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指導と日常

 時というのはあっという間に流れる。それは幾度経験しても毎度驚かされるものだ。
 死の支配者の軍がジュライ連邦の近くを初めに通ってからどれぐらいの時間が経っただろうか? 正確な日数は分からないが、一年半以上は経過しているだろう。
 当然ながら、あれから色々あった。その中でも一番驚いたのは、南部に一大勢力を築いた魔物達が殲滅された事だろうか。
 元々、いつか死の支配者の軍と戦って最後は潰されるとは思っていたが、まさかそれを成したのが兄さんと共に居たソシオという名の妖精だとは想像もしていなかった。
 魔物という新たな支配者が直ぐに倒された南部だが、今ではソシオが一人で支配している。まだ詳しくは分からないが、どうやら分身のような事が出来るようで、少数ではあるが国境線沿いをかなり厳重に警戒しているらしい。
 一度プラタが意図を確認する為に訪ねたらしいが、ある程度国境線に近づいたら警告を受けたらしい。曰く、それ以上近づくと敵対勢力として排除すると。
 その様子をプラタから聞いたが、かなり本気だったらしい。ソシオとはこの国が出来る前に会ったが、あれから何があったのか、プラタの目から見てもがらりと印象が変わっていたらしい。以前と違ってとても剣呑な雰囲気を漂わせていたらしく、見た目だけで言えば、いきなり襲って来ないで警告してきたのが驚きなほどに狂気さえ感じたとか。それと共に、実力も桁違いに上がっていたらしい。
 そういう訳で意図の確認は出来なかったが、現在の勢力図は南部にソシオ、北部に死の支配者。その両者の領域が重なる場所から北側に進むとボク達の国が在るという図になっている。
 これから先どうなるかは分からないが、両雄の衝突は避けられないだろう。あとはこの国の行く末だが、これは不明だな。一応国としての戦力も随分上がったし、ボクの修練の成果も出始めていると思う。なので、そう易々と突破されることはないとは思うが。
 まあその辺りは不明。こちらから攻める予定は今のところは無いので、防衛力を高めているところだ。この国は完全に自給自足出来ているので、包囲されていても何の問題もない。
 現在のジュライ連邦を取り巻く環境を含め、世界の大まかな情勢はそんな感じ。プラタの報告では、あと無事なのは妖精の森と巨人の森ぐらいだとか。
 国内に目を向ければ、順調に発展を遂げている。セフィラ達も順調に馴染んでいるらしいし、人口も着実に増えていっている。
 街も新たに増えたりしたが、首都プラタが中心なのは今も変わらない。ボクはずっと地下に籠って修練を続けていたので、ほとんど外を見て回ってはいないんだよな。
 修練といえば、魔法道具の技術も順調に上達していっているので、防護の魔法道具にも手を入れる事が出来た。といっても、警戒範囲を広げただけではあるが。
 後は、頑張ってプラタが張った結界の強化も出来るようになった。この辺りはいつの間にやら出来るようになったのが、思い起こしてみるとあれはいつからだったか。確か、タシと上空を眺めた後に気づけばプラタの魔法に干渉出来るようになっていたんだったか? 最初は世界の眼に対するプラタの魔法の影響が少ない事から気づいたのだが。
 その後に色々と調べた結果、プラタ以外にもシトリーに対しても似たような状態だった。フェンやセルパン、タシはボクが創造した魔物なので、最初から干渉が出来ていたので参考にはならなかった。
 とにかく、その二人に関しては防護の魔法道具で強化可能だ。成果らしい成果はそれぐらいか。しかし警戒範囲を広げたはいいが、結界近くをよく死の支配者の軍が通るので、警報がその度に鳴ってうるさかったので今では警報が鳴らないようにしている。今ではたまに警戒範囲に敵が入った履歴を確認するだけだ。
 次は兄さんから貰った背嚢についてだが、あれは相変わらず高度過ぎて解明が難しい。それでも技術や知識がかなり向上したからか、ある程度は理解出来るようにはなった。それに伴いごく一部ではあるが、手を付ける事に成功した。まぁ、端の方のあまり大局に影響が無い範囲ではあるが。
 今は解明の方に重点を置いている。こちらの方はまだまだ遥か遠そうだ。
 魔法道具に関しては大体そんな感じ。おかげで大抵のモノなら簡単に創れるようになってしまった。
 次に魔法だが、こちらも大分発展した。成長したので、魔法に手を入れて自分なりに改良していっている。これは今でも終わっていない。
 以前に大量の魔物を創造してほぼ身体強化のみで戦った後、思い立って体術についても少し学んでみたが、そちらにボクの才能は無いのか、惨憺たる結果に終わった。
 そういえば、世界の眼で地下全体を視る事が可能になった。地上部分も微かに確認出来るようになったが、こちらはまだまだ修練が必要だろう。
 ついでに世界の眼で対象を更に細かく分析する事も可能になった。まぁ、こちらは副次物な部分が強いので横に措く。
 現在世界の眼の有効範囲は、地下一階から地下三階までの全てと、拠点の一階部分の半分ぐらい。十分に有効範囲が広がった訳だ。もっとも、やはり処理するのはボク自身なので、こちらの方は大して変わっていないから、残念ながら有効範囲が広がったと言っても一度に確認出来る範囲は然程変わっていなかったりする。
 それでも処理能力は若干上昇している気がするので、多分こちらも成長したと言えるだろう。
 魔法に関しては、同じ系統の魔法をひたすら掛け合わせる事が出来るようになった。これは上位の魔法でも可能ではあるが、主に基本や下位の魔法を上位の魔法の威力まで上げる為の技術なので、運用するにしてもそちらで運用していく予定だ。上位だとそこまで多くは掛け合わせられないし、元から十分強力だから。
 まぁ、最初から基本の魔法を掛け合わせ続ける事で上位の魔法並みの威力を実現させるのが目的だったしな。それに、同じぐらいの威力の上位魔法と比較して、基本の魔法を掛け合わせる方が魔力の節約にもなる。
 問題があるとすれば、集中力がかなり必要な点と、威力に比例して時間が掛かる点か。あとは魔力制御がかなり精緻に出来る事も必要だな。しかし、それらを克服出来ればそこそこ使い勝手はいい。まぁ、あくまでそこそこ止まりなのだが。

