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変わりゆくモノ2

 女性は石の山の正面ではなく、少々遠いが一旦側面に下りる。
 その後ぐるりと回って、少し距離を取りながら石の山の正面に戻ってくると、異世界と繋がっている扉の先を確認する。
 扉の先では、案の定騎士か何かと思われる者が数名騎乗の上でこちらを見張っていた。、
 その見張りの奥側に更に数名が今すぐにでも駆け出しそうな姿勢で、女性に背中を半ば見せながら少し間隔を空けて待機している。おそらく有事の際の伝令役なのだろう。
 そんな伝令役の更に奥には、遠目で小さいながらも先程向かってきていた一団が待機しているのが確認出来た。
 随分と警戒されてるものだと、女性は困ったように鼻から息を出す。

(まぁ、突然言葉の通じないよく分からない場所と繋がったのだから、その警戒は理解は出来るけれど、それでもそれは困るな。彼らにはこちらに来てもらわないと。せっかく異世界の風を取り入れようとしているのに)

 こちらを警戒して再度入って来る気配のない相手に、女性はどうしたものかと思案する。相手側も、扉の向こうに現れた女性を警戒しているようで、一挙手一投足に鋭い視線を向けている。

(こんなか弱い見た目の少女相手に・・・)

 中身はともかく、女性は外見だけで判断するならば、十分少女といっても通用する幼い見た目をしていた。
 身長は百六十センチメートルほどなので、種族によっては低いというには微妙なところかもしれないが、容姿は中性的ながらも女性寄りで、目や口の端など全体的に丸みを帯びたような幼い顔立ちをしていた。人間で言えば外見は十五六の少女といったところか。
 首から下はすらりとしていて、手足は長い。あまり凹凸は無いが、それでも幼児体型というには少々大人っぽい。
 少なくとも全身甲冑の厳つい相手よりはずっと可愛らしく、並べれば庇護欲すら掻き立てられるかもしれないほどの差がある。
 状況を鑑みなければ、そんな相手を物騒な武器を手に極度に警戒している鎧姿は酷く滑稽で、失笑ものなのかもしれない。

(とはいえ、鎧姿が人型だからといって中身まで人型とは限らないが。もしかしたら自分達と違う姿に驚き恐怖しているとかもあるかもしれない)

 そんな事を思うも、それでも相手にこちら側に来てもらわなければ困る少女は、少し考えて迎えるだけではなく、こちらから出向いてみようかと思い立つ。

(あとは向こう側でもこちら側と同じ様に法則が働くかどうかだが・・・向こう側から問題なく来られたのだから、行ったら即死亡という展開はおそらくないだろう)

 うーむと向こう側の世界を眺めながら女性が考えていると、向こう側でこちらを監視していた見張りがざわりと動いたのが見て取れた。明らかに警戒の段階が一気に上がったのだろう事が窺える。
 しかし、それを見て女性が何がと警戒する事も、考える事も無かった。なぜならば、それについて心当たりがあるから。

「何しに来た。ここは貴様らが来る場所ではないぞ?」

 女性は扉の先に視線を向けたまま、表情と口元を動かさずに背後に立つ者に問い掛ける。

「おや、よく気づいたね」
「その程度、当然だ」

 背後からのわざとらしい驚愕の声に、女性は冷たくそう返した。それに背後の声の主は、クスクスと小さく笑う。

「気が済んだらさっさと帰れ。見ての通りぼくは忙しいんだ。お前の相手をしてやる暇はない」
「そう言わずに。それに遊び相手なら、向こうに居る者達でも構わないし」
「こちらが構う。さっさと帰れ」

 女性の冷たく言い放ったその言葉を無視して、背後からの言葉は続く。

「それにしても、小粒だね。見た目は厳めしいけれど、中身は大したことなさそうだ」
「・・・・・・それで? お前は何をしに来たのだ?」
「わざわざ答えなくても理解出来るだろう? というか言ったじゃないか、遊び相手を探しに来たんだよ」
「それならば他所に行け」

 表情を変えず、口元をほとんど動かさずという器用な方法で女性は背後からの声に素っ気なく言葉を返す。しかしそれは効果が無いようで、背後の声の主は小さく笑うと、扉の向こう側の世界に飛び込んでしまった。

