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平民と貴族、俺とラナの微妙な関係

「希望者は学校寮に入りました。他の者たちも、今夜はそちらに泊まるそうです」

 そう報告されても俺は困る。
 ダガンの元村人、そして頼りないおっさんたちをまとめる青年カルンネさんに「ああ、そう」と素っ気なく返す。
 相手もやや困り顔。
 そんな顔をされても、俺はアンタたちに関わりがあるわけじゃない。
 店舗の中ではレグルスとクーロウさんが施設について話し合っている。
 ので、意見を出し終えた俺はいつも通り家畜たちを畜舎に入れて野菜の収穫。
 その帰り道にそんな報告をされたのだが……ちらりとアーチの側を見るとしょぼくれたダージスが膝を抱えて座っている。
 なんというシュールな絵面。

「で?」
「え、ええと……」

 ……ふむ、どうやらカルンネさん氏はダージスが気になるのか。
 今日一日放置したからなぁ。
 でも、それは俺にはどうする事も出来ない。
 アレファルドにチク……連絡はしたけど、だからアレファルドが動くかと言われると微妙だ。
 袂を分かった俺の言う事を信じるか分からないし……信じて裏取りするとも断言出来ない。
 裏取りすればスターレットのやらかしは露呈する。
 では、アレファルドがスターレットとアロード公爵家を罰するかと言われれば、それも微妙。
 今のアレファルドは宰相と対立している。
 ラナとの婚約破棄が原因で、四大公爵家で最も力のあるルースフェット公爵家と亀裂があるのだ。
 それなのに他の公爵家といざこざを起こすのはアホの極み。
 だが、国王の肝いりで町に発展させる目的で作られたダガン村が流されたのは……正直無視していいものでも握り潰して問題ない案件でもない。
『聖なる輝き』を持つ者が婚約者であっても、これは関係のない事だ。
 むしろ、リファナ嬢との今後の生活を思うとスターレットは()()()()邪魔だ。
 恋敵は減らしたいに違いない。
 とはいえ公爵家嫡子を斬り捨てるには些か物足りないかもしれないんだよなぁ。
 村一つと『聖なる輝き』を持つ者への嫌がらせの罪の重さの比率がおかしいと思わないでもないけど……守護竜様の存在を思うと……というか……トワ様を追いかけてきた『黒竜ブラクジリオス』をこの目で見てしまったのでアレは仕方がないというか。
 なので、まあ……ダージスとしては気が気でない……というのは、分かる。
 スターレットなら全ての罪をダージスとその実家に被せて自分は無傷で済まそう、って事にすればいい、って思ってるだろうし実際やるんだろう。
 それに対してアレファルドが取る行動は……乗っかる事が最善。
 トカゲの尻尾切りで終わらせればいい。
 ダージスの家はお取り潰し。
 ダージスは……一人先に村人と共に逃げてきた。
 ……いや、村人を……身寄りのない者たちが生きていける場所をこの国と俺を伝手にして求めてきたのか。
 家族の事が心配でならないのは分かる。
 まあ、だからって俺があいつを助ける義理はないので、いつまでも居座られても困るんだけど。

「あんたは?」
「あ、俺も……職人希望、です」
「ふーん。まあ、今のところそれしか方法ないもんね」

 竜石職人が増えるのは助かる。
 昼間の話だと『赤竜三島ヘルディオス』も今後は交易対象……輸出先のお得意様になる気配しかしない。
 主に冷凍庫やクーラーの竜石核や器となる道具(アイテム)を作れる職人ってたくさんいてくれた方がいいんだよね。
 レグルスとしては職人を増やしてがっちり囲んでおきたいだろうけど……そうなると本当に世界のパワーバランスは崩れる。
 俺には関係ないけど。

「……あの、ダージス様は……これからどうなるのでしょうか?」
「は?」
「……あ、あの方は……若いながらも村の者を親身になって励ましてくださったり、身寄りがない我々を、ここまで連れて来てくださいました。……感謝しています」

 ……へぇ。
 あの腰抜けが……ねぇ。

「貴族の方というのは……我々のような民から搾取するのみの存在だと、お、思っていたので……!」
「…………」

 面白い事言うな。
 ()()を、()()()の俺に言うか。

「ふふ……」
「っ!」
「ああ、笑ってごめんね。そういう意味で笑ったわけじゃなかったんだけど……まあ、間違ってないんじゃない? うん、まあ、『青竜アルセジオス』に比べれば『緑竜セルジジオス』はそういう意味でも住みやすいと思う。ダージスは間違ってないよ」
「…………」

 そう、ダージスは俺と違って明確な意思を持ってスターレットに楯突いたわけだ。
 ああ、そういう見方なら面白い奴になるな。
 他者を切り捨てる貴族と、他者を切り捨てられなかった貴族。
 民が選ぶのは聞くまでもない。
 さて、アレファルドは……どうするかな?
 俺の忠告はどう足掻いても無駄になりそうだけど……。