「切り札としてはいいと思うんだけれども・・・まだ無理か」
「如何なさいましたか?」

 今までの事を振り返っていたボクの呟きに、目の前で食事の準備をしていたプラタが反応する。それに何でもないと返しておく。
 現在居るのは食堂、ではなく、地下の自室。
 今でも修練を中心とした生活を送っているのだが、最近・・・というほど最近ではないか。一年程前からプラタも一日の大半を地下で過ごしている。
 広い地下空間。部屋は余っているし、元々は隣の部屋がプラタ達の部屋であったのだから。今ではお風呂場になっているが。
 お風呂場にした代わりに別の部屋をプラタ達の部屋として用意していたので、プラタが地下で過ごすのはなんらおかしな事ではない。それでも忙しいはずのプラタが地下にずっと居て大丈夫だろうかと思ったものだが、その辺りを訊いてみると、どうやらかなりの部分で後進の育成が完了していたらしい。引継ぎも問題ないとか。
 それでもやはりというべきか、大事な部分の話になるとプラタへの確認が必要になるようだ。それもこの一年で徐々に減ってきてはいるが、それでも今でもそういう案件が数日に一件ぐらいはある。
 とはいえ、完全に後任に託したかといえばそうでもないようで、ボクが寝ている夜中に数時間ぐらい仕事に戻っているようだ。
 その代り、ボクが起きている間は常に傍にいて身の回りの世話をしてくれている。外は大丈夫なのかと最初の頃は心配したものだが、プラタは問題ないと自信満々に言っていたので、信じる事にした。まぁ、プラタに掛かれば地下から外の様子を調べるのなんて容易いだろうし、外にはシトリー達も居るから本当に問題ないのだろう。
 それに近くにプラタが居るのは結構助かっている。何せ上位者だ、修練相手としてこれ以上の相手はいない。なので、以前約束したようにプラタに修練に協力してもらっている。おかげでここ一年ぐらいは一気に成長したという実感が持てた。
 食事だってこうして用意してくれる。プラタは好きな場所に好きなように転移出来るので、上の階から食事を持ってきてくれるのだ。おかげでプラタと地下で暮らすようになってからは、保存食の出番がほとんど無い状態が続いている。実にいい事だ。
 そんな感じで、ここ一年は地下生活も充実している。プラタからの報告で聞く限り、地上も平和なよう。発展も依然として続いており、活気に満ちているらしい。
 ただ、国の直ぐ傍に死の支配者の軍が駐留している為に、領地の拡大が上手く行えていないとか。
 発展に伴い死の支配者の軍が駐留している方角とは反対側へと少し領土拡張していたらしいが、それに気づいたからか、最近は国境線の外周を数名の見回りが定期的に回ってくるようになったらしい。
 それに手を出すに出せない状態なので、どうしたものかと考え中だとか。今のところは結界の範囲を拡げて強引に領土を拡げてはいるようだが、それにも限界はあるので次を考え中だとか。
 そんな問題もあるらしいが、おおむね順調なので地上の方は問題ないと言われた。
 まあプラタがそこまで言うならと思ってはいるが、それでも一応フェンやセルパンにも報告を受けている。その報告もプラタの報告と大して変わらなかったので、実際に問題はないのだろう。
 現状を思い出しながら食事を終えると、食器の片づけもプラタに任せて食休みを挿む。
 その時間に次の予定を考えるが、次はどんな訓練をしようかと頭を悩ます。
 この後は元々の予定は魔法の修練だったが、ここ一年ぐらいを思い起こしてみて自身の成長を考えてみた結果、ちょっと魔法道具の改良をしたくなったのだ。兄さんが残した魔法道具の完成を早く達成したい。折角構成の一部を読み解く事が出来るようになってきたので、思い出したら更に一歩先に進みたい気持ちになったのだ。
 さてどうしたものかと悩んでいると、食器を片付けたプラタがお茶を持って戻ってくる。
 そのお茶を貰って飲みながら、プラタにこの後魔法道具の創造と改修の修練をしようかと考えているという事を告げる。魔法の修練では修練相手として頼んでいたからな。魔法道具の修練だとプラタにあまり出番はない。それでも傍にいて助言はしてくれるので、助かってはいるのだが。
 説明を終えると、プラタは「御心のままに」 と頭を下げたので、急遽魔法の修練から魔法道具の修練に内容を変更する事にした。この辺りは個人的な修練ならではだよな。
 自由が利くというのは素晴らしいと思いながらも、急な変更で少しプラタに申し訳ないと思い、心の中で謝っておく。感謝は受け取ってくれるのだが、この場合の謝罪は直接言っても受け取ってもらえないだろうし。
 食休みを終えると、片付けを済ませてそのまま魔法道具の改修に着手する。これから弄るのは、当然大容量の背嚢だ。念のために服などの出しても問題ない物は一旦外に出しておき、部屋の隅に適当に置いておく。
 これから弄る背嚢は一つしかないので、失敗は許されない。しかし絶対はないので、もしも失敗しても中身が溢れるとか背嚢が壊れて取り出せなくなってしまうといった場合に備えての処置だ。
 中に入っている食料などの可能ならば取り出さない方がいい物は入れっぱなしだ。一応事前に荷物整理もしているので、そこまで大量に物を入れている訳ではない。なので、その辺りは問題ない。
 問題があるとすれば、背嚢は一つしかないうえに複製も創造もまだ出来ていないので、失敗したら背嚢の魔法道具が壊れてしまう事だろう。
 といっても、現在やっているのは解析のみなので、失敗するとしても構造が把握出来ないぐらいだろうが。それでも絶対はない。
 準備を終えたところで、二人で使用するぐらいの大きさの机の上に用意していた背嚢を置く。

「ふぅ」

 深く息を吐いて落ち着いたところで、背嚢に手を伸ばして解析を始める。
 この背嚢を兄さんから貰ったばかりの頃は、この時点であまりの情報量に、激しく目が回った時のような強い吐き気に襲われたものだが、今ならそれも大分抑えられている。といっても完全に無くなった訳ではないので、胃の片隅でじくじくとした不快感を覚えるような感覚がいつまでも続いているのだが。
 まあそれも最近では慣れてきたのであまり気にならなくなった。これでこの背嚢の解析も何度目だろうか。十回を超えた辺りで無意味なので数えるのを止めた。
 背嚢を構成している魔法はあまりにも多岐に渡り、それ以外にも理解不能の技術が多数組み込まれている。
 理解出来る魔法も、大半は再現が難しいものばかり。よしんば再現できたとしても、こんな小さな背嚢に到底組み込めるものではない。
 つまり現在は、構成の解析は一部辛うじて出来るようになった。といった程度。

