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第三十二話 尾行の末に

 キーンコーンカーンコーン

「起立、礼」

「おはようございます」

「着席」

 朝のホームルーム。先生が前で話している間、俺は考え事をしていた。

 特訓が始まって、もう2週間が経った。梅雨の時期に入ったのか、雨の日が続いている。雨は想像以上に体に堪える。朝の特訓では、体力を奪うし、夕方の特訓では、死ぬほど滑る。毎日毎日、怪我をしまくる。まあ、雨の日じゃなくても普通にこけるんだけどな。そして、この訓練は足の負担が尋常じゃないから途中からガクガク足が震えて、ちょっとでも油断すると、ガクッと崩れ落ちるから、マジで要注意。

 最近は、ようやく自動負荷装置も作動しだして、かなりきつくなった。だが、体力はついてきたし、筋肉が締まってきているように感じる。シンさんから言われた自分の力を知れっていうのはまだよくわからないけど、AIから聞けば、どうやら俺の力には波があるみたいだ。

 リミッターの外れ方の最大値を100とすると、朝の訓練の時は20~60の間を行ったり来たりしていて、夕方の訓練の時は70~100の間を行ったり来たりしているらしい。雨の日はもっとこの間隔が短くなるらしい。力の入れ具合もそうだが、俺は集中力がけっこう鍵なんじゃないかと睨んでるんだけど……まだ、調整とかは全然できない。


 ……まだまだ道のりは長いな。

「起立……おーい焔」

「え?……あーすんません」

「ボーっとしてんじゃねーぞ」

「アハハハハッ!!」

 教室中は笑いに包まれた……が、2人だけは他のみんなとは違う目線を焔に向けていた。

 
 ―――「なあ綾香、ちょといいか?」

 ホームルーム終わりの休み時間、龍二がちょうど席を立とうとしている綾香に話しかけた。

「良かった。ちょうど私も聞きたいことがあったの。ここじゃ少し騒がしいから、教室を出て話そ」

「そうだな」

 2人とももうお互い聞きたいことはわかっていた。2人は教室の前の廊下に出た。まず最初に綾香から話を切り出した。

「ちょっとここ最近、焔の様子おかしくない? 休み時間とか授業中とか何か上の空って感じだし。毎日毎日すぐに帰っちゃうし。体育の時もめっちゃ活躍するようになっちゃったし。筋肉もすごくついっちゃったし……なんで?」

「(おいおい。えらく焔のこと見てんな)いやー、俺も大体同じことを綾香に聞こうと思ってたから、全然わかんないんだよ」

「えー!!……だったら、調査する必要があるね」

 そう言って、綾香は不敵な笑みを浮かべた。

「調査ってまさか……尾行?」

「尾行っていうか……捜査?」

「捜査……ね~」

「何よ。何か文句あるの?」

「いや、別に~」

 龍二は何か含んだような言い方をした。それに腹を立てたのか、何か悟られたと恥ずかしくなったのか、

「とにかく、放課後に焔の後をつけるからね!!」

 綾香はふて腐れて早々に教室に戻ってしまった。それを見送ると、龍二は大きなため息をついた。

(正直に焔のことが心配だと言えばいいのに……本当に強情になったよ。俺もその一人だけどな)

 フッと鼻で笑うと、龍二も教室に戻った。


 放課後


 ―――焔が早々に教室から出ていくのを見届けると、龍二と綾香もお互いに目を合わせて、焔の後を追った。雨の中、一人で歩いている焔に対し、一定の距離を開けて龍二と綾香が尾行している。30分ほど歩いたところで焔の家が見えてきた。

「ちょっと焔の家に着いちゃったじゃない。てことは、今日は特に何の用事もないってこと? 雨だから?」

 残念そうにしている綾香をしり目に、龍二は冷静だった。

「んー……そうかもしれないけど、一旦家に帰ってからまたどこかに行くってのもあるんじゃないかな?」

「あ。それもそうか……じゃあ、もうちょっと様子見とこ」

「そうだな」

 そうして、少し様子を見ること10分。焔はレインウェアに着替えて、走って行った。

「え? あれって雨にも濡れてもいいランニングウェアだよね。てことは、焔はいっつも早くに帰ってランニングしてるってこと? だから筋肉もついたんだ」

 そうして、一人で綾香が納得していると、龍二が気になることを言った。

「ランニングって、この雨の中で天満山にか?」

 そう言われ、綾香は焔の行き先を辿った。すると、その道は天満山への道のりだとすぐに気づいた。

「流石に、焔もこんな雨の中で山に登ろうなんて馬鹿な発想はしないはずだろ」

「てことは……」

「まだ何かありそうだな」

 その後、二人は無言のまま走り出した。

 天満山の登山口にたどり着いた二人はそこにある人物が傘を持って立っていることに気づいた。だが、それは焔ではないことを二人はすぐにわかった。

 二人の存在に気づいたその傘を持った男は二人に対して、飄々と話しかけた。

「おーい。そこのお二人さん。こんな雨の中、何かここに用かい?」

 二人はその男に不信感を抱きながらも、正直に事情を話した。

「すんませーん。ここにレインウェアを来た、背の小さ目の男の子は来ませんでしたか?」

「……それってもしかして焔君のことかい?」

 二人は全く知りもしない男から焔という言葉を聞き、驚きを隠せなかった。すると、綾香は食い気味で質問をした。

「あの……あなたは一体誰なんですか!? どうして焔のことを知ってるんですか!? 焔は何をしてるんですか!?」

 すると男はニヤッと笑った。

「俺はシン。焔君にとっては……師匠みたいなもんかな。そして、今焔君は強くなってる真っ最中ってとこかな……さ、次はそっちが自己紹介をする番だよ。(って言っても、もう知ってるんだけどね)」

