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国王の招待 3

 入り口に立って少年とレクシリアを交互に見たグレイは、こてんと首を傾げて口を開く。
「おや、堂々と浮気ですか? リーアさん」
「なんで俺がロストの恋人と浮気しなきゃいけねぇんだよ。……っと、悪い、また触ってたか」
 どうやら頭を撫でたのは無意識だったようで、レクシリアは慌てた様子で少年の髪に触れていた手を離した。
「丁度良い位置に頭があるからか、どうにも自然に頭撫でちまうな。本当にすまん」
「あ、いえ、お気になさらないでください」
 国王や宰相といった肩書の人間よりはまだ話しやすそうなグレイが来たからだろうか、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻した少年は、そこでようやく、先日の事件のときの礼を満足に言っていないことを思い出した。
「あ、あの、先日は宰相様と秘書官様には大変なご迷惑をお掛けしてしまい、本当に申し訳ありませんでした」
 慌てて深々と頭を下げた少年を見たグレイが、次いでレクシリアに視線を投げた。
「随分畏まってらっしゃるじゃあありませんか。国王陛下の恋人をいじめるなんて、宰相としていかがなものでしょう」
「いじめてねぇよ! ほら、キョウヤも気にすんな」
「リーアさんの言う通り。悪いのは全部あのポンコツ王だ」
「国王陛下の恋人になんつー口の利き方してんだお前」
「アナタが素で喋っているので、俺もそれで良いと判断しました」
 しれっと言ってのけたグレイに、レクシリアが溜息をつく。
「敬語で接した方が良いならそう指導するが、キョウヤはどうしたい?」
「え、いや、あの、僕は別に、皆さんの話しやすい方で……」
「じゃあこのままで良いですよね、リーアさん」
 にっこりと笑ったグレイに、レクシリアは再び深い溜息を吐き出した。
「というかお前、何しに来たんだよ。ノックもせずに入ってきやがって」
「アナタと恋人候補サマを探してたんですよ。あの馬鹿男が、明後日の式典に合わせてキョウヤの衣装も用意しようとか言い出したので、衣装合わせをして頂こうかと。さすがに今からオーダーメイドの服を用意させる訳にはいかないので、既製品にはなってしまいますが、まあないよりは良いでしょう」
「……また滅茶苦茶言うな、あの王様は……」
 レクシリアの疲れたような声に、グレイが肩を竦めてみせる。
「今更ですね。しかし、まさかオレまで駆り出されるとは思いませんでしたよ。オレはアナタ個人に仕えているのであって、宮廷勤めな訳じゃないんですけどねぇ」
「そこは俺の手伝いをしていると思って勘弁してくれ……」
 まあ良いですけど、と言ったグレイが、つかつかと少年の前に行く。思わず少し身構えてしまった少年の目の前で、グレイはポケットから巻き尺を取り出した。
「それじゃあ測るが、触られたくないところがあったら言えよ。こっちはおおまかな寸法さえ判れば良いんだ。手首だとか首回りだとかは、自分で巻いてくれても良い。そのときは数値だけ見せてくれ」
「あ、はい……」
 言われるがままに身体の寸法を測られながら、少年はやはり混乱していた。その間にも、グレイが手際よく巻き尺の目盛を見ては数字をメモしていく。
「よし、こんなもんか。……しかしお前も災難だな。うちの国王陛下に気に入られるなんて」
「災難なもんか。寧ろこの上なく幸せなことじゃねぇか」
「はいはい。ロステアール大好き信者は黙っててくださいね。オレは今まともな感性を持った者同士の会話を楽しもうとしているんです」
 犬を追い払うように手を振ったグレイを見た少年は、やっぱりこの国の上下関係はなんだかおかしい気がする、と思った。
「この国の人間は全員漏れなく国王陛下を崇め奉っててな。お前はその偉大なる国王陛下の想い人ってことで、大歓迎されてる訳だ」
「え……ええっと……」
 想い人も何も、少年はあの告白の真偽のほどを未だに見定められずにいるのだが。
「……あの、でも、宰相様は勘違いをされているようです。……仮に僕が陛下に想って頂いていたとしても、恋人になった覚えはありません。なのに恋人扱いをされていると言うか……」
 恐る恐るといった様子でそう口にすれば、グレイはなんだか少し遠い目をしてから、すぐ後ろにいるレクシリアを振り返った。
「だ、そうですが、リーアさん」
「そんなこと言われてもな。ロストの話じゃキョウヤもロストに惚れてるみてぇだし……。そりゃ、あれだけ偉大な国王の恋人になる訳だから、その覚悟をするのには時間がかかるだろうけど、遅かれ早かれ結局恋人にはなるんだ。だったら今からそういう扱いをしてても問題ねぇと思うが」
「はい有難うございますそのくらいで結構です。それでは頭のおかしい人はちょっと黙っててくださいね」
 頭のおかしい人ってお前、という呟きがレクシリアの口から漏れたが、それを完全に無視したグレイが、少年に向き直る。
「って感じで、この国の人間はこぞって頭がおかしいから、こういう思考回路なんだ。判ったか?」
「は、はぁ……」
 判ったかと言われても何も判る訳がない。ただ、取り敢えず色々と盛大に勘違いされているのだろうことだけは判ったような気がした。
(なんで、僕があの人を好きだっていう話になっているんだろう……)
 あんなにも美しい人なんてきっとどこにもいないだろうから、そういうところは本当にとても素敵だとは思うけれど、それでは恋愛対象として好きかと言われれば、正直判らないとしか答えようがない。だが、それをこの場で言える程少年の肝は据わってなかった。
 結局恋人候補とかいうよく判らない扱いを正すことができないまま、王宮での時間は過ぎていったのであった。

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