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国王の招待 2

「この大馬鹿!! 衣装合わせも終わってねぇ! 式典の最終打ち合わせも終わってねぇ! この状況で何をどう考えたら出奔に繋がるんだ! あぁ!?」
 王宮の来賓室らしき場所に連れて来られた少年を待っていたのは、グランデル王国宰相、レクシリア・グラ・ロンターの盛大な罵声だった。いや、正確には、その罵倒は少年ではなく主君に向けられたものであったが。
(も、物凄く怒ってる……)
 状況的にこうなるだろうと予想はしていたが、それにしてもレクシリア宰相の怒りは相当なものだった。思わず身を竦めれば、背後から伸びた腕に抱き締められる。
「こらレクシィ、キョウヤが怖がっているではないか」
「怒ってるのは俺の方なんですが、なんで俺が怒られてんですかね国王陛下!? つーかビビらせてんのはお前もじゃねぇか。いきなり触られてびっくりしてるぞそいつ」
「レクシィ、口調はそれで良いのか?」
 言われ、レクシリアがはっとした顔をする。すぐさま顔面ににこやかな笑みを張り付けた彼は、軽く咳払いをしてから口を開いた。
「大変失礼致しました。賓客がいらっしゃっているというのに少々取り乱したこと、お詫び申し上げます。お許し頂けますか、キョウヤ様?」
「え、あ、いえ、あの、……こ、こちらこそ、生誕祭の準備でお忙しい中お邪魔してしまい、本当に申し訳ありません」
 深々と頭を下げた少年を見て、王が冷たい視線をレクシリアに向けた。
 内心このクソ王と思ったレクシリアではあったが、彼は大変優秀な宰相であったため、それを表情に出すことなく、努めて優しい声で少年の名を呼んだ。
「キョウヤ様、どうか顔をお上げください。そもそも貴方のご意志でこちらにいらっしゃった訳ではないと察します。大方我が王が無理矢理お連れしたのでしょう。寧ろこちらこそ大変申し訳ないことを致しました。王に代わり、深く謝罪申し上げます」
 そう言って頭を下げてきたレクシリアに、思わず顔を上げた少年があたふたとした様子で口を開く。
「あ、い、いえ、あの、そんな……」
 遥か目上の人間に頭を下げられてしまい、少年はどうすれば良いのか判らなくて泣きたいような気持ちになってしまった。そんな少年を見かねたのか、王がフォローしようと口を開く。
「レクシィ、そう畏まってはキョウヤが緊張してしまうだろう。どうせキョウヤは今後も王宮に来るようになる訳だし、そう他人行儀を貫かず、いつものように砕けた感じで話してはどうだ」
 全然フォローになっていなかった。それを証拠に、レクシリアの優しげな笑みが若干崩れ、頬が不自然に引き攣っている。
 というか、今後も王宮に来るようになるとはどういうことだろうか。少年にはそのような予定など全くないのだが。
「…………ロステアール国王陛下」
 呟いたレクシリアが、すぅ、と大きく息を吸う。その先の行動を予期したのか、王は少年の腕を引いて抱き寄せた。と、ほぼ同時に、
「口調を正すのか正さねぇのかはっきりしろ馬鹿野郎! つーかこんなところで油売ってる暇があったらさっさと公務に戻れ今すぐ戻れそんでもって仕事が済むまで一歩も執務室から出るな良いな!」
「砕けた口調で話せとは言ったが怒鳴れとは言っていないぞ、レクシィ」
「殴るぞてめぇ」
「国王を殴るとは何事か」
「うるせぇ。良いからさっさと執務室に行け。こいつは俺が責任を持って部屋まで案内しといてやる」
 レクシリアの言葉に渋々といった様子で頷いた王は、少しだけ心配そうな顔をして少年を見た。
「レクシィに何かされたら私に言うのだぞ。私はこれでも王だからな。レクシィを叱ることができる」
「い、いえ、別に、そんな機会はないと思うので……」
「そうか。お前は優しくて良い子だな」
 そう言って大きな手が頭を撫でてきたが、少年には何が良い子なのかさっぱり判らなかった。確かにグランデルの宰相は怒ると怖いようだが、理不尽に怒りを撒き散らすような人には見えなかったからそう言っただけだ。
「良いからさっさと行け! 今生の別れでもあるまいに!」
 名残惜しそうに少年の頭や頬を撫でていた王の後頭部を、レクシリアが引っ叩く。
(ひえぇ……この宰相様、王様殴っちゃったよ……)
 想像していた国王と臣下の関係とは全く違う現状に少年は驚きやら何やらで混乱しかけたが、そう言えばあの錬金魔術師も似たようなことを国王陛下にしていたな、ということを思い出した。もしかすると、赤の国ではこれが普通なのかもしれない。
 殴られた王の方はと言うと、特に怒った様子はなかったが、レクシリアに少しだけ恨めしそうな顔を向けた後、最後に少年の頭をもうひと撫でだけしてから、部屋を出て行った。
「ったくあの馬鹿」
 呆れたような呟きは、レクシリアのものである。はぁ、と盛大な溜息をついた彼は、次いで少年の方へ目を向けた。
「あー……、結局、口調の方はいかが致しましょうか?」
 十人中十人が大変な美形だと認めるだろうレクシリアに、改めてにこりと微笑み掛けられ、美しいものに弱い少年は少しだけ惚けた表情をしてしまった。
(あの人ほどではないけど、やっぱり宰相様もとても綺麗な方だなぁ……)
