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第208話 死神ちゃんとエルフ(?)

 死神ちゃんは前方に〈|担当のパーティー《ターゲット》〉と思しき盗賊を見つけた。彼女は、モンスターに見つからないよう〈姿くらまし〉をして、身を潜めながらゆっくりと進んでいた。しかし、過度なまでにこそこそとしていた。何か後ろ暗いことでもあるのだろうかと首を傾げながら、死神ちゃんは天井伝いに彼女の背後へと回った。そして一気に急降下すると、死神ちゃんは彼女の背中にぴったりとしがみついた。
 彼女が耳をつんざくような悲鳴を上げて右往左往し始めると、死神ちゃんは背中から離れた。一旦天井まで浮上すると、今度は彼女の眼前へと逆さまに急降下した。


「きゃあああああ! 何? 何!? 何なのッ!?」

「……ん? お前、エルフなのか? それにしても、何だか雰囲気が他のエルフと違うような……」


 取り乱す彼女のことなどお構いなしに、死神ちゃんは首をひねった。彼女はハッと息を飲んで我に返ると、怯えるように背中を丸めた。


「あ、はい、一応エルフです……」

「一応?」

「あの、私、混血なんです……」

「ああ、だから雰囲気が違う気がしたのか? ――いや、でも、それだけじゃあないような気が……」


 死神ちゃんはくるりと身を捩って地面に降り立つと、女盗賊をしげしげと眺め見た。そして、おもむろに彼女の両脇腹を掴んでくすぐりだした。彼女は間抜けな悲鳴を上げて、丸めていた背中を仰け反らせた。そのとき、白エルフにはないはずのぷるんと揺れるものがあった。


「ああ、違和感はこれかあ!」

「ああああああ、すみませんごめんなさい!」


 死神ちゃんが〈腑に落ちた〉というすっきりとした顔を浮かべると、何故か彼女は謝罪しながら再び背中を丸め、組んだ手を鎖骨辺りに添えて胸を押し隠した。死神ちゃんが怪訝な表情を浮かべると、彼女は怯えるように「エルフらしくなくてごめんなさい」と呟いた。


「別に、何も言っていないだろうが。俺がいつ、何を批判したっていうんだよ」

「あの、でも、エルフにそぐわぬ胸の大きさで違和感を覚えたんでしょう?」

「お前が背中を真っ直ぐに伸ばすまで、胸の大きさなんて気づかなかったし。そのことを批判したり、あげつらって笑ったりなんてしていないし。ていうか、胸の大小なんて、俺にはどうだっていいことなんだが」


 死神ちゃんが不機嫌に眉根を寄せると、彼女はじわりと目に涙を浮かべた。そして彼女は死神ちゃんに抱きつくと、「初めて胸を気にしない人に出会ったよー!」と言いながらわんわんと泣き始めた。
 死神ちゃんは困惑して彼女を宥めようとしつつも、苛立たしげに声を荒らげた。


「またエルフの胸問題かよ! 面倒くさいな!」

「またってことは、私以外にも胸の悩みを抱えてダンジョンに来た人がいたんですか?」

 女盗賊はピタリと泣き止んで死神ちゃんの顔を覗き込んできた。そして死神ちゃんが返答する前に、彼女は「話を聞かせて!」と言って死神ちゃんを抱きしめたままどこかへと進み始めた。
 着いた場所は休憩するのに良さそうな、少し拓けた場所だった。女盗賊は抱きかかえていた死神ちゃんを下ろすと、ポーチの中からお菓子を取り出して差し出した。そしてその場に腰を落ち着けると、目を輝かせて〈話を聞かせて〉という態度をとった。死神ちゃんが〈豊胸したいエルフ〉の話をすると、彼女は落胆して肩を落とした。


「なんだ、私と同じように〈無くしたい人〉じゃあなかったか……。交換できるなら、私の胸と交換してあげたいわ」

「何だよ、お前は無くしたいのか」


 女盗賊は頷くと、ポツポツと話し始めた。
 彼女はエルフとドワーフの混血だそうだ。幼い頃に両親が離婚し、彼女は母とともに母の実家のあるエルフの里に帰ることとなった。幼いころは特に何も問題なく過ごしたのだが、思春期を迎えると里の住人たちから虐められるようになったそうだ。彼女の母の里は伝統を重んじるところで、エルフ至上主義の考えを持つ者が多かったからだ。
 母が里を出ていった際も揉めたそうなのだが、ドワーフと結婚した時には母もかなり酷いことを言われたらしい。しかし、離婚すると〈彼女は間違いに気がついたのだ〉と見なされ、再び里へと受け入れられた。母について里に帰った女盗賊は「父親に似なくて良かったね」と迎え入れられたのだが、彼女の胸が大きくなるにつれて疎まれるようになったという。


「私はエルフとして育てられて、エルフであることを誇りに思っているわ。だけど、私はエルフであると認めてもらえない。――つらくて里を出てきたけれど、優しくしてくれる人は胸目当ての人ばかりだし。さっきも、何か変な侍が近寄ってきたと思ったら『尖り耳かと思ったのに。騙された』とか、わけの分からないことを言われて。胸さえなければ、仲間として迎え入れてもらえて幸せに過ごせたでしょうに」