「だからまあ、なんとかなるんじゃない?」
「え? いや、あの、そ、そうではなく……」
「?」
「……ダージス様に、声をかけて、差し上げて、ください……」
「…………」

 さぞやめんどくさそうな顔をしたと思う。
 しかしカルンネさんは俯いて緊張の面持ち。
 ふむ……俺が面倒くさいのを丸出しにしても効果ないか。
 なのでわざとらしく、溜息を吐いた。

「かけても変わらないと思うよ」
「そ、そんな事はないと思います」
「…………」

 もう一つ、溜息を吐く。
 はーぁ、仕方なーい。
 頭をかきながらアーチの下にいるダージスに……歩み寄ってやる事にした。



 ダージスは……仕方がないので今日は店舗一階にマットレスと毛布を貸し出してまたうちに泊まり。
 カルンネさんも遅いので同じく店舗一階に泊める事になった。
 一応人がいつもより多いので、シュシュが自宅一階の寝床に待機。
 そのふさふさもふもふのお尻を撫でながら癒される。
 はあ、犬っていいよね……。
 コーギーの、この短いしっぽ。
 これは牧羊犬として牛や羊に尾を踏んづけられ怪我をしないようにするために生まれてすぐに切られてきた為、短く進化した、と言われている。
 ……だったかな?
 なのでこの丸出し感。
 そして、素早く牛の下を移動出来る短い足。
 つぶらな瞳。
 今若干「いつまでお尻撫でてるの」って顔されてるけど。
 ああ、そういえばシュシュは女の子だったな。
 不躾にお尻ばかり執拗に撫ですぎた?
 いやいや、可愛いコギ尻なのが悪いと思う。
 っていうか、お尻がダメならその大きな耳を触らせろ。
 ……あったかい。
 そして可愛い。
 お耳パタパタもにゅっとすると、これまた迷惑そうに首をぶるぶる振られる。
 しかし、逃げる気配はない。
 頭を撫でると「ようやくぅ?」みたいな顔。
 まだまだ子犬だけど、最初に比べて随分と感情豊かになってきたんじゃない?
 もふもふの首に指を通してこしょこしょすると目を細め、こてん、と腹を見せる。
 そのお腹を撫でるとなんともだらしない顔に……。
 くっ……なんて寸胴でふわふわのお腹……!

「抱いて寝たい……」

 ころん、と伏せ状態に戻るシュシュ。
 その期待に満ちた眼差しは……そ、それはまさか俺と一緒に寝るのは……やぶさかではないと!?
 ね、寝ちゃう?
 濡れタオルで全身吹けば問題ないんじゃ……い、いやしかし、犬の躾け方を教えてくれた猟師は「犬と絶対同じベッドで寝ちゃならねぇ。そりゃお互いのパーソナルスペースを共有するって事だ。猟犬にゃ一番やっちゃならねぇ事だ」ってハードボイルド風に言ってたし……。
 しかし、しかしこの可愛さを前にそれを貫き通す事が出来るか?
 この「一緒に寝るの? いいよ、いいよ、寝よう寝よう!」みたいな眼差しに抵抗するなんて……!

「……フラン」
「!」

 ハッ、とする。
 あ、危ない危ない、危うく一線越えるところだった……。
 救ってくれた女神の声は、階段の前。
 振り返ってみると、なにやらもじもじとしている。

「て、手紙……か、書いてみたの……」
「! え、あ……お、俺まだ途中で……」
「あ! いいいいいいわよ! お互い書き終わったら交換するって話だったじゃない!? えーとえーと! でもあのその! か、か、か、書き直したくなっちゃってね!? 今!」
「え?」

 しかし片手に手紙はバッチリ持ってるのに?
 今書きあがったばかりなんだろうか?
 やばいな、俺まだ二行……。
 だって何回書いても……こう、こっ恥ずかしいだけのポエムみたいになって……!
 ん? いや、でも……『今』書き直したくなったって……どういう意味?

「そう! 今! 色々! なにかが! ええ! なにかが違っていうか! 勘違い甚だしかったというか! 私マジ、私イィ! っていうか! そう! そ、そんな感じになったっていうか!」
「? は……はあ?」
「だだだだだだだからあの! も、もうもう少し待って頂いてもよろしいかしら!?」
「は、はあ? 俺も書き終わってないから、むしろありがたいくらいだけど……?」
「う、うん! ありがとう! では! わたくしもう今日はお休み致しますの事よ! おやすみなさいませ!」
「は、はい。おやすみなさいませ……」

 口調が……お嬢様モードですらないんだけど……?
 ど、どうしたんだろう?
 顔も真っ赤だったし……熱があるのかな?

「ラナ? 解熱の薬いる? 顔赤いけど……」
「黙れ! おやすみって言ったでしょ!」
「ごめんなさいおやすみなさい」

 ……超怒られてしまった。
 な、なんで?

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