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デート? 2

「では、キョウヤを頼んだぞ」
「あ、いや、だから、あの、」
 プレゼントなんて貰う訳には、という言葉を告げる前に、にっこり微笑んだ男は店を出て行ってしまった。そして、その背を追うべきかどうか迷う暇もなく、店員によって店の奥へと案内されてしまう。他人の前で肌を見せるなんて死ぬほど嫌だと身構えた少年だったが、案内された場所は個室だった。個室と言っても高そうなテーブルやらソファやらが置かれていて、どちらかというと接客室のようにも見えるが、入口に更衣室と書いてあったからそういうことなのだろう。つまり、店員が持ってくる服をここで着ればいいらしい。それすらもあまり好ましいことではなかったが、今更どうこうする訳にもいかず、少年は指示されるままに高そうな服を着たり脱いだりする羽目になったのだった。
 結局着せ替え人形のような扱いが終わりを告げたのは、五度目の衣装を着終わったときで、少年はその頃にはもうすっかり疲弊していた。こんな高そうな服を着ていて、居心地が良いわけがない。分不相応ここに極まれり、だ。そんな内心を察することもない、よくお似合いですよ、という社交辞令を聞き流していると、ノックの音がして例の男が入ってきた。
「お帰りなさいませ、お客様。ちょうどお連れ様のお召し物が決まったところでございます」
「ああ、ありがとう。……とても似合っているよ、キョウヤ」
 柔く微笑んできた男だったが、少年はその格好に少しだけ驚いてしまった。
 それこそ、時々街で見かけることがある、とても高貴な方と同じような服装だ。勿論、多分今の自分もそういう格好をしているのだろうが、先ほど自分を鏡で見たときとは全然違う。鏡に映った自分はどこからどう見ても服に着られているようにしか見えなかったが、この人は違う。これだけの衣装を、見事に着こなしてしまっているのだ。そして驚いたことに、普段の傭兵の格好よりも、この服装の方がずっと似合っている。容姿があやふやだというのにそう感じさせるのは、やはり男が醸し出している雰囲気が原因なのだろうか。
「……あの、その服……」
「うん? ああ、これか。私の物ではないぞ。少し離れたところに衣装貸屋があってな。そこで借りてきた。このような衣装を持っていても使わぬから邪魔になるだけなのだが、だからと言っていつもの格好で行くわけにもいかない。という訳で、貸衣装が丁度良かったのだ」
「ああ、なるほど」
 つまり、自分のこれも借り物ということなのだろう。それだって相当なお金がかかると思うけれど。と思ったところで、男が少しおかしそうに笑った。
「プレゼントだと言っただろう。お前のそれは私が買い取るよ」
「え、あの、そこまでしてもらう理由が、」
「愛する相手に贈り物がしたいというこの気持ち、どうか無下にしてくれるな」
 訳の判らないことをほざく男に手を取られて、指先にキスをされる。
(ひえっ)
 ぞわっと悪寒が走って、少年は反射的に手をぱっと引いてしまった。慌てて薄ら笑いを浮かべて誤魔化しておくが、今すぐにでも手を洗いたい気分だ。気持ち悪い。
「ははは、キョウヤは初心だな。だがそういうところも愛らしい」
「あ、あはは、そうですか」
 適当に返せば、傍に居た店員までお二人は仲良しですわね、などと言い出して、少年は頭が痛くなってきた。
「ああ、そうだ。お前の着替えが終わるまでに時間があったから、ついでに近くの店を見ていたのだが、こんなものを見つけてな」
 そう言って男が部屋の外に声を掛けると、銀色のトレーを持った店員が新しく入ってきた。そのまま店員は、少年に向かってトレーを差し出す。