 仮に少年のこの言葉が薄紅の国の女王の耳に入ることがあれば、彼女は盛大に顔を顰めたことだろう。レクシリアが美しい顔立ちをしているのは事実だったが、赤の王の方は、整ってはいるものの美しいという表現が似合うような顔ではなかった。まともな目と感性を持っている者であれば、必ずレクシリアの方が美人だと認識するだろう。
「キョウヤ様?」
「え、あ、すみません。ええと……、その、宰相様のお好きな方で、大丈夫です」
「そうですか? キョウヤ様のお好みに合わせますが?」
「いえ、本当に、宰相様の話しやすい方で大丈夫なので……」
 レクシリアは、少年の言葉に少しだけ悩むような素振りを見せてから、それじゃあ、と口を開いた。
「人目がないときは敬語取っ払うか。その方が俺も楽っちゃ楽だし、お前だって目上の人間に敬語使われるのは窮屈だろ」
 レクシリアの申し出は願ってもないことだったので、少年はこくこくと頷いた。
(ああ、この人はまともな人だ)
 誰と比べての感想かについては、述べないでおこう。とにかく、少年の心情を汲んだレクシリアの配慮は、少年の中の彼への好感度を上げるには十分なものだった。
「この前は会って早々に倒れちまってろくな挨拶もできなかったからな。改めて自己紹介といくか。俺はレクシリア・グラ・ロンター。肩書が色々あってどれを言えば良いのか困る所だが、そうだな。グランデル王国宰相と、ロンター公爵家の当主をしている、ってことだけ知っといて貰えば、まあ良いか。よろしくな」
 そう言って差し出された手に、少年は一瞬どうしようかと困ってしまった。きっと握手を求められているのだろうけれど、他人に触れるのは好きではないのだ。だが、相手は目上の人間である。我慢して触れるべきだろう。
 そう思った少年だったが、彼が動き出す前にレクシリアは手を引いてしまった。怒らせてしまったかと慌ててレクシリアの顔を見れば、どうやらそんなことはないらしいが、彼はなんだか少し困ったような笑みを浮かべていた。
「そういやお前、他人に触られるのはあんま好きじゃねぇんだっけか。悪いな」
「え、あ、いえ。……あの、なんで、知っているんですか……?」
「ああ、ロストが言ってた」
「あの人が……」
 呟いてから、少年はまだ自分がきちんと名乗っていないことに気づいて、慌てて頭を下げる。
「申し遅れました。僕は天ヶ谷鏡哉と言います。ギルガルド王国で、刺青師をしています。ええと、……よろしくお願い、します……?」
 よろしくと言われたからよろしくと返しはしたものの、一体何がよろしくなのかは判らない。その気持ちが表に出てしまったのか、変に疑問符のついた言い方になってしまい、それを聞いたレクシリアは面白そうに笑った。
「なんで疑問形なんだよ。今後も俺らとの交流は続くわけだし、そこはよろしくお願いしますで良いだろ」
「え、いや、…………あの、」
「ん? どうした?」
「……ええと、その、どうして、僕と皆さんとの交流が続くのでしょうか……?」
 この場合の皆さんというのがどの程度の範囲を含んだものなのかは判らなかったが、取り敢えずそう言っておけば通じるだろうということで、少年はその単語を選んだ。
「どうしてって……」
 不思議そうな顔をして首を傾げたレクシリアは、まじまじと少年を見て、そして、
「だってお前、ロストの恋人になるんだろ?」
「………………は?」
 一国の宰相を相手に間の抜けた声を出してしまったが、勘弁して欲しい。それほどまでに、レクシリアの台詞は意味不明だったのだ。
「え、あの、誰が、誰の、何になるですって……?」
「お前が、ロストの、恋人」
 ご丁寧に身振り手振りまで交えつつゆっくりと言ってくれたレクシリアだったが、そんなことをして貰ったところで意味不明なものは意味不明だ。
「あの、宰相様は、大変お疲れのご様子です。休まれた方が良いのではないでしょうか」
「そりゃまあ、あの馬鹿のせいでお疲れではあるが、休んでる暇もないしなぁ」
「いえ、でも、僕のことを陛下の恋人様と勘違いされるくらいですし、相当お疲れかと……」
 その言葉に、今度はレクシリアが間の抜けた声を出す番だった。
「はぁ? なんだって勘違いになるんだよ。……ああ、そうか、もしかして恥ずかしがってるのか? まあそれも仕方ねぇな。ロストは歴代最高と名高い王だ。あれだけ優れた良王の恋人になるとなれば、そりゃ恥ずかしく思うことも不安に思うこともあるだろうよ。だけど安心して良いぞ。グランデルの国民は皆お前の味方だ。ロストが選んだ人間を民が貶める訳がない」
「え、ええと……」
 そういう話はしていない。
「それとも、男同士だってことを気にしてるのか? それも不安になる必要はねぇぞ。ロストがお前を選んだのなら、それが最良ってことだ。性別でどうこう言う奴なんて、この国にはいねぇよ」
 優しい表情で微笑んだレクシリアが、少年の頭を撫でる。その接触に少年が小さく身体を震わせた瞬間、来賓室の扉がノックもなしにいきなり開いた。
 驚いて扉の方に視線をやれば、そこに居たのは、少年に似た顔の青年。そう、ロンター公爵の筆頭秘書官グレイであった。

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