第十二話 約束
いじめっ子を返り討ちにした日からチャンバラができなくなった。
それからだんたん外で遊ばなくなっていった。
この頃から携帯型ゲーム機や家庭用ゲーム機がいろいろ出始め、俺たちの遊びはほとんどゲームをすることに変わっていった。
でも、家庭用ゲーム機を持っていたのは綾香だけだった。
だから、よく俺たちは3人は綾香の家に遊びに行っていた。
いつも嬉しそうに玄関のドアを開けてくれたっけな。
お母さんはとっても綺麗で優しい人で、いつも丁寧にもてなしてくれた。
綾香の家庭は少し変わっていて、お父さんが家で仕事をしていた。
2階の書斎でパソコンで仕事をしているみたいだったが、しょっちゅう下まで降りてきて、俺たちがゲームをしているとまじってきた。
面白くて、よく笑う人だった。
俺はお父さんが単身赴任で家にいない日がほとんどだったから、綾香が羨ましかったし、綾香のお父さんと遊ぶことが本当に楽しかった。
それから、俺は一人でもよく綾香の家に遊びに行くようになった。
綾香のお父さんはよく休みの日に遊園地や動物園、色々な所へ連れてってくれた。
今まで、お父さんはこんなに色んな所に連れてってくれたことはなかったから、すごく嬉しかった。
そして、綾香のお父さんのことを自分の父親代わりのように思っていた。
月日は流れ、俺たちは小学校を卒業し、中学生になった。
中学校では1学年4クラスだった。
めちゃめちゃ大人数だったから面食らったことを覚えている。
俺、綾香、龍二は小学校で1クラス6人という少人数だったので、一緒のクラスにしてもらえた。
最初のうちは中々なじめなかったが、時間が経つうちに徐々に友達ができるようになってきた。
綾香は相変わらず誰ともしゃべれずいた。
いつも一人で席に座っていてた。
綾香は可愛かったから話しかけられたりするが、ちゃんと応えることができず、すぐに会話が終わりよく半泣きになっていた。
だから、よく綾香のところへしゃべりに行っていた。
「ごめんね。焔。いつも助けてくれて」
しゃべりに行く度に言っていた。
こんな生活が2か月ほど続いた。
そんなある日、綾香が初めて学校を休んだ。
小学生のときは全然風邪とかでは休んだことがなかったから珍しいなとその時は思っていた。
だが、ホームルームのとき先生があることを告げられた時、綾香が休んだ意味を知った。
綾香のお父さんが死んだ
頭が真っ白になった。
意味がわからなかった。
死んだ……綾香のお父さんが。
どうして……
後から知ったが、綾香のお父さんは癌だったみたいだ。
もう手遅れで、治すすべはなかった。
薬で延命することもできたが、家族といることを選んだそうだ。
だから、会社に頼んで家で仕事をすることの許可をもらって、家族といる時間を増やした。
綾香のお母さんには話していたみたいだが、綾香には自分の病気のことを教えてなかったみたいで、葬儀中ずっと泣いていた。
それを見て、すごく心が痛んだ。
俺も悲しかったが、綾香の方が数十倍悲しいんだ。
だったら、堪えろ。
綾香の方が苦しいんだから。
葬儀から数日過ぎた休日、俺はベッドで寝転がって、天井をぼーっと見ていた。
葬儀から綾香は学校に来ていなかった。
俺もまだ切り替えられていないんだ。
綾香も当然、まだまだ時間がかかるだろう。
そんなことを考えながら、時間を浪費していた。
ガチャ
ドアが開いた。
お母さんだった。
「焔、綾香ちゃんが呼んでるわよ」
俺はベッドから飛び上がった。
すぐに玄関まで行った。
玄関には綾香が一人下を向いて、立っていた。
2人の間に少しの間沈黙が走った。
俺が口を開こうとした瞬間、綾香が小さな声でしゃべり始めた。
「ほむら……」
そう言って、俺の方に顔を向けた。
今の今まで泣いていたということがすぐにわかった。
俺は泣きそうになるのをグッと堪えた。
「私……今まで焔にたくさん助けてもらってた。そして、私はその優しさに甘えてた」
「そんなこと別に気にすんなよ。これからも俺のことは頼ってくれてもいいんだぜ」
「でもそれじゃあだめなの」
「え?」
「お父さんが死んで、お母さんが働かなくちゃならないようになったの。お母さん私が泣いているとき、いつも寄り添って優しい言葉をかけてくれた。けど、私が寝ているとき、お母さんいつも泣いてるの。
私には弱いところを見せないように声を押し殺して」
また、込み上げてきたが堪えた。
「これからお母さんは忙しくなって、どんどん弱いところを見せられなくなる。だから、私は強くならなきゃいけないの。お母さんの負担になりたくないの。そして早く元気になって、お母さんに心配かけないようになる。だから……もう焔には頼らない。これからは自分の力で……」
本気……みたいだな。
目には覚悟が宿っていた。
今まで人に話しかけることができなかった綾香が、変わると言っているんだ。
相当な勇気がいるだろう。
でも、今の綾香ならきっと変わることができる。
「わかった。強くなれ、綾香。今のお前ならできる」
「うん。私強くなる。そして、もう泣かない。見ててね。焔」
「ああ、見てる」
俺が言い終わると、綾香はニコッと笑って見せた。
俺も笑い返す。
そして、玄関から外に出ようと後ろに振り返り、取っ手に手をかけようとしたとき、綾香の動きが止まった。
どうしたのかと声をかけようとすると、綾香が後ろをむいたまま話し始めた。
「焔。一つだけ約束してくれる?」
「……いいよ。なんでも約束してやるよ」
俺はすぐに答えた。
綾香は俺の方に向き返り、笑顔で言った。
「約束だよ、焔。もし私が泣いていたらその時だけは助けてね」
「わかった。もしそんな時がきたなら、俺が颯爽と助けてやるよ」
俺は胸を強くたたき、笑顔でそう言った。
―――そうだ。あの時約束した。
綾香を助けると。