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金の王 3

 右目、という単語に、少年は目に見えて肩を震わせた。その頭を、赤の王がそっと撫でる。
「心配するな。ここでその目を晒せとは言わん」
「……はい」
 二人のやり取りを見て、ギルヴィスは慎重に言葉を選びつつ口を開いた。
「彼の右目が、エインストラの証拠足り得るのですか?」
「書物にある記述に酷似している、というだけだ。だが、あれは本来次元を越えるときにのみ現れる特徴のはず。この子の場合は、どうやら常にその状態なようだし、そもそもその特徴が出ているのが片目だけだ。まあ、力のコントロールがうまくできない幼体である可能性がないとは言い切れんが……」
 そこで言葉を切った赤の王が、優しい顔をして少年を見た。
「お前は、エインストラではないのだろう?」
「し、知りません、けど……、僕は、ただの人間だと、思います……」
「だそうだ。キョウヤが嘘を言っているとは思えぬし、仮にエインストラだったとしても、少なくとも本人にはその自覚がないのだろう」
 赤の王の言葉に、ギルヴィスはなるほどと頷いた。
「しかし本当にエインストラだったとしたら、それは一大事ですね」
「そうだな」
 二人のやり取りに、少年は内心でとても不安になってしまった。一大事、とは、どういうことだろうか。
 そんな少年の心を読んだように、赤の王は少年に目をやった。
「そういえばお前はそもそもエインストラを知らないのだったな」
「あ、……はい」
「エインストラとは、神の目とも呼ばれる伝説上の生き物だ。幾千幾万もある次元渡り歩いている存在で、神の僕とも呼ばれる。その次元に合わせて姿を変える、不定形のなにか。……聞いたことはないか?」
 赤の王の問いに、少年は首を横に振った。もともとそんなに教養がある方ではないし、そうじゃなかったとしても、この話はあまり一般的なものではない気がする。
「では、次元の存在は知っているか?」
「聞いたことはあります。確か、僕たちがいるこの世界とは全く異なる世界がたくさんあるとか」
「その通りだ。……そうだな、ギルヴィス王、なにかこう、水盆と浮き球のようなものはないか?」
 言われ、ギルヴィスがすぐさま女官に命じてそれらを用意させる。女官から水盆と浮き球を受け取った赤の王は、それを机に置いて、水面にいくつか浮き球を浮かべた。そして、浮き球のひとつを指先でつつく。
「これが私たちの存在する次元だとすると、他の浮き球たちが別の次元にあたる。そして、これらの浮き球全てを含む水盆を管理しているのが、リアンジュナイル大陸の人間が神と認識している存在だ。ああいや、宗教の中に存在する神とは違う。あれらは全て、ヒトの信仰が創り出した概念のようなものだからな。勿論、概念が命を持つことはあり、神話や宗教の上に成り立つ神というのはその集大成のひとつであるが、私が言っている神とはまったく違う。私が今“神”と呼称しているのは、ありとあらゆるものを統括管理している生命体のことだ。それを便宜上、我々は“神”と呼ぶことにしている」
 赤の王の言葉に、ギルヴィスが頷く。
「キョウヤさんも、この大陸の創世の物語は聞いたことがあるでしょう? 天界における最高権力者、太陽神と月神の直属の配下である四大神によってリアンジュナイル大陸が形成された、というあれです。炎の神は赤のグランデルを、水の神は青のミゼルティアを、大地の神は橙のテニタグナータを、風の神は緑のカスィーミレウを、それぞれお作りになられた。それがいわゆる、始まりの四大国です。そしてそこに他の地からやってきた人々が根付くことによって、今のリアンジュナイル大陸ができあがった」
「は、はい。それは、なんとなく聞いたことがあります。でも、あれって神話のお話なのでは……?」
 少年の疑問に、赤の王が少し笑って首を横に振った。
