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第191話 死神ちゃんとたかし②

 死神ちゃんはダンジョンに降り立ち地図を確認すると、心なしか目を見開いた。今回の〈|担当のパーティー《ターゲット》〉は二階にあるリドル部屋の近くにいて、どうやらそこを目指して進んでいるらしいからだ。実は、もう一年半も勤めているにも関わらず、死神ちゃんはその部屋に立ち入ったことがなかった。
 死神ちゃんは〈新規登録したばかりの冒険者が割り振られたのかな〉と小首を傾げつつ、リドル部屋へと初めて踏み入ることになるだろうことを楽しみに思った。しかし、死神ちゃんがそこへと近づいていくごとにターゲットは回復の泉方向へと後退して行った。

 巷の主婦層も買い物ついでに冒険をしに来る昨今、二階ごときで進めず撤退していく冒険者だなんてと呆れながら、死神ちゃんは回復の泉へと進路を変更した。そして、回復の泉から顔を上げた冒険者を見て声をひっくり返した。


「たかし!? お前、たかしじゃあないか!」

「あ、君は、いつぞやのお嬢ちゃん! お久しぶり!」


 たかしは死神ちゃんに近寄ると、まるで高い高いをするかのように死神ちゃんを抱き上げた。朗らかに笑いながら死神ちゃんを掲げるたかしを、階段の側に立っていた男が睨みつけた。


「おいおい、たかし。お前、掛け持ちでシッターのアルバイトでも始めたのか? だとしても、ダンジョンに連れてきたら駄目だろう」

「あ、ケン! 違うよ。ほら、この子だよ、この前話した|小人族《コビート》の子!」


 たかしは死神ちゃんを下ろすと、男に向かって笑顔を向けた。すると、ケンと呼ばれた男は嗚呼と言いながら腕輪を弄った。


「お前が巷の噂話になっているって、教えてくれた子かあ」

「そうそう!」


 頷きながら、たかしも腕輪を操作した。そして二人は互いの腕輪を近づけると、パーティーを組むための作業を終えた。
 ケンはたかしと一緒に住み込みアルバイトをしている冒険者仲間だそうだ。仕事中も冒険時も、とても頼りになる相棒なのだという。ケンは他国出身者だそうで、父親の仕事の関係でこの国にやってきたそうだ。そして前々からこの国の難攻不落のダンジョンに興味があったケンは、偶然知り合ったたかしとともに冒険者になったのだそうだ。


「ケンは僕よりも頭が良いんだ。なにせ、バイリンガルだし。それにね、いろんな国の人と友達なんだよ。すごいよね。しかも女の子にモテモテで、この前も二人の女の子がケンを取り合いしていたんだ。すごいよね」

「へえ、そうなのか。ところで――」

「でね、僕よりも要領よく何でもできるんだから、どんどん先に進んじゃえばいいのに、僕に合わせて攻略してくれているんだよ。優しいよね。今日はこれから三階へと降りていくためのリドルを解きに行く予定なんだ。だけど、先にダンジョンに着いたから少しでもリドル部屋に近づいておこうと思ってたのに、結局そこまでは進めなかったんだよね」

「それは大変だったな。で――」

「全く、無茶はするなよな、たかし」


 死神ちゃんは、何とかして〈ばあちゃんがこの街に来ている〉ということを伝えたかった。しかし、マシンガントークを続けるたかしと、絶妙のタイミングで合いの手を入れてくるケンに阻まれた。死神ちゃんが不服そうに口を閉ざすと、たかしとケンは首を傾げた。死神ちゃんは「別に」と返して、ばあちゃんについて話すことを一旦諦めた。
 たかしとケンは早速リドル部屋を目指して進んでいった。たかしにとり憑いた死神ちゃんは一緒についていったのだが、二人は死神ちゃんがどうしてついてくるのかを気にも留めていないようだった。道中、モンスターと遭遇した彼らは戦闘を行ったのだが、考えなしに突っ込んでいく戦士のたかしを僧侶のケンがしっかりと支援していた。甲斐甲斐しいまでのケンの支援がなければ、たかしはすぐさま死んでいたことだろう。その様子を見て、死神ちゃんは「これはたしかに、ケンはモテるだろうな」と思った。

