第231話 死神ちゃんとフリマ出店者③
死神ちゃんが〈小さな森〉にやって来ると、芋虫相手にノームがべーべべしていた。〈ノームが芋虫から糸を採取〉というとどこぞの農家が思い出されるが、今回棒を片手に必死に虫と格闘しているノームは別の者だった。
彼女はかなりの重装備を
「うへゃう!」
「うわ、
「死神ちゃん、お久しぶり! ていうか、直接触って確かめるだなんて、中々に破廉恥な行為だと思うんだがねえ」
死神ちゃんが苦い顔を浮かべると、彼女――破廉恥な格好を武器に粗悪品を高値で売りつけるフリマ出店者は慌ててファッションリングを弾いた。すると、先ほどまでの破廉恥な姿から〈ごく普通の、ズボンを履いている状態〉へと変化した。どうやら今回は破廉恥スタイルのほうが実際の姿であるらしい。
死神ちゃんは不服そうに頬を膨らませると、彼女を睨みつけながら言った。
「まさか、本当に露出しているとは思わないだろうが」
「だからって、それを確かめるためにわざわざ触りますかね」
「大殿二頭筋くらい普通に触るだろ。それに、やましい意図を持って触る場合、もっと手つきがいやらしいはずだろう?」
「可愛らしい幼女がそういう破廉恥な発言しちゃあいけないよ!? もっと手つきがいやらしいって何!? そういうこと、してるっていうの!?」
「一般論だろ!? 気にするなよ!」
死神ちゃんは声を荒らげさせると、気持ちを切り替えるかのようにため息をついた。そして「その破廉恥スタイルは〈商売のために仕方なく〉ではなくて、単なるお前の性癖なのでは」というようなことを吐き捨てるように言った。すると彼女はその発言を笑い飛ばした。何でも、ストロベリードットは単なる〈いちご柄のパンティー〉ではないらしく、防御力が高い上に何やら特殊な効果が付与されているそうだ。――さすが希少アイテムだけはあると驚きつつも、死神ちゃんは何となく釈然としない思いを胸に抱えた。
死神ちゃんは彼女に本日の目的について尋ねた。すると彼女はニヤニヤと笑って得意気に胸を張った。
「最近ね、巷ではハンドメイドが流行っているんだよ。それをダンジョンでも取り入れてる私って、とても最先端だと思わないかい?」
「あー、あれか? 女性でハンドメイドというと、レジンで作ったりビーズを編んだりしたアクセサリーか? でも、そんなものをダンジョンのフリマで販売しても売れないだろう。魔法のアイテムを使ってでもいるのか?」
「違う違う。もちろん、巷で流行っているのはそういうのだけれども。でも、私がやっているのは、そういう女子力高そうなやつじゃないって。もっとこう、無骨な感じの」
「あー、じゃあ、あれか? クレイシルバーで作るアクセサリーとか」
それも違うと言うと、彼女はポーチから何やら取り出した。それは〈破損した装備品〉で、粗悪品として産出されるアイテムだった。死神ちゃんが怪訝な顔で首を傾げると、彼女は「これを手直しするんだよ」と言って笑った。
冒険者たちはよっぽど金銭に困っているかポーチに余裕がない限りは、不要なアイテムは持ち帰らずにその場に放置していく。そのまま捨て置かれてもダンジョンがゴミで溢れかえるだけなので、ダンジョンの環境を整えるのが仕事の〈修復課〉が定期的に〈ゴミ拾い〉を行っている。フリマ出店者はその〈不要の物として遺棄されたアイテム〉を拾い集め、手直しを施してフリマで販売しているのだとか。
「そこら辺に捨てられているものだから、元手はタダ! 今まで必死にアイテム掘りをしていたけれども、それと比べたらこっちのほうが疲れなくていいよ。それにね、直してみると〈実はすごいレアアイテムでした〉というようなものもあったりするんだよ。そんなものをホイホイ捨てていっちゃうだなんて、もったいないことこの上ないよねえ」
「それにしても、壊れたアイテムを修復できるって、お前、実はすごいスキル持ちなんだな」
まあね、と言うと、彼女は得意気にふんぞり返った。ノームは農耕や機織り、針仕事などが得意だそうで、彼女の特技も種族に由来するものらしい。今回芋虫から糸を採取していたのも、よりよい強度の糸を使用して装備の修復を行いたかったからだそうだ。彼女は死神ちゃんに見せた〈壊れたアイテム〉をポーチにしまいながら、悪どい笑みを浮かべて言った。
