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第214話 死神ちゃんと芸術家③

 死神ちゃんは〈小さな森〉へとやってきた。森の中の少し拓けた場所にある〈その上で作業をするのに、ちょうど良さそうな切り株〉のところで、〈|担当のパーティー《ターゲット》〉と思しき冒険者が土色の塊とにらめっこしていた。死神ちゃんは木々の枝葉の間を縫ってこっそりと彼に近づいていくと、塊めがけて急降下した。目の前でぐにゃりと形を変えた土塊にくっきりと付いた幼女の拳型を呆然と眺めると、冒険者の彼は素っ頓狂な声を上げて抗議した。


「何てことをしてくれたんですか!? せっかく、もう少しで何かが見えてきそうだったのに!」

「そうか、それは悪いことをしたな。ていうか、創作活動はダンジョン外でやれって何度か言ったよな?」


 肩を掴んで揺さぶってくる彼――芸術家に、死神ちゃんは爽やかに笑って返した。芸術家は小さくため息をつくと、変形した土塊を四角く整形し直そうとした。死神ちゃんはそれをじっと見つめながら、きょとんとした調子で言った。


「それ、粘土だったんだな」

「ええ、そうなんです。私、最近、粘土で彫像することにハマっておりまして。――あなたもやってみますか?」


 死神ちゃんはパッと顔をあげると、嬉しそうに頬を染め上げた。芸術家はポーチから新しい粘土を取り出すと、それを死神ちゃんに手渡した。死神ちゃんはそれを眼前にどっしと置くと、何を作ろうかと悩んで顔をしかめた。
 やがて粘土を捏ね始めたのだが、これが意外と硬かった。芸術家に助けを求めると、彼は「水を少し足しましょうか」と言って、粘土にほんの少しだけ水を垂らした。そして粘土に水分が行き渡るようにと、死神ちゃんの代わりに捏ねてくれた。
 粘土がちょうど良い塩梅になると、死神ちゃんは楽しそうに粘土を捏ね回した。時折、粘土のついた手で頬を掻いたり額を拭ったりするので、死神ちゃんは顔のここそこを土で汚していた。しかし、死神ちゃんはとても楽しそうだった。

 楽しそうに〈土遊び〉を続ける死神ちゃんの横では、なおも芸術家が四角く整形した粘土と睨み合っていた。しばらくして、死神ちゃんは元気よく「できた!」と声を上げた。


「これ、思ってたよりも楽しいな!」


 そう言って笑い声を上げる死神ちゃんに、芸術家は〈何を作ったのか〉と尋ねた。すると、死神ちゃんは〈恐竜のようなもの〉と答えた。しかし、それは贔屓目に見ても恐竜には見えなかった。
 それを指摘されてムスッとした死神ちゃんに向かって、芸術家はニヤリと笑うと「お手本を見せる」と言ってナイフを手に取った。そして彼は鮮やかに粘土を切り取り、整形し、切り落とした粘土を捏ねてくっつけという作業を繰り返した。


「さあ、でき上がりましたよ。〈恐竜〉を作りたいのであれば、こうでなくちゃあ!」

「あれだ! 特撮映画でお馴染みの、核が原因で生まれた怪獣だ! すごいな! お前、すごいよ!」

「トクサツ? 何ですか、それは。――せっかくだから、名前をつけましょう。……そうですね、〈五次郎〉なんて如何でしょうか? というわけで、今日からあなたは〈五次郎〉です」


 死神ちゃんはキラキラと目を輝かせながら、粘土でできた五次郎を熱心に見つめた。芸術家は死神ちゃんに笑顔を向けると「もっと面白いものを見せてあげましょう」と言った。死神ちゃんが不思議そうに首を傾げると、芸術家は五次郎にフウと息をひと息吹きかけた。すると、五次郎がもぞりと身じろいだ。思わず、死神ちゃんは驚いて目を丸くした。


