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面倒ごとでお腹いっぱい【前編】



「温泉!? うちの近くに温泉があったの!?」
「あったらしいよ。あとで見に行かない?」

 人数が増えた事で自宅は手狭になり、食事は店舗一階で食べる事にした。
 やんちゃ坊主どもとクオンのバトルにファーラが参戦した事により、案の定騒がしい食卓。
 貴族の食事でここまで騒がしい事はないので、なんか新鮮。
 ここにワズが加わったら面白そうだな……今度誘おう。

「アラァ! 素敵じゃなぁイ! これは一儲け出来るわよォ〜〜!」
「んもぅ、レグルスはすぐそれなんだからぁ……」

 ん?
 アメリーはフォークやスプーンの食べ方が分からないのか?
 ぼーっとしてスープを覗き込んでいるな。
 やんちゃ坊主組VSクオンにクラナが半泣きになっているので、放置されてるのか。
 他の子たちは普通に食べれてるみただし、メリンナ先生は相変わらずお酒飲んでるし……。

「アメリー……」
「!」
「っ!」

 こっちにおいで、と手を伸ばした時。
 ラナと手の甲がぶつかった。
 痛くはない。
 とても些細なものだ。
 だが、カッ、と顔が熱くなる。
 昨日の事とか、昨夜一人ベッドの上で身悶えてた事とか色々思い出して、うあああぁぁ〜ってなった。

「ひゃ! ごごごごごめんなさいフフフゥフラン!」
「あ! えーと、うん! 俺ちょっと! み、水を足してくる! 水瓶に!」
「ああああぁぁぁそそそそそそうだったわねぇ! そういえば足りなくなってたんだったわぁぁぁ!」
「「「…………」」」

 う、うん、分かる。
 その場の全員が押し黙る意味はもちろん分かりますとも。
 トン、と手の甲が触れた。
 ただそれだけだったのだ。
 でも、でも、こう、なんか、ふわっとした肌とか温もりとか……む、無理無理無理無理。
 玄関を出て井戸まで行って、とりあえず深ーく溜息を吐く。
 や、やわ、やわら、柔らかかっ……!
 い! いやいや、落ち着け、ただ手の甲が触れただけだぞ!
 いいいい今のはさすがに不自然すぎたし、ふふふふふ夫婦という事になっているのにふしぜんすぎたし! そう、ふ、不自然すぎたし!
 ん? な、なに言ってるんだ?
 ヤバい、落ち着け、今はとにかく落ち着くんだ。
 深呼吸をしよう。
 そうだ、せっかく森の中の牧場にいるのだから、息を大きく吸って〜、吐いて〜、吸って〜…………うん、こ、これで大丈夫、多分落ち着いている。はず……。

「…………なんで井戸にいるんだっけ?」

 なにか言って出てきた気がするけど、なんで井戸だったかな。
 ヤバい、なに口走ってたか分からない。
 と、とりあえず水を汲んで行こうか。
 というか一回顔を洗おう。
 そうだ、それがいい。
 顔を洗えばスッキリしてなにか思い出すかも……いや、思い出さない方がいい!
 心臓が保たない気がする!

「ん?」

 ガラガラとまた馬車の音?
 …………。
 あ、そういえば今日午後からカールレート兄さんとおじ様とクーロウさんと……あとなんだっけ、とりあえず誰か来るって言ってたな。
 まずい、頭がうまく働かない。
 顔熱いし、やっぱ顔洗おう。

「……あ、おーい! ユーフランー!」

 井戸の水を汲んで顔を洗い、その時「あ、タオル忘れた」と我に返る。
 ……俺ちょっと本気でまずくないか?
 仕方なく袖で拭っていると、アーチの下まで来た馬車からカールレート兄さんが手を振って降りてくる。

「? なにしてるんだ?」
「いや、ちょっと頭が混乱して」
「お前が? 珍しいな?」
「……つーか、なんの用?」
「なんの用って、親父が……」
「……あ、ああ……」

 察した。
 ……クーロウさんは施設の設計図を当人たちにも確認して説明する責任があるから分かる。
 だが、おじ様は完全に……この国に来たばかりの子どもたちを心配して様子を見に来たな?
 昨日めちゃくちゃ心配してたもんなぁ……。

