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第221話 死神ちゃんとマンマ③

 〈|担当のパーティー《ターゲット》〉を探して彷徨(さまよ)っていた死神ちゃんは、前方で繰り広げられている光景を目にして思わずギョッとした。一般人女性が、職業冒険者顔負けのタイマン勝負をモンスターと行っていたからだ。激しい戦闘の末、勝利を掴み取ったのは女性の方だった。ズウンと音を立てて地に倒れ伏し、アイテムへと姿を変えゆく獅子の獣人を惜別の眼差しで見下ろしながら、女性はポツリと呟いた。


「やっぱり、あんたほど骨のあるのは、今のところいないよ。何で消えちまうんだい。あんたなら、あたしの店で、あたしに次ぐ看板娘になれるだろうにさあ」


 まるで死にゆく戦友を見送るかのように、女性はしんみりと語った。そしてスンと鼻を鳴らしたのだが、それも束の間、彼女はその場に残ったアイテムやお金を〈いい臨時収入を得た〉と言わんばかりのほくほく顔で拾い上げた。死神ちゃんは頬を引きつらせると、思わずポツリと呟いた。


「ダンジョン内でアルバイトのスカウトをするなら、冒険者相手に行うべきだと思うんだが……」


 女性は死神ちゃんの存在に気がつくと、パアと表情を明るくした。そして「あらあ、お嬢ちゃん! 久しぶりだねえ!」と言うと、死神ちゃんを思いきり抱きしめた。女性――このダンジョンのある街の名物食堂を切り盛りするマンマは、そのまま死神ちゃんを抱え込むと休憩するのに良さそうな場所まで移動した。
 マンマは死神ちゃんを丁重に降ろしてやると、いつものごとくミートパイ責めにした。次から次へと渡されるミートパイを頬張りながら、死神ちゃんはマンマを見上げて言った。


「あの、これ、もし可能なら、今日は少し持ち帰ってもいいですか?」

「何だい、おうちに帰っても食べたいっていうのかい? 嬉しいねえ! いいに決まっているだろう!? ――さ、ほら、全部持っておゆき」

「いや、それはさすがに申し訳ないです」


 死神ちゃんが苦笑いを浮かべると、マンマはにこにこと笑って死神ちゃんの頭を撫でた。


「何言っているんだい! お嬢ちゃんとマンマとの仲じゃあないか! 何故かダンジョンでしかお嬢ちゃんとは会わないからね、ダンジョンに遊びに来るときは常にたくさん持ってきているんだよ。お嬢ちゃんは、本当に美味しそうに食べてくれるからね。良い食べっぷりだしさ。マンマは、それを見るのが本当に嬉しいんだ。――だから、遠慮はしなくていいんだよ」


 死神ちゃんは照れくさそうに笑ってお礼を言うと、ポーチからタッパーを取り出した。見たことのない素材の不思議な容器を、マンマは興味深げにまじまじと見つめていた。
 死神ちゃんは中に入っていたイングリッシュマフィンを半分ほどマンマにお裾分けすると、それによってできた隙間にパイを詰めてもらった。マンマはマフィンを早速ひとつ口に運ぶと、感嘆の唸り声を上げた。


「あら、すごく美味しいじゃあないの。でも、この街のパン屋のものではないね。もしかして、お嬢ちゃんのお母さんが焼いたのかい?」


 死神ちゃんは苦笑いを浮かべて「えっと」と言い淀んだ。すると、マンマは死神ちゃんの両肩をはっしと掴んで詰め寄った。


「お母さんは今、何の仕事をなさっているんだい? お嬢ちゃんは、とっても可愛らしいから、お母さんもきっと美人さんだろう。こんなに美味しいパンを焼くんだ、きっと料理は得意なんだろうね。ちなみに、お母さんとあたしだったら、どっちが強いかい?」

「強い?」


 思わず、死神ちゃんはおうむ返しした。話を聞くに、どうやらマンマはアルバイトの勧誘をしたいらしいのだが、食堂のアルバイトに戦闘能力を求めるのは普通ではありえない。死神ちゃんが唖然としたまま固まっていると、マンマは気苦労のこもったため息をつき「実はさあ」と話し始めた。
 正月休みが明けて食堂を再開させてから数日後、変な客がたびたび来るようになったのだそうだ。黄色い毛布の塊のようなそいつは、初めのうちは店の前でしばらくじっとしているだけで、店の中に入ってこようとはしなかった。しばらくそのような状態が続いたのだが、毛布の色が黄色から赤茶へと変わってきていることにマンマは気がついた。だからと言ってどうということはないのだが、赤茶が色濃くなっていくに連れて毛布と店との距離がだんだんと近くなっていっているようにマンマは感じたという。そして、つい先日、毛布はとうとう店の中へと入ってきたという。


「別にさ、きちんと支払いをしてくれるなら、お客の見た目なんざどうだっていいのさ。ただ、その毛布はね、支払いをしようとはしないんだよ。店に入ってきた最初の日は、お金を払わずに帰ろうとして。それじゃあ売ってやれないよって言って、ミートパイの包みを返してもらったのさ。次の日はギョッと目を見開いてジッと見つめてきて、そのまま帰って。さらに次の日は、ノームのようなボンキュッボンの形になって『さあ、そのパイを差し出すのです』とか言ってきてね」

