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第240話 ワクワク★移動遊園地!

「そう言えばの、来月は移動遊園地がやってくるのじゃ!」


 みんなでバレンタインのためのチョコレートを作った日。ブレイクタイム中にチョコレートで口周りをベタベタにしながら、天狐は明るくそう言って嬉しそうに笑った。
 その遊園地はとあるエンタメ好きな神様が、神様やその眷属向けの事業の一環として運営しているのだそうだ。遊園地自体は移動しないのだが、〈遊園地へと続く門〉が移動してやってくるため〈移動遊園地〉と呼ばれているのだとか。なお、門は数年に一度のペースで天狐の城下町に現れるのだという。


「わらわの実家のお里にも来ることがあるのじゃが、お里経由で来園するよりもお安いのじゃ! だからの、期間中は通いに通いまくるのじゃ!」


 くふくふと楽しそうに笑う天狐に死神ちゃんが目を(しばた)かせると、アリサがコーヒーカップを置きながら言った。


「この〈会社〉は女神様がオーナーですからね。そこで働く社員は〈神の眷属〉と言っても差し支えないわけで。そういう理由で、福利厚生の一環として利用できるように契約を結んでいるのよ」

「ホント、この〈裏世界〉って狭くて不便なようで、実は至れり尽くせりだよな。――数年に一度来るってことは、お前らは行ったことあるのか?」


 死神ちゃんはアリサを含む先輩社員たちを見渡した。すると、マッコイ以外が「ある」と答えた。アリサは〈会社の社長〉という立場のため、視察として行ったそうだ。サーシャはエルダや同僚と何度か行った事があるそうで、ケイティーは天狐に連れられて行ったくらいだという。その当時は第二死神寮にまだ住んでいたころで、天狐の〈たいいくのおじかん〉を担当してくれている第二のメンバーへのお礼ということだったそうだ。ちょうどその日マッコイは勤務が入っていたそうで、だから彼は残念ながら行ったことがないのだという。


「毎回は予定が合わせられないだろうからの、でも、一回は(みな)で行きたいのじゃ!」


 おみつに口元を拭われながら、天狐が目を輝かせて腕を振り上げた。すると、アリサがマッコイとケイティーに向かってニコニコとした笑みを向けた。


「ちょっとそこの死神課班長二人、まだ来月のシフトの決定稿は出ていないでしょう? 私の休みを教えるから、参加メンバー全員、そこを休みにしておきなさいよ。これ、社長命令だから」

「職権乱用甚だしいわよ!」

「だって、参加メンバーの大半が死神課所属なんだから、仕方ないじゃない」


 アリサが悪びれもせず肩をすくめると、マッコイが呆れ返って目を丸くし、ケイティーが苦笑いを浮かべた。



   **********



「はーい、こっち視線くださーい」


 エルダがそう声をかけると、死神ちゃんは反射的に可愛らしいポーズをキメにキメた。その左右には同じようにポーズをとった天狐とピエロがいて、シャッターを切るエルダの背後には興奮気味のケイティーが「現像したら私にもちょうだい!」と連呼していた。
 死神ちゃんがうっかり乗せられてしまったことに愕然としていると、今撮った写真をチェックしながらエルダが至福の笑みを浮かべていた。