「あと、ダージスだっけ? 彼と彼にくっついてカルンネって人も来てる」
「いや、そいつらは本気でなんで来たの?」
「ダージスは相談があるとかで、だな。まだこの国に亡命するかどうかを決めかねてるんだろう。同郷のお前の意見を聞きたいんだと思うぞ。カルンネって人はあれだろう、畑の事だろうな。収穫期は手伝わせるんだろう?」
「あー……」

 そういえばそういう話も出てたっけなぁ。
 とはいえ、子どもたちが来たから畑仕事の手伝いは間に合いそう。
 やんちゃ坊主どもも上手い具合に躾けていけば素直ないい子になる事だろうし。
 だが、カルンネさんは元々農家の人。
 いくらこれまで肥料で無事実って来ていたとはいえ、それは『緑竜セルジジオス』の特性にも救われているが故だろう。
 農業に関しては本で読み齧った知識だけのど素人だし、本職の人に色々教わった方がいいかもしれないなぁ。

「んん? ユーフラン! なにをしておる!」

 と、騒がしく現れたのはおじ様。
 エールレートやクーロウさん、ダージスたちも降りてきた。
 なんかまた大所帯になってきたな。

「ああ、ちょっと頭がぼんやりしたから水で顔を洗ってた。……今店舗の方で飯食ってたんだけど、おじ様たち食事は?」
「食ってきたわい!!」

 なぜそこまで大声で主張なさるのか。
 耳がキーンとなったぁ……。

「? 馬車が他にも停まっているが、誰か来ているのか?」
「ああ、レグルスとメリンナ先生とその弟子の子ね」
「薬草探しか?」

 そわそわするおじ様をエールレートが宥めつつ、カルンネさんやクーロウさんに挨拶して店舗の方に歩き出す。
 その間、カールレート兄さんと話していたのだが……。

「メ、メリンナが来ているのか? ガ、ガキどもの具合でも悪いのか!?」
「気候の差による体調不良を心配して来てくれたんだよ。『赤竜三島ヘルディオス』はものすごく暑いから。……これから秋、冬の気温を思うとなにか対策考えておいた方がいいかもね」
「な、なるほどそうだな。対策……」

 おじ様……防寒に関しては相談してもいいかもなぁ。
 普通にお金出してくれそう〜。
 ……って、ん?
 おじ様の目線が放牧場の方に留まった。
 視線を追うと、柵の側でドヤ顔しているジンギスの姿——!

「よし、ユーフラン! 羊を贈ってやる! しっかり世話しろよ!」
「とりあえず(つがい)になる一頭だけでいいです。足りなければ町で買うから」
「む! そうか!」

 この勢いだと厩舎に入るだけ羊を寄越しそうじゃん。
 さすがにそんなに世話しきれないよ。

「まったく……初孫を喜ぶじいさんかよ……」
「そういえばカールレート兄さん、結婚適齢期すぎてない?」
「…………。………………」

 孫といえばだよ。
 と、カールレート兄さんを見たらゆっくり顔を青くしながら目を背ける。
 エールレートが半泣きになりながら「そ、その話題は触れないであげて……!」と……ふ、触れてはいけない話題だったのか。
 なんかごめん?

「……兄さんが学生時代の時、学園に留学してきた『紫竜ディバルディオス』の『竜の愛し子』が兄さんの元婚約者殿を連れて行っちゃったんだよ……」
「…………すごいごめん」

 こっそりと教えてもらったその事情に、頭痛がした。
 清い心、特別な魂の輝き……その『聖なる輝き』において『守護竜の愛し子』と評されるわけなのだが……そういえば『紫竜ディバルディオス』の『聖なる輝き』を持つ者はその規格外の輝きとやらで色々各所で問題を起こしていたな。
 なんか「聖なる輝きは愛し、愛されるほど強くなる!」と言って、他人の婚約者だろうがなんだろうが気に入ったらハーレムに加えてしまう。
 困った事に、まるでそれを肯定するかのように『紫竜ディバルディオス』の守護竜の加護は年々増しているそうだ。
 ……『紫竜ディバルディオス』の守護竜の加護は『知識』。
 その土地に暮らす者へ『錬金術』の力を与える。
 石は水に、鉄くずは金に。
 どの国よりも錬金科学とやらが発達していて、竜石道具が少ない不思議な国だ。
 なんでも、竜石道具に使われる竜力を錬金術に使用するからなんだってさ。
 他の国の守護竜の竜力では出来ないらしい。

「で、ダージスはなにしに来たって?」
「え、いや、その、学校? なんとなくいづらくて」
「…………」

 はっ倒すぞ。

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