「うーん・・・兄さんの技術が意味不明すぎる」

 もはや別世界の技術で創りましたと言われてもすんなり信じる代物だ。いや、もしかしたら本当にそうなのかもしれないが・・・あの兄さんだしな、それぐらい問題なく出来そうだ。
 その場合は困ったものだが、とりあえず今は解析が可能な部分に集中していこう。
 現在解析出来ている部分は、主に空間を捻じ曲げているというものと、その空間を隔離しているという部分。
 その空間を捻じ曲げている空間の拡張だが、これがなかなか愉快な事になっていて、果てが見えないのだ。
 この背嚢一つ分の空間を部屋一つ分ほどまでに拡張するというのであれば、辛うじて理解出来る。今のボクでもそれぐらいまでならば出来るだろう。
 家一軒分まででもまぁ、解析程度であれば何とかといったところか。しかし、この背嚢にはそういった区切りが無いのだ。
 つまり現在のボクの認識では、この背嚢は空間を拡張させて別世界を創ったといった感じに等しい。時がほぼ止まっていなければ、この中にこの国ごと容易に引っ越せるぐらい。それぐらいに訳が分からなくなっている。
 次に空間の隔離だが、これがまだ完全ではないようで、これにより時がほぼ止まっているという状態になっているようだ。つまりはここを改良出来れば完全に時が止まった収納が創れるという事だろう。
 結局のところ、兄さんもこれ以上を理解出来るとは思っていなかったのかもしれない。
 でもまあこの空間の隔離だが、これもまたよく分からないのだ。というか、この背嚢を解析して初めて知った方法だ。
 最初の頃は、この空間隔離は転移系を用いた別空間への収納かと思ったものだ。それは別の場所に収納場所を用意して、そこを背嚢の入り口と繋げるという方法。それであれば、元々広い転移先の空間を拡張しているとして、かなり広い空間というのも納得がいったのだが、プラタと共に更に詳しく調べた結果、この空間は全く別の空間を創り上げてそこに収納しているのだと判明する。それと共に、ここで時を止めているという事も。
 そこまで解ったところで、納得する部分もあった。これは中の時を止めているからなのだろうが、この背嚢には中の物に対する品質維持系の魔法が一切組み込まれていないのだ。無論、解明出来た部分にはという但し書きが付くのだが。
 そういう訳で、この空間隔離の方法こそ重点的に調べる必要がありそうなのだ。
 現在もこうして他を解析しつつ、空間隔離の方も調べている。隣に居るプラタも一緒に解析を進めてくれているが、プラタでも難しいらしい。もっとも、ボクのように膨大な量の情報を前に情報処理が追いつかずに吐きそうになるという事は全く無さそうではあるが。羨ましいものである。
 それと共に時の停止についても現在解析中であるが、こちらは全く以ってよく解らない。なんというか、調べると次元の挟間にでも落とされたような気分になるのだ。あの気持ちをどう表現すればいいのか思い浮かばないが、もの凄く不安にさせられるので、出来れば当分調べたくないほど。
 もっともプラタはそうではないようで、現在も時を止める仕組みについて熱心に調べている最中なのだが。・・・本当に凄いな。
 なので、時の停止については問題なく解析出来ているプラタに任せている。完全に丸投げだが、自分では調べられないのだからしょうがない。
 その分、別の部分で頑張ろうと思うも、そう上手くはいかないようだ。
 プラタの方も進捗状況はイマイチらしいので、どれだけ難しいのかが解るというもの。そもそもプラタも初見の魔法らしい。
 後は周囲の未解析の部分だが、これは当分無理だろう。今のところ何の取っ掛かりも得られていない。ボクの場合は処理が追いついておらず、プラタは処理は出来ても理解が出来ないとか。
 しょうがないのでその辺りは全て後回しにしているが、何となくではあるが、兄さんとしては今解析出来ている部分だけでもしっかりと理解出来ればそれでいいと考えているような気がする。なにせこの背嚢、欠点らしい欠点は時が完全に止まっていない事ぐらいなのだから。
 そう思いながらも解析していくも、少しは進めたという実感はまるでない。実感が湧く前にかなり疲れたので、解析を終える事にした。

「やっぱり処理量が多いと、短時間でもかなり疲れるな」

 情報量が非常に多いので解析しながらの情報処理がかなり大変で、数時間程度の解析で高熱でも出たかのように足下がふらふらしてくる。

「御疲れ様です。ご主人様」

 そんなボクと比べて、プラタは全く問題なさそうだ。やはり能力の差という事なのだろう。処理能力を上げる方法なんて知らないしな。

「プラタもお疲れさま」
「勿体なき御言葉です。それで夕食は如何いたしますか?」

 疲れてぐでっと背凭れに寄りかかっているボクの様子に、気遣うようにプラタが問う。
 現在は夕方になるかどうかといった時間か。夕食には若干早いというのもあるが、疲れていて今はそれどころではない。

