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第241話 死神ちゃんとトルバドゥール③

 死神ちゃんは〈担当のパーティー(ターゲット)〉を求めて五階の〈水辺の区域と砂漠区域のちょうど間にある、いい塩梅の気温の場所〉にやってきた。そこでは吟遊詩人二人に戦士・僧侶・魔法使いという少々偏りのある一団が小休止をしていた。


「ぎゃあああああああ!! ――うぇっ、げほっ」


 
挿絵




* 吟遊詩人の 信頼度が 3 下がったよ! *


 死神ちゃんが吟遊詩人の一人を脅かすと、彼は断末魔のような凄まじい悲鳴を上げた。勇猛そうな好青年という見た目とは裏腹な、情けない金切声を上げてむせ返る彼を、もう一人の吟遊詩人が軽蔑の目でじっとりと見ていた。叫び声を上げた吟遊詩人は、涙目で仲間を見てポツリと言った。


「ひどい。信頼度まで下げること、無いじゃないか。少しは心配してくれたって……っていうか、この流れ、去年もたしか、同じ時期にあった気が」


 好青年が顔をしかめると、太っちょの男性が顔をほころばせて死神ちゃんを抱き上げた。


「いやあ、死神ちゃんじゃあないか! 一年ぶりだね!」

「おう、久しぶりだな。ていうか、ツンツンお嬢様は? 今回は不参加なのかよ」


 死神ちゃんがパーティーメンバーをキョロキョロと見渡して首を傾げると、太っちょが苦笑いを浮かべて言った。


「彼女はね、結婚して冒険者を引退したんだよ」

「へえ、そいつはめでたいな」


 死神ちゃんが目を(しばた)かせると、好青年が苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。彼はフンと鼻を鳴らすと、辟易としたような口ぶりで言った。


「歌を志す女性には、よくある話さ。いいトコのお嬢様の出の子には特にね。――親のスネかじって、とりあえず適当な劇団に所属してみたり留学してみたり。いつか大舞台に立ってディーバになるんだとか言いながら、ある日突然、恋人ゲットからのデキ婚コンボを決めちゃったりしてね」

「もしかして、あのお嬢もそういう流れで?」

「いや、デキ婚はさすがに違うけれど。でも、まあ大枠は同じ感じだね」


 まがりなりにも仲間だった相手に辛辣なことを言う彼に、死神ちゃんは眉根を寄せた。そして「何の恨みがあるんだ。それとも、恋していたのか」と尋ねると、彼は仰天して恋愛感情を否定した。直後に皮肉めいた表情を浮かべると、彼は「どちらかと言えば、恨みのほう」とこぼした。
 彼らは一流の音楽家を目指して、大学でともに学んだ仲間だという。この世界の大学というのはよほどのお金持ちか、本当に才の秀でたものしか通うことができないのだそうだ。そして好青年は貧乏な家の出で、才能が認められて大学に進学したクチだった。
 入学を認められたのはいいものの、学費の全てが免除になるわけではなかった。そのため、彼はアルバイトをしながら必死に勉強を続けたそうだ。結果、周りには金がないことの苦労を知らないセレブがほとんどだったことから、彼はそのセレブから珍獣を見るような目で見られる毎日を送ったのだという。


「やつらは『この世に、そんなにお金のない人がいるというの?』という目で見てくるのさ。しかも、アルバイトしないと大学に通っていられなかったから、学生時代は勉強する時間が確保しづらくて、そのせいで成績も芳しくなくて。対してやつらは勉強だけに時間を使えるから、成績ももちろん良くて。『いい成績を収めたければ、バイトなんかしなければいいのに』とか言われて。それが悔しくて、卒業後は歌を追求しながら稼ぐことも一緒に行える冒険者になったわけだけど。そしたら今度は『偉いね。稼ぎながら探求し続けるだなんて。親の援助があって〈できて当然〉な私は、あなたよりも余裕があるんだから、もっと頑張らなくちゃいけないのに。あなたのほうが頑張ってるね』とか、そういう上から目線なことを言ってくるんだよ」

「つまり、お前はお嬢からそういう扱いをされ続けていたってわけだ。気にしないようにしていたくても、ずっとそういう環境に身を置いていたら鈍感でない限りは嫌でも気になるよな。ていうか、そんな不愉快な思いを抱えて、よく一緒にパーティーを組んでいられたな」


 死神ちゃんが苦い顔を浮かべると、彼はため息混じりに「師匠の娘さんで、お守りを任されて断れなかったんだ」とこぼした。
 太っちょのほうも、この一年でいろいろとあったようだった。彼は好青年よりも年上で、もうじき三十になるそうだ。声帯も一種の筋肉だそうなのだが、他の筋肉と違い、大体三十歳くらいには鍛えても伸び幅が少なく落ち着いた状態になるのだという。彼もすでにその傾向が自身に現れているそうで、プレイヤーとして技術を探求し続けるということに限界を感じるようになってきているのだそうだ。