「今となってはそう思っている者も多いが、あれは神話ではなく伝承だ。実際に起こったことなのだよ。神、という表現に関しては、他に良い言葉が見つからず、最も近い意味を持つだろう単語を選んだだけだろうが。まあとにかく、エインストラとは、その神が数多ある次元を監視し管理するために使っている生き物のことを指す。故に、エインストラには己が意思で自在に次元を越える力が与えられているのだ。他にも次元を越えることができる生き物もいるにはいるらしいが、それらには皆、例外なく制約がついている。例えば、隣り合う次元にしか行けなかったり、同じ法則で動いている次元同士しか行き来できなかったり、と言った具合にな。だが、エインストラは違う。この世でエインストラだけが、何の制約もなく全ての次元を自在に行き来できるのだ」
「は、はあ……」
 少年は馬鹿ではなかったが賢いわけでもなかったので、正直に言うと男の言っていることの半分は理解できなかった。
「ふむ、少し難しかっただろうか。ではもう少し簡単に説明しよう。なに、言うほど難しいことではない。つまりは、普通の生き物は基本的にこの浮き球の世界を出られずに一生を終えるところ、エインストラは好き勝手に浮き球から浮き球へと水を泳いで渡ることができる、という話だ」
 言いながら、赤の王が浮き球をつついた指を水に潜らせ、別の浮き球のところまで運んで見せる。
「中には、偶発的に生じた次元の隙間に飲まれて次元を越える者もいるが、それらは皆己の意思で次元を渡ったわけではないからな。その点、エインストラは自由に好きな次元を選んで飛ぶことができる」
「そして、神の目であるエインストラの瞳は、普通では見えないものを見ることができるとも言われています。一体その瞳に何が映るのかは判りませんが、一説によると、全ての生き物の魂の色や形が見えるとか」
「そ、そうなんですか……。エインストラって、とてもすごいんですね……」
 あまり賢くない返答をしてしまったが、実際それくらいしか返しようがないのだから、仕方がない。
「そうなのだ、エインストラはあらゆる意味で規格外の生き物。こと次元能力に関しては、右に出るものなどそれこそ神しか存在せん。だからこそ、帝国はエインストラが欲しいのだ。連中は十年以上前から、次元魔導にやたらとこだわっていたからな。エインストラの能力を使い、どこか別次元から強大な魔物でも召喚して使役するつもりなのだろうよ」
「はあ、なるほど……」
 気の抜けた返事をした少年だったが、ギルヴィス王の方は深刻そうな表情を浮かべていた。
「キョウヤさんが本当にエインストラかどうかは置いておくにしても、現状帝国側にそう思われてしまっている以上、今後も貴方が狙われる可能性は高いです」
「そ、そうなんですか……」
 いきなりそんなことを言われても全く実感が湧いて来ず、少年は困惑してしまった。それをどう受け取ったのかは判らないが、ギルヴィスは優しそうな笑みを浮かべて少年を見た。
「心配することはありません。貴方は我が国の民です。ギルガルド国王の名に懸けて、必ず守ってみせます」
「幸い私も隣国に住んでいる身だ。お前に何かあったときは、グレンに乗ってすぐに飛んでこよう」
 王様がそんなに簡単に国を空けて良いのだろうか。そう思った少年だったが、やはりそれを指摘することなどできないので、曖昧な微笑みを浮かべて礼の言葉を述べておく。
 相変わらず話の全てについていけたわけではないが、それでも判ったことはある。
(まず、帝国が僕をエインストラという希少生物だと勘違いしていること。そのせいで今後僕は帝国に狙われるかもしれないこと。そして、ロステアール国王陛下はとてもきれいな人で、……僕のことが好きなのかもしれない、ということ)
 最後のひとつに関しては未だに半信半疑だが、少なくとも少年が見る限り、赤の王が嘘をついているようには思えなかった。
(でも、もしそうだったとしたら、僕みたいな汚い子供のどこか良いんだろう……)
 そっと窺うように赤の王に視線をやれば、ぱちりと目が合った。慌てて目を背けようとした少年だったが、その前に王が金の目を細めてふわりと微笑んでしまったので、少年の思考と表情はとろんと蕩けてしまうのだった。

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