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辺りが夕闇に包まれた頃、それは終わった。
私はたくさんの躯をよけて歩き、戦場の中央だった場所に行く。
そこに、だた一つ動く人影。
「敵も味方も関係ないのね」
静かに問うようにその影に聞く。
「そうだな。関係ない。戦だからな」
抑揚の無い声でそう答えが返ってきた。
「何が目的なの?」
影は答えない。
目の前には無数の死体。
物言わぬ、動かぬ、語らぬ躯。
「人を殺すこと?何もかも消してしまうこと?
でももう、誰もいないわ。もう、戦を続ける事もないわ!!」
瞳が涙に濡れる。
頬が熱い・・・。
「何を泣く?人が自ら選んだ道だ。死に行くことを、憎むことを、恨むことを」
あざ笑うかのような口調で彼女は言う。
「!!っ。違うわ!!大切な人のために戦った人もいたでしょう。
護りたいモノのために戦った人もいたでしょう。
決して、憎んでいたわけじゃない!!」
何も・・・
何も出来なかった。目の前で助けを求めていたのに。
目を閉じ、唇をかみしめ、拳を握る。
「・・・幸せだな」
ふっと、目を開く。
冷たい視線が私に向けられていた。
「透は、科学のために作られた。私は軍事のために」
透・・・センセ?
記憶をたどるように目を細めながら彼女は言う。
「私にある知識はいかに効率よく大勢の人を殺すか。護る?大切?そんなもの無かった」
不意に首を持ちあげられ、首が絞まる。
「ぐぅ」
風が困惑気味に舞う。
助けてくれようとしたのを私が止めたからだ。
「同じ世界を殺すモノとして、あんたも思わない?どうせ憎みあうのが人間。だから、その憎しみで滅べばいい」
微かに紅い瞳の奥で何かが揺れているのを感じた。
「ちがっ・・・。」
「少し時間がかかりすぎたけどね。今更、元にも戻れない」
残虐そうにニッと笑うその痕に、悲しそうに見えたのは気のせい?
「ああ・・・そう言えば、目的だったよね。人がいなくなることかな」
「・・。ちがっ・・・う・・・だ・・って」
苦しくて次の言葉が出てこない。
「何が?あんたで終わりだよ」
腕にいっそう力がこもった。
「だっ・・た・ら、な・・んで」
苦しい!!
「なんで、私を殺すのに困惑してるのよ!!」
全身の力で叫んだ拍子に風が彼女に襲いかかった。
風は私を護るため、他を傷つける。
彼女はそれを分かっていたのか、ヒラリと風を交わすように飛んだ。
「くっけほっ。ごほっ」
一気に肺に空気が送られる。
むせてせき込む。
のどの奥がいたい。
「困惑・・・」
呟く言葉はどこか悲しく、瞳は空を舞っている。
「バカみたい。まだ、そんな感情が残ってるなんて」
自分の手を額に当てたまま彼女は動かなかった。
それは母親を亡くした子供のように
全てを失くした権力者のように
自分を無くした人のように
どこか、小さく見えた。
「大丈夫。きっと、最初から気づいてなかっただけ
人を殺すことに傷ついてたんだよ」
大地を癒すように風が舞う。
人の躯と血と肉と・・・。
赤に染まった大地に蒼い闇。
うずくまったままの彼女を私は待った。
立ち上がり歩き出すその時を。
やがて空が白み始めた頃、ふと彼女が顔を上げた。
遠くで輝く太陽をじっと見つめている。
「一緒に行こうよ」
私は彼女にそう呼びかけた。
「うん」
呟くように、それでもしっかりと彼女は言った。
「名前聞いてなかったよね。私は貴夜」
「闘華」
彼女は朝日をその背に浴び、赤く髪をなびかせて言う。
「じゃ、トウカ。よろしく」
私は右手を差し出し、彼女はそれを握る。
「うん」
『永遠の孤独は嫌。
誰かお願い傍にいて。
誰でもいい・・・。』
彼女も私と同じ。
ただただ、寂しかっただけ。
だから、一緒に行こう。
これ以上失わないように。