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第二十三話 異変

「おい焔」

「ん? どうした?」

 二限目終わりの休み時間、急に龍二が俺の顔をジロジロ見てきた。

「なんか良いことでもあったのか?」

「ま、まあ……てか、何で急にそんなこと聞くんだよ」

「いやー、なんか授業中とか、スマホ見てる時とか、不意にニヤニヤしだすからさー。何か良いことでもあったのかなーって」

「え、まじで?」

「まじで」


 恥ずかしー!!


 俺は思わず、両手で顔を覆いうずくまる。完全に無意識でニヤニヤしていた。確かに、例のメッセージのことを考えていたのは認める。だが、そのことを考えているとき、ニヤニヤしてたなんて。このことを考えるときは注意しよう。

「あ、そういえば次の授業何だっけ?」

 俺は強引に話題を変えた。何かを察したのか龍二も俺に乗っかってくれた。ニヤニヤしてたけど。

「次は体育だ。ささっと準備しようぜ。ほ・む・ら・くん」

「あ、あーそうだな」

 腹立つけど何も言えねー。けど、体育か。この一週間、筋肉痛と足の傷から見学してたけど、もう筋肉痛もないし、傷もほぼ治ってるからもうさぼれないな。今日の体育は確か……。

 
 ―――「よーし!! 今日は前の授業でも言ったが、50メートルのタイムを計っていくぞー!!」

 でたよ、50メートル走。俺が嫌いな競技の一つだな。何で50メートル走ったタイム計んなくちゃならんのか意味わかんねーわ。うちのクラスは運動部多いから嫌なんだよな。本気で走ってもビリ確定なんだよな。

「じゃー、まず男子から行くから。出席番号の若いほうから4人ずつ行くぞ」

 てことはあいつと一緒に走るのか……はあ。

 龍二が俺の肩にポンと手を置いた。

「ご愁傷様」

「まったくだ」


 ―――「そんじゃ次のやつ準備しろー」

 そう言われ、俺はスタート位置に向かう。俺の横にはやる気満々のやつが一名。立花蓮だ。何かすっごい睨みつけてくる。まあ、あの一件以来、女子人気が俺の方に傾いちゃったからな。正直、こいつが一番最初に逃げ出そうとしてたしな。女子も幻滅したのかな。

 というか、さっきからみんなの視線が痛いんだけど。あたりを見ると、皆さっきよりワイワイしてないか。直接声に出さずに、こっちチラチラ見ながらそっちだけで盛り上がっちゃってんのが一番緊張するんですけど……はあ……やりたくない。

「焔ー!! 頑張れー!!」

 そんな空気を壊すように、綾香が大声で俺に向かってエールを飛ばす。

 綾香さーん、その気持ちは嬉しいんですけど……その一言で隣の人がより一層燃え上がっちゃったよ……もういいや、全力でゴールに向かうことだけ考えよ。

 そろそろタイマーの準備ができたようだ。俺たちはクラウチングスタートの構えを取り、先生の合図を待った。この広いグラウンドが静寂に包まれ、先生の合図だけに皆が注目する。

「位置について、よーい……ドン!!」

 みんな一斉に走り出す。当然、俺も全力で走った。とにかくおいてかれないように、全力で。半分ぐらい走ったところで顔を前に向けた。だが、不思議と前方には誰もいなかった。全力だったので、考える余裕がなくそのままゴールまで走り抜けた。思ったより勢いがあったのか、壁にぶつかってしまった。勢いは大分落としたので、痛くはなかったが初めての経験で驚いた。

 後ろを振り向くと、全員唖然としていた。さっきとはまた違った静寂が俺に突き刺さる。そんな中、1人だけ違うところを見ながら唖然としていた。当然気になってしまう……いつもならこんなこと聞きたくもないんだけどな……

 俺はタイムウォッチを持っている人の所に近づき、恐る恐る聞いた。

「あのー、俺のタイムって……どんなもんでしょうか?」

 俺の存在に気づいてなかったらしく、少しビクッとし俺の方を見た。それからもう一度タイムウォッチを凝視する。その後は俺を見たり、タイムウォッチを見たり繰り返す。

「えー……っと、5秒……23」

「え、本当に?」

「た、多分。公式的なタイムじゃないけど、おそらく……」

「へ、へー、あーそうですか」

 俺はそそくさとその場を後にした。だが、拳には力が入っていた。

 この俺が夢の5秒台……。やべぇ、うれしくて表情が緩む。というか、今まで8秒台だった俺が何でいきなり5秒台前半に。これってほぼ世界レベルだよな。タイムウォッチ壊れてたのか……でも、明らかに速くなってるよな。もしかして……レッドアイの一件で俺の体おかしくなっちゃったかな。

 ん? なんか騒がしいな……っげ!?

