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8-5. ドラゴン来襲

 西の庭園から、講堂が立ち並ぶ中央広場へ戻ると、其処彼処(そこかしこ)でパニックになった生徒たちの悲鳴が飛び交っている。
 急激に暗くなった空を仰ぎ見ると、世界の果てに住むとされる大型の危険種魔獣が複数飛来し、学園上空に集結していた。

「ドラゴンですか……」
「もう、何でもありだな」

 呆然としたレヴィの言葉に、ユージンは投げやりに答える。
 飛竜、と呼ばれるワイバーンを眷属に、火、水、土、雷の属性を持つドラゴンは、帝国時代からの脅威だった。その数こそ少ないものの、稀に生息地から外れて人と遭遇する。小さな村なら一瞬で消し去ってしまえるほどの戦闘力を持ち、追い立てるのにも一個小隊以上の兵力を必要とした。
 
 その脅威が、今、学園を覆い尽くすほど、羽ばたいている。

「レヴィ! リュカ! ヴァネッサと一緒に生徒達の避難を最優先で!」

 大規模な防御障壁を張って、ごおと吹き出される炎から講堂を守るヨルンが叫ぶ。弾かれたように駆け出した三人に向かって氷の吹雪を吐き出すドラゴンに、ユージンが炎刃で対抗する中、ロッシがユウリを守るように蔦の壁を作った。

「いいぞ」
「ありがとうございます」

 ロッシの声とともに、ユウリの瞳が開く。紅い炎を宿して揺れる双眸で、次々と攻撃を吐き出すドラゴンたちを見上げた。
 《始まりの魔法》の前で、為す術なく光の粒子となって消えていくドラゴンだったが、空が開けたと思うと、次から次へと現れ、学園に影を落とした。

「ちょっと、これ、私でも……」

 ドラゴンたちを力強く見据えていたユウリの息が上がり、その表情に焦りの色が見えてくる。
 大型危険種な上に、この数とあって、一匹一匹を消し去るのに時間がかかるのだ。

「くそ面倒だな……ッ!」

 ロッシが吐き捨てる。学園を守るために張った障壁は、ドラゴンの口から絶え間なく吐き出される攻撃に、直ぐに脆く弾けてしまい、何度も詠唱する羽目になっていた。その合間に攻撃魔法も繰り出してみるが、いまだ飛来し続けるドラゴンには焼け石に水だ。
 けれど、だからといって、防御も攻撃も手を休めるわけにはいかない。

「ロッシ、防御は任せた」

 ユージンはそう言って、ロッシの返事も待たずに、広範囲に氷刃を降らせた。いくつものドラゴンが貫かれ、雄叫びと共にのたうつ。そこに、トドメとばかりに、ヨルンが大量の雷刃で撃墜した巨体を、ユウリが次々に瓦解していく。

「キリが……ないですね……!」
「チッ……」

 ユウリが乱れた息を整えようとした隙に、新たに現れたドラゴンから炎が吐き出される。ユージンが舌打ちして飛びすさり、ヨルンがユウリを外套で守るようにしながら障壁を張った。
 《始まりの魔法》でその炎を打ち返しながら、ユウリは胸中で悪態づく。

(一気に、片付けたいのに……!)

 オーガの時に放った、全てを一瞬にしてもと通りに出来るほどの魔力を使えば、今上空にいるドラゴンだけでも一掃できる。しかしながら、大量に吐き出される攻撃の頻度が高すぎて、ヨルンやユージン、ロッシが防ぎ切れていない。防御をしながらあの集中力を発揮することは、ユウリには不可能に近かった。

「……《貫け》」「《降れ》!」

 無機質な、それでいて鋭い声音と、聞き覚えのある声の詠唱が聞こえると同時に、どっと大量に降る矢と追従する光の柱に貫かれて、上空のドラゴンが大量に墜落する。

「ユージン君とヨルン君は、学園施設の保護を!」

 ラヴレの声が聞こえ、ユージンとヨルンが慌てて障壁を張り、墜落する巨体から建物を保護した。
 後方からラヴレとアントンが跳躍してきて、紅瞳を見開くユウリの側に降り立つ。

「ユウリさん、どのくらい必要ですか」
「……五分も、あれば!」

 聞かれてもいないのに、ラヴレは正確にユウリの苛立ちの理由を理解していた。
 短く答えながら、ユウリは、やっぱりシーヴみたいだなとふと思う。そして、強烈な安心感が心を支えてくれるのがわかる。
 焦りが消え、笑みをたたえながらぎゅっと目を瞑ったユウリを確認して、ラヴレはアントンに目配せをした。
 またも湧いて出てきたドラゴン達に、とめどない光の矢が降り注ぐ。
 ロッシが、集中するユウリを守る蔦の壁を幾重にも頑丈にした時、ゆっくりとその瞳が開かれ、上空を睨みつけた。
 魔力が弾けて、眩しい光が(ほとばし)る。

「まだです!」

 晴れていく視界の中で、何も無くなった空を見つめながら、ラヴレが叫んだ。

「学園全体に、結界を!」

 ふう、と息を吐いたユウリの真紅の瞳が揺れて、彼女の周りに魔力の渦が巻き起こる。
 消し飛ばされて尚、一つ、また一つと現れる上空の黒点を拒むように、その魔力が広がり。
 きいん、という金属音を轟かせながら、光の膜が学園全体を包み込んだ。
 弾む息を整えて微笑んだユウリの頭を、ヨルンが撫でる。

「すごい、な……」

 《始まりの魔女》の力を目の当たりにしたアントンが、驚嘆の声を漏らした。
 これ程までの魔法を立て続けに放ったにも関わらず、ユウリの魔力は最初からほぼ変わっていないように見える。
 笑みを湛えたアントンの瞳に光が反射して黄金に輝き、ラヴレはどきりとした。

「あれが《始まりの魔法》の力か」

 向き直ったアントンの瞳はいつもの赤銅色で、ラヴレはホッと息をつく。

(流石に今回は……)

 学園全体を狙ってくるとは、ラヴレも予想していなかった。よく知る同期の瞳の色すら疑うほどには焦っていたことを自覚して、自嘲する。

「アントン。事後処理も、手伝っていただけますか」
「……さっさと、撤収すべきだったな」

 仏頂面に戻ったアントンと肩を並べて、ラヴレはユウリを囲むカウンシルメンバーたちの方へ歩みを進めた。

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