月日が流れるのは早いもので
クーロウさんと町に行くに至り、俺はルーシィを放牧場から連れてくる。
……おチビたち?
ああ、ばっちりサボってかくれんぼうに興じているな。
シュシュもいるし家の近くから離れていないようだから、まあ、いいだろう。
ルーシィには『午前中も働いたのにまた〜?』みたいな顔をされたが今度は馬車じゃない。
鞍や手綱を取りつけてアーチの下まで行く。
その辺りでようやく『あら、久しぶりに二人きり?』みたいな目で見られた。
クーロウさんとクーロウさんの乗る馬は無視。
まあ、確かに最近馬車を引かせたりが多かったから、俺が乗るのは久しぶりになるかなぁ?
「いつも思うがいい馬だな」
「んー、まあ……一応竜馬の血を引いてるから」
「なんだと? じゃあ飛ぶのか?」
「いや、そこまで血は濃くない。遠縁に竜馬がいるらしいよ。でもやっぱり普通の馬よりは頑丈だし運動量も必要かな」
「ヒィン!」
「そ、そうか……さすがは元貴族だな」
分かった分かった、あと賢くて美人ね。
はいはい、知ってるから頭をもぐもぐするな。
……まあ、おそらくだが三男のクールガンには竜馬が贈られるだろう。
俺がルーシィを貰ったのが十五の誕生日。
『竜馬』でなかった事で「ああ、俺はこの家の跡取りじゃないんだな」とはっきり自覚したものだ。
別にがっかりはしなかったし、元々跡取りとかめんどくせーって思ってたからすんなり受け入れられた。
今は貰った馬がルーシィでよかったと思ってる。
「んじゃあさっさと行くか」
「ほいよー」
馬車で三十分の道だが、それは馬車の場合。
馬単体が走って移動すると十五分近く時短となる。
クーロウさんの馬もかなりいい馬だ。
ルーシィにほとんど遅れを取らなかった。
……若干……、若干ルーシィに色目使ってる感があるのが気になるけど。
「おう、ハーサスいるか?」
「ん? おお、クーロウさんじゃあねぇか。いらっしゃ……って、なんだ? その赤毛の兄ちゃんは?」
……はあ……またか。
俺の髪色を見るなり、顔をしかめる。
この町の一部の人……主にこういうおっさんのあるある反応。
しかし、まだクーロウさんが一緒だったのでマシなのかも。
カウンターに近づきながら「国境沿いの牧場主だ。クローベアが出ただろう?」と事情を説明してくれる。
この町の取締役が直々に説明してくれたおかげで、店のおっさんは少し態度を軟化させた。
二人が話している間に店の中を少し眺める。
いろんな種類の銃が飾ってあるが、どれも機能性重視。
当たり前だが、貴族のように無駄に飾った猟銃などは一つも置いていない。
カウンターの中にある棚は銃の付属品。
弾のサイズや種類。
手入れに必要なグッツ。
あとは、持ち運び用のケース。
「なるほど。ああ、そういう事ならこれなんかどうだ?」
取り出してきたのはスラッグ弾専用散弾銃。
一応元貴族なので銃は扱った事があるだろうとこれを持ってきたらしい。
スラッグ弾専用散弾銃は散弾銃なのに弾は一発ずつしか出ないやつ。
ライフル?