「レアなものは自分用にとっておいて。手直ししたものの中でも特に粗悪なものをね、〈ノームがハアハア言いながらアレしたアイテム〉って看板立てて高値で売り出すのよ。これがもうね、アホかってくらい飛ぶように売れてね」
「売り方が下品でえげつないのは変わらないのかよ。何だよ、ハアハア言いながらアレしたって」
「別に? 息切れを起こすくらい一生懸命に修復してるってだけだけれど。だから、嘘は言っていない!」
ケラケラと笑う彼女を呆れ眼で見つめると、死神ちゃんは鼻を鳴らした。彼女は笑いながら、死神ちゃんの冷ややかな態度など気にすることなく、死神ちゃんの肩を掴んだ。そしてにっこりと微笑むと、ポーチの中から何かをとりだして言った。
「さ、お着替えしましょうか。私のお店のマスコットちゃん」
「まだ諦めてなかったのかよ! ていうか、何だよ、その服は」
「私がひと針ひと針魂を込めて縫い上げました。どうぞ、お収めください」
「嫌だよ、着ないから! 放せよ!」
死神ちゃんは肩に乗っていた彼女の手を払い除けたが、彼女は再び死神ちゃんに掴みかかった。掴んでは払いのけるを何度か繰り返したあと、死神ちゃんはくるりと踵を返して彼女から逃げようとした。しかし彼女はすかさず死神ちゃんを羽交い締めにし、そして暴れる死神ちゃんから服を剥ぎ取った。
森の中にギャアという死神ちゃんの悲鳴がこだましてしばらくすると、今度はスンスンと鼻を鳴らす音が響いた。死神ちゃんは両手で顔を覆い隠し、めそめそと泣きながらうなだれた。
「無理やりは、よろしくないと思います」
「抵抗しなきゃいいでしょうが。それに、女同士なんだから恥ずかしがることもあるまいて」
「どうあがいても恥ずかしいだろ。何だよ、この踊り子っていうか妖精っていうか、そういう感じの露出高い服!」
「よく似合ってるよ! すごく可愛らしいし、それでいて露出度も高くて、いろんな層をバッチリロックオンですよ! これは売り上げ倍増待ったなしだね!」
「だから、売り子なんてしないから!」
怒鳴る死神ちゃんを気にすることなく、フリマ出店者は満足気に頷いた。しかし、彼女はにこやかな笑顔から一転して顔を青ざめさせた。目だけを動かして辺りを見回すと、彼女は小さく声を震わせた。
「わあお、めっちゃ囲まれてる。どうしよう」
「どうしようと言われましても」
「とりあえず……逃げる!」
フリマ出店者は死神ちゃんの手を取ると、全力疾走し始めた。そして彼女は自分を取り囲んでいた凄まじい量の
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死神ちゃんは待機室へと戻ってくるなり、ケイティーに抱き上げられた。彼女は死神ちゃんに頬ずりをしながら、至福の呻き声をだらしなく上げた。
「ああああああああ、可愛い。すごくいいいいいいいいいい」
「やめろ! 離せ!」
死神ちゃんは鬼の形相で彼女を睨みつけると、必死にぐいぐいと彼女を押しやった。そして、フェアリィな死神ちゃんを抱っこするケイティーを羨ましそうに見つめている同僚たちのことも、死神ちゃんは鋭く睨んで噛み付いた。
ようやく解放された死神ちゃんはマッコイのもとに駆け寄ると、着替えるのを手伝って欲しいと言い、彼を伴って待機室から出ていった。その様子を見ていた同僚たちは、眉根を寄せて呟くように言った。
「今、ナチュラルに大臀二頭筋に触れていたよな」
「そう言えば
「アレって〈声をかける際に肩を叩く〉のと同じ要領で、手が届きやすい太ももを触ってるだけだと思っていたんだけれど。アレはどう見ても〈筋肉を堪能している触り方〉だったよね。いやらしい触り方ではなかったけれど」
ひそひそと話し合う彼らににっこりと微笑むと、ケイティーはあっけらかんと言った。
「小花の触り方、そんなにおかしいかなあ? ていうか、筋肉を堪能するのは当たり前のことだろう?」
同僚たちは〈ケイティーも死神ちゃんと同じような手つきで他人に触る〉ということを思いだし、乾いた声で嗚呼と相づちを打った。そして変態を見るような目で彼女を見やった。ケイティーは腹を立てて地団駄を踏むと、彼らに筋トレの刑を処したのだった。
――――筋肉に一家言ある者達が無意識に筋肉に触れてしまうのは、仕方のないことなのDEATH。