「チッ!」

 背後から漆黒の姿が扉の向こうに向かったのを見た女性は、忌々しげに舌打ちをしてそれに続く。
 どうやら穏便に向こう側の者をこちら側に招待するという女性の思惑は叶いそうにはなさそうだった。それどころか、向こう側の世界が終焉を迎える可能性が出てきてしまう。
 とりあえず女性が漆黒の背中を追って扉に飛び込むと、向こう側では既に息絶えた見張りの鎧が転がっていた。中には倒れた拍子に兜が取れた者も居たようで、図らずも鎧の中身を確認する事が出来た。
 確認出来た鎧の中身は干からびた木の根のような姿で、漆黒の相手が存在を喰らった後なので実際は分からないが、少なくとも女性の姿とはかけ離れている。
 女性の知識の中で似たような存在を探せば、やはり植物にしか思えず、木の根にも絡まった太い蔦にも思えるので、これでどうやって言葉を発していたのか少し疑問を抱いた。だが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
 戻した視線の先では、駐屯していた一団が漆黒の存在に蹂躙されているところだったのだから。
 漆黒の存在が女性を追い越して異世界に突入してからどれぐらいの時間が経過したか。十秒だろうか、二十秒だろうか。正確なところは計っていないので分からないが、それでも一瞬とも呼べるほどに短い時間だったのは間違いない。
 そんな短い時間だが、この異世界で戦いに携わる者達だろう存在が呆気なく蹂躙されていく。
 女性が一瞬で間合いを詰め漆黒の存在に追い付いた時には、数十と居た一団に生き残りは存在していなかった。

「あ、待て!」

 蹂躙された一団の許に到着した女性だが、その時には次を求めて漆黒の存在は移動していた。
 遠ざかる漆黒に女性は声を掛けるも、何ら反応は返って来ない。
 そのまま遠くに見える高い壁に囲われた場所へと飛んでいく漆黒の存在。女性はそれを追いながら、思考する。

(このまま追いかけていてもいいのか? こちらの目的はこの世界の救助ではなく、この世界の存在をあちら側に連れていく事。であれば、あれが他に食らいついている間に連れていく者を探した方がいいような? 戦闘集団でもいいが、強い個の方が望ましいかもしれない・・・)

 どうしたものかと思いつつも、とりあえずは漆黒の存在を追いかけていく。おそらく高い壁に囲われた場所は街だろうから、それなりの数の住民が居るはずだ。であれば、漆黒の存在もその分長く滞在すると思われる。

(これで追いつくか。あとはその後だが・・・ここは異世界だから被害は考えなくてもいいか)

 そう判断して、それであれば戦えると小さく頷いた女性は、更に速度を上げて距離を詰めていく。
 女性が高い壁の内側に到着した時には、既に蹂躙が始まっていた。
 やはり予想通りに壁の内側は街だったようで、人数が居るからか、女性が到着してもまだそこに漆黒の存在は居た。
 高い壁に囲まれているのが仇となったようで、蹂躙されている事に気がついても、住民は騒ぐだけで街の外に逃げられないでいる。漆黒の存在もそれを踏まえたうえで、壁を壊していないのだろう。
 異世界へ通じる門が少し先に出現したからか、街の門は固く閉ざされている。結果として、その後にやってきた漆黒の存在によって街は蹂躙されているが、襲撃を警戒するという判断としては間違っていなかったはずだ。問題は相手が予想以上に強大な存在だっただけで。
 女性は漆黒の存在に狙いを定めると、一瞬で距離を詰める。瞬くよりも短い時間ながらも、それでも漆黒の存在は当然の様に反応して迎撃してくる。
 しかしそれは女性も承知の上なので、漆黒の存在が発生させた姿を覆い隠すような黒い霧を、風を起こして周囲に散らす。

(あれが魔法を使っていたから大丈夫だとは思っていたが、問題なく魔法は使えそうだな)

