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遭遇 その1

 それはひどく不快な感覚だった。
 全身に広がる気だるさと混濁する意識。溺れるように沈む意識に抗おうとすればその不快感はどんどん増すばかりだ。
 いっそのこと身を任せてみようか。
 行き着く先はわからないが、楽になれるはずだ。

「さっさと目を覚ませ!」

 二度寝でもするように手放しかけた意識が、叫び声とともに引っ張り上げられた。

「うぇっ!?……つぅぅぅ……」

 反射的に飛び起きるとゴンという鈍い音と共に、額に激痛が走った。
 何事かと思い額に手を当て、涙で滲んだ瞳を開いてみると同じような格好をした少女が目の前にうずくまっている。
 状況から察するに彼女と額をぶつけてしまったのだろうが……
 一体彼女は誰だ?
 年の頃で言えば十一、二歳といったところ。
 要所要所にしか布のないよくわからない服を着ている奇抜な人間。それくらいしか今の所情報が ない見知らぬ人物だ。
 呆然とその少女を眺めていると、彼女は顔を上げ涙目でこちらを睨みつけると再び額がぶつかりそうな程距離を詰め寄ってきた。

「くぅぅ……いきなり飛び起きるヤツがいるか馬鹿野郎!」
「えっ……あっと……わ、わるい」

 いきなりの罵声とあまりの剣幕に思わず謝罪の言葉が漏れ出てしまった。
が、よくよく考えてみると俺が悪いのだろうか?
 こっちからすれば顔を上げただけでぶつかってしまうような位置にいる方が悪いわけで、一方的に怒られる理由は皆無だろう。
 そんなことを考えたせいか、思わず「えっ、今の俺が悪いの?」と口走ってしまった。
 すると険しかった彼女の表情が一層険しくなった。

「あのなぁ……女のオレが悪いって言っているんだから男はハイそうですかって謝っておけばいいんだよ!なんでそれがわからないかな!?わざわざ人の神経を逆なでするようなこと言って!そんなんだからお前はいくらやり直したって童貞なんだよ!この純血野郎!もしお前が女ならユニコーンが何万頭とすり寄ってくるレベルの清純さだよ。だいたい毎回死因はが他人のためだぁ?なんだよそれ!女神様かお前は!いやもうお前純血の女神様だよ!」

 反論の隙どころか早すぎて理解出来ない速度で浴びせられるマシンガントークに、俺の反骨心は穴だらけになるどころか跡形もなく消し去られてしまった。
 それどころか恐ろしいことになぜが本当にこっちが悪いような気にもなってくる。
 俺が軽く引くレベルの沸点の低さだなお前。などと素直な感想を口にしてしまえばせっかく空っぽに弾倉なったが再び弾で満たされることになるだろう。
 そうなれば反骨心どころか心がズタボロになってしまう。
 だからといって悪くもないのに彼女の自尊心を満たすためだけに謝る気にもなれず、あからさまではあるが話題そらしのためにとりあえずの疑問を口にしてみることにした。

「えっと……ところでお前は誰なんだ?」
「はぁ!?お前何を言って……いや、待て……あー、クソそうか。そうだったな」

 強めの返答をされ失敗したかと思ったが、彼女は一瞬考える素振りを見せてから勝手に自己解決すると面倒くさそうに

「あー、面倒くさいなぁもう」

 いや、面倒くさいと口にしてから今の状況を説明し始めた。
 その説明はさっきまで烈火のごとく怒っていた人間と別人ではないかと思えるほど平坦で、明らかにローテーション丸出しの口調で長々したものだった。
 その上とてもじゃないが信じられないような夢物語のせいで、半分以上が理解不能な内容だ。
 それでもあえて要点をまとめるならば、
一 彼女は世界の管理人と呼ばれる神様以上の存在である
二 俺はすでに死んでいる
三 死んだという認識がないのは、精神の死を防ぐためにその記憶を消しているからという不思議理論
四 彼女が眼の前に現れた理由は俺を転生させるためでこれは千三百五十六回目の出来事らしい
 この四点になるのだが、彼女はそれをいかに面倒で俺がどういう風に悪いかを交えながら三十分(あくまで体感であるが)もの間語り続けた。
 彼女が世界の管理人とか言う存在かどうかは別として、話が年寄り並みにクドいことは間違いないだろう。

