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6-13. 処置室ー1

 医務塔の奥にある処置室から、オットーが厳しい顔で出てくる。

「あまり、よくないね」

 いつものようにユウリの魔力に阻まれるため、治癒魔法が通りにくい。
 ロッシが調合する幾つもの魔法薬と組み合わせて、何とか回復を促している状態だという。
 ヨルンの人工救命措置がなければ、最悪の事態になっていたかもしれなかった。
 ちら、と血みどろのリュカに視線を移し、オットーは嘆息する。

「今はロッシくんとレヴィくんが診てくれいるが……一体何がどうなって、こんなことになってるんだ」
「俺の、親衛隊が……彼女を騙したんだ……!こんなことになるなら」

(いっそこの想いを殺していればよかった!)

 リュカの震える肩に、ヨルンの手が優しく置かれる。

「順を追って、聞かせてくれる?」
「そんなこと、今更無意味だ」

 吐き捨てるように叫んで顔を上げたリュカが、ヨルンを見てギョッとする。
 いつもの柔和な表情ではない。口元はきつく結ばれ、瞳の奥に強い炎を滾らせている。

「俺は、怒ってるよ。軽率なキミにも、誰にも告げなかったユウリにも」
「ヨルン」
「でも、彼女を傷つけた奴等は、殺しても殺し足りない」
「おい」

 ユージンがヨルンを遮る。

「曲がりなりにも教師の前で、その発言は問題だ」
「曲がりなりにも、ってひどくないかい、ユージンくん」
「話すよ」

 オットーが上げる抗議の声に被せるよう、リュカが呻く。

 ——ユウリに、心の闇を見られたこと
 ——それを彼女が、救おうとしてくれていたこと
 ——惹かれ始めていたこと
 ——親衛隊を、遠ざけたこと
 ——彼女達の憎悪が、自分が意図するものと反対に向いてしまったこと
 ——結果、この事態を招いたこと

「多分ユウリは言いつけを守って、サーシャを逃がすその時まで、《始まりの魔法》を発動させなかったんだろう。彼女達も、何も殺そうとは思っていなかったと思う。ただ、知らなかったんだ」

 ——ユウリが、人前では決して本当の力を使えないことを
 ——そして、彼女が、何者からか命を狙われていることを

 そうして、そこに付け込まれた。

「俺は、馬鹿だ。一番傷つけてはいけないものを、むしろ自分のせいでズタズタにした。今までの報いだ」

 顔を覆ったリュカの指の隙間から光るものをみて、ユージンが目を丸くする。これほどまでに誰かに執心するリュカなど、みたことはない。
 それを横目に見ながら、ヨルンは静かに処置室へと足を踏み入れた。

「ロッシ、レヴィ、代わるよ」
「ああ、ヨルン、助かる」

 ロッシが応えて、額の汗を拭う。転移魔法陣に加え、高度な魔法薬を大量に生成して、彼の魔力は目に見えて減っていた。ユウリの枕元では、レヴィがそれを補おうと治癒魔法を打っている。

「レヴィ、治癒、いる?」
「いいえ、大丈夫です。その分を、全てユウリさんへ」

 玉のような汗を滲ませて、レヴィがヨルンへ場所を譲った。ユウリがここへ運ばれてから、ずっと続けていたのだろう。彼の魔力も尽きかけている。

 ヨルンは呪文を唱えると、迷わずユウリに口付けた。
 そう何度も使えない高度な治癒魔法。
 魔法で高めた生命力と、それを補う魔力を、直接身体に流し込む。
 数度繰り返して、少し色の戻った唇を指でなぞった。

 ——こんな時でなければ、どんなによかっただろう

 何故かそんな思いが湧きあがり、ヨルンは頭を振る。

 彼は、ユウリを、大切に見守っていた。

 ——この娘は、蕾

 慈しむように、咲き誇る花弁を想像しながら、無垢だったものが徐々に色付いていく様を、ただ側で見ていたかった。
 だから、それが満開になるまで。

「死んじゃ、ダメだよ。ユウリ」

 そう呟いて、もう一度ユウリに口付けするヨルンを、今まさに処置室に入ろうとしたユージンが目撃する。
 自分でもよくわからない苛立ちを覚えて、ユージンはその扉を静かに閉じた。

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