「ああ、休みがとれて本当に良かった……。お菓子作りはことごとく参加できなかったから……。今日は心ゆくまで写真を撮りまくるんだから!」

「いや、お前も遊園地の乗り物を楽しめよ」


 死神ちゃんがエルダに向かって呆れて目を細めると、その横で天狐が不思議そうに首を傾げた。


何故(なにゆえ)、住職が来ておるのじゃ? いつも、こういう催しには参加してはおらぬじゃろう? でないと、マッコが休みを確保できぬからの」


 住職はギクリと頬を引きつらせると、何かを言い淀んだ。マッコイがすかさずそれを遮るように「アタシ、このあと夜勤なのよ」と言うと、アリサがギョッと目を剥いて素っ頓狂な声を上げた。
 マッコイはアリサに耳打ちをすべく顔を寄せると、誰と誰をとは言わずに「せっかくだから、遊園地デートさせてあげたいじゃない」と声を潜めた。アリサは住職が荷物持ちのフリをしてそれとなくおみつの側に立ちながらニコニコと嬉しそうにしているのを見、そして天狐が「遊園地が来ている期間中は、通えるだけ通いたい」と宣言していたのを思いだし、合点がいったというかのように嗚呼と相槌を打った。天狐がぎっちりとお出かけの予定を入れているのであれば、お世話役のおみつの予定もそれで埋まっているのが容易に想像できたからだ。

 早速フリーパス付きの入園券を購入すると、一同は遊園地へと足を踏み入れた。そして〈どの乗り物から攻めていこうか〉という話になると、アリサとクリスが「私が一緒に回るの!」と言って死神ちゃんを取り合いし始めた。マッコイは言い合いを始めた二人の肩を掴むと、呆れ返って眉根を寄せた。


「アンタたち、いい大人なんだから我慢しなさいよ。こういうのはね、お子様が最優先なのよ」


 アリサとクリスは一瞬不服そうに口を尖らせたが、天狐が死神ちゃんの手を大はしゃぎでとったのを見て納得がいったようだった。
 天狐が死神ちゃんの手を引いて走り出すと、その後ろをハイテンションなケイティーとピエロ、そして権左衛門が追いかけた。天狐が向かった先には、まるでうさ吉を巨大化させたかのようなぬいぐるみがいた。ぬいぐるみは天狐に風船を渡すと、胸の辺りに〈特別なシール〉を付けてくれた。何でも、そのシールがあると遊園地内のいろいろな場所で優待を受けられるのだそうだ。
 天狐はそれに喜びつつも、不思議そうに首を傾げた。


何故(なにゆえ)、お花とピエロにはシールをくれないのじゃ?」

「このシールはね、小さなお友達だけの特別なものなんだよ」


 どうやらこのぬいぐるみには死神ちゃんやピエロが見た目通りの子供ではなく、本当は大人であるということが分かっているらしい。しかしそれをあまり認識できていない天狐は、訝しげな表情でぬいぐるみを睨むことをやめなかった。死神ちゃんは苦笑いで彼女を宥めたのだが、結局ぬいぐるみは死神ちゃんとピエロにもシールを貼り付けた。
 天狐が満足げに笑う横で、死神ちゃんは申し訳なさそうに頭を掻いた。すると、ぬいぐるみが死神ちゃんにこっそりと「ゲストの笑顔のために尽くすことが、我々の(めい)ですから」と告げた。死神ちゃんは「まるでどこぞの夢の国のようだな」と内心舌を巻きつつ、ぬいぐるみに礼を述べた。

 シール特典を利用してさっそく売店でポップコーンをもらった死神ちゃんたちは、塩バター味にうっとりとしながらジェットコースターへと向かった。
 ジェットコースターを目の前にして、死神ちゃんは「すごいな!」と声を上げ目をキラキラと輝かせた。その後ろで、マッコイが「あら、立派ね」と驚嘆した。彼が見上げて驚くほどの大きさなのだ、幼女サイズの死神ちゃんが圧倒されるのも無理はなかった。

 マッコイとアリサ、そしてエルダが荷物を預かってくれると言うので、それ以外のメンバーでジェットコースターの列に並んだ。


「あちし、こういうのは初めてだから不安だよー」

「このくらい、飛行靴履いて上下左右関係なく動き回ってる私たちにはどうってことないって。大丈夫、楽しいよ」

「本当? でも何となく不安だから、軍曹、隣に乗ってよ」


 ケイティーは笑って頷くと、ピエロとともに前から二番目の席に座った。最前席は死神ちゃんと天狐が陣取っていた。
 搭乗前にそわそわとして落ち着かなかったピエロに余裕の笑みを見せていたケイティーだったが、彼女はコースターが急直下した辺りで絶叫した。それに釣られたかのように、さらに後ろの席にいたクリスや権左衛門も声の限り叫んでいた。死神ちゃんと天狐は、おかしそうにキャアキャアと声を上げながらも楽しそうに笑い転げていた。


