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第232話 死神ちゃんとお薬屋さん②

 死神ちゃんがダンジョンへと降り立つと、おっさんの軽やかな歌声が近づいてきた。その洗脳されそうなメロディーに、死神ちゃんは思わずムズムズそわそわした。そして懸命に堪えていたものの、死神ちゃんの口からも歌がとうとう突いて出てきてしまった。
 にょきにょきと背筋を伸び縮みさせて音頭を取りながら、死神ちゃんは楽しそうに歌った。ちょうど歌い終わるかどうかのタイミングで、死神ちゃんは〈担当のパーティー(ターゲット)〉である錬金術師のドワーフと合流した。彼は嬉しそうに目を細めると、死神ちゃんの頭を撫でた。


「これはこれは、お嬢さん。お久しぶりだね。〈お薬屋さん〉にようこそ!」

「いやだから、ようこそしたのはお前のほうだろうが」


 死神ちゃんが呆れ気味に目を細めると、彼は「そうとも言う」と言いながら快活に笑った。
 彼はこの街の薬屋で、コマーシャルソングを歌いながら手製の薬を密売していた。ダンジョン内で流通している品々がおしなべてボッタクリ価格であるということを憂い、安心価格の店を出店しようと乗り出したもののテナント料が法外だったため、駅弁売りのように首から箱を引っさげて許可なく売り歩きをしていたのだ。
 彼は前回の遭遇時にギルド職員に現行犯逮捕――といっても、モンスターに襲われて死亡したため、遺灰を回収されての強制連行だった――され、その時の売り上げもペナルティーと称して根こそぎ没収されたはずだった。しかしながら、彼はそれでもめげていないらしい。今回も彼は、死神ちゃんと出会って早々に商品を勧めてきた。


「今日もプロテインは在庫しているよ。おひとつ、いかがかね?」

「いや、今回はやめておくよ。この前、帰ってから怒られたんだよ」


 死神ちゃんは苦笑いを浮かべると、しょんぼりと肩を落とした。
 前回薬屋からプロテインを購入した数日前に、死神ちゃんはキロ単位でプロテインを購入したばかりだった。未開封であれば二年は保つ代物なのだが、ちょうど開封したばかりだった。そのため、消費期限は三ヶ月にグッと縮まっていた。にも関わらず、死神ちゃんは〈お得だったから〉という理由で薬屋からもプロテインを購入した。そのことについて保護者(マッコイ)に怒られた死神ちゃんだったが、封を切らねば長持ちするから大丈夫だと高を括っていた。――そこに大きな落とし穴があった。〈表世界〉の製法では、未開封であっても二ヶ月も保たなかったのだ。
 案の定、消費期限内に飲みきることができず、死神ちゃんは〈勿体無いことをしてはいけない〉と再度お叱りを受けた。期限が切れてしまったからといって捨ててしまうのも忍びないため、死神ちゃんは必死で飲み続け、先日ようやく〈薬屋から購入した分〉が無くなったところだった。

 薬屋は残念そうに苦笑いを返すと、他の商品はいかがかと勧めた。買い物に消極的な死神ちゃんに笑みを浮かべると、彼は秘密兵器にも匹敵する〈魔法の言葉〉を口にした。


「今日はね、なんとポイント三倍デーなのだよ」

「マジか! それは買わなきゃ損だな!」


 死神ちゃんは俯かせていた顔をパッと上げて興奮気味に頬を染め上げると、いそいそとお財布を取り出した。そして中身を確認して顔をしかめた。


「しまった。この前〈使う予定のないカード類は一旦出しなさい〉って言われて、出したんだった」

「おや、カードを忘れてきたのかね? 今度持ってきてくれれば合算できるから、安心すると良い」


 死神ちゃんは「それはありがたいな!」ととびきりの笑顔を浮かべると、うきうきとした調子で売り物を物色した。そしてアロマキャンドルを手に取ると、ひとついくらなのかと尋ねた。


「それはひとつ四百だな」

「ポイントは五百ごとだったよな。てことは、五つ買ったら無駄なくポイントがもらえるのか」


 死神ちゃんは五つ分の代金を支払うと、判子がいっぱい押されたカードも一緒に受け取った。ほくほく顔でそれを眺めながら、死神ちゃんは前回もらった分と合わせたらあと四スタンプで商品と交換できるようになるということに気がついた。薬屋はさらに〈キャンドルと同じ香りのする練り香水〉の試供品をオマケでくれた。それを受け取り、嬉しい気持ちが一層膨らんで頬も可愛らしい真っ赤に染まった死神ちゃんは、ハッと我に返って苦い顔を浮かべた。


「危なかった。うっかり(ほだ)されるところだった。違反者を助長するようなことは、よろしくないっていうのに」

「じゃあ、返品するかね?」


 首を傾げる薬屋を死神ちゃんは悩み顔で見つめ、そして手元のカードに視線を落とした。死神ちゃんは大切そうにカードをお財布にしまい込むと、まるで何事もなかったかのように振る舞った。
 死神ちゃんは気を取り直したかのように〈本日も行商目的で来たのか〉と薬屋に尋ねた。すると彼はニヤリと笑って「新薬の開発に来た」と答えた。死神ちゃんが怪訝な顔で首をひねると、彼は〈小さな森〉へと向かいながら語り始めた。

