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第238話 死神ちゃんと魔法使い(物理)②

 死神ちゃんは三階の〈ゾンビ部屋〉に来ていた。そこでとり憑いた冒険者を、高台からぼんやりと眺めていた。


 ――ドゴッ! ブシャッ!


 そのような音を立てながら、魔法使いがゾンビを屠っていた。――そう、戦士や僧侶ではなく、魔法使いが。
 死神ちゃんはため息をつくと、下方を見下ろして呆れ気味に言った。


「なあ、お前、多少は魔法使いらしく戦おうぜ。もう少し魔法使いらしさを身につけようとか、この前言ってたよな?」

「む? それはたしか、霊界で言った独り言だったような。お前、どうしてそれを」

「だって俺、死神だもん。霊界にいるヤツだって見えるから」

「ああ、そう言えばそうだったな」


 彼――物理攻撃で最強となることを追い求めたが結果、何故か〈魔法使い〉というハンデを背負うことを選択したエルフ(略して、物理)は、死神ちゃんを見上げて淡々と返した。直後、彼の視界の端にゾンビが入りこんだ。彼は驚くこともなく、それを杖でいとも簡単に薙ぎ払った。



   **********



 〈担当のパーティー(ターゲット)〉と思しき魔法使いがゾンビに取り囲まれているのを見た死神ちゃんは、〈ああも囲まれているのでは、もしかしたら、あの冒険者はこの戦闘で死んでしまうかも〉と思った。思うや否や、死神ちゃんは魔法使いに急接近し、ゾンビに紛れて彼に跳びかかっていった。――とり憑いた瞬間に灰化してもらい、とっとと一仕事終えようと思ったのである。
 ゾンビが彼に襲いかかった瞬間、死神ちゃんも一緒になって彼の眼前に躍り出た。手早く彼にタッチして、それによって怯んだ彼がゾンビに揉みくちゃにされて終わるだろうと死神ちゃんは思っていた。しかし、彼は全く動じることなく、力の限り杖で一面を薙いだ。
 杖は死神ちゃんの体を通過し、その一瞬の不快さに死神ちゃんは顔を歪めた。それと同時に周囲のゾンビ達が一斉に倒れ、攻撃を受けて失速した死神ちゃんは彼に抱きとめられた。


「む? 誰かと思えば、いつぞやの死神か」

「おう、どうも……」


 彼はそのまま、丁重に死神ちゃんを抱きかかえるのではなく、ぞんざいに小脇に抱えて高台へと移動した。そして死神ちゃんを適当に降ろすと、自身も適当な岩場に腰を落ち着かせた。


「食うか」

「おう、ありがとう……」


 ポーチから取り出したスコーンを死神ちゃんに分けてやると、彼は黙々とそれを食した。死神ちゃんは気まずそうにおろおろとしていたのだが、ふと顔をしかめると声を荒げた。


「ちょっとは驚いたり困ったりしろよ、死神にとり憑かれたんだからさあ! 何でそんな飄々としてるんだよ!」

「すまない、これでも少しは動揺してはいるんだ」

「全然そうは見えねえよ」

「マイペースだとかポーカーフェイスだとかとは、よく言われるな」

「はあ、そうでしょうね……」


 死神ちゃんは苦虫を噛み潰したような表情でボソリとそう言うと、苛立たしげにスコーンにかじりついた。しばらく無言の状態が続き、二人の咀嚼音と下方から聞こえてくるゾンビのにちゃにちゃずりずりという移動音だけが辺りを支配した。
 出し抜けに、物理がぼんやりとした口調で「見当たらんな」と呟いた。死神ちゃんが怪訝な顔で彼を見上げると、彼は顔色ひとつ変えることなく言った。