「んー、もう少し後がいいかな」
「畏まりました」

 丁重に頭を下げるプラタ。もうこれにも慣れたものだな。
 そう思いながら、もう少しこうしてぐでっとしておこうかなと思い、背凭れに持たれながら天井に目を向ける。
 視界に広がるのは、汚れの無い奇麗で真っ白な天井だ。掃除をしているのかどうかは知らないが、ここで一人で籠っていた時から汚れたところを見た記憶が無いので、防汚効果でもあるのかもしれない。まぁ、そんなのどうでもいいが。
 頭がふらふらするからか、そんなどうでもいい事が浮かんでは沈んでいく。
 それからどれぐらい経ったのか。ようやく普通に稼働するぐらいに頭が冴えてきたところで、頭を正面に戻す。

「・・・・・・」

 少し動きを止めた後、緩慢な動作で椅子に座り直した。
 その後にプラタの方に顔を向ければ、休憩し始めた時と同じ場所で姿勢よく立っているのが確認出来る。
 相変わらずだとは思うが、視線が合ったので夕食を頼んだ。今なら普段通りの量ぐらいは食べられるだろう。というか、無理にでも食べておいた方がいいだろう。

「ん~。頭を使っただけなのに身体がだるい。そして食欲はそこそこなのにお腹が鳴る」

 そこまで何か食べたいという感じでもないのに、ぐぅと小さくお腹が鳴る。
 音に反応してお腹を押さえたところで、プラタが夕食を持って戻ってきた。

「御待たせ致しました」

 そう言って目の前の机に持ってきた料理を並べていく。背嚢はその前に足下に移動させておいた。
 夕食はパンと汁物。豪華な食事ではないが、ボクには十分な食事だ。
 手に取ったパンは柔らかい白パンだし、汁物には小さな肉がいっぱい入っている。勿論野菜も食べやすい大きさで入っているが、見た感じ肉の量の方が多い気がする。
 千切って口に入れたパンは、牛乳のような優しい甘さをしていた。噛んでいくと皮の部分か若干の苦味を感じるが、それはそれで甘さを引き立てる。
 汁物はやや濃いめの味付けながらも、肉の量が多い割にはあっさりとしていて、それなのに飲んでいるのに食べているような満足感があった。
 パンを汁物に浸けて食べると、それはそれで食が進む。全体的に食べやすい食事なので、プラタはこちらの体調を気遣ってくれたのだろう。
 その事に感謝の言葉を掛けるも、プラタは頭を下げるだけだった。
 料理の量はそれ程ではなかったが、三十分ほどかけて食事を終える。その後に食休みを挿んで、お風呂に入る事にした。
 お風呂はいつ入っても広い。どう考えても十人以上で入るような大きなお風呂なのだからそれも当然だが。
 そんな広いお風呂に入り、洗い場で身体を洗う。地下でプラタと暮らすようになってから、プラタも一緒にお風呂に入るようになった。プラタに入浴は必要ないのだが、入れない訳ではない。それに背中を流してくれるので助かっている。
 プラタの身体はほとんど人間のような感じになっているといっても、そこは元々人形だっただけあり、身体は人工的な感じが消えていない。人形の表面にそのまま人間の皮膚が出来ただけのような、そんな不思議な感じなのだ。
 なので、プラタと一緒にお風呂に入っても何だか奇妙な感じがするだけ。この妙な感じは何と言えばいいものか。観察対象? んー違うな。まあ別にいいか、そんな事。
 そんなどうでもいい考えを疲れと共に湯に溶かすと、隣で湯に浸かっているプラタに目を向ける。