 彼はダンジョンで食料品が産出されるようになったことに衝撃を受け、さらに〈プロテインおにぎり〉にはとても〈してやられた〉と思った。そのような思いから、おにぎりをリスペクトしてプロテインを開発・販売していたわけであるが、類似品をシリーズとして売り出したいという野望がふつふつと湧いたそうだ。
 おにぎりの効果は〈筋力が程よく上がって攻撃力が増加するタイプ〉と〈盛り過ぎた筋肉によって防御力が増すタイプ〉の二種類である。彼のプロテインは飲む量に応じて効果が変わり、摂取過多のときに〈盛り過ぎ〉となるようになっている。摂取量によって筋肉のつく量が変わるため、そのようなことができるらしい。


「しかしながら、筋肉はパワーだけではないだろう? しなやかさが加われば俊敏にもなるし、鍛え方如何(いかん)によっては美容方面にも進んでいけるじゃあないか。だから豆と調合薬品の組み合わせによって、類似商品というか、同シリーズの別ラインを築けるんじゃあないかなと思ってだね。――たしか、切り株お化けに生えているきのこも、同様に様々な効果があるんだろう? 私はそれを豆でやりたいんだ。豆を乾燥させて、フレーバーを付けてね。そうしたら、持ち運びにも便利だし」

「それはいい考えだな。じゃあ〈小さな森〉に来たのは、きのこを採取して研究でも――」


 死神ちゃんはそこで言葉を切ると、目の前に広がる光景に頭を抱えた。そして得意げに「農家だというノームの子が賛同してくれて、共同開発を」と話す薬屋の言葉を遮るように、呆れ声をひっくり返した。


「ダンジョンを! 耕すべからず! ダンジョンで! 栽培するべからず!」

「ええっ、もしかして、行商だけでなく農地開拓も禁止されているのかい!?」

「もしかしても何もないから! ちょっと考えれば分かるだろう! 難攻不落のダンジョン内に管理の行き届いた畑があったら、おかしいだろうが!」


 困ったなあと言いながらも、薬屋はマイペースに研究ための準備をし始めた。幸い、農家は今ここにはいないようだったので、死神ちゃんは「あとで全撤去依頼を出そう」と心中で呟きため息をついた。
 彼が作業している間、死神ちゃんは退屈しのぎに切り株お化けレーシングを楽しみながら薬屋のコマーシャルソングを歌っていた。すると、切り株たちもすっかりメロディーに毒されたのか、きのこをわさわさと揺らしながらムイムイヒギィと歌いだした。このコマーシャルソングの洗脳性と中毒性は凄まじいようで、気がつけば森の至るところからメロディーが聞こえてくるようになった。
 それに気を良くした薬屋は、試作した〈支援お豆〉を死神ちゃんがライドしている切り株お化けに食べさせた。すると、切り株お化けは小刻みに振動し始めた。驚いてギョッと目をむくと、死神ちゃんは切り株に必死にしがみつき、薬屋は切り株を凝視した。切り株は振動を拡大させながら巨大化し、周囲の木をなぎ倒した。


「私の薬は効果確実だが、これはさすがに効き過ぎってやつだな」

「どうするんだよ、これ! どうやったら戻るんだよ!」

「消化されれば、そのうち……」

「はあ!? それじゃあ当分はこのサイズのままなのかよ!」


 死神ちゃんが薬屋を見下ろして怒鳴りつけると、彼は困惑顔で頭を掻いた。すると切り株お化けが野太い声でムイーと鳴きながら、一歩前へと踏み出した。そして、切り株の足元にいた薬屋は逃げる間もなく踏み潰された。死神ちゃんは切り株から降りて試作お豆の残りを拾い上げると、応援要請を出すべく無線の回線を開いた。



   **********



 死神ちゃんが待機室に戻ってくると、マッコイが呆れ眼でじっとりと見つめてきた。死神ちゃんは苦笑いを浮かべると、「お土産」と言ってアロマキャンドルを差し出した。マッコイは死神ちゃんと視線が合うようにしゃがみ込むと、死神ちゃんを窘めるように心なしか睨んだ。


「今回も『うっかり絆されるところだった』って言ったときには、もうしっかりと絆されていたわね。ポイントがいっぱいもらえるからって、たくさん買う必要はないのよ?」

「だって、ポイントがきちんともらえるように買ったほうが良い気がしたんだよ!」

「〈今だけお安い〉とか〈今だけ三倍〉とか、どうしてそういう言葉にすぐ乗せられるのよ! おっさんの悲しい性なわけ?」

「おっさんは関係ないだろう!?」


 死神ちゃんは不機嫌に頬を膨らませると、口を尖らせて「お前が喜ぶと思って」だの「今回はもったいないことにならないものだし」だのとぶつくさ言った。マッコイは呆れ返ってため息をついた。


「アタシのことはいい口実で、ポイントがいっぱい欲しかっただけなんでしょう?」

「はい、そうです! 本当はそうです! 悪いですか!」


 死神ちゃんがぷるぷると震えだすと、マッコイは「本当にずるいわね」と言って苦笑いを浮かべた。


「言い逃れのためとはいえ『お前が喜ぶと思って』と言われたら、怒れないじゃない。――練り香水もあるのよね? 使ってみるの、楽しみだわ。ありがとう」


 笑顔でアロマキャンドルを受け取った彼を見て、死神ちゃんはホッと胸を撫で下ろした。その周りで、同僚たちが「お母さん孝行ですね」と言ってニヤニヤとした笑みを浮かべた。死神ちゃんは不機嫌になって地団駄を踏むと、ダンジョンへと戻っていったのだった。




 ――――持ち帰った〈支援お豆〉はアイテムとして採用され、後日ダンジョンに実装されました。お薬屋さんは「アイデアを奪われた」と憤慨しつつも、次なる研究に燃えたぎったそうDEATH。

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