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第216話 死神ちゃんとお薬屋さん

「最近、ダンジョン内で行商している冒険者がいるのよ」

「何だ、農家連中がとうとうビジネスに乗り出したのか」


 そうじゃなくてね、と言うとマッコイは苦笑いを浮かべて行商人について話をしだした。
 このダンジョンでは、一階にあるフリーマーケットスペース以外で冒険者が店を開くことは禁止されている。にも関わらず、ギルドの許可無く物を売り歩いている者がいるという。おかげさまで、ボッタクリ商店の売り上げがあがったり状態だそうだ。そしてギルドはどうにかしてそれを止めさせたいのだそうだが、苦情申し立て以外での〈|冒険者資格《アカ》|停止《バン》〉は現行犯逮捕が原則で、いまだ捕まえることができていないのだという。


「ダンジョン内にはギルドが許可した行商さんも存在するんだけれど、彼らが冒険者に売り込みをかけると決まって『さっき買った』と返事があるんですって。営業妨害も甚だしいから一刻も早く捕まえたいそうなんだけれど、その冒険者ったら公認行商人の出没場所を把握しているみたいで、そこをしっかりと避けているらしいのよね」

「それを俺に話すってことは、いつものアレか」

「ええ。もし見つけたら教えて欲しいと頼まれてて、そのうち誰かがとり憑くだろうと思っていたんだけれど、そういう時に限って不思議と誰も遭遇しないのよね。だから、|薫《かおる》ちゃんの()()の強さに頼らせてもらえるかしら?」


 マッコイがにっこり笑うと、死神ちゃんはムスッとした顔で「ビュッフェ一回分な」と言った。彼が頷くのを確認すると、死神ちゃんはダンジョンへと降りていった。

 ダンジョンに降り立つと、遠くから陽気な男の歌声が聞こえてきた。耳を澄まして聞いてみると、どうやらそれはコマーシャルソングのようだった。きっとこいつが例の行商人だろうと確信した死神ちゃんは、男が近づいてくるのを待ち構えた。すると、まるで駅弁売りのように肩から箱をぶら下げたドワーフが、楽しそうに歌いながら現れた。


「体力回復早めにしましょう、緑の小瓶を飲んで。気力を高めてやる気を底上げ、アロマキャン―― おっと、これはこれは可愛らしいお嬢さん。〈お薬屋さん〉にようこそ!」

「いや、ようこそしたのはお前のほうだよな」


 死神ちゃんが呆れ返ってじっとりと目を細めると、ドワーフは「そうとも言う」と言って快活に笑った。そして、彼は薬はいかがかと勧めてきた。死神ちゃんは断るとともに〈正規の行商人でないなら、違反行為だからギルドに通報する〉と言おうとしたのだが、ドワーフは死神ちゃんに喋る隙を与えることなく捲し立てた。


「箱の中に陳列していないものは、ポーチの中にしまってある場合もあるから遠慮なく尋ねて欲しい。欲しい数に足りなければ、材料次第ではこの場で作ることもできるから、そちらもどうぞ遠慮なく。一番人気はやはり傷薬なのだが、最近は何故かやたらとプロテインが売れるんだ」

「プロテインもあるのか!?」


 興味がないことを態度で示していた死神ちゃんは、プロテインという言葉にうっかり反応をしてしまった。お薬屋さんは目を輝かせる死神ちゃんにきょとんとした顔で「なんだい、お嬢さん。見かけによらず、筋肉に一家言あるのかね?」と返すと、陳列商品のひとつを手にとって見せた。


「これがそうだ。〈プロテインおにぎり〉というものが産出されるようになってから、研究に研究を重ねて似たようなものを作ってみたところ、前衛で盾を扱う職の人や筋肉神とやらを崇めているマッチョ集団に大ウケでねえ。おにぎりを手に入れるよりも手早いし、腐らなくて良いということで飛ぶように売れるんだ。――味見、するかね?」


 そう言って、お薬屋さんはポーチから水と蓋付きの空の薬瓶を取り出すと、瓶に水とプロテイン粉を注ぎ入れて蓋をした。そしてそれをしっかりと振ったあとで、死神ちゃんに手渡した。死神ちゃんは瓶を受け取ると、出来たてほやほやのプロテインドリンクを一気に飲み干した。思わず、死神ちゃんは満足げに唸った。