 人形の時は大部分が木で出来ていたうえに、魔法道具をろくに創れない人間界で人間に造られた人形であるので、その材料は普通の木であった。
 それが人間に近づいた事で変化した影響で、お湯に浸かっていても問題はないようだ。ただ、まだ血管が通っているとかはないようで、プラタ曰く、入浴する意味はないそうだ。汚れも魔法でどうにかなる訳だし、疲れる身体でもない。
 では何故一緒に入るのかと聞いたのだが、ただボクと一緒に入りたいからだそうだ。地下で一緒に住むようになったのも、手伝える事があればというのもあるが、一番は一緒に居たいからだと率直に言われたものだ。
 それらを思い出すと、こちらから質問したとはいえ、プラタはやけに積極的に意見を言うようになったなと思う。それはいつからだっけと思い出すも、一年以上前なので記憶は曖昧だ。少なくとも、地下で一緒に暮らすようになった一年前からではあるだろう。
 それがどういう意味で、どういう心境の変化かは分からないが、おそらくより人間に、というよりも生物に近づいた影響なのかもしれない。仮にそうであれば、それは悪い事ではないのだろう。
 そう思ったところで、やはりボクはプラタを観察対象として見ているのだろうか? といった疑問が浮かぶ。
 湯気で見えない天井に目を向けながら、そんな事を考えた自分が情けなくなった。今まで散々お世話になっているというのに、まるで実験でもしているかのような感情というのもどうなのだろうかと。
 それでも興味というものはどうしても湧いてきてしまう。プラタの身に起こっているそれはとても珍しい現象だと思うから。
 いやいや、その考えが駄目なのだろう。直ぐにそう思い頭を振ると、小さく息を吐いてお風呂から出る。
 思ったよりも長風呂になってしまったが、のぼせるほどではないから問題ない。
 脱衣所で魔法を使って水気を取って着替え終えた後は、魔法で奇麗にしておいた服を背嚢に仕舞って寝室を兼ねている自室に戻る。
 今日は後は寝るだけなのだが、その前に魔法の開発を行っていく。
 開発といっても、ボクの魔力特性である魔力の吸収を上手く活用する方法だ。現在は特性を抑え、魔法発現後に抑えていた魔力吸収の特性を開放する事が出来るまでにはなったが、それは結構な集中力が必要なうえに、魔法を発現後に直ぐ魔力吸収が始まってしまうので、まだまだ実戦投入には早い代物だ。
 近距離でなら使えるだろうが、そんなに接近されていたら集中出来るかどうか怪しいところだろう。
 故に、もっと簡単に特性を抑えられて、特性の開放を任意、もしくはもう少し猶予をもって開放出来るように開発中なのだ。まぁ、正確には研究だろうが。
 現在集中して取り掛かっているのが、特性を簡単に抑える方法。これが上手く出来れば、もう一つの問題も解決への道筋が見えてくるような気がしている。
 ただ、これも中々に難航している。そもそも特性の開放を魔法の発現後まで抑えたというだけでもかなり大変だったのだ。特性の性能が優秀な分、扱いにも苦労する。
 そうしてお風呂上がりに数時間ほど魔法の研究・開発を行った後、疲れたので眠る事にした。頭脳労働は肉体労働と違った疲労があるな。
 まあいいや、さっさと寝よう。そう思い目を閉じると、直ぐに夢の中に旅立っていった。