「まぁそういうわけで、お前もう違う世界に転生させることにしたから」
「はぁ……え、違う世界って……いやなんで?」
「お前オレの話聞いてなかったわけ?」

 いや、聞いていたけど話がクドいせいで頭に入ってこなかったんだよ。
 そんな俺の思いを知ってか知らずか、彼女はため息をついてしょうが無いといった様子で言葉を続けた。

「いいか?普通魂っていうのは、生まれてからいろんな欲にまみれることで汚れて再び生物として生まれ変わる時に浄化されるものなんだよ。それなのにお前と来たらなんだ。碌に子もなすことなく、欲にもまみれずその上他人を庇って死ぬ始末。ならばと人間以外に転生させてみたものの、何に姿を変えたところでやることは同じと来てる。おかげでお前の魂は浄化されすぎて神格化した方がいいんじゃないかと言われるくらい真っ白なんだよ。というか次同じことになるとホントに神格化しないといけないから凄く面倒くさいけど、お前を神にするためにオレが教育することになるわけ。わかるか?すっっっっっごく面倒くさいわけ。だからいっその事異世界に転生させてハーレムでも作って、人間の一番の欲求である性欲まみれてその聖女様のような魂をクソビッチ並に汚してほしいわけなの。おーけー?」
「えっと、いろいろ言いたいことはあるのだけど……」

 と一度言葉を区切り考えをまとめようと思考する。
 見かけと喋り方の違和感が半端ないんだけど。え、俺このままだと神様になれるの?というかお前が面倒くさいから何?いくらなんでも性欲まみれのクソビッチとか酷すぎない?
 などとどうでもいいことから苦情まで考えを巡らせたところで、ふとあること思いつきそれを言葉にしてみることにした。

「ハレームとまではいかなくても、それが目的なら違う世界とかじゃなくてもいいんじゃ……ほら、いっそのことすっごいイケメンとか金持ちとかモテそうな感じに生まれ変わらしてくれれば元の世界でも目的を果たせるとおもうんですけど……」

 いや、別に俺の希望じゃないよ?ただ、そういう感じにしてくれればよくわからない世界に行く必要がなくなるじゃないかという一般論であって……って俺は誰にいいわけをしているのだろう。

「あのなぁ……」

 彼女の呆れたような口ぶりに邪な心見透かされたのかと思ったが、彼女が口にしたのは思いがけない一言だった。

「お前は覚えてないかもしれないが、それは一つ前の転生で試したんだよ」
「……はい?」
「いや、だからもう試したの。金持ちとまではいかないけどそこそこ裕福な家庭と、美形と言って過言ではないその顔。それで駄目だったんだからもうオレはあの世界に見切りをつけたんだよ」
「あー……なるほど……」

 確かに俺の前世?の家は周りの友達よりは裕福だったのかもしれないなぁ……けど、俺が美形?この人は何言っているんだろう。むしろ俺にはコンプレックスの塊というか……え、俺のトラウマってコイツのせいだったの?

「ってお前のせいかよ!」
「えっ、何が?」

 突然切れ始めた俺に訳がわからないと言った表情の彼女。それでも俺は構わず怒りをぶつけ続ける。

「何がじゃねぇよ!お前のせいで俺は女の子にモテるどころかなぁ……男にモテてしまったんだよ!この顔のどこが美形だ!どっからどう見ても可愛いと呼ばれる類の女顔だろうが!」
「それは知らねぇよ!お前が美形っていうからオレ好みの顔にしてやったのになんだその言いぐさは!というかオレ的には欲にまみれてくれるなら相手が男だろうと女だろうと関係なかったんだよ!」

 コイツ逆ギレかよ!というか今とんでもないこと言っていたけどわかってるんですかねぇ!?

「とにかく!もう違う世界に転生させることは決定事項だからさっさと準備しろ!」


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