第215話 まったり!イライラ?★初詣ツアー②
「これ食べ終わったら、初詣に行きましょうか」
時は少し遡って、新年初日。死神ちゃんは今年も、同居人たちと非常にだらけきった元日を過ごしていた。餅茹で奉行こと住職の素晴らしい|業《わざ》の光った至高のきなこ餅を頬張りながら、死神ちゃんはマッコイの提案に目をパチクリとさせた。
「おー、もうあうもうれのじあんあー」
「ちょっと|薫《かおる》ちゃん、口に頬張ったまま喋らないって何度言ったら分かるのよ。お行儀が悪いわよ。――ほら、咥えたお餅をどこまでも伸ばしていかないの。噛みちぎりなさいったら」
死神ちゃんは咎められてもなお、きょとんとした顔でもちもちとあごを動かしていた。マッコイは呆れ顔を浮かべると、頬についたきなこを拭ってやった。されるがままに手厚い世話を受けた死神ちゃんは、手渡された飲み物を一気に飲み干すと、にっこりと笑顔を浮かべて言った。
「そういえばケイティーがさ、初詣の後にボウリングに行こうって。さっきメールが来てたんだよ。他にも第一や第二のやつらが何人か来るみたいなんだけど、行きたいやつ、いる?」
わらわらと挙手をする同居人を見渡して小さく頷くと、死神ちゃんはケイティーにメールの返事を返した。そして◯◯時頃に現地集合という旨を参加者に伝えた。
「俺、体力温存のために、先に昼寝するわ。初詣も、最後の第三陣で参加するよ」
そう言って、死神ちゃんは使用した食器類を手に立ち上がると、共用リビングからスタスタと立ち去った。
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第一陣が初詣を終えて帰ってくる道すがら。クリスがしょんぼりと肩を落としていた。引率のマッコイは心配そうに表情を暗くすると、クリスの顔を覗き込んで「どうしたの?」と尋ねた。すると、クリスはじわりと目に涙を浮かべてポツリと言った。
「初詣って、神様にお願い事をするんでしょう? だから〈薫と両思いになれますように〉って願ったら、魔道士様から〈そんなもの、神頼みするでない〉ってメールが来たの」
「クリスちゃん、〈たわけが〉って言われないだけマシだよ。鉄砲玉なんて、毎年ハーレムをお願いして〈たわけが!〉って怒られてるからね」
すぐ近くでマッコイとともに話を聞いていた同居人の女性がそう言って苦笑いを浮かべると、クリスは不服そうに口を尖らせた。
「それと一緒にされたくはないな」
「でも、どっちも〈人間関係〉っていう大きな括りで見たら同じことだし。関係がこじれにこじれて、もう神頼みするしか修復不可能っていうわけでない限りは、自分でなんとかしなさいってことなんじゃないの?」
「まあでも、鉄砲玉に対しての〈たわけ〉は、本心でおっしゃっているでしょうけれどもね」
マッコイが呆れ気味にそう付け足すと、一同は苦笑いを浮かべた。すると、同居人の一人が「でも」と言ってニヤリと笑った。
「クリスの願いは、どう頑張っても叶わないかもな」
「どうしてそんな酷いことを言うの!?」
「いやだって、年末辺りから、薫ちゃんの周りにいる女性陣がこぞって指輪を身につけているんだよ。全員とは言わないけれど、誰かしらは薫ちゃんが絡んでると思うんだよね」
その発言に、その場にいた一同は騒然とした。男性陣は特に、サーシャやアリサを狙っている者が多い。だからか、指輪発言をした彼に「それは本当か!?」と詰め寄っていた。
彼もアリサとの逢瀬を夢見て、日々アリサを観察しては妄想を膨らませている一人だった。編み物サークルにアリサが加わったことで、彼の観察と妄想は一層捗ったという。そうやって日々アリサを眺めていて、ある日ふと〈アリサが見慣れぬ指輪をつけている〉ということに気がついたのだそうだ。
「まあ、アリサ様の場合、貴金属大好きらしいから、その一環で自分で買ったっていう可能性もあるから俺はちっとも気にしていないんだけれど。何となく気になって他の〈薫ちゃんの周りにいる女子〉を見てみたら、サーシャちゃんにエルダ姉さん、おみつさんに軍曹に寮長まで、みんながみんな身につけててさ!」
一同はざわめくと、口々に「ボーナスが出たから、自分へのご褒美で買ったんじゃないのか」とか「サーシャちゃんはともかく、カメラにしか興味のないエルダ姉さんや貴金属に興味のなさそうな軍曹までもっていうのは、怪しい」というようなことを言い合った。そして誰かが「ていうか、おみつさんまで?」と目を|瞬《しばた》かせると、もしや略奪愛かと噂した。それに対して、住職が恥ずかしそうに顔を真っ赤にすると、小さく挙手しながらポツリと呟くように言った。