「お前ら、乗る前に〈このくらい、どうってことない〉って言っていたじゃあ――」


 コースターから降りた死神ちゃんは、〈搭乗中、絶叫を上げていたメンバー〉にニヤニヤとした笑みを浮かべて声をかけた。しかし、彼らがコースターから一向に離れようとしないことを訝しげに思い、死神ちゃんは言葉の途中で顔をしかめると「どうしたんだ、一体」と尋ねた。すると、クリスと権左衛門に手伝ってもらいながらピエロをまたいで降車したケイティーが顔を青ざめさせた。


「ピエロが! ピエロが、スポンと抜けて、飛んでいった!」

「はあ!?」


 慌てて地上に戻ると、マッコイとアリサがしかめっ面でエルダのカメラを覗き込んでいた。彼らは死神ちゃん達に気がつくと、顔を強張らせた。


「ねえ、今、ピエロの本体が飛んでいったでしょう?」

「そうなんだよ! お前らも見たのか!?」

「エルダがカメラに収めてくれていたんだけれど、ちょうどこれからここを通過するパレードに紛れ込んだみたいよ」


 写真を確認すると、たしかにピエロはパレードのワゴンに混入していた。死神ちゃんとケイティーが呻いてすぐに、クリスと権左衛門に左右から支えられてくったりとしていたピエロ(美少女)がピクリと動いた。本体が肉体の操作範囲に入ったことを確認してひとまず安堵した死神ちゃんたちだったが、パレードのワゴンが目の前にやって来ると思わず呆然とした。ピエロの本体であるぬいぐるみは、ワゴンの上で大事そうに遊園地のマスコットキャラクターに抱きかかえられていたのである。


「ああああああ! 軍曹~! マコち~ん! 小花っち、ゴンザ、クリス~! た~すけて~!」


 そのままゆっくりと去っていくピエロをつかの間ぼんやりと眺めていた死神ちゃんたちは、ピエロ(美少女)が慌てて本体を追いかけ始めたのを見てハッと我に返った。死神ちゃんたちはピエロを追いかけていこうとしたのだが、おみつがそれを制した。そして彼女はにこりと微笑むと、〈クノイチの嗜み〉を存分に発揮してパレードを中止させることなく穏便にピエロを取り戻してきた。


「ああもう、びっくりしたよー! まさか、〈リュックサック等は、預けてから搭乗してください〉の意味を身をもって実感するとはね!」

「お前、悲惨な目に遭ったわりに、随分と余裕そうだな」


 死神ちゃんが頬を引きつらせると、この短時間の間にゴテゴテな装飾を施されたピエロ本体がケタケタとおかしそうに笑い声を上げた。
 気を取り直して、まだジェットコースターに乗っていないメンバーと、もう一度乗りたいメンバーで〈二度目〉に行くことになった。最初、夜勤のあるマッコイと写真を撮っていたいエルダが遠慮していたのだが、死神ちゃんがマッコイの手を、天狐がエルダの手をとって問答無用で乗り場へと連れて行った。
 おみつが乗りに行きたそうにそわそわとしたのだが、こういうものは苦手だったらしい住職がグロッキーになっていたために戸惑っていた。住職がか細い声で「行っておいで」と言い、権左衛門とサーシャが「彼のことは看ておくから」と請け負うと、おみつは急いで天狐のあとを追った。