「うん、これはとても上質なプロテインだ。まさかダンジョン内で、そんなものが手に入るだなんて!」

「おお、気に入ってくれたかね? それはひとつ六百なのだが、今なら三つで千五百だ」

「おお、お買い得だな!」

「しかもお嬢さんは今回初来店だからね、五百ごとにスタンプひとつのところをひとつおまけして付けてあげよう」

「おお、スタンプカードもあるのか! しかもおまけしてくれるとか! いやあ、悪いなあ!」


 死神ちゃんはほくほく顔で、ポーチの中からお財布を取り出した。――表と裏の世界を行き来出来る社員も多いため、死神ちゃんたちの給料は表世界の通貨で支払われている。腕輪と個人口座が紐付けられているため、裏で生活している分には腕輪をかざして口座引き落としというのが主流だ。もちろん、通貨での支払いも可能だ。そして、表に出ていくことのない死神課の者も、ご褒美感があっていいからという理由で臨時報酬は現金でもらっている。そのため、死神ちゃんはプロテイン代の支払いが可能だった。
 代金を支払い、商品とスタンプカードを受け取り、毎度ありと言いながら頭を撫でてくるドワーフを死神ちゃんは嬉しそうに見上げた。そしてハッと我に返ると、購入したプロテインを大切そうに抱えつつも薬屋を睨みつけた。


「危なかった。うっかり|絆《ほだ》されるところだった。お前、正規の行商人じゃあないんだろう」

「おや、バレてしまったか。しかし、それも時間の問題だ。もうじき、出店申請に必要な額のお金が用意できそうなんだよ」


 彼は死神ちゃんを手招きすると、休憩するのにちょうどよい拓けた場所へと連れて行った。そしてサンプル品だと言って〈やる気の|漲《みなぎ》るアロマキャンドル〉を灯してくれた。それはなんと、以前どこぞの指揮官様が怪しげな勧誘のために悪用していた〈街で人気のアロマ〉と同じものだった。
 街で薬屋を営む彼は、ダンジョン内ではでき合いの薬は道具屋でしか販売されておらず、しかもべらぼうに高いということを知り〈これはよろしくない〉と思ったらしい。日々ダンジョンで戦うみんなの味方となるべく、良心価格かつ効き目も抜群の店をダンジョン内に出店しようと思ったものの、出店申請がボッタクリのような価格だったのだそうだ。そのため、冒険者登録を行い、冒険者に紛れてこっそりと行商することを思いついたのだそうだ。


「売り上げは上々でね。街のほうの店の稼ぎと併せれば、そろそろダンジョンでの出店料も支払えそうなんだよ」

「でも、申請が通るとは限らないだろう。なんか、特殊な条件がいろいろとあるらしいじゃあないか」


 首を傾げる死神ちゃんに、お薬屋さんは「そうなんだよなあ」と言ってしょんぼりとうなだれた。そして気を取り直すと、キャンドルの良い香りをスウと吸い込んで頷いた。


「よし。やる気も漲ってきたし、ここでこのまま営業再開としようじゃあないか」


 死神ちゃんは彼のすぐ隣に座り込んだまま、「早くギルド職員さん来ないかな」と心の中で呟いた。そしてふと、彼の歌声に合わせて自分がリズムをとっていることに気がついた。愕然とした顔でお薬屋さんを見上げると、死神ちゃんは声をわななかせた。


「さっきも思ったんだが、何だその歌は! 洗脳されそうだぞ!」

「とても素晴らしいデキだろう? ダンジョン内で徘徊しながら販売するならば、こういう分かりやすい宣伝は大事だからな!」

「よくそれで、ギルドの人に今まで見つからなかったな」

「そこは、手早く店じまいするなどして上手くしのいでいたからな」


 死神ちゃんが口をあんぐりとさせると、お薬屋さんは不敵にニヤリと笑った。そして再び、コマーシャルソングを歌い出した。ずっと聞いているうちに、死神ちゃんはこのコマーシャルソングにすっかり汚染されてしまった。最初は小さく丸めていた背中をぴょこぴょこと伸ばしたり縮めたりしてリズムをとるだけだったのだが、気がついたら口ずさむようになっていた。そしてさらに気がつけば、一緒に歌うようになっていた。
 しばらくすると、ぴょこぴょこと楽しそうにリズムをとりながら歌う幼女とドワーフのおっさんという不思議な組み合わせに惹かれたのか、冒険者がわらわらと集まってきた。大盛況で大わらわのドワーフの横では、幼女が楽しげに歌を歌い続けた。


