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チワワの武蔵と黒猫の小次郎

 
挿絵


私は猫が好きだ。 そしてあの映画”猫侍”に憧れている。
私はタイの田舎のはずれの小さな家に住んでいる。
田舎の家に引っ越したら猫を飼おうと思っていた。
タイの田舎なので、日本人はいない。
着物を来て、猫をふところに入れて、映画の猫侍のように歩くことにあこがれて引っ越してきたのだ。
ところが、困ったことに猫がいないのだ。
近所を探しても一匹もいない、お寺にもいない。
バンコクから連れて来ようにも、私は車を運転できない。
毎日、散歩して猫探しを続ける毎日が続いていた。

ある日のこと、散歩をしていると、向こうから怪しいバイクに乗った二人組がやって来た。
私の前で立ち止まるとナイフを見せて、金を出せと脅した。
私は武器になるものは何ももっておらず、無防備だった。
私は逃げようと思ったが、相手はオートバイに乗ってやってきた。
まわりに人はだれもいなかった。絶対絶命のピンチだった。
そんなとき、ありえへんことが起きたのだ。
どこからともなく、小さなチワワが現れ、ナイフを持ってる男の手に噛み付いた。
男はナイフを落とし、私はそのすきにそのナイフを拾って、泥棒たちに大きな声で叫んだ。
すると二人組はあわてて、逃げていった。 それが、私と不思議なチワワとの出会いだった。



強盗の二人が逃げるのを私は見ていた。
姿が見えなくなると、私はチワワを見た。
チワワも私を見た。目が合った。

すると。
”おまえだめだにゃ。逃げようとしただろ。だめだ、それでも日本人か、侍か。”
チワワの声がした。実際、話しているのではない。
これはテレパシーだ。
”なんで、タイのこんな田舎にチワワがいるんだ”
”馬鹿もん、わしはこれでも、火星からやっていたんだにゃ。”
”火星って。何、馬鹿みたい。”
”馬鹿とはなんじゃ、わしは火星からやってきたけど、昔は有名な侍だったんだにゃ。”
”はあ、火星人で、昔は侍って、なんだこれ。なんで、ぼくはこんなとこでチワワと話してるんだ。”
”宮本武蔵ってしってるかにゃ。”
”はあ、なんで宮本武蔵が火星人で、チワワなんだ。絶対、おかしいぞ、僕は大丈夫か。”
"話せば長いはなしですにゃ。”
”いやいや、時間はあるから話してよ。”
”お前の家に連れてゆけ。”
”家に来る。チワワが。”
”チワワ、チワワというな。”
”だってチワワだからしょうがないよ。”
”これからは、お師匠様とよぶんだにゃ。”
”はあ。わけわかんないな。”
”いいから、おまえに侍の志をおしえてやるにゃ。”
”その、にゃっていうの、猫でしょ。”
”バカモン。私が宮本武蔵だったころからのくちぐせだにゃ。”
”はあ”
”いいから、家につれてお前の家に住まわせろ。”

そんなわけで、火星からやって来たチワワの宮本武蔵先生は 私の家に住むことになった。



家にチワワを連れて帰ると奥さんのトンちゃんは言った。
”なに、それ、チワワ。あなたなんでチワワなんか抱いてるの。”
”無礼者、わしは剣豪宮本武蔵だ”
”え、道で歩いてたら、ついてきたんで連れてきた。”
”わしはお前を助けたんだにゃ、命のおんじんだぞ。”

チワワのテレパシーはトンちゃんには聞こえないようだった。

”これ、家で飼ってもいいでしょ。”
”え、家の中で、うんことかするんじゃないの。”
”バカモン、ワシは武士じゃ、そんなことするか。”
”ちゃんとおしえるから大丈夫だよ。”
”バカモン、馬鹿、馬鹿、トイレぐらい自分で行くわ。”
”それなら、浴室で飼ったらいいかも。”
”わしは一番高いところで寝るんだにゃ。”
”放し飼いでも大丈夫だよ。”
”そうね、ちびだし、邪魔にならないか。”
”わしのことをちびと呼ぶな。お師匠様と呼べ。”
”なんだかそのちび、怒ってる?”
”おなかがすいてるのかもね。”
”あー、そうか。何か残ってたっけ。”
”わしに残飯を食わせるきか。無礼討ちにするですにゃ。”
”武蔵さま、無礼討ちって、刀もってないでしょ。”
”はい、これあげる。”
トンちゃんは、お昼の残りのごはんに味噌汁をかけてチワワに 差し出した。
”お前、これをわしが食うんか。”
”え、宮本武蔵さんはたしかお百姓さんの出身では・・・”
”え、ばれたか。しょうがない、これでも食うか。”
チワワの宮本武蔵先生は夢中で味噌汁ぶっかけ飯を食い始めた。


