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第218話 死神ちゃんと弁護士③

 〈|担当のパーティー《ターゲット》〉目指して死神ちゃんがふよふよと飛行していると、|あちらさん《ターゲット》の方からわざわざやってきてくれた。体の線がはっきりと分かる悩ましげなスーツに短めのスカート、そしてピンヒールという出で立ちの美しい女性は、とても分厚い本を小脇に抱えてカツカツと歩いてきた。と思いきや、彼女は急に走りだした。
 彼女は大切そうに抱えていた分厚い本を豪奢なポーチにしまい込むと、代わりに小さなナイフを取り出した。そしてそれをしっかりと握り込むと、死神ちゃんめがけてジャンプした。真っ二つに切り分けられた死神ちゃんは痛みを覚えてギャアと声を上げたが、襲い掛かってきた彼女は死神ちゃんが切られた端からくっついていくさまに憤って足を踏み鳴らした。


「異議あり! 普通の物理が効かないなら聖別された物理と思って、わざわざ聖なるナイフを用意してきたのに! なのに、何故あなたは攻撃を受けても平気なの!?」

「現状、死神罠を破壊できるほどのアイテムや魔法使役者は存在していないんです」

「でも、痛がったということは、嫌がらせくらいはできるってことね?」


 そう言って、彼女――巷で活躍中の悪徳弁護士はナイフの先で死神ちゃんをちょんちょんと引っ掻こうとした。しかし、先ほどのように死神ちゃんが痛がる様子もなく、むしろナイフはただ無駄に死神ちゃんを貫通するだけだった。死神ちゃんはニヤリと笑うと、彼女に「もうとり憑きました」と告げた。弁護士はゲエと顔を歪めると、死神ちゃんを睨みつけた。


「異議あり! 予告や承諾なしに勝手に契約締結するのは、違法行為だと思うんだけど!」

「あなたは冒険者として登録した時点で、すでにダンジョンの利用規約に同意しております。つまり、ダンジョン内に長時間滞在しているあなたに非があります。よって、その異議は認められません」

「ああもう、何なのよ! 幼女のくせに、口ばっかり達者で! 異議あり! 異議あり!!」


 彼女は悔しそうに、なおも地団駄を踏んでいた。彼女は、冒険者としての職業は闘士である。そのせいか、地面を蹴りつける力が強すぎたようでピンヒールの片方がポッキリと折れてしまった。
 バランスを崩して盛大にすっ転んだ彼女は、目に涙を浮かべて死神ちゃんを睨みつけた。


「損害賠償してやる!」

「それはお前の過失だろう? 請求は棄却されます」


 そう言って肩を竦めると、死神ちゃんはヘッと鼻を鳴らして彼女をあざ笑った。
 弁護士はよろよろと立ち上がると、ひょこひょこと歩きづらそうにしながら、休憩するのにちょうど良さそうな拓けた場所へと移動した。そこに腰を落ち着けると、彼女は靴の応急処置をするのに良さそうなものがないか、ポーチの中を漁って探した。死神ちゃんは隣に座り込むと、必死にポーチを漁る彼女をぼんやりと眺めながら言った。


「――で、お前、今日は何しに来たんだよ」

「これからの季節、かき入れどきなのよ。だから、アシスタントをスカウトしようと思って」

「は? ダンジョン内でか? 何でまた。良さげな冒険者でも見繕おうってことか?」


 死神ちゃんが不思議そうに首を傾げると、弁護士はポーチの中に視線を落としたまま首を横に振った。
 今の時期、離婚相談がちらほらと舞い込んでくるのだという。〈これから年を迎える〉という年末の浮かれた雰囲気に惑わされて、勢いだけで結婚したカップルがまずはやってくる。浮かれ上がっていた熱が、年明け早々に行う親戚への挨拶回りを終えた途端に〈相手や相手の親戚に感じる、どうしても相容れない部分〉や〈現実〉というものが見えてきてすっかり冷めてしまうからだそうだ。
 次に、春になる前に夫と離婚したいという女性がやってくる。子どもの進学前に、夫と別れてキリよく新生活をスタートさせたいということらしい。――そんな話を聞かされて、死神ちゃんは怪訝に眉根を寄せた。


