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守れなかったもの、守れないもの

 そこから先は言葉通り一方的な展開だった。攻撃を避け剣を振る。ただそれの繰り返しだ。時折飛んでくる矢がうざくて、落ちているゴブリンの首を投げつけてみたが当たるどころか明後日の方向へ飛んで行ってしまった。どうやらコントロールはステータスに含まれていないらしい。
 まぁ考えてみたらこの剣だってただ振り回しているだけで、技術もなにもあったもんじゃない。この切れ味だからこそ一撃必殺の攻撃として成立しているのだろう。

「これで……終わりだ!」

 最後の一匹を倒し辺りを見回した。
 先ほどまでの喧騒がウソのように静まり返っていて、ゴブリンの姿も発見することが出来ない。ようやくひと段落といったところか。
 ふぅ、とため息を吐くとガックと力が抜けその場にへたり込んでしまった。緊張の糸が切れたせいだろうか。心なしか手も少し震えているような気がする。
 あぁ、もういいや。その場で寝転がるのを一瞬躊躇したが、どうせ返り血を散々浴びているんだ。今更飛び散った血やら何やらを気にしてもしょうがないだろう。そう思い剣も手放して大の字に倒れこんでやった。目をつぶればこのまま朝まで眠れそうだ。

「あ、あの……大丈夫ですか?」

 控えめな声に体を起こすと一人の男が遠巻きにこちらをうかがっていた。

「あぁ。ご心配なく、ちょっと疲れただけなんで」
「……これは全部冒険者様が?」
 
 いや、冒険者ではない……よな?

「えぇ、まぁ……たぶん村にいるのは全部片づけたと思いますよ」

 俺がそう答えると男の顔が一気に明るくなった。

「ありがとうございます!ぜひお礼をさせていただきたいのでこちらへどうぞ!」
「え、あっ、ちょっと」

 興奮気味の男は返事も待たずに俺の腕を掴んだ。半ば強引に引き起こされ、引きずられるように後をついて行く。案内された先にあったのは一際大きな建物で、他の家と比べても作りがしっかりしているように見えた。そもそもの材質が違うのだろう。他と比べこの家は被害が少ないようだ。
 三匹の子豚でいうレンガの家のようなものだろう。

「中で村長がお待ちです」

 多少落ち着きを取り戻した男に手を離され、建物の中へと案内された。
 一番奥の部屋に足を踏み入れると数十の人間が一人の老人を取り囲むように立っていた。どこか怯えたような表情から見るにここへ避難していた人たちなのだろう。

「村長、外のゴブリンどもはこの冒険者様がすべて退治してくれました」

 男の一言に周りの人たちは安堵の表情浮かべ、歓喜の声を上げた。そんな中、村長一人はいぶしげな顔で男を手招きした。何やら小声で話しているが怪しまれているのだろうか?
 あ、おい。今少女って聞こえたけど俺のことじゃないよな。

「ゴホン……まずはこの村を救っていただいたことに礼を申し上げましょう」

 村長は口ではありがとうというものの、どこか俺を歓迎していない感じる。明確な敵意を向けられているわけではないが、なんというかその……俺を見る目が厳しいのだ。何か疑いでもかけられているのだろうか?

「それで、報酬の話なのですが……その前にうちの孫娘をどこかで見ませんでしたかな?」
「……お孫さんですか?」

  おそらく助けたかどうかを聞かれているのだろうが、生憎とゴブリン以外見かけた記憶はない。
村中駆け回ったわけでもないし、勝手にゴブリンたちが集まってきたので確認した範囲もそれほど広くはないのだ。助けたとすれば俺の知らないところで救っていたことになるが……

「あっ……そういえば一人牢屋みたいなところで女の子を助けましたよ」

 もちろんあの女の子のことだ。戦い終わるなりここまで連行されてしまったのですっかり忘れていたが、いつまでもあのままにしておくわけにもいかないだろう。他の人はともかく、あの子にはエミルのことをちゃんと説明する必要があるだろうし。

「ほ、本当か!?おい、急いで確認してくるんだ!」

 俺の一言で村長の態度が一変した。入口付近に立っていた数人の男が村長の命令で部屋を飛び出していく。まるで手術終わりを親族のような雰囲気を出す村長。何とも言えない緊張感が室内を支配した。
 なんだろうこれ。しゃべったらいけないんだろうか?
 気まずさに耐えかねていると、水の入った木のタライを持ったおばさんが近づいてきた。

「あの、よければお使いください」
「あ、すみません。ありがとうございます」

 タライと一緒に捨てる寸前のようなタオルを受け取り、どうしようかと考えたが近くにテーブルのような物はなく仕方なくその場に座り込んだ。おばさんはというと、俺にタライを渡すなりそそくさと離れていった。
 なんか避けられているような気もするが……気にしてもしかたないか。
 もらったタライで手と顔を洗うとあっという間に水の色は赤く染まっていった。やはり結構な量の返り血を浴びていたようだ。できれば髪や体、いや、いっそのこと風呂に入りたいのだがそんなことを言い出せる雰囲気ではない。というか風呂とかあるのか?
 そんなことを思いながら布切れのようなタオルで顔を拭いていると、先ほど出ていった男の内の一人が慌ただしく戻ってきた。

「村長、イリアお嬢様で間違いありません!」
「何!それでイリアは!?無事なのか!?」
「……いや……それが……」

 歯切れの悪い男に詰め寄る村長。

「まさか怪我でもしているのか?!」
「いえ、体に異常は見られないのですが……その……」
「ええい!なんだというのだ!はっきりと言わないか!」

 二人が押し問答をしていると、後から男に連れられた女の子、イリアがやってきた。男の様子から予想は出来ていたが、俯いたままふらふらと歩く姿は、まるで魂の抜かれた人形のようだった。

「おぉ……無事だったのか。どこか痛いところはないか?平気か?……どうしたのだ?イリア!おい、返事をしなさい!」

 全く反応を示さないイリアを不審に思ったのだろう。村長は肩を掴み彼女の体を揺さぶった。
脱力しきったその体はされるがままに、上下に頭が揺れ虚ろな瞳が俺の姿を捉えた。

「……し……この……人殺し!エミルを……私のエミルを返して!!」

 突然意識を取り戻すイリア。俺に飛び掛かろうとしたところを村長に止められ、半狂乱で暴れだした。

「エミルエミルエミルエミルエミルエミ」
「お、おい!早く連れて行くんだ!」
 
 そのまま彼女は数人の男にどこかへ連れていかれてしまった。当然ながら室内は騒然としていて、奇異の目にさらされることとなった。わかっていたことだが、まさか殺人鬼扱いされるとは……

「……いったいどういうことですかな?」

 呆然と彼女を見送っていた俺に尋ねる村長。
 あぁ、神様。どうやらあなたの忠告は守れそうにないです。

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