ライフルはガチプロしか持てないよ。
長距離の獲物を狩るのには向いてるけど、本当に長距離まで弾が飛びすぎるから外すととっても危ない。
「対クローベアにはちぃと威力は足らんかもしれんが、空気銃よりは幾分マシだろう。初心者でクローベアとやり合うっつーのはその時点で無謀だが……最悪の場合を考えてわしが薦めるんならコレだな」
「そうですか……」
まあ、妥当だろうと俺も思う。
スラッグ弾専用の中でも自動装填式。
弾詰まりを起こせば致命的だが、整備はしっかりされているし新品だから今のところその心配はないだろう。
クローベアの時速は四十キロ前後というし、そんなの相手にもたもた弾詰している時間もない。
まあ、噂になっているのは五メートル。
さすがに普通のサイズよりはやや遅めかもしれないけど……それでもその体格のヤツを一発で仕留めるのは困難だろう。
弾一箱と、子どもがいるなら触られないようにと鍵つきのケースも買う事にした。
「あれ、他にも剣やナイフまで売ってるんだ?」
「この辺にゃあ滅多に来ないが、たまに流れの冒険者が来るからな」
「冒険者……」
冒険者……などと呼ばれてはいるけれど、要するに旅人だ。
ただ普通の旅人より戦闘慣れしており、そのほとんどは賞金首を狩ったり、用心棒などで路銀を稼いでいる。
「冒険者ね……」
……そして、彼らは『消えた加護なし』であるという噂がある。
本当かどうかは知らない。
俺は冒険者に会った事もないし。
ただ、確かに『加護なし』は一つの場所に止まるのが困難だろうな、とは思う。
そう考えるとファーラの事をこの先どう守っていくのかは、俺が考えているよりも難しい問題なような気もする。
だが、ドゥルトーニルのおじ様やクーロウさんは『自分の見ていないところで起こる迫害』の心配をしていた。
裏を返せば二人の目の届くところでの迫害は絶対に許さないという事だ。
『赤い色』が忌避されるこの国で、俺の髪と目の色が疎まれてしまうのは仕方がない。
慣れつつあるので顔をしかめられるのも別にいい。
話すと普通に対応してくれるしね。
だからそれは、本当におじ様とクーロウさんの人徳、為政者として統治手腕の結果。
この町以外、この領地以外……『加護なし』の生きづらい場所は、そういう理解者がいないという事。
ファーラは、この領地以外には……もう出すべきではないだろう。
女の子が冒険者なんて絶対無理だろうしな。
「ああ、そうだ。ハーサス、『狩猟祭』にはこいつも参加するからな」
「お! マジか!」
え、なんか急にテンション上がった?
一瞬で瞳を輝かせ、満面の笑みを浮かべるハーサスさん。
カウンターを両手で叩き、ズズィ、と身を乗り出す。
「そいつぁいい! 若い奴が一人も参加してくれなくて困ってたんだ!」
「は、はぁ」
「最近の若い奴は『銃なんかおっかなくて触れないよぉ〜』とか甘ったるい事ばっか言いやがる! そうかそうか、兄ちゃんは『狩猟祭』に参加してくれるのか! はっはっはっ! そいじゃあこれからもよろしくな! 銃の事ならなんでも相談しろ!」
「……ありがとうございます」
……まぁ、あと、この国の人のこーゆーノリは本当……なんつーか、ファーラにも生きやすいと思うし……うん。
「銃はいいぞ」
……そういうとこだと思うよ……。
「さて、それじゃあ牧場に帰るか」
「あ、クーロウさん! ちょうどいいところで!」
「アン? おお、ディディー」
「こんにちは」
「あら! 牧場の! こんにちは!」
ハーサスさんの店を出たら途端に肉屋のおばちゃんに声をかけられた。
このおばちゃんも最初は俺の容姿に眉を寄せていたが、保存としてかなりハムやソーセージを買い込むので今はすっかり『お得意様』として認識されている。
そして、牧場の人って事でも認識されているらしい。
……複雑だなぁ。
「『肉加工祭』と大市の事で相談したい事があるのよ〜」
「お、おお。そういやぁ、そっちの件もあったな。……うーむ……」