 魔法が無事に発現した事に女性は内心でホッとする。全ての魔法が使えるとは限らないが、それでも使える魔法があるだけでも安心感が段違いに異なる。
 周囲に散った黒い霧だが、完全に消える前に周囲に居た者達が僅かに浴びてしまったようで、見る間に倒れていく。
 そこでやっと女性は周囲に居た者達に目を向ける。そこには、先程見た鎧の中身と似たような存在がそこかしこに倒れていた。即ち動く植物達が。
 太い蔦が絡まって人間の形をしたような姿や、木の幹に手足がついたような姿。中には小さな手足が付いただけの大きな茸も居たが、女性と同じような見た目の存在は見当たらない。
 それを見た女性は、ここは植物が中心の世界なのだろうかと考えるも、現在は漆黒の存在との戦闘中、あまりよそ見もしてはいられない。
 漆黒の存在は、黒い雲の様な捉えどころのない姿で浮遊すると、女性の周囲に身体を伸ばして取り囲む。細長い円状の中心に立った形の女性だが、それを散らそうと全方位に強風を起こす。

「ふむ」

 女性は小さく声を出す。
 先程まで足下に転がっていた動く植物達は強風に煽られて全て遠くまで飛んでいったというのに、周囲を囲んでいる細長い雲の様な黒い円は微動だにしていない。
 流石に無理かと思いながら、女性は本体を探す。

(さて、普通はこの中に居ると生命力を奪われ続けるのだが、ぼくにはそれは効かない。それはあれも知っているはずだから、何処かに本命があると思うのだが・・・)

 そう思いながら暫く周囲を探るも、これといった何かは見当たらない。不思議に思いながら、とりあえず黒い円を魔法で破壊してみたが、何も起こらない。
 どういう事だと思いながら、周囲を警戒しつつ考える。

(そもそもあいつは何をしに来た? ぼくの邪魔をしに? いや、それならもっと早くに邪魔しに来ているはずだ。であれば、こちらの世界に何か用が? ・・・いや、あれがこの世界に何か用事というのもおかしいか。であれば、異世界自体が目的? 何故?)

 次から次へと疑問ばかりが浮かんでくるも、それも警戒範囲を広げた事で、幾分かは氷解する。

(ああ、なるほど。こちらの邪魔をしつつ、異世界にちょっかいをかけに来たのか。目的まではまだ分からないが、それは解った)

 自分を無視して遠く離れた場所で再開されている蹂躙劇に、女性は少しイラっとした。
 そんな離れた場所で行われている蹂躙劇を察知しながら、女性は一度大きく息を吸い込み、それからゆっくりと吐いた。
 そうして気持ちを落ち着かせた後、漆黒の存在を捕捉してから、女性は両の手を虹色に光らせる。
 虹色に輝く手で握りこぶしをつくると、女性は思いっきり地面を蹴って、一瞬で漆黒の存在との間に在った距離を食い潰す。
 街の住民の命を刈り取っていた漆黒の存在は、女性へと意識を向けて警戒はしていたのだが、予想以上の速度で間合いを詰められ、反応は出来ても身体がついていかなかった。
 黒い靄の様な身体で浮遊していた漆黒の存在の懐へと一瞬で現れた女性は、勢いそのままに虹色に輝くこぶしを叩きつける。こぶしの直撃を受けて、漆黒の存在はかなり遠くまで飛ばされる。しかし、それでも相手がほぼ無傷なのを知っている女性は、着地と共に続けて地を蹴って追撃を行う。
 殴って、殴って、殴って、相手をひたすら殴り続ける。虹色の軌跡が線ではなく面にすら思えるほどの速度でとにかく殴る。
 動きを捉えられる者がいれば、段々憂さを晴らしているだけにさえ思えてくるほどに、女性が漆黒の存在を殴り続けること数秒。殴られた側にとっては永遠にも等しいだろう数の乱打を受けて、黒い靄の様な身体の輪郭がぼやける様に揺らぐ。

「イツツ。少し見ない間に急に強くなったね」

 黒い靄が揺れて、そう女性を賞賛する。それに女性は鼻で笑うように息を吐き出すと、攻撃を再開させる。

「特に虹色のそれ、何だい? 私でも見た事ないよ」

 今度は手だけでなく足まで虹色の光に包まれて攻撃してくる女性に、漆黒の存在は紙一重で躱しながらも、興味深げに問い掛けた。
 それに対して女性は、無言で漆黒の存在を殴り続ける。漆黒の存在に向けている瞳は一見して無感情に見えるが、漆黒の存在にはその瞳の奥に憤怒の炎を見た気がした。