チワワの宮本武蔵先生が我が家に住み始めて数日後の夕方にある出来事が起きた。
家を囲んでる塀の上に見かけない黒猫が座っていた。
私とチワワの宮本武蔵先生が庭を散歩していると、突然その黒猫がチワワの宮本武蔵先生の目の前に飛び降りてきた。しばらくの間、二匹は見つめあっていた。
”久しぶりだな武蔵。ようやく見つけたぞ。”
”なんだ、お前は小次郎か、それにしてもなさけない姿だな。”
”拙者と今一度勝負をしろ”
”そんな姿の小次郎など相手にできぬは。”
”おまえこそ、そんな哀れな姿で何ができるというのか。”
また、しばらくの間沈黙が続き。やがて、二匹ともため息をついた。
”人間にもどりたいですにゃ。”
”拙者もでござるよ。”

チワワの宮本武蔵先生と黒猫の佐々木小次郎先生はしみじみとテレパシーで私に過去を話し始めた。
トンちゃんには、2匹が何か真剣な顔で私を見つめてるのでまだ何か食べ物を目でおねだりしてるように思えた。

はじめにチワワの武蔵先生が語りはじめた。
”話せば長い話で、信じておらえないような話なんですにゃ。
わしは若い頃剣は誰よりも強くなりたくて手当たりしだいに 真剣勝負をもとめて、そして、多くの人の命を奪ってしまったんだにゃ。
それで、老後は活人剣なるものを考えたりしたのじゃが、死んだあと 地獄界におちて閻魔大王様に、地球外の惑星の虫として転生させられて しまったんだにゃ。
ところが、火星にはもう虫なんかが生きていられる環境ではなくなっていて、また地獄界にもどってこんどは地獄の池の カエルにされるところが、あれ、あれを思い出したんじゃ。
日蓮とかいう偉いお坊さまが唱えてた、あれ、あれですにゃ。
「にゃんみょほうれんげーきょ」を思い出して心の中で唱えたら、ここにこんな小さなわんこに生まれてきたんですにゃ。
不思議だにゃ。不思議ですにゃ。でも、この姿では二刀流は もう使えんので、かみつきで戦うしかないんですにゃ。”

”拙者もまったくおなじでござる。
人をいっぱい殺したので地獄界に 落ちて、そして火星に虫で転生し、そしてまた宿敵宮本武蔵と 出会うためにここに黒猫として生まれてきたのでござざるよ。
不思議な縁でござる、宿命でござる。
しかし、黒猫では 燕返しはもう使えないでござる。
武蔵と戦えんでござる。”

”小次郎さんも、日蓮さん知ってるの。”
”有名なお坊さんでござる。拙者も「わんんみょほうれんげーきょ」 の信者でござる。”
”おどろいたんや。あんたも「にゃんみょほうれんげーきょ」だったんかにゃ。”
”さようでござる、「わんんみょほうれんげーきょ」の信者でござる。”
”あれ、ぼくもトンちゃんも、ほらあれみて。”

私は二匹に大きなお仏壇を指さした。 それをみるなり、チワワの武蔵先生は、狼のような叫び声をあげて、黒猫の小次郎先生も”みゃーみゃーみゃー” と叫び声を上げた。
それはトンちゃんにも私にもなんだかおかしな光景に思えたけど、 いずれにしても、法華経の行者が2人家にやってきたのだった。


しばらくは、何事もなく平凡な日が続いた。
ある日のこと、チワワの武蔵先生が黒猫の小次郎先生に言いました。
おまえさんの、わんみょうほうれんげきょうはおかしいですにゃ。正しくは、にゃんみょうほうれんげきょうですにゃ。”