「あ、俺先に帰ります。クーロウさん、今日はもしかして」
「あ、ああ、悪ぃな。来月は大市と『肉加工祭』があるからよ」
「分かりました〜」
確か『狩猟祭』が今月末。
大市と『肉加工祭』が来月の頭。
来月末には『収穫祭』もあったはず。
大市は行商人や色んな町の商会が関わって行われる、言わばこの国全土で同時に行われる超大々的市場。
月市場は一ヶ月に一度大通りでも行われるが、大市はその比ではない。
この国にある商会の九割が参加する、まさに祭だ。
そして『肉加工祭』は『収穫祭』で狩った野生動物を保存の効くハムやソーセージなどに加工する祭り。
これのどこが祭りになるのかは、俺も初参加だし『青竜アルセジオス』にはなかったからよく分からない。
ああ、『青竜アルセジオス』には『魚肉祭り』ならあった。
文字通り魚肉を冬の保存食に加工する祭りだよ。
多分そんな感じなんだろうな、とは思う。
あと、ついでに『青竜アルセジオス』の『魚肉祭り』は普通に食肉用の家畜も捌かれていたので『緑竜セルジジオス』の『肉加工祭』は魚肉ないバージョン、野生動物ありバージョンなのかな、と勝手に思ってる。
『収穫祭』は言わずもがな。
その年に収穫された全ての収穫物に感謝して、来年の豊作を願う祭り。
なんかこの町では超巨大ピザを焼くらしい。
『エンジュの町』ではソーセージとビール。
まあ、各町でそのように祝い方には特徴があるそうだ。
カールレート兄さんには「ビール飲み放題だぞ! へへへ! ユーフランも『収穫祭』は『エンジュの町』の方に参加しないか!?」と誘われたのだが、最初に飲むお酒はラナと相談して決めたいので返事は保留にしている。
……そういえば、十一月はラナの誕生日があるな。
今年はなにを贈ろうか。
「………………」
ヤバい。
どうしよう。
ラナは多分……知らない。
これ、知られたらやっぱりドン引きされるんじゃない……?
アレファルドとラナの婚約が決まった八歳の時から、アレファルドの代わりに俺が選んでアレファルド名義で贈っていた事を————!!
だってアレファルドが面倒くさがるから!
そんなアレファルドを見かねて、陛下に頼まれたら断れないじゃん!?
……出会う前からそんな事してたと知られたら……さ、さすがに気持ち悪がられそうじゃないか?
「…………」
思わず空を見上げた。
うん、この件は……さすがに気持ち悪いよ、なぁ……。
ま、まあいい。
だとしても十一月、ラナの誕生日に「お酒を飲むのはどう?」って、提案してみよう。
ケーキのレシピはラナのお菓子作りを手伝って覚えたから……もしお酒を飲むのを了承してもらえたら、誕生日プレゼントはグラスがいい。
そ、その、こ、恋人っぽくペアの……とか、ど、どうだろう?
うっ、い、いや!
そういうのはちゃんと本人に嫌じゃないか確認してからの方がいいよな?
いらないものとかプレゼントされても嫌がるだろう!
これまでは王家のお金だったし、送るものは他国の珍しいお菓子とか装飾品を贈っていた。
だが今は無理。
金銭的にも時間的にも。
レグルスに発注するのも、プレゼントするものを決めたあとじゃなきゃ。
「ヒン!」
「あ、ああ、悪い。ほら、ラナって十一月誕生日だっただろう? なにを贈ったらいいか考えてて……」
「ブルルルルゥ……」
「え? う、うーん、まあ、そうなんだけど……」
俺が贈りたいと思ってるもの、使ってほしいと思っているもの、かぁ。
確かにルーシィの言う通りかもしれないな。
これまではアレファルドの名義で贈っていたから、『青竜アルセジオス』王家の権威も考えなければならなかった。
だが、今はそのしがらみはない。
俺が……ラナに贈りたいと思っているもの、かぁ。
なら、やはり一緒にお酒を飲めるグラスがいい、かな?
想像すると顔が熱くなってむちゃくちゃ恥ずかしいんだが……。
「ブルゥ!」
「わ、分かった、分かってる。帰ろう」
はいはい、この件は十月になるまでなんとか考えるよ。
今日は急いで帰るって言っちゃったしね……。