 前を見ると、クラスのやつらが走り寄ってきた。

「すげーじゃん焔!!」
「焔君こんなに速かったの!?」
「やばい、惚れちゃいそう……」

「い、いやー。ハハハ」

 その姿を遠巻きで見ている人物が2名。

「おい見てみろよ綾香、あいつ満更でもねえ顔してるぞ」

「……」

「おい、いつまで膨れてんだよ」

 龍二の隣で綾香は顔を膨らませながら焔に群がる群衆を睨みつけていた。

「ふん、何よ。ちょっと運動ができるようになったからって。焔も焔よ。あんなにうれしそうな顔しちゃってさ」

「ちょっとってレベルじゃないと思うがな……でも、最初は綾香も嬉しそうだったじゃないか」

「それはそうだけど……」

「まあ、綾香の気持ちもわからなくはないよ。よく焔のことを知りもしないで……ってことだよな?」

「その通りよ!!」

「でもまあ、あいつが自分をあまり出さなくなったのは俺たちが小学生の頃、焔を誉めすぎたって言うのにも原因があるんだ。中学の頃からあいつは自分に自信が持てなくなり、自分を下に見るようになった。綾香もそれはわかるだろ」

「わかってるけどさー……」

「だったらこんぐらいのご褒美許してやれよ」

「……はーい」

 渋々返事をする綾香と、苦笑いを浮かべる龍二。そんな二人の前に群衆をかき分け焔がやってくる。

「おー焔。めっちゃ速かったな。何秒だったんだ?」

「聞いて驚け。なんと5秒23!!」

「まじかよ!! すげーな!!」

 そんな二人の会話にはまったく目もくれず、一人ふて腐れている綾香。それに気づかずに会話を続ける焔に腹が立ったのか更に顔が膨れる。

「てか何でいきなりこんなに速くなったんだろうな。なんか体に変化とかあんの?」

「いや……特にないな。ここ一週間はろくに体なんか動かしてなかったからな。あるとしたら……」

「レッドアイとの一件か」

「それぐらいしかないよな」

 龍二が手で顎をさすりながら、神妙に話し出す。

「てことは、焔はレッドアイとの一件で覚醒したとか……この説が濃厚だな」

「確かに、あの時想像以上に体が動いたからな」

「だろ!!」

 そう言って、大きく手を振りかざし、俺のことを指指した。

「やっぱり覚醒の要因はあれかなー。下手をしたら死んでしまうという緊張感の中で戦ったから。それで脳が覚醒状態になったのかな」

 楽しそうに考察している龍二に、焔はきっぱりと言い放つ。

「いや、それは違うかな」

「えー? 良い線いってると思ったんだけどなー。じゃー焔は何だと思うんだ?」

「んー……」

 その時、焔の目にチラッと綾香の姿が見える。するとニヤッと笑った。

「そうだなー。誰かさんが助けてほしそうにボロボロと泣いてたからかな」

 すると一瞬綾香はピクッと反応すると、焔の方に向き返った。

「はー? 誰が助けてほしいってー? 誰がボロボロ泣いてたって?」

「さーねー」

「なんだと! コラ、コラ、コラ」

 そう言いながら、焔のことをポコポコ殴る。それを焔は全て交わす。その様子を苦笑いで見ている龍二。

(いやー、綾香さん緩み切った表情を隠せてないねー。昔っから焔一筋の事絶対あいつは気付いてないよなー。同じクラスになってからは綾香はよく焔の事見てたりするんだけどなー……ま、面白いし、もうちょいこのままでもいいか)

 焔は綾香のパンチをようやく止めた。

「はい終了。綾香さっきから友達が呼んでるぜ」

「うそ!?」

「綾香ー、そろそろ準備がてら走らないー?」

「わかったー! すぐ行くー!!」

「じゃーね」

 そう言って、綾香は満足そうに走って行った。

「龍二ももうそろそろ出番だろ。ちょっとは準備しとけよ」

「そうだな。もしかしたら俺も覚醒するかもしれないしな。ハハッ」

「御託は良いからさっさと行けよ。俺はちょっとウォータークーラー行って、水飲んでくるわ」

「オッケー。じゃーなー」

「はーい」

 龍二の後ろ姿を見届けると、焔はウォータークーラーのある場所までゆっくり歩いて行った。水を大量に胃の中に流し込む。口元を無造作に手で拭うと、当たりを見まわし誰もいないことを確認すると、壁にもたれかかりそのまま倒れ込んだ。額には汗をにじませていた。

「覚醒……ねー。龍二、そんなにいいもんじゃないぞ。これは」
 

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