「それで忙しくなるからアシスタントを探していて、だというのにその対象は冒険者ではないって、一体どういうことなんだよ」

「ほら、裁判にまで到っても埒が明かないってことになったら……ね?」

「お前、また悪徳なことを考えているのか! ていうか、それはもう立派な犯罪だよな!?」


 ニヤリとダークに笑った弁護士に、死神ちゃんは思わず声を荒げた。そしてふと、首を捻った。


「冒険者ではない者をスカウトするってことは、召喚契約か何かをするってことか? でも、お前、闘士だろう? ――あ、他職でも契約できるようになるアイテムでも掘りに来たのか?」

「それはもう持っているのよね」


 ホホホと笑いながら、彼女は指に煌めくダイヤモンドリングを死神ちゃんに見せつけた。何でも、先日ちょうど売りに出されたところを、持ち前の口八丁で買い叩いたらしい。死神ちゃんは苦い顔を浮かべると、うわあと呻いた。


「お前、いつか刺されるんじゃないか」

「だから、そういう被害に遭うこともあるって、前にも言ったじゃない。でも、そのたびに返り討ちにしてるから問題ないわ」

「いや、問題ありだろう」

「ていうか、そういうのの対策にもなるだろうから、良さそうなのがいたらちゃっちゃと契約を結びたいのよねえ」

「だったら、一階の魔法道具屋でカタログを見て選べばいいだろう」


 弁護士は死神ちゃんの言葉に難色を示すと、折れていないほうのヒールをベキッともぎ取った。どうやら、直すことを諦めたのだが、かといって靴を履かずに歩き回るのも嫌ということらしい。


「カタログ内の現在契約可能な人たちは、どれも好みじゃあなかったのよ。――ほら、連れ歩いても恥ずかしくない、この美しい私と釣り合いのとれる美男美女でないと、ね? それでもって、戦闘力も十分あって、暗躍もしてくれちゃうような、ね?」

「随分と注文が多いな」


 弁護士は死神ちゃんの非難など気にすることなく、靴を履くと立ち上がった。そして「もう目星はつけてあるの」と言って、少々歩きづらそうにしながら何処かへと向かっていった。彼女は辿り着いた薄暗い場所で、目を凝らして辺りをキョロキョロと窺った。


「たしか、最近の目撃情報によると、ここら辺にいるらしいのよね……」


 すると、道の奥に広がる闇の中に、ぼんやりと血濡れた赤い瞳が浮かび上がった。闇から溶け出るように姿を現したのは、人型のモンスターである暗殺者だった。
 暗殺者は静かにナイフを構え、攻撃に出ようとした。しかし、それよりも早く弁護士が黄色い声を上げて、暗殺者は思わずビクリと身じろいだ。死神ちゃんはレプリカが驚き戸惑うなどという珍しい光景と、ミーハーな声を上げて頬を上気させる弁護士に呆然とした。弁護士はもどかしそうに靴を脱ぎ捨てると、嬉しそうに暗殺者に駆け寄った。


「ほらほら、見て見て!? 彼、すっごく素敵じゃない!? 私、こういう中性的な顔、好みなのよね! 中性的だからといって、女にしか見えないというわけでもなくて。何ていうの、すっきり整ってて、透明感のあるイケメンっていうの!?」

「お、おう。そうか、よかったな……」

「それに、暗殺者ならいい具合に暗躍もしてくれそうでしょう!?」

「ああ、うん、まあ、そうだろうな……」


 喜々として暗殺者にベタベタと擦り寄る弁護士に、死神ちゃんは頬を引きつらせて言葉を濁した。少々煩わしそうに振る舞う暗殺者に構うことなく、弁護士は「さ、契約しましょ!」と捲し立てて指輪を差し出した。しかし、そう簡単に契約締結に到れはしなかった。
 弁護士は契約失敗が繰り返されることに苛立ちを覚えると、心なしか顔を歪めて小さく舌打ちをした。そして再び笑顔を浮かべると、淡々とした口調で言った。