「動いた!? 今、こいつ、動いたぞ!?」

「ええ、そうなんです。この粘土、実はただの粘土ではなくて、魔法素材が混ざっているんですよ」


 この粘土は魔力をふんだんに含んだ粘土質の地層から切り出したものだそうで、それにさらに幾つかの魔法素材を入れて作られているという。先ほど柔らかさを出すために足した水も魔法水だそうだ。
 魔法の心得があり、かつ錬金術を嗜んでいるものであれば、五次郎のように一定時間ながら生を吹き込むことも可能だそうだ。召喚呪文を用いたりゴーレムを作成するよりは手軽ということもあり、粘土を携えてダンジョンに潜る錬金術師は少なからずいるらしい。


「お前、たしか冒険者としての職業は盗賊じゃあなかったか?」

「私は芸術家ですからね。芸術を追求するために、錬金術の嗜みも多少はあるんですよ」

「だったら、〈姿くらまし〉を覚えた状態で錬金術師に転職したら、冒険者としての活動がしやすくなるだろうに」


 死神ちゃんが眉根を寄せると、芸術家は苦笑いを浮かべてその場をやり過ごした。そして彼は気を取り直すかのように「さて」と声を上げると、道具の片付けをし始めた。死神祓いをしに戻るのかと死神ちゃんが尋ねると、彼は否と言って首を横に振った。


「この〈魔法の粘土〉をより良い素材にすべく、混ぜるのに良さそうな粘土や魔法水、魔法素材を探しに来たんですよ。この森では見つけられなさそうなので、下層に降りてみようと思いまして。――五階はエレメントごとに区分けされているらしいじゃあないですか。そういう場所のほうが、素晴らしい素材が見つかると思うんですよね」


 しかしながら、彼はいまだ四階の全てを把握しているというわけではない。そのため、まだ五階へと続く階段をひとつも見つけてはいない。どうせ死神祓いに戻るのならば、階段が見つかるかもしれないという望みを胸に未探索地域を冷やかしてからにしようということらしい。
 死神ちゃんは面倒くさそうに顔をしかめると、唸るようにポツリと言った。


「この前見せてくれたような、写実的な地図を作成しながらというのはやめてくれよ。俺、そこまでは付き合いきれないからな」


 芸術家は苦笑いを浮かべて頷くと、森の出口を目指して歩き出した。その彼のうしろを、五次郎がよちよちとついていった。死神ちゃんは「おお」と声を上げると、五次郎の隣を歩くべく駆け寄った。そして瞳を輝かせて、熱心に五次郎を眺めながら歩いた。

 しばらくして、一行はモンスターと遭遇した。芸術家は慌てて短剣を手にしたが、それよりも早く五次郎がとてとてと魔物の前へと進み出た。そして五次郎は口から炎を吐いて、モンスターをいとも簡単に倒した。死神ちゃんは目をくりくりとさせて頬を上気させると何度も「すごい!」と繰り返した。
 しかし、次の戦闘で五次郎の〈仮初の命〉は敢えなく尽きてしまった。死神ちゃんがしょんぼりと肩を落とすと、芸術家は肩をすぼめて言った。


「仕方ありませんね。愛情が足りなかったのでしょう」

「えっ、これ、愛情の問題!?」

「あなたに手本を見せようという一心で作った代物ですからね。――次回、また五次郎を作るときは、もっと愛情を込めて作りましょう」


 言いながら、芸術家は原型を留めていない五次郎を〈四角い土塊〉の状態に戻した。そして少し拓けた場所へと移動すると、彼は粘土を前にうんうんと唸りだした。
 彼は今度はナイフなどは使わずに、手捏ねで何かを作り始めた。一生懸命捏ねに捏ねてでき上がったものは人の形を成していたが、抽象的すぎて何だか分からなかった。死神ちゃんが「それは何だ」と尋ねると、彼は〈会心のデキ!〉とでもいいたげな満面の笑みを浮かべて言った。


「何言っているんですか。分かりませんか? ――あなたですよ!」

「はあ!? これのどこが! さっきの五次郎は凄まじく精巧だったのに、何で今度はそんな抽象的なんだよ! お前、俺をモデルにするたびにこれって、俺に何か恨みでもあるのかよ!」

「いやだなあ、とてつもない愛を精一杯込めましたけれど?」


 死神ちゃんが怒り顔で怒鳴り散らすのを|他所《よそ》に、芸術家はでき上がったそれにフウと息を吹きかけた。粘土がもぞもぞと動き出すと、死神ちゃんはぎょっとして思わず目を剥いた。


