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16.学長室

 学長室があるのは学園北側のクリスタルタワー。
名前の通りガラスがふんだんに用いられた建物である。
そこの最上階こそが学長室であった。

 怜央が扉をノックすると中から「どうぞ」という声が聞こえる。
それに応じて扉を引き開けると、中にはピティオン、ヨハネス、ドロシーの三人がいた。
ピティオンは奥の学長机に、ヨハネスとドロシーはその手前の応接用ソファに対面する形で座っていた。

 流石学長室というべきか、その部屋にある調度品は全て一流。
素人目から見ても高価なものばかりだとわかる。

「やあ。君が怜央君だね? 待っていたよ。ささ、座って座って !」

 ピティオンはヨハネスの隣に移動しながらドロシーの横に座るよう怜央に促した。

「今日は何で呼ばれたかわかるかい?」
「祖父の件……でしょうか?」
「その通り。君のお爺様である夏目煌龍さんはここの学長を務める御方でした。しかし、怜央君が入学する3年ほど前、突如として姿を消した……。私達もあらゆる手を使って探しましたが、なんの成果も得られず今に至ります。肉親である怜央君ならば何か知っているのでは。 ――そう思い、今日お呼びした次第なのです」

 怜央は小さく何度も頷き、相手方の話を理解した旨を示す。
ピティオン、ヨハネス、ドロシーの視線が集まるところからも、怜央から何らかの情報が得られるのではという期待が掛けられてると推測出来た。
しかし、怜央の返事は彼らの期待に沿うものではなかった。

「……なるほど。しかし残念ながら、先生方が求める情報は私ももっていないと思います。なぜなら私は――1度も祖父にあった事がないからです」

ピティオン、ヨハネスは互いに顔を見合わせた。
恐らく2人にとって怜央の発言は予想外だったのだろう。

 そしてピティオンがヨハネスに合図を送ると、スケルトンなタブレットを怜央に差し出してきた。
怜央が手に取ると、煌龍学長についての綿密な捜査資料が表示される。

「なんでもいいんだ……。そこにある情報以外に知っていることがあれば教えて欲しい……」

何時何分どこで煌龍学長が目撃されたか、疾走直前の周囲に話していた会話の内容、居ると推測される世界での調査報告など、ありとあらゆる手を使って探したというのは嘘でないことがわかる。
しかし、それらは全て怜央の知っている情報より勝っているものであり、怜央本人の情報はそれ以下であった。

 また、怜央の知っている情報といえど、基本的には龍雪から聞いた人物像程度。
怜央が言った通り、彼らの求める情報など一切持ってなかった。

「申し訳ありませんが本当に何も……。――あっ、でも手紙は貰いました」

その手紙とやらにピティオン・ヨハネスは食いつく。

「手紙……? 差し支えなければ見せて貰えたりしないかな……」
「ええ、構いませんよ」

すると怜央は目の前に小さな異空間を出現させ、中から手紙を取り出した。

「ほう……アイテムボックス。貴重なものを持ってるんですね」
「ええ、これはその手紙と一緒に龍雪さ……じゃなくて、父から受け取ったんです。祖父からの贈り物だと言ってました」

ピティオンは頷きながら手紙を受け取ると、中身を取り出して読んだ。
その手紙にはこう書かれていた。

――――――
我が孫へ。

君は必ず異世界を選択すると、私は確信していたよ。
さて、そうなると君は私の創った学園に入るのだが、それに際して是非ともやってもらいたいことが4点ある。

1.ギルドを作り、信頼できる仲間を集めること

2.階級は最上位のブラックダイアモンドを目指すこと

3.装備は良いものを揃えておくこと

4.学園生活で不満に思ったこと、改善すべきことがあればメモしておくこと

これは学園で生活する上での心構えの様なものだ。
しっかりと実行すれば、何れは君自身のために、そして何より、私の助けになることは間違いない。
君の学園生活が実り多きものとなるよう祈っている。

PS.晴れて異世界初心者になる君にアイテムを贈ろう。龍雪から受け取りたまえ。

夏目煌龍

――――――


読み終わったピティオンらは怜央に尋ねる。

「異世界を選択とあるが……これはどういう?」
「ええ、その時私は高校卒業が目前で、父からある日、ある話を切り出されたんです。このまま大学へ進学するか、それとも異世界に進学するか――と。しかしそれがふざけて言ったものでは無いと分かっていました。私は生まれながらにして異能の力が使えましたから」
「魔力統制――だろ?」

ドロシーは怜央について調査済みだったのか、そう答えた。

「ええ、そうです。ですから異世界という突飛な話も自然と受け入れることが出来ました」
「そうだな……。僕達は異世界があると当たり前のように理解しているが、異世界全体ではその概念すら知らない者の方が多い……」
「私の世界もその1つです。科学は発展していましたが、魔法などは空想上の存在とされていました。一応異世界という概念も近年皆の知るところとなってきましたが、心の底から信じる者はほとんど居ません」
「――そんな世界において怜央君は特別な力を使えた……。」
「そうです。幼い頃から色々考えることも多く……結局、私にとって前の世界は息苦しかったんです。でもここなら、能力(ちから)を隠さないでもいいんだと――自分らしく生きれるんだと考えたらやはり、来ないという選択はありませんでしたね」

 ピティオン、ヨハネスは前のめりの姿勢を変えて、背もたれに深く寄りかかった。
ドロシーは変わらず手と足を組んでいる。

「なるほど、わかりました。――ではもしまた、学長に関することで思い出すようなことがあれば教えてください。今日はわざわざありがとうございました」
「いえ、とんでもないです」
「学園生活で何かわからなかったり、困ったことがあればいつでも聞きに来るといい……」
「そう。僕らは皆、怜央君のお爺様には大変お世話になったからね。気軽に遊びに来ても全然構わないよ!」
「はは、流石にそれはちょっと」
「いいのいいの。本当に、遠慮しないでね。いつでも力になるから!」
「……ありがとうございます!」

ピティオン、ヨハネスの暖かい人柄に、いい人であると気を許した怜央。

「ついでに言うと……科学学部は良いところだよ。君が選んでくれれば嬉しいな」
「こら。学部は生徒が決めることだ、変に勧誘するな」

ヨハネスの勧誘にドロシーは待ったをかける。
立ち上がった怜央は苦笑いをして失礼の無いように返す。

「考えて起きます」
「是非そうしてくれたまえ……」
「……それでは私は怜央君を見送ってきます」
「ええ、お願いします」

しかし、目上の人にそんなことさせるのも悪いと思った怜央はやんわりと断りを入れる。

「あっ、見送りなんてそんな。大丈夫ですよ」

しかしドロシーは譲らない。

「遠慮するな。ほら、行くぞ」

怜央の肩を押してやや強引に部屋から追い出すドロシー。
怜央は挨拶をして学長室を後にした。

残された2人はしばしの沈黙の後、ピティオンがヨハネスに命令した。

「……絶対に目を離さないよう、そちらの方でもお願いしますね」


ピティオンは白衣のポケットにタブレットを仕舞いこみ、端的に答える。

「……勿論です」

と。

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