”何をいっとるわん、わしのわんみょうほうれんげようが正しくて、あんたの、にゃんみょうほうれんげきょうがおかしいんですわん。”
”そもそも、なんで黒猫のおまえさんが、ですわんとはなすんかにゃ。”
”それは、こっちのせりふですわん。なんで、チワワがにゃーなんや。”
”あんたがまちがっとるのにゃー。”
”いや、絶対におまえさんだわん。”
あわや、一触即発の時。

”おまたせ、きょうはタイのゲンキョーワンぶっかけめし、おいいしいよ。”
トンちゃんが2匹の前に、ゲンキョーワンのぶっかけ飯をおきました。
チワワの武蔵先生は、それを見るなり夢中でたべはじめました。
黒猫の小次郎先生ははじめ注意深くみていましたが、チワワの武蔵先生が夢中で食べ始めたので、負けずに食べ始めた。

”2匹ともタイ生まれだから、やっぱりゲンキョーワンよく食べるわね。”
トンちゃんは笑っていった。
”でも、チワワはメキシコ産の犬じゃなかったっけ。”
”でも、顔はタイ人の雑貨屋さんのおじさんみたいな顔してるよ。”
”そういえば、タイの猫はシャム猫でしょ。”
”この黒猫、シャム猫じゃないわね。ちょっと下品な顔してるわね。”
それを聞いた2匹は食べるのを突然やめた。
”無礼者、わしはこれでも日本の侍ですにゃ。”
”そうですわん、拙者も由緒正しき武家の出身。”
”何がメキシコ生まれじゃ、無礼討ちにするですにゃ。”
”下品な顔とは許さん、覚悟せんとあかんわん。”
2匹がわんわん、にゃあにゃあ騒ぐのでトンちゃんはおかわりがほしいのだと思った。
チワワの武蔵先生も、黒猫の小次郎先生も日本足でたちあがっただけで、何もすることができず、またしばらくすると、食べ始めた。
”日本人はやっぱし味噌汁ぶっかけましですにゃ。”
”さようでござる、拙者もみそしるぶっかけが好きでござる。”
2匹はどうすることもできないので、なかよくゲンキョーワンぶっかけめしを食べるのでした。そして、食べたあとには、2本足で立ち上がり、手と手を合わせて感謝の”にゃんみょうほうれんげきょう”と”わんみょうほうれんげきょう”をそれぞれ唱えるのでした。



ある日のこと。 チワワの武蔵先生と黒猫の小次郎先生がいつものように お昼の味噌汁ぶっかけ飯を夢中で食べていると、 突然空から隕石らしきものが落ちてきて、養殖池に落ちた。
養殖池は隕石の高熱によって、沸騰し、育てていたプラニンが みんな死んで浮かんでしまった。
しばらくすると、養殖池から怪しい生物が姿をみせた。

その姿はエビのような上半身に人のような下半身。
でも、下半身はなにやら宇宙服のようなものを着ていた。
”あ、あれは、もしかしたら、バルタン星人だ。”
私は思わず叫んだ。