 戦闘を終えて、モンスターがアイテムへと姿を変えた。二階のモンスターはドロップが美味しくなく、大体がはした金になって消えるか何も落とさないかだ。しかし、今回は武器が入手できたようで、たかしはそれを拾い上げながら嬉しそうに微笑んだ。


「うわあ、久々にアイテムをゲットしたよ! しかも、指輪だよ、指輪! これ、ばあちゃんに手紙を添えて送ってやろう」

「いや、たかしさん。それは武器です。どう見ても指輪ではないですよね」


 思わず、死神ちゃんは顔をしかめてツッコミを入れた。しかし、たかしはそれを見つめながら不思議そうに首を傾げた。


「えええ、そうかなあ? 普通の指輪は一本の指に嵌め込むのにさ、これは四本の指を同時に穴に通すんだよ。きっと普通の指輪よりもすごい品に違いないよ!」

「たかし、それはな、メリケンサックっていうんだよ。このお嬢ちゃんが言う通り、武器なんだよ」

「へえ、すごいな! 武器にもなる指輪かあ! さすがはケンだ、物知りだねえ!」


 ケンも死神ちゃんも、呆れ顔を浮かべるとため息をついてそれ以上何も言わなかった。

 そんなこんなで、彼らはようやくリドル部屋へと到着した。
 このダンジョンのリドルというものはパーティー全員で情報を共有して全員で取り組めるものもあれば、一人ずつ解かねばならないものもある。この二階のリドルは〈一人ずつ〉のもので、部屋に入れるのは一人だけ。そして退出時には他に情報を漏らすことができぬよう、リドルの内容を記憶から抹消される魔法がかけられる。このリドルを解かぬことには、三階への階段を降りていっても二階へと降り立ってしまう。不思議な魔法により、三階への道は阻まれるのだ。


「三階までは地図も売っていて、ギルドが管理しているっていうのに。リドルはそのまま存在するんだものな。面倒くさいったら。でも、これが解けないことには冒険者として独り立ちはできないってことだろう?」


 ケンは苦笑いを浮かべて頭を掻いた。そして深く息をつくと決意の表情を浮かべ「先に行ってくる」と言って部屋に入っていった。リドルの内容が気になって仕方のない死神ちゃんは、閉じられた扉を見つめてそわそわとした。同じく、たかしもそわそわとしていた。死神ちゃんは居ても立ってもいられずに立ち上がると、たかしに声をかけた。


「ちょっと、俺、中の様子見てくるわ」

「えっ、この部屋は一人ずつしか入れないんだよね?」

「俺、死神だからその限りではないんだ」


 死神ちゃんがケロリとそう言うと、たかしは腰を抜かして「えええ、君、死神なの!?」と叫んだ。死神ちゃんは目を真ん丸に開いてあわあわとうろたえるたかしを放置して、扉をすり抜けた。その五分後、ケンと死神ちゃんは部屋から出てきた。ケンはにこやかな笑みを浮かべると、たかしに向かって言った。


「魔法のせいで内容はさっぱり覚えていないけれど、とてつもなく簡単だったということだけは覚えているよ。――さあ、次はたかしの番だ。頑張っておいで」


 たかしは頷くと、リドル部屋へと入っていった。死神ちゃんも後を追ってついていった。
 たかしの目の前には天秤が三つ並んでいた。それぞれ、皿の片方に虫の死骸と小さな金の手斧とりんごが乗っていた。たかしがそれに見入っていると、煙がどこからともなく筋を描きながら漂ってきて文字を成した。


@@@@@@@@@@

りんごは手斧の二倍の価値がある。
そして、虫の死骸は一番価値が低い。

それぞれの適正の価値の分だけ、金貨を天秤に乗せよ。

@@@@@@@@@@


 文字を目で追っていたたかしは、いつの間にか小さな袋を手にしていた。開けてみると、そこには金貨が十枚入っていた。たかしは死神ちゃんに目を向けると、困惑顔で首を傾げた。


「虫の死骸が一番価値が低いのは分かるよ? でもさ、何でりんごが手斧よりも価値があるんだろう。あの手斧、金でできてるだろう? だったら、りんごよりも手斧のほうが価値があるだろうに。このくらい、馬鹿な僕でも分かるよ」