「何やってんだよ、あいつ……!」

「おや、お嬢ちゃん、毛布と知り合いなのかい?」


 死神ちゃんが思わず口をあんぐりとさせて呆れ返ると、マンマは困り顔で深くため息をついた。そして彼女は再び話しだした。
 マンマは仕方なく、実力行使でその〈困った客〉を追い出したという。その時、お店の(のぼり)を槍のように振り回して戦ったため、幟が折れて使い物にならなくなったそうだ。〈ダンジョン産の幟なら、どんなに手荒く扱ってもきっと丈夫だろう〉と思ったマンマは、本日はそれを求めてダンジョンにやって来たのだという。


「新しい幟も欲しいけれど、もしも可能なら〈店の戦力〉も増強したくてねえ。あたしと旦那だけで切り盛りしている店だから、昼の忙しい時間にそういう困ったのが来ると、本当に困るんだよ。――お嬢ちゃんのお母さんなら、ホールだけじゃあなくてキッチンもこなせる〈素晴らしい戦力〉になると思ったんだけど、やっぱり駄目かねえ?」

「ちょっと、厳しいですね」


 死神ちゃんが苦笑いでそう答えると、マンマはしょんぼりと肩を落とした。そして「もし良かったら、話だけでもしておいてよ。うちはいつでも歓迎するよ」と言って、彼女は立ち上がった。
 どうやら幟についてアテがあるらしく、マンマは「たしかこの辺で目撃情報が」と言いながら辺りを彷徨い歩いた。そして、ジャパニーズな見た目の人型モンスターと遭遇した。死神ちゃんはその魔物を見て眉根を寄せると、小さく首を捻って呟いた。


「何で、わさび……?」


 鎧武者風のモンスターは背中に幟を背負っていた。それには〈疾風迅雷〉や〈風林火山〉などの〈それっぽい四文字の漢字〉が書かれているかと思いきや、ミミズがのたくったようなひらがなで〈わさび〉と書かれていたのだ。死神ちゃんが訝しげに魔物を見つめている横では、マンマが嬉々とした表情で戦闘準備に取り掛かっていた。
 マンマは相棒の麺伸ばし棒と大理石プレートを手に、鎧武者へと突っ込んでいった。鎧武者の刀をひらりひらりと(かわ)すと、麺伸ばし棒をポーチに仕舞い、代わりに包丁を取り出した。


「刃物の扱いがなっていないねえ! マンマが教えてやろうじゃあないか!」


 ニヤリと笑って刃の長い包丁を構えたマンマを、死神ちゃんはぼんやりと見つめた。そして、さながら剣豪同士のぶつかり合いのような戦いを包丁片手に行うおばちゃんの姿に、死神ちゃんは身震いして呟いた。


「マンマ、(こえ)え……」



   **********



 死神ちゃんは待機室に戻ってくると、嬉々とした表情でミートパイをマッコイに見せた。彼は早速ひとつ手に取ると、味見のためにひとくちかじった。そして、嬉しそうに頬を緩ませた。


「あら、本当に美味しい」

「なあ、これ、レシピ再現できるか?」

「完全再現は難しいと思うけれど、挑戦してみるわね」


 死神ちゃんが喜んで手を振り上げると、マッコイは既に口に運んでいたふたくち目を飲み下してから苦笑いを浮かべた。


「それにしても、まさか、ああいうスカウトを受けるとは思わなかったわ」

「それだけ、お前の料理の腕が高いってことだろう? グルメ王者から料理人に転向したら、大繁盛するんじゃあないか?」

「そうねえ。死神課のお仕事に飽きてきたら、考えても良いかもしれないわねえ」


 マッコイがおどけて肩を竦めると、にゃんこが悲しそうな顔を浮かべて彼に抱きついた。そして「お店をやるなら、トリミングのお店にして欲しいのね」と言った。それならば、毎日のようにグリーミングしてもらいに通うとのことだ。
 近くでその話を聞いていたグレゴリーはにゃんこの首根っこを掴むと、彼女を勢い良く投げ飛ばした。華麗に着地した彼女は抗議の声を上げたが、グレゴリーは気にすることなく彼女を睨みつけた。


「馬鹿なこと言ってねえで、とっとと仕事しにいけや。お前、さっきから出動要請出てんのにサラッと無視しやがってよ。早く行かねえと、また袋詰めの刑に処すぞ」

「それだけは嫌なのねー!」


 悲壮感たっぷりにニャアと鳴きながらダンジョンに去っていくにゃんこを、死神ちゃんは苦笑いで送り出したのだった。




 ――――なお、あの幟の文字は天狐の〈書き初め〉が採用されているという。今年は〈わびさび〉と書きたかったそうなのですが、うっかり脱字してしまったのがそのまま採用されたとのことDEATH。

しおり