面倒ごとでお腹いっぱい【後編】
「とりあえず入って」
カルンネさんにはあとで農業に関する話を聞くとして、ダージスの事は考えるのも面倒だから放置でいいか。
まずはおじ様に子どもたちを紹介して、クーロウさんにクラナを紹介して……。
「ただいま。お客さん来た」
「は、は? どういう事? あ、ドゥルトーニルのおじ様!」
「う、うむ、様子を見に来てやったぞ」
スゲェ格好つけ。
窓際で食事していた子どもたちを見るなり眉を顰めはするけれど……それはこの子らの髪色や目の色に対するもの。
そしてドゥルトーニルのおじ様の天邪鬼ぶりが発揮される。
「なんだその汚い食い方は! テーブルマナーも知らんのか!?」
「!?」
「ユーフラン! テーブルマナーは教えておらんのか!? さっさと教え込め! これではただの恥知らずどもではないか!」
訳:元気に食事しているようでよろしい。だがしかし、少々食べ慣れんか?
ユーフラン、きちんと食べ方を教えてやるように。
この国に慣れるには食べ物からがいいだろう。
「はいはい、分かってますよ。大丈夫ですよ、ラナの料理は美味いから」
「フ、フラン……」
ばち、とラナと目が合う。
なんか、キ、キラキラしてない?
え? なに? よ、喜んでる?
ラナの料理は美味しいって、ただ本当の事を言っただけなのに?
「「…………」」
(アラァ、さっきは何事かと思ったケド〜……二人の世界になるのは平気そうネェ)
「フン! それで、体調が芳しくないというのはどの子どもだ!? メリンナ! お前が診に来たのだろう? 来て早々に野たれ死なれては困る! さっさと治せよ!」
訳:体調不良の子がいると聞いたが大丈夫か?
辛くはないのか? ちゃんと診てやっているか?
メリンナ、引き続き気を遣ってやってくれ。
故郷を追われてすぐにこの国で亡くなるのはなんとも忍びない……。
「ふふふ、ええ、大丈夫ですわ」
「!」
……へぇ、メリンナ先生はおじ様の本心がちゃんと聞こえる人なんだな。
相変わらず食事に手をつけずにお酒飲んでるけど。
そしてラナに「ところでエラーナちゃーん、昼間は牧場カフェ、夜は牧場バーとかどーぉ?」とか持ちかけている。
なんだ牧場バーって。
聞いた事ないわ。
「そんで? 施設の代表者は?」
クーロウさんが一歩前に出る。
あ、『クーロウさん+店舗』で思い出した。
ラナがクーロウさんに「プリンも好きならアイスも好きなんじゃないかしら?」って言ってたんだっけ。
デザートで出す予定だし、ラナに目配せすると「ああ!」と思い出したように頷く。
そして「今美味しいの持ってくるので座ってて」とおじ様たちを別の席へ促す。
まあ、立ちっぱなしも悪いしね。
「…………?」
だが、事件はすでに起きていた。
ラナを手伝おうと立ち上がったクラナ。
お酒を煽るメリンナ先生。
と、それを止めるアイリンは気づいていないが、レグルスは気づいている。
俺も目に入ってしまった。
全体を見渡す位置に来て、ようやくだ。
いつからそうだったかは分からない。
しかし——!
「「…………っ」」
ダージスの赤い顔と潤んだ目がクラナに。
カルンネさんの熱のこもった眼差しはメリンナ先生に釘づけ。
え、嘘でしょ?
誰か嘘だと言って。
カールレート兄さん、エールレートよ、気づいてて「あーあ」みたいな顔してないで主にカルンネさんの事は「あいつはやめておけ」くらい言って。
「ユ、ユ! ユーフラン!」
「ちょっと待って落ち着け。初めましての人もいるし自己紹介タイムを設けよう」
面倒ごとに巻き込まれたくないので。
「そ、そ、それもそうだな! あ、あの、俺はダージス・クォール・デスト! ア、『青竜アルセジオス』の伯爵家貴族なんだ! き、きききき君の名前を聞いてもいい?」
と、食い気味でダージスが話しかけたのはクラナだ。
首を傾げながらも、人当たりのよい笑みで「クラナと申します。この子たちの保護者代わりをしています」とさし当りのない自己紹介を行う。
完全に頬が赤くなり目がキラキラと無駄に輝くダージスに、その意味がどこまで理解出来ているのやら。
確かにクラナは美少女だろうが、落ちるの早すぎではないだろうか?
つーか、ダージスは『青竜アルセジオス』に帰れるなら帰りたい派だったのでは?
「あ、あ、あ、あの! お、俺はカルンネといいます!」
「? あたしはメリンナ。『エクシの町』で医者兼薬師をしてる。具合が悪くなったら訪ねてくるといい。こっちは弟子の」
「アイリンよ。珍しい薬草を見つけたら教えてください」
「よろしくお願いします! メリンナ先生!」
……カルンネさん、よりにもよってメリンナ先生狙い?
絶対やめておいた方がいいと思うんだけどなー。
あーあ、無視されたアイリンが負のオーラを……。
「ちなみに診察料は酒だから」
「ふ、普通にお金です!」
「さ、酒ですか? ……じゃあ、学校の畑に葡萄畑を作ります!」
「ちょっとコラ!」
なんか暴走を始めたカルンネさんに、ようやく突っ込んだのはカールレート兄さん。
だが、ここで思わぬ人物が声を上げた。
ついでに手も上げている。
「はい! お米を探しましょう!」
「「「コメ?」」」
そう、ラナね。
い、いきなりなんの話……。
「にほ、ンンン! お酒を作るのよ! 以前家にあった本で読んだんです。お米という穀物に『
ちら、とラナがカルンネさんを見る。
その眼差しは、まるで「貴方の覚悟はどんなもの?」と聞いているような感じ。
そしてその挑発に、カルンネさんは簡単に……乗る。
「もちろんやり遂げますよ! 珍しいお酒なんですね? メリンナ先生に是非飲んでもらいたいです!」
「本当かい!?」
ごっつ嬉しそうな飲んべえ医師。
……だが、そんな材料の穀物そのものが珍しいのに安請け合いしていいのか?
「レグルス」
「ええ、イイわヨ。お酒はアタシも興味あるワ。美味いお酒は守護竜『赤竜ヘルディオス』と守護竜『黒竜ブラクジリオス』の好物とも言われているから、『赤竜三島ヘルディオス』と『黒竜ブラクジリオス』では最高品質の珍しいお酒は高額で取引されるモノ〜」
レグルスが釣れた。
釣れてしまった。
これは、またラナの悪い癖……『作ると決めたらなにがなんでも作る』が発動しそう。
あんまり無理しないでほしいんだけどな。
夢中になると飲食も寝るのも忘れて没頭するんだから……。
ん? ブーメラン? はて、なんの事?
「お、おいユーフラン! お、お前これからあの子……ク、クラナ嬢とも同じ屋根の下なのか!?」
語弊。
「そうだけど、クラナは子どもたちと同じ部屋で寝るからな」
「くっ! なんでお前ばっかり……!」
なんか変な嫉妬され始めた。
「決めたぞ、ユーフラン。俺はこの国に残る。残って……クラナ嬢と結婚する!」
「…………。そう。頑張れ」
知らんがな。