「ああ、もしかしなくても怒っているのかい?」

 漆黒の存在がちょっと申し訳なさそうにそう問い掛けた瞬間、女性の攻撃は激しさが増す。

「ちょ、あ、ちょっと待って。今の君の攻撃は痛いからちょっと待って!」

 先程までの傲慢な雰囲気はどこへやら。漆黒の存在は情けない声を上げながら、必死になって攻撃を回避していく。
 女性は別にこの街を救いに来た訳ではないので、その攻撃に容赦はない。そこに建物があろうとも住民が居ようとも、お構いなしで漆黒の存在へと攻撃を繰り出していく。
 そのおかげで街は順調に破壊されていっているのだが、女性は気にしない。そんな事よりも、今は漆黒の存在をここで仕留める事の方が遥かに重要なのだから。

「それにしても本当に、この短期間に何があったんだい? 君は元々強かったけれど、それでもここまでではなかったはずだよ!?」

 黙したままひたすら攻撃を行う女性に、漆黒の存在は諦めずに話し掛ける。そこには命の危機というよりも知的好奇心が勝っているような必死さがある。実際、漆黒の存在にとっては消滅するよりも、知的欲求を満たす方がかなり重要だったりする。
 だが、女性はそれを知ってか知らずか口を開こうとはしない。
 漆黒の存在はそれに困ったような雰囲気を醸し出しつつ、そろそろどうにかしなければなと思案する。このままでは、そう遠くない内に何も聞けずに滅ぼされてしまいそうだ。
 脊椎動物には不可能だろうぐにゃりとした動作で攻撃を躱しつつ、漆黒の存在は女性への反撃とばかりに周囲に黒い霧を発生させる。しかし、それは女性の虹色に輝くこぶしが突き込まれただけで跡形もなく消滅してしまった。
 それを見ても、漆黒の存在は動揺しない。というのも、反撃で黒い霧を発生させるのはこれでもう五回目だからだ。そのどれもが同じ方法で破られている。

(さてさて、どうなっているのやら)

 その様子を観察しながら、漆黒の存在は思考する。虹色の輝きが単なる光の系統魔法などという安直な発想はしない。
 確かに漆黒の存在が使用しているのは、闇魔法とも呼ばれる系統の魔法だ。光魔法と呼ばれる系統とはあまり相性はよくないが、それはあくまでも同程度での話。それも漆黒の存在からすれば低級の争いの場合に限る。
 何せ、本来魔法には強弱は在っても、相性などというものは存在していない。だが、一方で実際に属性間での相克は存在している。それは何故か。簡単だ、それは世間一般の認識のせい。特に術者にそれが在るともう最悪だ。それも相性が悪いとされている方の術者がその認識を持っていると救いようがない。
 魔法というモノは認識によって成り立っている術だ。
 例えば、魔法で火の玉を発現させたとしよう。漆黒の存在や女性にはそれは火の玉ではなく魔力の塊にしか見えないが、それを発現させた術者は大抵それを火の玉だと認識して発現させている。
 そうなると、その者にとってそれは魔力の塊ではなく火の玉になるのだ。そしてここからが厄介な事に、それを見て誰もがあれは火の玉だと認識してしまうと、それは魔力の塊でありながら火の玉としての存在を確立してしまうのだ。
 そうなってしまうと、それには本来存在しないはずの火という属性が付与されてしまう。
 そして、次は別の術者が水の玉を発現させたとしよう。無論、漆黒の存在と女性にとっては、それも火の玉同様に魔力の塊でしかないのだが、先程と同じように術者が水の玉と思い込んでしまうと、それは水の玉になってしまう。更には周囲もそれを水の玉だと思い込んでしまうと、ただの魔力の塊でしかなかったそれは、今度は水の玉になり、水の属性を付与されてしまうのだ。
 さて、ここで先程の相性の話に戻るが、一般的に火と水ではどちらが有利で、どちらが不利かと問われれば、誰もが水の方が有利で火の方が不利と答えるだろう。
 一般的にそういう認識の上で、認識によってただの魔力の塊が火の玉と水の玉になった場合の相性は? と訊かれれば、やはり先程の火と水の相性通りの答えが返ってくる。
 認識の上に確立された存在である火の玉と水の玉は、その認識の枠からはみ出すことが出来ない。なので、結果として一般的な相性通りの結果になってしまう。
 後はそこに魔法の強弱による優劣も追加されるだけで、魔法の相性というのはそうやって成り立っている。それを覆す事は可能だが、容易な事ではない。
 もっともそれは、漆黒の存在と女性が立つ高みから見れば、遥かに下の光景でしかないのだが。
 漆黒の存在と女性にとっては、魔法は魔法であって、ただの魔力の塊だ。そこには強弱はあるが優劣は存在しない。そのはずだったのだが。