「体力回復早めにしましょう、緑の小瓶を飲んで。気力を高めてやる気を底上げ、アロマキャンドル灯しましょう♪」

「もしかして、そのアロマキャンドルって、今灯しているこれかしら? いい香りね、ひとつくださる?」

「ビリビリ痺れにパラクリーン。風邪を引いたら葛根湯。毒で吐き気を催したのなら、ポイポイポイズンごっくごく♪」

「あああ、俺、さっきちょうど、毒沼ハマってさ……。そのポイポイポイズンとやらを、ひとつくれないか」

「私のお薬、確実効くよ。あなたのポーチに常備してね♪」

「おお、確実なのはありがたい! どれ、私もひとつ――」


 意図せず、死神ちゃんは売り上げに貢献しまくった。また、冒険者が集まりすぎてとても騒がしくなったおかげで、モンスターが集団に気づき乱入してきた。買い物に夢中になっていた冒険者たちは蜘蛛の子を散らすように散り散りとなり、店をたたむのが間に合わなかったお薬屋さんは呆気なくモンスターにやられて灰と化した。そこにようやく、ギルド職員のエルフさんが到着した。
 死神ちゃんがうっかり看板娘と化していたことを謝罪すると、彼女は|強《したた》かな笑みを浮かべて言った。


「大丈夫です。罰金として、根こそぎ頂きますから」


 悩みの種がひとつ減ったというかのような清々しい笑顔でお薬屋産の死体回収を行う職員さんに苦笑いを浮かべると、死神ちゃんはお疲れ様の挨拶をして壁の中へと消えていったのだった。



   **********



 死神ちゃんが待機室に戻ってくると、同僚たちが笑いを堪えてぷるぷると震えていた。不思議そうに首を傾げさせた死神ちゃんに、マッコイが呆れ返って眉をひそめた。


「薫ちゃん、すっかり洗脳されているわよ。今、コマーシャルソングを口ずさんでたわ」

「えっ、うっそ、マジか」


 ゲエと顔をしかめた死神ちゃんにため息をつくと、マッコイはじっとりと死神ちゃんを見つめて続けた。


「ていうか、『うっかり絆されるところだった』って言ったときには、もうしっかりと絆されてたじゃない。いりもしないプロテインを購入して。スタンプカードまでもらっちゃって」

「プロテインはいるよ! 筋育に必要だろう!?」

「何を言っているの! ついこの前買ったばかりでしょう!? そもそも、|幼女《そ》の体には全然必要ないでしょうが! 成長する予定もないんだし!」

「元の姿に戻ったときに、ちょっとは影響あるんだよ! それに、みっつ買ったらお得になるって言うから!」

「すぐそうやってセールストークに乗せられる! もう二度と使わないかもしれないんだし、スタンプカードだって要らないでしょう! 知ってるのよ、薫ちゃんのお財布がそういう〈使わないカードや、期限切れのカード〉でパツパツになってるって!」


 おっさんらしいミスの数々をたたみかけるように指摘されて追いつめられた死神ちゃんは、顔をクシャッとさせると目をうるうるとにじませた。そしてここぞとばかりに幼女らしく癇癪を起こし、「マコのケチ!」と言って泣き出した。ずっと笑いを堪えていた同僚たちは、その様子を見て耐えきれずに笑い転げた。


「薫ちゃん、ずるいわよ!」

「だってぇぅう゛ええぇぇぇぇええぇええ……!」


 同僚達はヒイヒイと笑いながら、死神ちゃんを抱き上げて必死にあやすマッコイを「お母さん、大変ですね」と冷やかしたのだった。




 ――――買い込みすぎたプロテインは案の定、消費期限内に消費できなくて「もったいないことはしてはいけない」と再び叱られたのDEATH。

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