 何事かと思ってトレーを見ると、そこには見事な意匠で飾られた眼帯が数個並んでいた。小粒の宝石が埋め込まれたものや、とても薄いレースが編み込まれたものなど、様々である。どれもこれも美しいものばかりだったが、少年が一際惹かれたのは、並ぶ眼帯の中ではとても控えめな、黒い革細工の眼帯だった。漆黒よりも幾分か柔らかな黒の表面には、黄色味がかった灰色の糸で蝶の刺繍が施されている。分野は違うものの、同じ職人として判る。これは、ひと針ひと針丁寧に糸を刺して作られたものだ。大きめの刺繍がひとつだけ、という眼帯のデザイン自体はとてもシンプルであったが、施されている刺繍はそんな言葉では片づけられないほどの芸術性を感じさせてくれた。
「……綺麗」
 だから、不意にその言葉がついて出てしまった。真珠色の染料を見たときのような蕩ける感情ではなく、これは一人の職人として抱いた、純粋な尊敬の念だ。これほどのものを縫い付けるためには、どれだけの研鑽を積まねばならないのだろうか。
 まじまじと眼帯を見て呟いた少年に、男が笑みを深くして、蝶の眼帯を手に取る。
「それでは、これを買い取らせて貰おう。すまないが、これで支払いを頼む。それから、残りの商品は返しておいてくれ」
 余った金は好きに使ってくれて構わないから、と金の入った布袋を店員の手に持たせた男に、少年が慌てて声を掛ける。
「あ、あの、」
「これが一番の気に入りなのだろう?」
「え、は、はあ」
「ではこれもプレゼントだ」
 にこり。
 微笑まれ、少年はますます困惑してしまう。
 高い食事を与えられて、服を買われて、そして眼帯までも贈られてしまう。本当に、この男は一体何がしたいのだろう。
「あの、ですから、こんなに色々と頂いてしまう訳にはいかないです。そもそも、僕は先日頂いた染料のお礼にご一緒している訳ですし、だというのに更に何かを貰うというのはおかしいのではないかと」
「私がそれで喜ぶのだ。この上ない礼ではないか」
「……はあ」
 絶対に間違っている気がするが、多分これは問答をしたところで暖簾に腕押しなパターンだ。そう判断し、少年はそれ以上このことについて余計なことは言うまいと決めた。なんだか貢がせているような罪悪感は燻るが、それを言ったところで、私が喜ぶから、のひとことで済まされてしまうだろう。
 内心でため息をついた少年であったが、一方の男は相変わらずにこにこした表情で、折角だからその眼帯もつけてくれとせがんで来る。外で眼帯を外すのは着替え以上に嫌だったが、半ば無理矢理とはいえ買って貰った義理があるし、一応ここは個室で、眼帯を外している間に自分を見る者もいない。結局、少年は渋々ながら頷いてしまった。
 嬉々とした表情で店員を連れて部屋の外へ出て行った男の背中が扉の向こうへ消えたのを確認してから、改めて渡された眼帯を見る。艶消しがされている、とても上質な革だ。刺繍に使われている糸もきっと高価なものなのだろう。裏面は裏面で、今まで触ったことのない優しい手触りと極上の柔らかさを持つ布があてられていた。
 自分の右目を覆うボロ切れのような眼帯をそっと取って、すぐに蝶の眼帯を当ててみる。ああ、思った通り。瞼に触れる布の感触は優しく、それでいてしっかりと目を包み、安心感を与えてくれる。今まで少年が使っていた物では決して得られない感覚だ。高価な品というのは、これほどまでに良い物なのか。
 ベルトの部分だって、今までの安布でできたものと違ってしっかりしており、硬めの金具も相まってか、何かあったときに外れてしまうかもしれないという不安をほとんど感じないで済むほどだった。
 刺繍を指で辿りながら、安堵しきった息を吐くと、扉を叩く音がした。聞こえた声掛けに、男が入室の許可を取っているのだと悟る。
「どうぞ」
 応えた声が普段よりも少しだけ柔らかくなったのは、今までにない安心感をもたらしてくれた男に対する感謝だったのかもしれない。きっと、少年にその自覚はなかったけれど。

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