 しばらくして、フラフラになったアリサがエルダに抱えられて帰ってきた。


「戦闘要員組、タフ過ぎやしない? もう一回乗るとか言って、今、並び直しているんだけど……。私、こういうのは一回で十分だわ……」


 言い終えて、彼女はベンチでぐったりと横たわる住職をじっとりと見つめた。そして、彼に向かってボソボソと声を落とした。


「あなたも戦闘要員組でしょう。夜勤があるっていうマッコイですら喜々として二回目に並んでるっていうのに、どうしてあなたは伸びているのよ」

「いや、俺、あいつらみたいに天地関係なく縦横無尽に動き回るタイプじゃあないですし」

「ていうか、一応デートのつもりなんでしょう?」

「ううっ……。他で挽回します……」


 悔しそうに下唇を噛む住職にカメラを向けると、エルダは無情にもシャッターを切った。

 そのあとも、死神ちゃんたちはここそこでシール特典を堪能し、途中でお昼休憩を挟みつつも乗り物を消化していった。
 コーヒーカップでは、天狐が調子に乗ってカップを回しすぎ、再びピエロが吹っ飛んだ。このとき荷物番だったのは権左衛門で、彼はまるでフリスビーを投げられた犬のようにピエロを即キャッチして他の客から喝采を浴び照れくさそうにしていた。
 回転木馬では、天狐と同じ木馬に跨った死神ちゃんがカメラを向けるエルダにキリッと王子様風の顔を向けた。もちろん、天狐はまるでお姫様のような素敵な笑顔を浮かべていた。エルダは喜んでシャッターボタンを連射し、このとき一緒に荷物番をしていたケイティーが悶え苦しんだ。

 さらに幾つかの乗り物を楽しみ、最後に観覧車に乗った。ゴンドラは四人乗りだったため、天狐は同乗者として死神ちゃんとマッコイとケイティーを指名した。


「あんた、これから夜勤とか、本当に大丈夫? 結構はしゃぎまわっていたけど」

「体力温存のために荷物番に徹しようと思っていたんだけど、駄目だったわね。もう、楽しすぎて」

「あんなに楽しそうにしているマッコを見たのは初めてなのじゃ! 一緒に来られて、本当に良かったのじゃ!」

「アタシもよ。誘ってくれて、本当にありがとう」


 天狐が嬉しそうにマッコイに抱きつくと、彼は彼女の頭を優しく撫でた。ゴンドラがガタンと揺れて一瞬驚きの表情を浮かべた死神ちゃんとケイティーだったが、嬉しそうにニコニコと笑う天狐を見るや頬を緩めさせた。
 ゴンドラが頂上に到達すると、天狐は死神ちゃんたちの頬にチューをして回った。死神ちゃんたちが不思議そうに首を傾げると、彼女は両頬をペチンと鳴らして手のひらで挟み込みキャアキャアとはしゃいた。


「頂上で接吻をするとの、ずっと〈らぶらぶ〉でいられると聞いたのじゃ! お主らはわらわの一番の〈おともだち〉じゃからの、これからもずっと〈らぶらぶ〉でいたいからの!!」


 死神ちゃんたちは胸をキュンとさせて相好を崩すと、天狐の頬にキスを返してやった。天狐はとても嬉しそうに、そして幸せそうに笑った。
 ゴンドラがゆっくりと下り始めると、マッコイが心なしか名残惜しそうな顔を浮かべた。


「遊園地が来ている期間中に、もう一度来たいわね。まだ、乗っていない乗り物が結構あるし」

「おう、じゃあ今度の休みにまた来ようぜ。俺、付き合うよ」

「あら、いいの?」

「マッコ! わらわもまたマッコと一緒に来たいのじゃ!」

「あらやだ、アタシったら、大人気ね」

「ずるい! そのポジション、代わってよ!」

「おケイとだって、また来たいのじゃ!」

「あーん、天孤ちゃん、ありがとう! 私、嬉しい!」


 ゴンドラの中は、いつの間にか夕日の赤い光でいっぱいになっていた。そして、みんなの笑顔でもいっぱいだったのだった。




 ――――なお、住職はあまり名誉挽回することができなかった。しかし、エルダが撮り溜めた〈情けない住職写真集〉を眺めるおみつの顔は、心なしか嬉しそうだったそうDEATH。

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