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7-13. 花開く蕾

 ユウリの脇を抱えるようにして、ヨルンはずんずんと廊下を進んでいく。
 幾度もの抵抗の後、ただ体力を消耗するだけだと悟ってなすがままにされているユウリは、普段と異なる彼に戸惑っている。

(相当、怒ってるよね)

 いつもの緩やかな足取りとは正反対の、床板を踏み抜いてしまうのではないかという歩みと、眉間に寄った皺、引き結ばれた唇、怒りのためか、蒼白になった頰、それを縁取る、乱れた銀髪。
 ぼんやりと場違いにも、相変わらずの美形だな、とユウリは思う。

(でも一体どこに……)

 カウンシル塔ではあるが、執務室のある階には向かっていない。
 その可能性に気づいた時、ユウリは最後の無意味な抵抗を試みていた。

 ある一室のドアを吹き飛ばす勢いで開けたヨルンは、その勢いのまま部屋の奥に見えた扉に向かい、ユウリは半ば放り投げられる様に中へ入れられる。

 柔らかい絨毯張りの一室は薄暗く、小さな——といってもユウリの自室のものよりは大層大きい——ライティングキャビネットと、嫋やかなシルクの天蓋のかかったベッドが備えられている。
 そこは、ヨルンの寝室だった。

「キミは、馬鹿なの!」

 突然頭上から降った、初めて聞くヨルンの怒声に、ユウリは首を竦める。

「危なそうなら、すぐに伝達魔法を使うように言ってただろ!」

 まずはそこからなのか、とどこか冷静な頭の隅で考えて、ユウリは慌てて謝った。

「ご、ごめんなさい……初動が、遅れて」
「それでまた、危険な目にあって!」
「はい……」
「挙句、それを起こした張本人を、庇いだてる! 何だって、キミはそう……!」
「でも、リュカさんの時は」

 思わず反論していた。
 あの時事件を起こした、親衛隊隊長のサーシャは、数週間の謹慎に処されただけだった。
 公爵令嬢の優等生にすれば重い処分だが、学園の生徒としては妥当である。
 それに比べて、ヨルンがウェズにと言い募った処分は、あまりにも重すぎるように感じた。

「騙されて引き起こした事と、自ら計画して引き起こした事が、同等なわけないでしょ」
「それは、そうですけど……当事者達が、納得してるのに」
「どういう意味」

 無表情で言われてたじろぐが、ウェズとユージンのために、ここでユウリが怯むわけにはいかなかった。

「か、関係ないヨルンさんが決めつけるのに、納得できません!」
「関係ない、だって?」

 冷たく響いたヨルンの声音に、ユウリはびくりとする。
 不意に突き飛ばされ、壁に強かに背中をぶつけた。
 覆いかぶさる影に、ハッと顔を上げると、怒りとも悲しみともつかない表情のヨルンが見下ろしている。

(どうして、そんな顔をするの……?)

 突き放されたはずだ。
 断ち切られたはずだ。
 《魔女》を手に入れることは、出来ないと。

「一番大切な人を傷つけられて、俺が、どんな想いで……それを」

 吐き出された呟きに、ユウリの中にぽつりと淡い期待が芽生える。
 それを振り払う様に、彼女は震えそうになる声を必死で抑える。

「でも……ヨルンさんは王様になるから……私の気持ちには、応えられないって」
「駄目なんだよ、それでも」

 自己中心的な主張を吐き捨てる様に言われて、ユウリはそれ以上言葉を紡げない。
 怯えるように見上げるユウリに、ヨルンは頭の芯が熱くなるのを感じる。

『この娘は、蕾』

 以前嘯いた自身の言葉を思い出す。

 どんな姿で花開くのかは想像がつかない。
 固く結ばれていてもなお、溢れる甘い匂いに囚われ惑わされる。
 柔らかく慈しんで開花を待つか。
 他の誰かに見つかって、手折られてしまうか。

 ——そうなる前にいっそ、己の手で抉じ開けてしまえばいい

 いつもの穏やかな眼差しとは似ても似つかない、鋭く熱を帯びたヨルンの視線に、ユウリは目が離せなかった。わずかに揺れる、凶悪なまでに秀麗な銀。抗えない色香。

「ヨル……ッ」

 名前は最後まで呼べなかった。
 代わりに艶かしい吐息が、重なった唇の端から漏れる。
 奥まで差し込まれてなぞられる度、背筋を上がる甘い感覚に、我を忘れそうになる。

(なんで……)

 目尻にうっすらと熱いものが浮かぶ。
 精一杯押し返す腕も、その力強い胸板に阻まれて意味をなさない。
 食べられるみたいに唇を奪われて、蹂躙されている事実に困惑するユウリを嘲笑うかのように、ヨルンの大きな手がやけにゆっくりとした動作で胸元を開いていく。その白い鎖骨を強く吸われて、身体が跳ねた。

「やぁ……!」
「ごめん、ユウリ」

 小さく零した泣き声に、酷く苦しそうな声が重なり、同時に太腿の内側を撫で上げられる。粟立つ肌になお、唇を落とされて、仰け反った。

「愛してる」

ユウリの目が見開かれ、瞳に溜まった涙が溢れる。

「それ、って……」
「ユウリを失うくらいなら」

 ——俺が全部奪ってやる

 その囁きが届いたのかはわからない。
 溶けるように潤んだ瞳が、ヨルンのそれを捉える。
 その瞼に優しくキスをして、桜色の小さな唇に再び深く口付けた。

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