「くっ! 何故相殺ではなく消滅? そこまでの魔力が込められている様には見えないのだがね!?」

 黒い小さな球体を無数に飛ばしてみたり、大きな黒い塊で押し潰そうとしてみたが、どれもこれも消滅してしまって何の成果もあげていない。
 確かに魔力には相性による優劣は存在しないが、それでも魔力量による強弱は存在している。そのうえで漆黒の存在は女性を観察してみるも、女性が纏う虹色の光から感じる魔力量はそこまで多くはない。少なくとも、漆黒の存在が先程から放っている魔法を全て無傷で平然と消滅させられるほどの量ではなかった。
 では魔力には無いが、魔法に存在する付加価値とでもいえばいいか、そういったものが影響しているのだろうか? そう疑問に思うも、それなりに魔法に精通している漆黒の存在でも、女性が纏っている虹色の光については知識に無い。
 魔法に存在する付加価値とは、例えば重力球と呼ばれる高密度の魔力球だが、これは魔法の崩壊と共に周囲へと濃密な魔力を放出して、短時間だが押さえつけるという効果がある。これに先程の認識を加えると、一気に凶悪な効果を持つ魔法が生まれるが、その部分だけ認識を改められるような者は普通は存在しない。
 だが、残念ながら漆黒の存在と女性の二人は普通の存在ではない。魔法を単なる魔力の塊と正しく認識しておきながら、魔法に新たな認識を後付けで植え付ける事など造作もなかった。
 なので、漆黒の存在は女性の魔法の正体をそれかと考えたが、しかし何となく違うような気もする。

(もしかして、至ったのかも? 本当の意味で変化出来る存在に。であれば、納得も出来るが・・・そうなると、こちらも理を変えなければならないか)

 不敵に笑ったようにも苦笑したようにも見える笑みを浮かべると、漆黒の存在は一瞬動きを止める。
 その隙を見逃さず、女性は虹色の光を纏ったこぶしで漆黒の存在を殴りつける。それを受けた漆黒の存在は、周囲の建物を巻き込みながら遠くへと飛んでいく。

(・・・・・・あ、これは不味い)

 その様子を眺めた女性は、漆黒の存在が何をしようとしているのか思い至り、口の中で小さく舌打ちをした。

(ここは飛ばすではなく、叩きつける方が正解だったか)

 飛んでいく相手の後を追いながら、女性はそう反省する。このままでは間に合いそうもないが、この失敗は次に活かせばよい。今は反省するよりも、次への対策が重要だと自分に言い聞かせて、距離を詰める。
 そうして追いかけていると、前方で一瞬何かが光った。

「ちッ!」

 それに気がついた女性は忌々しそうに舌打ちをしながら、慌てて横に回避する。
 女性が避けた瞬間、その横を目も眩むような光を放つ太い光線が抜けていく。それは瞬きするより短い時間で終わったが、射線上に在った物は何もかもが消失していた。

(結構遠くまで届くものだ)

 遠くに見えていた高い壁には、ぽっかりと大人の胴体ほどの穴が開いているのが確認出来る。その先の風景も見えるが、そこは穏やかな草原が広がっているだけで障害物になりそうな物は何も無いようで、正確な射程距離までは分からない。それでも街一つ分ぐらいはあるらしい。

「全く、そう急がなくてもいいのに」

 光線が飛んできた方から声が届く。それは女性の様な声音だが、聞く者の不安を煽るひび割れたような不吉な響きを含んでいる。
 しかしそれを聞いても、女性は特に気にせず声の主に目を向けた。

