ。
 その時にちらりと見えるいちご柄と、他の男の子のことも気になってしまう乙女の甘酸っぱい恋模様のハイライトを、この小汚いおっさんは前回同様に低いガラガラ声を精一杯甲高くして身振り手振りを交えながら情感たっぷりに語った。そして彼はそこまで話し終えると、ハッとした表情を浮かべた。


「あ、ちなみに。この子と〈体育の時間に着替えるのが面倒だからって制服の下にスク水を着てきたA子ちゃん〉は友達同士ね」

「どうでもいいよ、そういう情報は」

「大事でしょう!? 高等学校に入ってから友達同士になったんよ。いちご娘は天然系だけど、A子ちゃんは真面目系女子なんよ」

「ああ、真面目そうなやつに限って、よく分からないところで意外な手抜きをするよな。――っていうか、だから、そういうのはどうだっていいんだよ。とっとと続きを話せよ」


 死神ちゃんは顔をしかめると、話の続きをせっついた。話さないと先に進んでくれないのならば、とっとと終わらせて欲しいと思ったのだ。彼は咳払いをひとつすると、満を持したという雰囲気を醸しながら〈第二話〉を話し始めた。


「いちごちゃんは思い立ちました。『憧れの先輩と同じ部活に入ったら、二人の距離をグッと縮めることができるかもしれない』と。そして彼女は入ったんです。テニス部に。短いスコートから伸びい出る滑らかなおみ足に、ピチピチの太もも! う~ん、美味しそうですね! そしてもちろん、スカートの下には可愛らしいフリルのアンダースコート! 略して、アンスコ! 最強の見せパン、来ましたよこれは!」

「スコート、産出するのかよ。下着や水着がドロップすると知ったときも〈おかしい〉と思ったが、これもこれでおかしいだろ」

「おかしいことはないよ。お古のジャージとか、テニスウェアとかも稀にだけど出るらしいよ?」

「お古って、誰のだよ。古着屋で売ってるならまだしも、ダンジョン内で手に入れた得体の知れない古着なんて、普通は着たかないだろう」


 死神ちゃんが苦い顔を浮かべると、覗き魔はきょとんとした顔で首を傾げた。どうやら、彼は〈桃源郷を垣間見る〉こと以外はどうでもいいらしい。死神ちゃんはぐったりと肩を落としてため息をつくと、低い声でボソボソと「付き合いきれないから、とっとと死んでくれ」と依頼した。彼は非難がましく「ひどい!」と叫ぶと、五階の〈極寒地区〉に向かって走っていった。何でも、スコートを隠し持つモンスターはそこにいるらしいのだ。

 〈極寒地区〉へとやってくると、女性型のモンスターと遭遇した。〈火炎地区〉にいる炎の魔人(イフリート)のご本人さんはジャージを愛用して着ているのだが、()()はそれと同じようなジャージを身に着けていた。そして手にはラケットを持っていた。
 氷の魔人と思しき()()は、炎を纏った巨人(ファイヤージャイアント)同様に「私の玉を受けるがいい」というようなことを述べると、氷の玉をラケットで打ち付けてきた。覗き魔は器用に、メイスでそれを打ち返した。
 魔人は辛辣なダメ出しを行いながら玉を幾度となくショットしてきたが、目先の欲望に駆られている覗き魔は動くことをやめなかった。そしてとうとう、精神攻撃にも耐え抜いて全ての玉を打ち返した。そのまま彼は殺気を放つと、何かを置いて去っていこうとする魔人に襲いかかった。そして見事魔人を打ち倒した彼が手に入れたのは、アンスコではなくスパッツだった。


「何でよ! どうしてスパッツなのよ! アンスコが正義でしょ!?」

「下着隠しなのに下着っぽいと敬遠されるのか、最近はスパッツタイプもあるらしいよな」

「そんなことはどうだっていいの! スパッツだなんて夢も希望もないもの、おいらは許可しないよ!」


 彼は血のような涙を流しながら、手にしたスパッツを地面に叩きつけた。そこは薄く氷の張った湖の一部だったようで、叩きつけた衝撃で彼の足元は音を立てて割れた。
 まるでコントのようにドボンと氷水に落ち、そのまま彼が浮上してこないことを確認すると、死神ちゃんはため息混じりにスウと消えた。



   **********



 死神ちゃんは待機室に戻ってくると、ケイティーにジャージについて尋ねた。すると、彼女はきょとんとした表情を浮かべて首を傾げた。


「なんだよ、知らないの? あれはね、アイテム品として宝箱に詰める前に、ゲームセンターに出荷されるんだよ」

「は? 何でゲームセンターに?」

「ほら、ゲーセンの中のスポーツエリア、ジャージの貸出もしてるだろ。そこのジャージが着古されると、アイテムとして出すんだよ」


 死神ちゃんが顔をしかめると、ケイティーが苦笑いを浮かべて付け足した。


「私ら魔法生物な人たちが着たり、精霊な人たちが着たりするからさ、お古になるころには何か変な力が宿るみたいで。アイテム開発の人たちが魔法でちゃちゃっと効果を付与するよりも〈なんとなくいい感じ〉感が出るらしいし、捨てるより再利用したほうがいいよねってことでアイテムとして出しているらしいよ」


 ケイティーはニコニコと笑みを浮かべながら「私もよく借りるよ」と言った。体を動かすのが好きな彼女は、よく施設を利用するそうなのだが、荷物を持っていくのが面倒ということでレンタルをよく利用するらしい。借りる際に色を選ぶことができるそうで、彼女はよく赤い色のものを借りるそうだ。
 それを聞いた男性陣は目を輝かせると、小さな声でひっそりと「今度ゲーセンに行ったら赤ジャージ借りよう」と呟いた。しかしケイティーの耳はその声を拾ったようで、彼女は気持ちが悪そうに顔を歪めると、彼らに筋トレの刑を課した。その様子を見て、ケイティー同様にジャージのレンタルを利用していた死神ちゃんは「今度から、面倒でもマイジャージを持参しよう」と心に誓ったのだった。

 なお、死神ちゃんサイズのお古ジャージは妖精(フェアリー)さんやピクシーさんも着るため、普通サイズのものよりも〈なんとなくいい感じ〉感が特にあるという。色は五色のご用意があるそうで、そのお古を着た小人族(コビート)たちがヒーローの真似事をしているらしいのだが、それはまた別のお話。




 ――――普通なら捨ててしまうようなものまでアイテム化するというのは、とてもエコでいいのDEATH……?

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