アンデッドウォーク
――35階層のダンジョンマスター――デュランが目の前にいる。
ヒカルはダンマスと聞いて、イフリートのような、いいや、話の流れから、それよりも巨大で凶悪なモンスターを想像していた。しかし、デュランというのはどう見ても人間のようだった。
「死ね――いっ」
アリアは有無を言わせずに矢を放った。矢はまっすぐにデュランの頭、額の真ん中に吸い込まれるように飛んでいった。
「ふむアリア。まだ僕に逆らえるとは恐れ入る」
デュランは眉一つ動かすことなくその矢を片手で掴んで投げ返した。
――シュッ
矢はわずかに残っていたアリアの胸を覆う服の紐を突き破り、胸があらわになった。それでもアリアは胸を隠すでもなく、まっすぐにデュランを睨みつけたままだった。
「ふんっ、我が命は恩人アレキシスのもの、貴様などに屈しはせんのだ!」
エリミアが二本目の矢を弓に
「うぉおおおおお~マジか! これは正真正銘のEカップ! 神様仏様女神様! 感謝します! 俺にEカップ美女を与えられたことを!」
ヒカルはアリアの前に立ち、両手を組んで、アリアのオッパイを崇め奉るようなポーズをしていた。
「っておいヒカル! ちょっと今それやるタイミングじゃないよ? ギャグモードじゃないよ? ほら! アリアさんの手がプルプルと震えてて額には青スジが走ってるじゃないか」
ディアーナが止める間もなく……
「おいキサマ! 我が闘争を邪魔だてするのなら容赦せぬゾ!」
アリアは矢の狙い先をヒカルに向けた。
「ふむふむ。このキメの細かい褐色の肌。躍動する筋肉の造形。君は……ダークエルフだな?」
「なっ、そ、それがどーしたというのだ! キサマには関係がなかろう!」
「いやいやいやーそれがだねー関係大ありなんですよー。ほら、エルフって言ったら森の賢者だっけ? まー、賢くて頭が硬いと決まってるでしょ? それがダークエルフって言ったら……」
「我が欲望に囚われている、とでも言うつもりか!」
「いいえ、自分の思いに正直だと言うつもりですよ」
「同じことだろう! だがすでに我の本質はエルフに戻っている。それでも我を愚弄するのならキサマも殺す!」
「いいや違う! そうじゃないだろう! 本当に賢いのなら、この場は皆を連れ逃げるシーンだ。それをしないオマエはやはり自分の情で動いてるんだよ! 何があったか知らねーが、犠牲になる自分に酔いしれてるんだよ。ドMなんだよ!」
「な……」
アリアは言葉を無くした。
「ほほう~なかなかに本質を見る目を持っているようじゃないか……そこの少年」
デュランは一歩近づいてきた。
「なあアリア。俺は情で動くのが悪いって言ってるんじゃないんだ。けどさ、今暴走したら、俺らも巻き込むんだぜ? さっきのデュランの攻撃、誰を狙ったと思う? オマエじゃねーぜ?」
――バタンッ
突然、ヒカルは倒れてしまった。見ればヒカルの背中には矢が突き刺さっていたのだ。
「お、おいキサマ! どーした? どーしたというのだ!」
――3/30
ダハッ
「どーしたもこーしたもねーんだよ! オマエの身勝手な行動で俺は死んだんだよ!」
「え?」
「俺はダンマスだ。だから命がいくつかあるから良かったよーなもんだぜ。普通ならオマエのせいで死んでるんだよ! だから情熱を持ったまま冷静になれってんだよ」
「あ、ああ……なるほど……そうか……わ、悪かった」
「うむ。そしてもうひとつ忘れるな! 俺はSよりドMが好きだ」
「フ、フザケルナ! 我はMなどではないゾ!」
「ああ……ドМだからな」
「違うって言っているだろう!」
「そして最後にひとつ! 俺は巨乳が好きだ~~~」
――バコンッ
アリアの胸に飛び込もうとしたヒカルはディアーナの手刀で瞬殺された。
「痛い、痛いなあディアーナ。これくらいの役得はいいじゃねーかよ。俺、今死んだんだぜ?」
「だからよ。何言ってんのよ。アイツ、フツーにまっとうに強いじゃない。それがだんだん近づいてきてんのよ? どーすんのよ!」
デュランはゆっくりではあるが、一歩、また一歩と近づいて来ていた。
「ふむ。やはり君はダンジョンマスターのようだなあ~」
「だ、だったらなんだって言うんだよ」
「ふむ。であれば……僕と一緒に戦わないか?」
「は? いや、何言ってるかわからねーし」
「そうか? では聞くが僕らダンジョンマスターは誰と戦うのだ? 戦うべきなのだ?」
「そ、それは……冒険者だけど……」
「そうであろう? なれば話は早かろう。そのエルフこそが僕らダンジョンマスターの敵なのだ」
「あ、ああ……」
静かに、ゆっくりと話しかけてくるデュランの目が怪しく光った。するとヒカルの視界はぼんやりとしてきた。
「ヒカル! 耳を貸しちゃダメだよ! そいつはアンタを洗脳しようとしてるんだよ!」
「フ、フハハハハ! そうか、やはりな。僕の洗脳が効かないとは、小娘! お前は女神なのだな? そうか、そうか。それなら話が別だ。女神使いなら話は別だ」
――我、冥界の使者デュランの名において命ずる。いざ、天命に逆らいて死を生に生を死に還すのだ!
デュランが下に向けた手のひらを返し、その手を持ち上げると……
――シュゴゴゴゴゴォォォオオオ
地中から無数のアンデッドが、スケルトンが湧き上がって来た。