「そうなると面倒なんだから、そりゃ急ぐさ」
「それでも随分余裕そうじゃないか」
「まぁ、今のアンタじゃ面倒なだけで敵ではないからね」

 疲れたように息を吐くと、手足に纏っていた虹色の光を全身に纏う。
 それを見た漆黒の存在は、目を細めて「ふーん」 と小さく漏らした。

「どうやらそのようだね。・・・しかし、君も中々思いきった事をする。いくら君達にとっては人形とはいえ、それでも精霊は同族の様な存在だろう。それをまぁ、喰らうとはね」

 興味深そうに口にする漆黒の存在に、女性は面倒くさそうに肩を竦める。

「挑発には乗らないよ。それに、同族みたいなモノとはいえ、たかが歯車の一つだろう? 君達よりかはずっと良心的だ。痛みだってなかっただろうし」
「ほぅ。喰ったのを肯定するか」
「ああ、喰ったさ。確信を持っているのに面倒な駆け引きをしようとするな。面倒くさい」

 羽虫でも払うかのように手を振ると、女性は漆黒の存在へと一足で距離を詰めて飛び掛かる。
 虹色の光を纏う女性の殴りを、漆黒の存在は靄を纏う身体で受けると、再度黒い霧で女性を覆う。しかし、それも直ぐに霧散してしまった。
 漆黒の存在にとってそれは予定通りらしく、実に楽しそうに言葉を紡ぐ。

「ああ、やっぱり。それには面白い効果があるようだね」
「ただの児戯だがな」

 冷めた口調でそう返しながら女性は漆黒の存在に蹴りを入れると、そのまま少し距離を取る。

「だが、こんなんでもお前達にも効果がある。それだけで十分だ」
「まぁ、確かに」

 ちかりと瞬くと、漆黒の存在からまたあの光線が放たれる。しかし女性は避ける素振りも見せずに、それを虹色の光を纏うこぶしで殴りつけた。
 ただそれだけで、光線は消滅する。

「ほら、十分だ」

 光線を消滅させても何の感慨も持たずに、女性は漆黒の存在へと再度殴りかかる。
 それを黒い靄が揺らぐ腕で受けた漆黒の存在だが、今度は後方へと吹き飛ばされた。

「その状態のお前であれば、技も何も必要ない。力押しで十分倒せる。ま、時間は掛かるがね」

 忌々しそうにそう付け加えると、女性はわざとらしく大きなため息を吐いてみせた。

「まあもっとも、それでも十分だ。ちょっと調整に付き合え」

 にこりと見た目相応の可愛らしい笑みを浮かべる女性。しかし、それを向けられた側はたまったものではない。つまりは、ちょっと死ぬまで殴らせろと言われたようなものなのだから。
 しかし漆黒の存在は「調整ね」 と小さく呟いただけ。黒い靄の様な身体で浮遊しながらある程度の距離まで戻ってくると、女性を観察する。
 そんな漆黒の存在を、女性は先程までとは打って変わってにこにこと楽しげに見ている。それはまるで、新しい玩具を買ってもらった子どもの様な無邪気な笑みに見えた。
 そして女性は一瞬で消えると、浮遊していた漆黒の存在の背後から地面に向けてこぶしを振り下ろす。
 その衝撃で漆黒の存在は、うつ伏せで地面にめり込むようにして叩きつけられた。今更ながら、靄の様な見た目に反してしっかりと質量はあるようだ。
 漆黒の存在を殴りつけた女性は、そのまま地面に少し埋まった相手の背中へと乗りかかり、ひたすらにこぶしを叩きつける。一撃一撃は先程までよりは若干遅いものの、重さは比較にならないほどに重いのか、一撃背中にこぶしが振り下ろされるたびに地面が揺れる。
 細かい振動が周囲に伝わる中、女性は気にせず漆黒の存在へとこぶしを振るい続けていく。