「必要なのは、お金? それとも土地? ――え? 何、それでも駄目なの? それじゃあ、私の肖像画をあげましょう」


 彼女は胸元から、ハガキサイズの紙を取り出した。思わず、死神ちゃんは声をひっくり返した。


「そんなものもらって、誰が嬉しいんだよ!」

「あら、これでも結構需要あるのよ?」

「それ、お前の被害者がお前を呪うために、必要な道具として手に入れてるってだけなんじゃあないのか?」


 弁護士は暗殺者に背を向けると、死神ちゃんに掴みかかって「異議あり!」と叫んだ。その瞬間、彼女は呆気なく暗殺者に首を|刎《は》ねられた。どうやら、異議は認められなかったらしい。死神ちゃんは足元に降り積もった灰を見つめてため息をつくと、壁の中へと消えていった。



   **********



「――ということがあったんだが、お前に召喚契約の打診って飛んできていたのか?」

「ええ、来たわよ。何度拒否を選択しても契約書が目の前に浮かび上がってきて、正直、鬱陶しいったらなかったわ」


 仕事明け。死神ちゃんは寮に帰ってすぐに寮長室を訪ねると、本日のことをマッコイに話した。苦笑いを浮かべるマッコイに、死神ちゃんは眉根を寄せて首を捻った。


「裏世界の人間に契約の打診が飛ばないように、設定すればいいだろうにな」

「基本的に〈カタログから選ぶ〉というスタイルをとっているから、まさかダンジョン内のモンスターと直接契約しようとする冒険者が現れるとは、予想もしていなかったんでしょうね。今までも、そういう話を聞いたことはないから」


 死神ちゃんは納得いかなそうに相槌を打ちながら、〈契約内容〉はどのようなものだったのかと尋ねた。どうやら、弁護士が死神ちゃんに話していたことと同じ内容が書かれていたらしい。しかも、最後の三回ほどは特典報酬の欄に〈金〉〈土地〉〈肖像画〉と記載がなされていたという。
 マッコイは苦笑交じりに「肖像画をくれると言われてもね」と言った。


「もらっても困るわよね。女性の肖像画なんて」

「は? 男だったらもらってたってか?」


 何故か不機嫌を露わにした死神ちゃんに、マッコイは「もう持ってるから、それも要らないわよ」と言って手帳を開いて見せた。そこに挟まれていた写真を見て、死神ちゃんは思わずきょとんとした。


「何だよ、一昨年の海水浴のときの写真じゃあないか」

「これ、お気に入りなのよ。――アタシ、夏の社内行事には毎年参加していたわけではなかったの。これはね、初めて〈参加してよかった〉と思えた、大切な思い出でもあるの」


 アリサなどの女友達と行動すると、〈オカマのフリをしてオイシイ思いをしようとしているのでは〉と|穿《うが》った目で見られる。かといってアルデンタスさんたちと行動しようとすると、マッコイがいることを嫌がるオカマさんが数名ほどいるのだそうだ。彼らは、マッコイが生前に性の不一致に悩んだ経験がなく、一応でも男として過ごして苦しんだという期間がなく、特殊な環境下の中とはいえ女性として生きていたということを快く思っていないのだという。
 そして海に入るためにとひとたび上着を脱げば、女性たちが彼の鍛え上げられた体を〈美味しそうなものを見る目〉で舐めるように見てくる。――そのようなことがあるため、彼は積極的に夏のイベントには参加していなかったそうだ。周りからの視線が不快というだけでなく、みんなの思う〈オカマ像〉を保つべく、それらしく振る舞うことに疲れていたからだ。
 しかし、死神ちゃんが入社してきてから、彼はそういうことに悩まされることも減り、自分らしくいられるようになった。おかげさまで、その年の海水浴は楽しく過ごせたのだそうだ。これもひとえに死神ちゃんが気にかけてくれたおかげだそうで、だから彼は〈思い出の一枚〉として、そして〈これからも楽しいことが続きますように〉というお守りとして、|十三《じゅうぞう》様とのツーショット写真を持ち歩いてるのだという。
 死神ちゃんはこそばゆそうに頬を掻きながら、上機嫌に「今日の夕飯は俺がご馳走するよ」と言ったのだった。




 ――――ちなみに、弁護士の肖像画も〈お守り〉になるという。所持していると、悩み事から解放されるという効果らしい。ただし、その代わりに〈社会的に大切な何か〉を失っていくという噂もあるイワクツキだそうDEATH。

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