「いや、本来ならそうだろうけれど。それはリドルの答えとは関係がないから、今は忘れろよ」


 死神ちゃんが呆れ眼でそう言うと、たかしは不服げに口を尖らせた。たかしはおもむろに腰を下ろすと、ポーチの中からりんごを十個取り出した。どうやら、計算のために使うらしい。
 たかしはああでもないこうでもないとブツブツ呟きながら、十分ほどりんごを手に取ったり置いたりした。そして苛立たしげに眉根を寄せると、手に取ったりんごをグシャリと握りつぶした。死神ちゃんは思わず、素っ頓狂な声を上げた。


「たかし!? お前、金貨よりもりんごを使ったほうが計算が捗るからってりんごを並べたんだったよな!? 何で砕いてるんだよ! りんご、減っちまったじゃないか!」

「えっ? ――あっ! ついカッとなって! でも、大丈夫。まだまだりんごは持っているからね!」

「何でそんなにりんごを持っているんだよ!」

「旬だからね、たくさん手に入るんだよ。僕としてはありがたいよ。――そうだ、一個あげるね。食べながら待ってて」


 言いながら、たかしはりんごをふたつ取り出した。ひとつを計算用にと床に置き、もうひとつを死神ちゃんに差し出した。死神ちゃんは苦い顔を浮かべてそれを受け取ると、居心地悪そうにりんごをかじりだした。
 さらに十分ほどが経ったが、たかしはいまだ問題が解けずに目を白黒とさせていた。すっかりりんごを食べ終えた死神ちゃんは残った芯を弄びながら、ため息混じりに呆れ果てた。


「なあ、たかし。この問題さ、算数レベルだぞ? しかも、とても難易度の低い。ケンはものの五分もしないで解いたぞ?」

「そんなこと言って、君が答えを教えたんじゃないの?」

「|死神《おれ》がそんなことするわけ無いだろうが」


 たかしは癇癪を起こして立ち上がると、手当たり次第に金貨を置き始めた。しかしそれはもちろん不正解で、たかしはペナルティーとして電撃やら毒霧やらを食らった。それにより余計に頭に血が上ったたかしは、再びりんごとにらめっこをしたが、苛立った頭では答えが閃くはずもなかった。たかしは手にしたりんごを握りつぶすと、天秤を睨んで言った。


「次は貴様の番だ」


 たかしはりんごの乗った天秤に殴りかかった。天秤は石の台座にしっかりと固定されていたのだが、彼のすさまじいまでの馬鹿力で吹き飛んだ。すると、部屋の中に漂っていた煙の文字が崩れて形を失い、同時にたかしの頭上へと集まった。
 煙の塊から、たかしに向かって雷が放たれた。悲鳴を上げるたかしに、死神ちゃんが「たかし!?」と思わず叫んだ。たかしはばったりと倒れると、小さな声で「何で」と呻いた。そんなたかしに、死神ちゃんは必死に叫んだ。


「この程度のリドルで死にに行くなよ、馬鹿! 生きろよ、たかしいいいいいい!」



   **********



 待機室に戻ってくると、鉄砲玉がモニターを眺めながらしみじみと言った。


「ケン、懐かしいな……。それにしても、どうして英語の教科書と言えばケンなんだ? 俺のダチの学校と俺の学校とは使ってた教科書は違うんだけどよ、でもどっちもケンだったんだよな。たかしと同じくらい謎だわ」


 死神ちゃんは前回同様、鉄砲玉を〈何言ってるんだ、こいつ〉という目でじっとりと見た。もちろんのごとく、死神ちゃんはケンを知らなかったのだ。周りのみんなもぽかんとした表情で鉄砲玉を見つめていて、彼は死神ちゃんを裏切り者でも見るかのような目で睨みつけた。そして鉄砲玉は、地団駄を踏みながらダンジョンへと出動していったのだった。




 ――――分からないのは仕方ないとしても、モノに当たるのはよくない。たかしとケンのモテ・非モテの差は、そういうところにもあるのかもしれないのDEATH。

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