「えっ、今、こいつ、鳴いた! 五次郎は声なんて出さなかったのに! こいつ、鳴いた!? ――しかも何だよ! 鳴き声が〈ヨウジョ〉って! 何なんだよ、馬鹿にしているのか!?」

「いいでしょう? 可愛いでしょう?」


 怒りやら何やらでぷるぷると震えている死神ちゃんの目の前では、粘土が「ヨウジョー! ヨウジョー!」と楽しげに鳴いていた。粘土はそのまま通路へと出ていくと、通りがかったモンスターをアッパーカットひと殴りで倒した。
 得意げに「ヨウジョー!」と鳴きながら成果を主張してくる粘土を、死神ちゃんは「幼女、強いな!」と叫んで愕然とした面持ちで見つめた。すると、芸術家がゆったりと頷きながら、自信たっぷりに言った。


「やはり、愛情の差ですね。この強さは」

「納得いかないんだが! 愛情云々言うなら、もっとしっかり作ってくれよ!」

「精密さだけが、愛情とは限りませんよ?」

「何だよその、お母さんの手抜き料理理論的な回答は! ふざけるなよ!」


 死神ちゃんは快進撃を続ける〈自分の分身ということになっている粘土〉を見つめながら、奮然と足を踏み鳴らしたのだった。



   **********



 死神ちゃんが待機室に戻ってくると、同僚の誰かが「あれをきちんと作ったら、大儲け間違いなしじゃね?」と言った。死神ちゃんが不快感を露わにすると、その発言をしたと思しき同僚がきょとんとした顔であっけらかんと言った。


「だってさ、|薫《かおる》ちゃん、アイドル的な人気があるし。リアル可動アクションフィギュアとか、飛ぶように売れるかなって」

「何でもかんでも俺を売り物にするの、本当にやめてくれないかな……」


 死神ちゃんに睨みつけられた同僚は不服そうに口を尖らせると、「絶対、ウケると思うのに」とこぼした。
 死神ちゃんは気を取り直してにこりと笑うと、粘土を捏ねる作業は楽しいと思ったということを口にした。


「嫁さんと陶芸教室に通って家の食器類を自分たちで手製で作る人とかいるけれどさ、ああいうのたしかに楽しいだろうなって、ちょっとだけ思ったよ」


 うっとりと目を細める死神ちゃんに同意すると、クリスが照れくさそうに頬を染めて言った。


「私、美術家の威信をかけて、素敵な夫婦茶碗を薫のために頑張って作るね。――だから、早く大きくなってね、薫」

「いや、大きくならないから。ていうか、俺のこの姿は仮初で、俺は嫁さんを貰う立場なわけ。つまり、嫁さんにはならないわけなんです」

「ひどい! 薫のケチ!」


 じっとりと不機嫌に眉根を寄せて冷たくあしらう死神ちゃんに、クリスは悲しげに顔を歪めて文句を垂れた。するとピエロがニヤニヤと笑いながら、死神ちゃんの肩に腕を回してきた。


「そうだよ、駄目だよ、クリス。|小花《おはな》っちは、あちしの〈若いツバメ〉なんだからね!」


 そう言って、ピエロは輝かんばかりの指輪をこれ見よがしにクリスに見せつけた。クリスは愕然とすると、小刻みに震えだした。


「何それ!? 薫の馬鹿! 破廉恥!」

「は!? 何で俺が!?」


 死神ちゃんは抗議しようと怒り声を上げたが、クリスは「諦めないんだから!」と叫びながらダンジョンへと降りていった。死神ちゃんはピエロの腕を払いのけると、ピエロ(本体)を八つ当たりのごとく揉みしだいたのだった。

 なお、後日執り行われた死神ちゃんのニューイヤーショーの物販ブースにて、可動フィギュアの予約受付がなされたという。死神ちゃんは物販にできた長蛇の列の正体を知って、〈聞いていないんだけど〉と憤るよりも先に唖然としたのであった。




 ――――愛情や情熱ほど、〈糧〉になるものはない。だから、でき栄えはさほど関係ないのDEATH。

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