「ここに、通常のゾンビよりも二回りも三回りも大きなゾンビが出ると聞いたんだ。俺はどうしても、そいつと戦いたい」

「何でまた」

「そいつが、かなり強い杖を持っているという噂なんだ。通常は工具として使うような代物らしいのだが……」


 心なしか眉根を寄せる物理を驚き顔で見つめ返すと、死神ちゃんは頓狂な声を上げた。


「えっ、アレ、棍棒扱いじゃなくて〈種別:杖〉なのかよ!?」

「お前は見たことがあるのか。――それは杖の中でもかなり物理攻撃に特化している一品だそうだから、俺は何としても手に入れたいんだ。何の変哲もない杖で高い攻撃力を出すことが俺の〈一番の目標〉ではあるんだが、やはり物理攻撃に適した杖も持っていたいと思ってな」


 死神ちゃんは彼の言葉よりも何よりも、鉄梃(かなてこ)が杖扱いであるということが衝撃的すぎて開いた口が塞がらなかった。物理はそんなことなど気にすることもなく黙々とスコーンを食べ、休憩を終えると広間へと降りていった。
 かくして、彼はかれこれ一時間はゾンビを殴り倒していた。物理攻撃以外では一切攻撃をしない彼の姿に飽き始めていた死神ちゃんは、思わず〈魔法も使えよ〉と窘めた。彼は「そうだな」と言いつつも物理でゾンビを制圧し続けた。

 しばらくして、彼は再び休憩をとろうと高台に移動しようとした。しかし、並ならぬ殺気を感じたのか、彼は見据えていた高台を背にするように勢い良く身を捻った。
 ミシッという木の軋む音を立てた物理の杖は、力(くら)べに競り負けて折れ曲がった。その瞬間、物理は杖を投げ捨てながら横飛びにその場から離れた。物理のいた場所の床には力任せに振り下ろされた鉄梃が刺さっており、巨大なゾンビが呻き声を上げながら懸命にそれを引き抜こうとしていた。


「ようやくのお出ましだな」


 物理は口の端だけで笑うと、広間と高台の間辺りまで移動した。そして彼は、攻撃力の上がる支援魔法を自身にかけ、戦士の技である〈気合い溜め〉を行った。一帯に砂埃を巻き上がらせながら、彼の筋肉は溢れんばかりに(みなぎ)る力でミチミチと音を立てた。
 そして、エルフであることを疑いたくなるほどにマッシブな姿となった彼は(とき)の声を上げ、新たな杖を手にするとゾンビへと突っ込んでいった。ローブの裾をはためかせながら巨大な敵へと挑む彼の勇士を、死神ちゃんは手に汗握って見守った。

 激しい打ち合いが長らく続き、このまま拮抗状態が保たれるものと死神ちゃんは思っていた。しかし、戦況は物理に少しずつ傾いていっており、彼はゾンビの攻撃を巧みに(かわ)しながら相手のミスを誘おうとしていた。
 彼はここぞというところでゾンビに強撃を与え、ゾンビは怯んで倒れかけた。しかし、止めの一撃を与えようと彼が杖を振りかざすのと同時に、持ちこたえたゾンビが鉄梃を振り下ろそうとした。

 あわやというところで、死神ちゃんは思わず身を乗り出した。そして、感嘆の声を上げた。突如として爆発が起こり、ゾンビが消し飛んだのだ。爆発によって起きた煙の中からは、涼やかな表情の物理が姿を表した。
 彼は死神ちゃんのほうを見上げると、大きな声で言った。


「どうだ! 俺はきちんと、魔法使いらしさも身に着けていただろう?」


 朴訥な彼が、そのポーカーフェイスを崩して誇らしげに白い歯を覗かせた。そして彼は、続けて言った。


「最後まで物理で押し通したかったが、やむを得まい。獲物を手に入れ、生きて帰ってこそだか――」


 死神ちゃんは「あ」と間抜けな声を上げた。爆風で吹き上げられた鉄梃が、綺麗に彼めがけて降ってきたのだ。ブワッと土煙のように舞い上がる{灰《かれ》をぽかんと見つめると、死神ちゃんは〈まあ、イイものを見れたから良いか〉というかのような苦笑いを浮かべて去っていったのだった。




 ――――物理攻撃が強すぎて忘れがちだけど、彼は魔法使い。だから、物理攻撃には滅法弱い。そういう()()()を抱えているのなら、普通の人以上に最後まで気を抜いたら駄目なのDEATH。

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