「これぐらいじゃ消滅しないだろう?」
「それでも痛いんだがね」

 その最中に問い掛けた女性に、顔を地面に埋もれさせたまま、漆黒の存在は困ったように応えた。
 そんな漆黒の存在に、女性は「ははっ」 と小さく笑うと、より一撃一撃を重くさせる。
 地面に放射状にひびが入り、殴っている場所が陥没していく。周囲には誰もいないが、まだ街には生き残りも居るだろう。周辺の建物が傾いできたが、やはり近くには誰も居ないようで、誰かが出てくる様子は無い。
 それでも女性の感知範囲では遠くで逃げていく者達を捉えているので、やはり生き残りは居たようだ。ただ、女性達の方に来ようとしていた一団は、鳴り止まない地震に戸惑いながら避難誘導を始めたようだ。その後に近づいてくるかは不明だが、それは女性の知った事ではない。
 どうやらこの街には女性が求めていた個としての強者は居ないようなので、街についても気にする必要はないだろう。
 暫く漆黒の存在を地面へと埋め込む作業をしていた女性は、こぶしの動きを止めると、最後に大きく持ち上げた足を漆黒の存在の背中へと勢いよく振り下ろした。
 それで一際大きな揺れが周囲を襲い、地面に入っていたヒビが大きくなると、地面に大きな穴が開いて建物が次々とその穴に呑み込まれていく。

「あーあ、酷いものだ」

 それを眺めながら、原因である女性は他人事の様に呟いた。
 その呟きを聞きながら、漆黒の存在はゆっくりと揺らぐ腕を地面につけて身体を持ち上げる。

「自分でやっておいてよく言うよ」

 地面から出てきて浮遊を始めた漆黒の存在は、呆れたように女性に言葉を浴びせながら距離を取る。

「そうかな?」

 一瞬でその背後に移動した女性は、無邪気な感じで声を掛けた。

「先にこの世界にちょっかいを掛けた君にだけは言われたくないのだけれども」

 今度は下から上へと殴りつけた女性は、上空に吹き飛ぶ漆黒の存在を眺めながら、楽しそうに口を開く。

「大体調整も済んだし、そろそろ終わりにしようか。最後にやってみたい事もあるし」

 そう言って女性は手を上空へと突き出すと、突き出した手に虹色の光を集めていく。

「二番煎じで悪いんだけれども」

 虹色の光が集まったのを確認した女性は、上空で動きを止めた漆黒の存在へと狙いを定めて、集めた虹色の光の塊を放つ。
 放たれた楕円形の虹色に輝く塊は、上空で停止している漆黒の存在へと吸い込まれるようにして一直線に飛んでいった。
 それに慌てたように漆黒の存在が横へと動くが、虹色の光弾はその動きを追尾するように曲がる。
 その様子を眺めていた女性は、満足そうに頷いた。
 相手の動きに合わせて軌道を変えた光弾は、そのまま漆黒の存在に直撃する。
 爆発音はなかったものの、漆黒の存在を呑み込んだ光弾は、大きく膨れた後に弾けて世界を明るく照らす。直視出来ない光が降り注ぐ中、女性はそれを平気な顔で眺めつつ呟いた。

「実験は成功だが、この光にも何かしら加えてもいいな。浄化の光というのもなかなか面白い」

 うむうむと頷く女性だが、女性の思い描く浄化の光とは名前通りの神聖なものではなく、単なる広範囲殲滅攻撃に過ぎない。降り注ぐ光全てに攻撃性を付加して、ついでに一帯を焦土にしようと考えているだけだ。
 そんな危険な思考をしながら光が消えるのを待つと、光弾が直撃した漆黒の存在の様子を窺う。まだ完全に消滅していないのは感知している。
 光の収束と共に上空に姿を現したのは、身体の半分以上を失っても尚浮いている漆黒の存在であった。しかし、その姿はとても弱弱しく、放っておいても消えそうなぐらいだ。
 とはいえ、実際はそんな事はないので、女性は止めとばかりに次弾の光弾を放つ。二発目ともなれば手慣れたもので、先程よりも短い時間で光弾を用意出来た。
 放たれた光弾だが、漆黒の存在は既に避ける気力も無いのかただ浮遊しているだけ。そのまま直撃した光弾によって、漆黒の存在は消滅する。

「うーむ。今度は何を思いついたのやら」

 消滅した漆黒の存在が居た場所を眺めながら、女性は面倒そうに呟いた。

しおり