()()()、遺伝子レベルで純粋エルフか否かを判断できるのかよ。すごいな……」

「イデンシ? なあに、それ?」


 口をあんぐりと開けて呆れ返る死神ちゃんに、女盗賊が不思議そうに首を傾げた。尖り耳狂は、エルフであれば白黒関係なく大歓迎である。つまり、彼にとって胸の大きさは関係ないのだ。そんな彼が彼女を〈非エルフ認定〉したということは、彼の勘が〈彼女はエルフとエルフ以外との混血である〉と告げたのだろう。死神ちゃんはその事実に、驚くよりも呆然とした。
 死神ちゃんはなおも不思議そうに見つめてくる彼女に「何でもない」と返すと、苦笑いを浮かべて言った。


「豊胸願望エルフにも言ったんだが、胸なんてただの脂肪だよ。だから、そんな固執するもんでもないと思うがな」

「でも、世の中には胸で判断する人がこれだけいるのよ? だから私は、ダンジョンにやって来たの。この中にあるマッサージサロンは、乙女のどんな夢も叶えてくれるって聞いたのよ。――私はそこで、胸を小さくしてもらうの」


 彼女は勢い良く立ち上がると「良かったら一緒に行きましょう」と言ってサロン目指して歩き出した。
 無事にサロンに着いた彼女は、施術者が男性であるということに尻込みした。アルデンタスはにっこりと微笑むと、サービスのお茶を出しながら言った。


「あら、お客さん。アタシは女には興味ないし、そもそも大切なお客様をそういう目では見ないわよ! それでも抵抗があるようなら、うちには女の子もいるから、その子たちにお願いすることもできるけれども」


 どうする? と首を傾げるアルデンタスに、彼女は悩みながらも「そのままお願いします」と答えた。自分の願望を確実に叶えるためには、〈神の手〉の持ち主に委ねたほうが良いと思ったようだった。
 彼女が悩みを打ち明け要望を伝えると、アルデンタスは彼女の全身を舐めるように眺めながら顎に手を当てて考え込んだ。そして小さく頷くと、彼はニコリと笑って言った。


「物理的に小さくしたいのなら、食事コントロールと運動で小さくはできるけれど。でも見たところ、あなたの場合、綺麗にバランスがとれているのよね。――だから、ちょっと、提案したいことがあるんですけど。お代は〈結果に納得したら〉で良いから、ちょっとアタシの提案に乗ってみてくれません?」


 女盗賊は心なしか落胆したようだが、アルデンタスに頷いた。彼はさっそく、彼女を更衣室へと案内した。そしてボディとフェイシャル両方の施術を丹念に行ったあと、スタッフの女の子をひとり呼びつけた。すると店の奥からノームが笑顔で出てきて、女盗賊を先ほどとは別の更衣室へと連れて行った。そして、ノームも一緒になって更衣室へと入っていった。
 しばらくして、着替えの終わったエルフを伴ってノームはパウダールームへと移動した。そこで、ノームはエルフにヘアメイクと化粧を施した。全ての作業が終わると、ノームは朗らかに「ママ、できました~!」とアルデンタスに報告した。その声とともに部屋から出てきたエルフを目にするなり、死神ちゃんはヒュウと口笛を吹いた。エルフは、自信なさげに背中を丸めた。


「せっかく恵まれたものを失わせるのは惜しかったので、彼女の要望に答えつつ魅力アップを図ってみたわよ! ランジェリーは〈胸が小さく見えるもの〉をチョイスして。お洋服もそういうものを選びつつ、でも魅力が引き出されるようなデザインと色合いで。全身磨いてメイクも万全! ――どうよ、渋ダンディー。彼女、素敵じゃあない?」


 アルデンタスに対して死神ちゃんは満足げに頷き返したが、女盗賊はなおもおどおどしていた。
 不安げに眉根を寄せる彼女を、死神ちゃんはにこやかな笑みを浮かべて見上げた。そして体を縮こまらせ表情を暗くした彼女に、死神ちゃんは「笑ってみろよ」と笑いかけた。引きつった笑顔しか浮かべない彼女に業を煮やした死神ちゃんは、彼女の両脇腹を掴んでくすぐった。間抜けな声を上げて縮めていた背中を真っ直ぐに伸ばし、笑い転げる彼女に死神ちゃんは笑顔で頷いた。


「うん。やっぱり、さっきよりも断然に、いいな。お前、今、すごく〈いい女〉だよ」

「本当に? でも、胸が小さいのは〈見せかけ〉なのよ?」


 そう言って再び背中を丸めた彼女に、死神ちゃんは顔をしかめると「背筋を伸ばせ、顔を下げるな」と叱りつけた。反射的に姿勢を正した彼女に笑いかけると、死神ちゃんは優しく言った。