 翌朝目を覚ます。といっても起きたのが地下なので、外の明るさは分からないが。

「おはようございます。ご主人様」
「おはよう。プラタ」

 寝台の横に立っていたプラタと朝の挨拶を交わす。今でもプラタには睡眠は不要。目蓋の方は気がついたら出来ていたので、目を瞑るだけなら出来るのだけれど、睡眠を取るという行為は知っていても理解は出来ないらしい。
 前に眠ってみようと試していたが、そもそもどれだけ起きていても眠気すら起きないのだから、睡眠を取るというのは無理であった。
 その結果に多少落ち込んだような気配を見せたプラタが印象的ではあったが、結局あれから未だに眠るという行為をプラタは出来ていない。その後にいつだったか、一度ぐらいは夢というモノを見てみたいものですとぽろりと零していたので、いつか実現させたいものだ。
 まあ今はそれは措いておいて、起きた後に寝台を下りると、少し離れたところに設置した机の上に既に朝食が用意されていた。そこで空腹を刺激するいい匂いが漂ってくる。
 急いで着替えなどの朝の支度を済ませて、朝食の席に着く。
 未だに温かい朝食は、朝の支度をしていた間に丁度良い温度になっていた。その辺りも計算して用意していたのだろう。
 それを食べた後、食休みを挿んでプラタと共に訓練部屋に移動する。今日の予定は午前中は模擬戦だ。勿論対戦相手はプラタ。今のところ勝率はこちらが負けているが、それでもそこそこ高い。大体三割超ぐらいか。元々圧倒的に格上だったのだから、善戦している。
 これは色々と要因はあるが、ほとんどが場所と特性のおかげ。
 プラタはかなり広大な場所で空中も使って戦うやり方が得意らしいが、ここは広いとはいえ室内だからね、空を飛んでも大した高さではない。
 それに魔力吸収という特性だ。これはまだ研究段階ではあるが、一応実用出来る方法も開発しているのだ。プラタに何とか食らいついているのも、その魔法のおかげだろう。
 そういう訳で、勝率は段々上がっているとはいえ、あまり誇ることは出来なかった。

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