ただ、バルタン星人にしては、身長が 小さかった。
チワワの武蔵先生と同じぐらいの大きさだった。
”あれ、エイリアンかしら。”トンちゃんも不思議な生物を指さした。
”あれは、まさか、トムヤン星人じゃないですかにゃ。”
”そうですわん、あれは邪悪なトムヤン星人でごござる。”
2匹の先生は食べるのをやめて、じっとその生物を見つめました。
”おまえ、わたしたちを自由にうごけるようにするんだにゃ。”
”戦いのときでござる。あちつは危険なエイリアンでござる。”
2匹の先生は私に真剣な顔でいった。
”わかった、でも、どうやって戦うんですか、先生がた。”
”ばかもん、わしには二刀流があるですにゃ。”
”さよう、拙者には必殺つばめがえしがあるでござるよ。”
その不思議な生物は貯水池から私達の家に向かって歩いてきていた。
ちわわの武蔵先生が2本足で立ち上がった。
”わんみょうほうれんげきゅう”となにやらマントラを唱え始めると、 驚いたことに、両前足には2つのスターウォーズのような光り輝く 剣が現れた。
黒猫の武蔵先生も2本足で立ち上がると、”わんみょうほうれんげきょう”のマントラを唱えはじめた。
すると、金色に光り輝く長い長剣が現れた。
2匹は迫ってくるトムヤン星人に向かって走っていった。
すると、トムヤン星人は2つのハサミの間から、怪しい色の液体を噴出した。
勝負は一瞬で決まった。
トムヤン星人の頭は、小次郎先生の燕返しで、空中に高く飛んでいき、トムヤン星人の胴体は、武蔵先生の剣によって真っ二つに引き裂かれた。
”おさわがせしたにゃ、わしの実力派はこんなもんだにゃ。”
”これが必殺の燕返しでござる。驚いたでござろう。”
2匹はドヤ顔で言った。
”ところで、なんでトムヤン星人なんて名前なんですか。”
”それは、トムヤンクンだったらいいにくいんですにゃ。”
”そうだわん、そうだわん” 2匹きはお大笑いして、また、味噌汁ぶっかけ飯を食べ続けた。



ときどき、チワワの武蔵先生が姿が見えないときがある。
”あれ、トンちゃん、チワワどこいったんだ。”
”姿が見えないですね。”
私とトンちゃんは庭を探した。 すると、チワワの武蔵先生は奇妙な動きをしていた。
バナナの木の下あたりで、ぐるぐる回っていたのだ。
”あれ、そこで変な動きをしてるわ”
”ほんとうだ、どうしたんだろう。”
私達がみていることにはきずいていないようで、必死にぐるぐる回っている。
”あ、とまった。”
”あ、いやだ、うんこしてる。”
”わんこはああやってやるんだっけ。”
”はじめてみたわ。”
そこへ、黒猫の小次郎先生もやってきて、大声で笑い始めた。
”あの姿はあわれでござるな。人間だったときは立派な侍だったのにざんねんでござる。すると、チワワの武蔵先生は二人と一匹の視線にきずいて、あわてて後ろ足でうんこに砂をかけはじめた。
”あ、みたらあかんですにゃ。みたらあかん。”
”なんでぐるぐる回っていたんですか。”
”しかたがないんですにゃ。自然に体がぐるぐるまわるんだにゃ。”
”あのざまわないでござる、武士は恥をしらんとあかんですわん。”
”うるさい、小次郎、勝負するきかにゃ。手加減はせんですにゃ。”
”うんこで喧嘩はやめましょう。戦うは大義のためだと大聖人様はいってましたよ。
” すると、チワワの武蔵先生は、あわてて家の中に駆け込んでいきました。
”拙者、武蔵殿が不憫でござる、なんでチワワに生まれてきたのやら。”
”でも、小次郎先生も黒猫じゃ・・・”
”世間の噂では、黒猫は人様のお役にてっってるらしいですわん。みんなクロネコヤマトとさわいでるですわん。武士は大和魂でござるよ”
そういうと、小次郎先生はマンゴの木に壁ドンをして、うんこをするのでした。
”あれみて、あれみて”トンちゃんがその姿を指さして笑っていました。
みんなちがってみんないいのです。
空から、エイリアンの声がテレパシーで聴こえてきた。


しばらくして、私は二人の先生に質問した。
”あのマントラを唱えれば、剣が使えるのに、なんでまた決闘しないんですか。”
”それはだにゃ、本当の敵じゃないと剣はあらわれないんだにゃ。”
チワワの武蔵先生が言った。
”あれ、小次郎さんは敵じゃなかったんですか。”
”昔の敵は今日の友でござる。”
黒猫の小次郎先生が言った。
”いつまでも過去のことであらそっていたはあかんですにゃ。”
”過去は反省のためにあるでござる。”
”そうですにゃ。過去のために今日争ってもつまらないですにゃ。”
”今日は楽しむためにあるのでござろう。”
そう言うと、二匹は太陽に向かって、”にゃんみょうほうれんげきょう”、
”わんみょうほうれんげきょう”と唱えるのでした。
風が吹き、庭のヒマワリたちも楽しそうにゆれています。




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