「だから私は、教える側に回ろうかと思って。ギルド併設のカルチャースクールで講師のアルバイトを始めたんだ。これがまあ、結構好評でね。正式に職員として働かないかと声もかけてもらっているんだが、まだまだ現役プレイヤーでいたいという思いも捨てきれなくて。それに、正規職員になると、冒険者としての活動ができなくなるって噂で聞いたから。――生徒さんに最新の技術を教えるためには、第一線を張るプレイヤーほどでないにしても、技術の追求は必要だしね」


 死神ちゃんは相槌を打つと、何かに気付いたとでもいうかのように目を少しだけ見開いた。そして「ていうことは、今回もセイレーンさん詣でに来たのか」と尋ねると、彼らはにこりと笑って頷いた。
 彼らは前回、ダンジョン内にいるセイレーンが毎年春を境に歌う曲のジャンルを変えるという噂を聞きつけて〈勉強会〉にやってきていた。去年のセイレーンさんはデスメタルを歌っており、彼らはその破壊力に喉をやられて散っていっていた。死神ちゃんがそのことを懐かしむと、彼らはニヤリと笑って胸を張った。


「あれから何度か〈水辺地区〉に通って、あの力強い〈破壊の歌〉を習得したんだよ。あとで機会があったら聞かせてあげるよ」


 休憩を終えた彼らは、セイレーンのもとへと向かう途中にモンスターと遭遇した。そこでさっそく、デスメタルを披露してくれた。彼らはカッと目を見開くと、鬼のような形相と地響きのような歌声で髪を振り乱しながら〈破壊の歌〉を歌い上げた。その歌いっぷりはセイレーンも顔負けの堂々たるもので、もしもここにパンクでロックなあの錬金術師が居たら「すげぇパネエ!」を連呼するだろうと死神ちゃんは思った。そして〈金属的に輝き響く、死の歌声〉を自在に操り、超音波のようなシャウトを放ち、モンスターを打ち負かした彼らに、死神ちゃんは盛大な拍手を送った。

 彼らはセイレーンのもとに辿り着くと、羽根の中に顔を埋めて気持ちよさそうに眠る彼女を刺激した。飛び起きた彼女は睡眠を妨害された怒りで顔を歪めると、スウと息を吸い込み胸と腹を膨らませた。その様子を期待に満ちた表情で見つめる彼らの後ろで、死神ちゃんもワクワクとした表情でセイレーンの歌を心待ちにしていた。しかし、一転して死神ちゃんは呆然として表情を失った。


「えっ、同時に二つの音が発せられているだと……? どうやったらできるんだよ、これ……」

「今年のこの歌は、一体何だ……? 何ていうか、頭が混乱してきそうだ……」

「まあ、そうだろうな。声楽とホーミーじゃあ、発声からして違うから……」


 トルバドゥールたちは目を白黒とさせながら「これは、倍音?」だの「口の中はどういう状態になっているんだ?」だのと呟いた。そして何となく真似てはみるものの、ちょっと聞いただけでは未知の歌唱法を瞬時に理解するということなどできるはずもなく、彼らは首をひねりながらウーウーと唸り声を上げ続けるしかできなかった。
 次第に彼らの混乱は増して行き、とうとう腕輪から小鳥が出現してぴよぴよと舞い始めた。それと同時に彼らは意味不明な言葉を発し、嬉しそうに水辺へと入っていった。
 彼らが入水した直後、ピラニアシャークが集まってきてビチビチと水面を跳ね回った。死神ちゃんはげっそりと肩を落とすと、そのままスウと姿を消したのだった。



   **********



 死神ちゃんは待機室に戻ってくると、心なしか眉根を寄せて住職を見上げた。


「何でホーミー……?」

「ああ、(かおる)ちゃんは審査員をやった本戦のことしか知らないのか。――あの人、去年は予選で一度敗退しているんだよ」

「それは知っているよ。〈まさかの敗退。そして、敗者復活戦突破からの優勝!〉とか何とか、会場でもかなり騒がれていたからな。――もしかして、その予選で歌ったのか」


 死神ちゃんが苦い顔を浮かべると、住職は苦笑いで頷いた。そして彼は遠くをぼんやりと見つめながら、しみじみと呟くように言った。


「あのまま復活しないでいてくれたら、今度こそ俺が優勝できただろうに」

「ていうか、あの人、カバー範囲が広すぎだろう。むしろ、ズレてるっていうか」

「本当だよ。そのまま、独自路線突っ走ってくれよ。万人受けなんて狙わないでさ。そしたら俺も、〈万年二位〉という屈辱的なあだ名を返上できるっていうのに」


 彼は深くため息をつくと、とぼとぼとダンジョンへと出動していった。死神ちゃんは「歌の世界って、実はいろいろと世知辛いんだな」と改めて思いながら、ホーミーに挑戦してウーウーと唸った。首を傾げながら必死に唸り声を上げる死神ちゃんの姿に、同僚の数名がブロークンハートしたという。




 ――――なお、セイレーンさんは倍音を駆使してガラスも楽々とブロークンするそうDEATH。

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