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第195話 わくわく★秘密道具お試し会

「いやあ、おもしろかった!」


 死神ちゃんは笑顔でそう言うと、マグカップを手に取りコーヒーをひと|啜《すす》りした。本日は寮内で映画鑑賞会が行われ、死神ちゃんたちは先ほどまで手に汗握るスパイアクションを鑑賞していたのだった。
 マッコイはマグを抱えたまま、隣で寛ぐ死神ちゃんを見つめて首を傾げた。


「|薫《かおる》ちゃんも、ああいう潜入捜査みたいなことをしてたの?」

「おう、俺も何度かやったよ。殺し屋として独立する前の、まだ組織にいたころに。諜報員のときにもやってたが、暗殺のほうに部署替えしてもらってからも何度かあったな。〈潜入して殺してこい〉系の仕事はお前に任せるって言われてさ」


 マッコイが相槌を打つと、死神ちゃんは「映画のような、秘密道具を駆使して……」と|前世《むかし》を懐かしんだ。そしてふと口を閉ざすと、死神ちゃんは目をくりくりとさせてマッコイを見やった。


「秘密道具と言えば、俺ら死神も駆使してるよな」

「そう? 例えば?」

「俺の場合は、まだ飛行靴しか持っていないが。お前はいくつか〈演出〉を持っていただろう」

「ああ、それね」


 死神ちゃんはにっこりと笑みを浮かべると、マッコイに「ちょっと、お借りできませんかね」と尋ねた。マッコイはきょとんとした顔で不思議そうに首を傾げた。
 飛行靴は意外と高価な代物で、ローンを組んで購入した死神ちゃんは現在も支払い継続中であった。まだ少しだけ支払いが残っているのだが、通常の給料以外にも広報課やアイテム関連の部門からマージンやギャランティーを得ていてお金に多少の余裕があるということもあり、死神ちゃんは「そろそろ第二、第三の秘密道具を入手してもいいのでは」と考えていた。その旨をマッコイに伝えると、彼は笑顔で道具の貸し出しを承諾した。
 マッコイが腕輪を操作すると、腕輪の硬い表面がまるで水面のように波立った。少しして、電子チップのようなものが三枚立て続けにスウと浮かび上がってきた。腕輪の五センチほど離れた宙空で浮かぶそれらを手に取ると、マッコイは死神ちゃんに「どうぞ」と手渡した。


「なになに、薫ちゃん。今から何かショーでも行うってか」


 一緒に映画を見ていた同居人たちはニヤニヤと笑いながら、死神ちゃんの周りに集まってきた。不服げに彼らを睨みつけつつも、死神ちゃんはチップの使用方法を彼らに尋ねた。マッコイは輪の中に入りたそうに後ろのほうでそわそわとしていたクリスに手招きすると、今後のために見ておくと良いと声をかけた。
 準備が整った死神ちゃんは得意気に胸を張り鼻を鳴らすと、マッコイに向き直った。


「今聞いたんだが、使用意思さえあれば勝手に発動するんだってな」

「ええ、そうよ。アタシが今貸したのは〈辺りが一段階暗くなる〉〈ほんのりと煽りライト〉〈黒紫の|靄《もや》〉ね」


 死神ちゃんは大きく頷くと、心の中で「使いたい」と強く思った。するとリビングの灯りが消え、同居人たちがざわめいた。次の瞬間、死神ちゃんはスポットライトを浴び、横合いから紙テープと紙吹雪を受けた。それと同時に、自分が何故かアイドルのようなポーズを取っていることに気がついた死神ちゃんは、みるみる顔を真っ赤にさせて「何だ、こりゃあ!」と叫んだ。
 マッコイがぽかんとしたまま目をパチクリとさせていると、その横でクリスがうっとりとした声で「可愛い」と漏らした。他の同居人たちは笑いを必死に堪えているらしく、ここそこから忍び笑いがクックと聞こえてきた。
 部屋の灯りが元通りとなると、死神ちゃんはしかめっ面で地団駄を踏んだ。