 二人はシンのこの言葉を聞き、更に動揺してしまった。動揺しながらも二人は簡潔に自己紹介をした。

「お……れは、原田龍二って言います。焔とは小学校からの幼馴染です」

「わ、私は、東雲綾香って言います。同じく、焔とは小学校からの幼馴染です」

「うんうん。幼馴染かー。てことは、学校での焔君の様子が少し変わったのを心配して、後をつけてきたってところかな。当たってる?」

「……当たってます。ところで、さっき焔が強くなってる真っ最中って言いましたよね」

 龍二がシンに問う。

「ああ、言ったね」

「じゃあ、焔は今山にいるんですね」

「そうだね」

 その言葉を聞くや否や、傘を捨て、シンの元に駆け寄る龍二。そして、シンの胸ぐらをつかんだ。

「あんたは何馬鹿なこと考えてんだ!! こんな雨の中、山にいれば、確実に怪我をするだろ!! 危険すぎるだろ!! 師匠って言うなら弟子のことをちゃんと考えろよ!!」

 いつも優しくて、温厚な龍二が豹変したように、怒りににじませた顔をしているのを見て、綾香は固まってしまった。それほどまでに、本当に龍二は怒ったこともなかったし、そんなことをするようなキャラじゃなかった。

 シンは胸ぐらをつかまれたまま、続けた。

「ああ、俺も危険なことは重々承知しているし、焔君もそれは理解している。でも、これはやらなくちゃいけないことなんだ。彼が強く……いや、ヒーローになるためには」

 その言葉を聞き、龍二の手が緩まると同時に、綾香もその言葉に反応した。

「ヒーロー? 焔がそう言ったのか?」

「そうだよ。彼は今、本気でヒーローになろうと頑張っているんだ。一度は諦めた夢をもう一度叶えようと。困っている人を助けたいと。もう大切な友達に辛い思いはさせたくないと。泣かせたくないと。だから、どうか見届けてくれないか? 青蓮寺焔が強くなり、そしてヒーローになる様を……」

 手の力は次第に弱まり、龍二はシンからを手を放した。綾香は涙が出そうになるのをなんとか堪えようと、傘の持ち手を強く握っていた。

 その後、龍二は天を見上げ、ボソボソっと独り言のように呟いた。

「そうか。焔、お前思い出したんだな、自分の夢を。そして、今本気で……だったら、俺も」

 この言葉は雨の音によってかき消され、本人しか聞くことはできなかった。だが、それで十分だった。

 シンの方へ向き直ると、強く、そしてはっきりと龍二は言った。

「シンさん。どうか焔のことをよろしくお願いします。俺、ちゃんと見てますから。あいつが英雄になる様を」

「わかった。しっかり見ていてくれ」

 シンは笑顔でそう返した。その後、龍二も少し笑顔になり、その場を後にした。

 ずっと下を向いていた綾香だったが、急にシンの元へ歩み寄った。そして、力強く言った。

「私も見てますから。ずっと……ずっと。もし焔に何かあったら私……許しませんから」

「任せてくれ。なんたって彼は強いからね」

「フフッ。そんなの知ってますよ。昔から。なんたって焔は私の……ヒーローですから!!」

 そう言って、綾香は最高の笑顔を見せ、深々とお辞儀をすると、龍二の後を追った。

(そうか。焔君。君の願いは、もう一人の少女の胸には届いてるみたいだよ)

 2人の後ろ姿を見送ると、シンは傘を拾い上げた。


 ―――「ハア……ハア……ハア……」

 焔は登山口であおむけで寝転がっていた。体中滑って転んでけがをした後が無数にあった。

「お疲れさん」

 そう言って、シンはペットボトルを焔に渡した。焔とシンはすぐ近くの小屋に移動すると、焔は早速薬を飲んで、傷の回復を待った。

「いやー、今回もめっちゃ転びましたよ。やっぱり雨の日はきついですね。その代わりこけて怪我をすることの恐怖心がけっこう無くなってきたんですよね……って、シンさんめっちゃ濡れてますね。何かあったんですか?」

「……そうだね……ちょっと嵐が通り過ぎてね。中々荒れていたけど、もう晴れたみたいだ」

 そう言って、シンは焔の顔を見つめた。

(いい友人を持ったね。焔君)

 そんなことは露知らず、焔は不思議そうにシンの顔を見返すのだった。

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