「さすがにそれは、俺がプレゼントしました……」
「なんだ、つまらない。ていうか、そんなすっばらしープレゼントをなさったってことは、胸から下には辿り着けたんですか?」
ニヤニヤと笑う同居人に、住職はクッと悔しそうな顔を浮かべると悲しげに俯いた。同居人は彼の肩に手を置くと、憐れむように「ごめんな」と言った。しかしそれがさらに不憫さを煽っていた。
誰もが苦笑いを浮かべて〈不憫な雰囲気〉をかき消そうとする中、一人が不思議そうに「ん?」と声を上げた。皆から注目された彼は、きょとんとした顔で首を傾げた。
「そういやあさっき、指輪をしていたメンバーの中に寮長もまじってなかった?」
一同からの視線を一心に浴びたマッコイは、苦笑いを浮かべるだけだった。しかし手元をそれとなく隠していることに気がついたクリスが、はっしとマッコイの腕を手に取り持ち上げた。
「本当だ! お仕事中にはつけてなかったから、全然気づかなかった! マコ|姉《ねえ》、これ、いつ、誰に貰ったの!? それとも、オシャレの一環で自分で買ったの!?」
しかし、マッコイは適当に笑ってはぐらかすだけだった。クリスは次第にイライラしだし、ぶつぶつと「薫は私の王子様なのに」と繰り返すようになった。一同はそんなクリスに「まだ、薫ちゃんが絡んているとは限らないから」と言って窘めつつも〈あのおっさん幼女、やりおるのう〉と心の中で呟いた。
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第一陣は帰って来ると、再びリビングで寛いだ。そこに、寝起きの死神ちゃんがブラシとゴムを持って現れた。
「誰か、髪を結ってくれないか」
「おはよう、薫ちゃん。しっかりお昼寝できた?」
「おう、これでボウリングもばっちりだな」
死神ちゃんは得意気に笑いながら、手招きをする同居人女性の元に歩み寄った。そして彼女の前に座り込むと、髪をいじられながらクアと盛大にあくびした。
じっとりとクリスに見つめられていることに気がついた死神ちゃんは、彼に「どうしたんだ」と声をかけた。すると彼は恨めしそうに「私がプレゼントするって言ったじゃん」と言った。死神ちゃんが怪訝な顔つきで首を傾げると、クリスはさらにボソボソと続けた。
「ほんの一、二ヶ月ほど前に『いつかプレゼントするから、受け取ってね』って話したばかりなのに。その後で他の
「は? 何だそりゃ」
「ていうか、早く転生したいからお金貯めてるって言う割に、買い食いすごいし楽器とかホイホイ買うし。さらには指輪なんて高価な買い物して! まあ、その分一緒にいられる時間が長くなるから、私としては大歓迎だけど!」
「だから、一体何の話だよ。全く要領を得ないんだが」
死神ちゃんが眉間のしわを一層深めると、クリスは嫉妬に満ちた様子でネチネチと〈魔道士様にお願いをして断られたことについての愚痴〉と〈指輪の噂〉を話し続けた。そして死神ちゃんを質問攻めにした。付き合いきれないと言わんばかりに、死神ちゃんは呆れ気味にその話題を聞き流した。しかし、クリスはこちらの世界へスカウトを受けた理由にもなっている〈持ち前のしつこさ〉を発揮し、そのせいで死神ちゃんは段々と苛ついてきた。
死神ちゃんは質問を浴びせられ続けたが、〈誰かに指輪をプレゼントした〉ということを含めた質問の全てに答えようとはしなかった。そして死神ちゃんは髪を結ってもらった礼を同居人に述べると、「第二陣が帰ってきたから、初詣行ってくるわ」と言って面倒くさそうに立ち上がった。すると、死神ちゃんがリビングから出ていくよりも先に、クリスがブワッと目に涙を浮かべて「諦めないんだから!」と言って走り去った。
その後、死神ちゃんは初詣で去年同様、魔道士との応酬の最後に「破廉恥」と言われて憤慨した。死神ちゃんは盛大にため息をつくと〈来年こそは、心穏やかな正月を迎えたい〉と、気の早いことを思ったのだった。そして、ボウリング場では気を取り直してスッキリとした笑顔を浮かべたクリスと、正月から騒がしいピエロの間に挟まれて、死神ちゃんは必死に権左衛門に助けを求めたという。
――――なお、〈ケイティーよりも得点の高かった者は、この後の夕飯をケイティーに奢ってもらえる〉という突発イベントが催され、死神ちゃんはご飯とパフェを奢ってもらってすっかり機嫌を直したそうDEATH。