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第三十七話 いよいよ夏休み

 7月25日 

 終業式が終わり、夏休み突入。

 帰り道。

「よお、焔。いよいよ夏休みだぜ」

 自転車を乗っていると、横から龍二が話しかけてきた。

「ああ、そうだな」

 夏休みね~。ま、俺には休みなんてないんだけどな。

「焔……」

 いつもの陽気な口調ではなかった。

「……何だ」

「……お互い頑張ろうぜ」

 お互い?……ああ、そうか。龍二、お前も夢に向かって走ってる途中だったな。

「ああ!!」

 俺たちは強くグータッチをし、その後、別々の道を進んだ。

 家に帰ると、直ぐに着替えて昼ご飯を食べ公園に向かった。

「行ってきまーす」

「行ってらっしゃい。夕飯前には帰ってきなさいよ」

「はーい」

 お母さんも俺の新たな生活スタイルにもう慣れていた。くたくたになって帰ってくる姿にもう特に何のコメントもされなくなった。我ながらサッパリした人だと思うよ。

 公園に到着した。広場の真ん中にはシンさんが突っ立って、太陽を睨みつけていた。

「やあ、焔君。いよいよ夏休みか」

 太陽を睨みつけながら、歩み寄る俺にシンさんは言った。

「そうですね」

「今年の夏は暑くなるよ~。覚悟しておいてね」

 そう言って、向けられた笑顔にはどこか悪意のような、意地悪じみたものを感じた。

 相変わらず、この人は。

「……お願いします!!」

 俺も笑って返した。……この夏で更に強くなって見せる!!

 まだ、夏休みの予定は教えてもらってないが、俺はこの4日間、シンさんから戦闘訓練を受けている。

 訓練内容はまず30分シンさんの攻撃を避け続ける、その次に30分俺がシンさんに攻撃をする。これを暗くなるまで延々とする。

 攻撃を避ける訓練では流れを見ろと言われた。それ以外は何も言われなかったし、教えられなかった。攻撃をする訓練では同様のことを言われたが、基本的な戦い方以外何も教えられなかった。

 総じて言われたことは、常に考えろ。

 正直、シンさん前に忍者とか言ってたから、忍術的なことを教えてくれると思ったけど、2年じゃ無理とあっさり言われた。この前、シンさんが俺の目の前に一瞬で現れたのも縮地を応用した技らしい。

 めっちゃカッコいい。縮地だぜ!? やってみたかった……

 それに技術的なことを覚えるよりも実践を積むほうが俺の場合良いらしい。

 最初はゆっくり攻撃してくれていたが、今はレッドアイと同じぐらいの速さになった。流れを見ろって言う意味は最初は分からなかったが、4日間続けて分かるようになってきた。

 流れを見る。俺はシンさんの攻撃を点でしかとらえていなかった。一つ一つの攻撃にその場で反応していた。そうじゃなく、線でとらえることが大事だったんだ。常にシンさんのことを全体で見る。一つの攻撃に注視しすぎると、どうしても他の攻撃に反応できない。反応できたとしも、次の攻撃、そして次の攻撃と次第に反応が遅れてしまう。

 まだまだこの視野には慣れないけど、数を重ねるごとに少しずつだけど、正確性が増している気がする。まあ、ようやく2分は攻撃をさばけるようになったって段階だけど……シンさんは息も切らさず、間髪入れず攻撃してくるから本当にすごい。俺なんて30分ずっと攻撃し続けると息なんて上がっちゃうし、単調な攻撃になってしまう。あまりそういう攻撃ばっかしてると、シンさんから鉄槌を食らわせれる。

 今日も……

「ぐはっ!!」

 俺は腹を抱え、膝をつく。

「焔君、また攻撃が大振りになってるよ。そんなんじゃ当たんないよ」

 シンさんはいつもの変わらない笑顔でそう言った。

 もう6時間以上も経ってんのに何でこの人は平然としていられるんだよ。

「すんません。もう一度お願いします……!!」

 シンさんは構え、そして小さく2回手招きした。

 俺は一度呼吸を整えた。太陽が傾き、シンさんの影が大きく映る。その影に俺は大きく足を踏み込んだ。



 ―――「ハア……ハア……ハア……」

 俺は広場の真ん中で手を伸ばし、仰向けに寝転がっていた。少し気温も下がり、空には星が見え始めていた。

「はい、お疲れさん。今日はここまでにしよう」

 シンさんは息一つ切らさず、俺は見下ろしていた。

 今日も一度もシンさんに攻撃を当てることができなかった。すました顔でいとも簡単に避けられる。何がいけないんだ。バリエーションか? それとも速さか? 

 バリエーションはともかく、速さならそれなりだと思うんだけど……ダメだ。一旦帰って今日のことをノートに書きながら考えよう。

 俺はゆっくりと立ち上がると、ふらふらした足取りで家に帰った。

「お疲れした~」

「あ、焔君……って聞いてないね。明日からのこと話そうと思ったんだけど……ま、明日でいっか」

 シンはおぼつかない足取りで帰る焔の背中を見つめていた。

(焔君。君はあんまり実感してないかもしれないけど、君の成長スピードは尋常じゃないよ。君の能力は確かに素晴らしい、素晴らしすぎる……が、それ故に君の次の動きが簡単に分かってしまう。だから少し反応する時間を遅くすれば良いと気づいてくれればと思っていたけど、君は俺の攻撃ではなく、体を見ることで次に派生される攻撃の軌道を読んで戦うという結論に至った……面白い!! まだまだ目測を誤ることがあるけど、もし完璧に攻撃を読めるようになれば……たった2年で俺の本気の攻撃すら……)

「フフッ」

 ついシンは笑い声が漏れてしまった。

「どうしたんですかシンさん? 何か面白いものでもありましたか?」

「ああ。俺の目の前にね」

「目の前……前の方には焔さんしかいませんけど」

「ああ、彼のことさ。彼とっても面白いよ。すぐに成長しちゃうんだもん」

「成長ですか……ですが、シンさんに一度も攻撃を与えられてませんよ」

「それは仕方ないさ。例え彼が尋常じゃない反応速度で俺の次の動きが見えたとしても、避けることだけに重きを置いていれば避けれないことはないからね……今は」

「今は……ですか」

「言っただろ? 彼は成長が早いんだ。今はまだモーションがでかくて、攻撃も大味だけど、それの改善も時間の問題だろう。ただがむしゃらに頑張るだけじゃ、こうは行かないかったんだろうけど、彼には常に考えるように言ってあるし、実際に行動に移している……この夏が終わるころにはもう4,5段階はレベルを上げることになりそうだな」

「その段階はいくつぐらいまであるんですか?」

 その質問にシンはフッと笑いこう答えた。

「30段ぐらいかな……あくまで今の俺だったらね」

 最後の言葉を強調して、シンは言った。

「……わかりました。では、シンさんもレベルをあげに行きましょうか」

「頼む」

 その広場には誰もいなくなり、セミの声だけが五月蠅く響いていた。

 

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