「一体何なんだよ! どうして下から来るはずのライトが上から来るんだよ!」

「マジでショーだった……。薫ちゃん、ウケる……」


 震え声でそう言う同居人に、死神ちゃんはギャアギャアと喚き立てた。マッコイは首を傾げると、腕輪に不具合でもあるのかと眉根を寄せた。


「近年新しく発行された腕輪と互換が合わないとか、そういうのは聞いていないんですけど……。ちょっと、クリスも試しに使ってみてもらえるかしら?」


 マッコイは死神ちゃんの腕輪からチップを取り出すと、クリスに手渡した。クリスが使用してみると、きちんと正しいエフェクトが再現なされた。死神ちゃんが苦虫を噛み潰したような顔をする横で、同居人のひとりが「幼女専用エフェクトに勝手に変わるのな」と笑った。


「そんなの、ちっとも求めていないんだが」

「まあまあ。もしかしたら、他のチップはきちんと再現されるかもしれないじゃん? ほら、試してみようよ」


 そう言って、同居人たちが次から次へとチップを手渡してきた。〈赤黒い靄〉では花を背負い、〈黄黒の靄〉では星が舞った。〈恐ろしい笑い声〉に至っては拍手と指笛に変化した。しかも、演出エフェクトを使おうと意識するたびに、気がつけば勝手に体がアイドル的なポーズをとっている。アイドルスマイルを浮かべたままプルプルと震えだした死神ちゃんを見て、仲間たちは耐えきれずに腹を抱えて笑いだした。


「やべえ! 薫ちゃん、演出チップさえあれば照明係要らずでワンマンライブ開けるんじゃね!? すげえウケる! すげえ可愛い!」

「いや、開かないし! 嬉しくないし!」

「むしろ開こうよ! そしたらもっと冒険者が増えて、私たちも臨時収入がもっと増えるんじゃない?」

「どうせ増えるのはまた変態ばかりだろう? 俺の負担ばっかり増量するじゃないか! 嫌だよ! ――ていうか! マコ、お前、さっきまで『不具合かしら?』って心配顔でおろおろしてたのに、いきなり撃沈してるなよ!」

「だって薫ちゃん、ノリノリでポーズ決めているんですもの……」


 マッコイはクッションに顔を埋めて小刻みに震えていた。死神ちゃんは大層不機嫌な顔で、同居人たちにチップを返して回った。クリスはご満悦とでも言うかのようにホウと息をつくと、ぼんやりとした声で言った。


「でもさ、仮に演出エフェクトが正しく発動したとしても、薫には無意味じゃない?」

「何でだよ」

「だって、骸骨姿だったらまだしも、幼女じゃあね。全然怖くないもん。いっそ、血糊メイクでもしたほうが恐怖煽れるんじゃないの?」

「それ、もはや死神じゃなくて別のモンスターだよな。ゾンビとかさ」


 死神ちゃんが悪態をつくと、マッコイがクッションから顔を上げて苦笑いを浮かべた。


「ていうか、そんなエフェクトに頼らなくてもいいじゃない」

「でもやっぱり、死神なんだから死神らしくありたいよ」

「薫ちゃんは死神課一番の稼ぎ頭なんだから。もう十分、立派な死神よ。誰よりもずっとね」


 死神ちゃんが照れくさそうに頬を緩めた途端、誰かが「全然怖くないけどな」と野次を飛ばした。死神ちゃんが立腹すると、笑ったお詫びに夕飯をご馳走すると同居人たちが苦笑した。コロッと調子がよくなり満面の笑みを浮かべた死神ちゃんを見て、同居人たちは「やっぱり、可愛い」と心の中で呟きほっこりとしたのだった。




 ――――見た目よりも内容で勝負! きちんと結果を出しているのであれば、〈幼女である〉ということなんて関係ないのDEATH。

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