「顔を上げてるとさ、たしかに嫌なことも目に入ってくるよ。だからと言って俯いてばかりいたら、いいことまで見落としちまうよ。だから、顔は常に上げときな。きっと、嫌なことばかりではなく、今までとは違う景色も見えてくるから。――お前の〈誇り〉は、胸の悩みごときで無くなっちまうもんでもないだろう? それに、里が世界の全てではないんだから、お前がお前らしく生きていける場所を見つけるというのも大事だと思うがな。だから〈完全に失う〉選択を安易にしてしまう前に、その〈見せかけ〉でとりあえずしのいでみるのもいいんじゃないか?」

「そんな場所、見つかるかしら?」

「見つかるさ。お前がその気になれば。場所だって、無二の友達だって、運命の王子様だって。何だってな」


 女盗賊は頬を染め上げると「何でだろう、あなたが王子様に見える」と呟いた。死神ちゃんは苦笑いを浮かべると「何だ、そりゃ」と返した。
 彼女は死神ちゃんの後押しのおかげで、この結果に満足したようだった。服の選び方などのレクチャーをサービスで受けたあと、結構な額を請求されたにもかかわらず笑顔で気前よく支払った。そしてルンルン気分でサロンをあとにし、死神ちゃんも一緒に出ていった。――しかし、死神ちゃんはすぐさまサロンへと引き返してきた。
 出ていったばかりの死神ちゃんが気まずそうにサロンに戻ってきたのを、アルデンタスは呆気にとられながらも出迎えた。


「あら、渋ダンディー。どうしたのよ?」

「〈顔を常に上げるのは、ダンジョンの外でにしておけ〉と言えばよかったかな。上機嫌に上を向いたまま、落とし穴に落ちていったよ、あいつ……。せっかく施術してもらったのに、これじゃあ台無しだよな……」


 アルデンタスは苦笑いを浮かべると、一言「大丈夫」と答えた。施術やメイクは|好効果《バフ》付与扱いのため死亡したら消失するが、ランジェリーや洋服は単なるアイテム購入だから無かったことにはならないのだ。それを聞いた死神ちゃんは胸を撫で下ろしながら、「それにしても」と首をひねった。


「あいつ、結構な額だったのに、よくポンと気前よく払ったな」

「あら、それで自信がつくなら安い買い物じゃない? ――あんただって、そういうの、よく理解してるでしょう? 先日、誰かさんの自信のために、高価なお買い物をなさったそうじゃない?」


 アルデンタスがニヤリと笑うと、死神ちゃんは苦笑いを返した。そして彼の質問に答えることなく、そそくさと裏に引っ込んだ。



   **********



「ねえ、ジューゾー。そう言えばこの前、私の胸を揉みしだいたんですって? そんなに触りたいなら、言ってくれたら私はいつだって――」

「別に、求めていません」


 顔を赤らめて擦り寄ってくるアリサを押し返しながら、死神ちゃんは面倒くさそうに顔をしかめた。エルダは苦笑いを浮かべると、二人に「さ、打ち合わせ、早く終わらせちゃいましょうよ」と声をかけた。
 死神ちゃんはアリサとエルダの三人で、新春コンサートについての打ち合わせをしていた。しかし、打ち合わせを進めるよりも先にサーシャがやって来てしまった。打ち合わせが終わった後、サーシャも含めた四人で食事をする予定だったのだ。
 死神ちゃんは不機嫌に眉根を寄せると「お前が脱線し続けるせいで」とアリサを睨みつけた。すると、サーシャがそんなことなどお構いなしに「胸がどうかしたの?」と尋ねてきた。死神ちゃんは渋々、豊胸願望エルフとその逆のエルフの話をした。そしてふと不思議そうに首を傾げると、〈破廉恥な目的ではなく、純粋な興味〉と前置きした上でサーシャとエルダに胸について尋ねた。――二人は母親が姉妹であるため従姉妹の関係にあるのだが、サーシャは白エルフとまでは言わないものの、黒エルフよりは控えめな胸、エルダは黒エルフ特有のバルンバルンだったからだ。
 すると、サーシャが苦笑交じりに答えた。


「エルダ|姉《ねえ》は両親ともに黒エルフなんだけれど、私の父は白エルフなの。――この会社、白エルフは何故か入社できないのよ。だから、父には申し訳ないけれど、父に似なくて良かったかなあ。だって、ここ、本当に人気の会社で、競争倍率が高いのよ」

「へえ、そんな規定があるのか。――でも、何で?」

「何でも、魔道士様が白エルフと因縁があるみたいで……」


 死神ちゃんは相槌を打ちながら、銃の試用テストの際にそんな話を聞いたなと思い返した。するとアリサが眉根を寄せて、話に加わってきた。


「その割に、しょっちゅう白エルフのところにたこ焼き食べに行くわよね、あの方。私、よくお土産でもらうんだけれど」

「正月にも食ってたな、そう言えば。エルフとたこ焼きって、一体どんな関係があるんだ……」


 一同は「さあ?」と言って不思議そうに首を傾げた。そして死神ちゃんは唐突に、ソースとマヨネーズの誘惑に駆られ「たこ焼き食べたい」と呟いたのだった。




 ――――この世はOPIが全てではないということだけ、再度お伝えしておくのDEATH。

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