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6-5. リュカ様親衛隊

 ユウリは追試を何とかギリギリで終えて、再追試を免れた。そのお祝いに夕食を一緒に食べようと待ち合わせをしていたのだが、らしくなく少し遅れてやってきたナディアは憤慨している。

「もう、信じられないわ!」
「わ、何、どうしたのナディア」

 ユウリの待つ寮の玄関に着くと同時に、爆発するように叫んだ後、一際低い声でナディアは呟いた。

「あの(メス)ども」
「ちょ、ナディア、言葉遣い、言葉遣い!」

 何なら目まで据わって顔つきの変わってしまった友人を、ユウリはぎゅっとハグしながら宥める。

「はあァァァ、やっぱり私の可愛いユウリはいいわぁ」
「その顔で、おじさんみたいな溜息つかないで!」

 うふふ、といつもの調子に戻ったナディアにほっとして、ユウリは何があったのか尋ねた。
 途端にナディアは先程の低い声で、

「リュカ様の、親衛隊よ」
「は?」
「あいつら、私に。 こ! の! 私に! 隊に参加しないかですってぇえ!!!」
「ナディア、声、大きすぎぃ!」

 最後は雄叫びを上げたナディアに周囲の注目が集まり、ユウリは無理やり彼女を扉の外に押し出す。

 ナディアの話によると、部屋を出たところで、リュカ様親衛隊を名乗る数名の女生徒に声をかけられたらしい。
 そして、勧誘された、と。

「あいつら言うに事欠いて『あんな一般人に構っていては、貴女の品性が疑われますわよ』ですって! ユウリの、数千億分の一をさらに切り刻んだカケラほどの品性すらも持ち合わせないクソ虫どもが」
「言葉遣いいぃぃぃい!」

 ナディアが怒ってくれるのは嬉しいが、ユウリは少し複雑だった。
 自分のせいで、彼女までターゲットにされては堪ったものじゃない。

 ナディアを落ち着かせるために遠回りして、二人は庭園を散歩することにした。

「でもさ、ナディア。私あの人達の気持ちわかるよ」
「はぁあああああ? 何を言ってるの、ユウリ!」

 目を覚ましさなさいっとガクガク揺らされて、苦笑する。

「だって、考えてもみて? リュカさん、あんな変態だけど一応王子様でしょ? 優しいし、ちゃんとするときはちゃんとしてるし、実は熟練クラスだし。親衛隊の人達とまではいかなくても、慕っている人は多いよ?」
「嫌っている人も、同じくらい多いでしょうけど」
「ふふ、確かに。そんなところにさぁ、田舎から出てきたよくわからない女がちょろちょろしてたら、意地悪の一つもしたくなるって」

 笑うユウリの頰を、ナディアが両手で挟む。

「んむ!」
「ユウリ、あなた、お人好しすぎるわ」
「ふぁい?」
「リュカ様が、貴女にちょっかい掛けなければいいだけでしょう!? 私は、理不尽にユウリが虐められるのを黙っているつもりはありません!」

 リュカが構い過ぎるというナディアの言い分は、よくわかる。
 ユウリ自身もそう思うけれど、それには理由があるのだとも思う。

「リュカさんはさ、『普通の友達』が欲しいんじゃないかな?」
「はあ?」
「知ってた? 彼女達、持ち回りでリュカさんのお世話してるんだって。 普段使用人にお世話してもらってる立場の貴族のお嬢様方がだよ。 愛がなきゃ出来なくない? でもそれって、対等とは程遠いよね」
「あのク……女の子達は、リュカ様を崇拝しているものね」
「そう。だから、それが寂しくて、()()()()()()()()()()()ナディアや私を、ついつい構っちゃうんだろうなーって」
「そんな殊勝な理由かしら」
「だって、ナディア、見ててわかんない? あの人人一倍寂しがり屋で愛して欲求が強いじゃん」
「なーんの内緒話?」
「ぎゃ!」「わ!」

 隣り合ったユウリとナディアの肩の間から、にゅっと顔を出したリュカに、二人は飛びずさった。

「ご機嫌よう、俺の仔猫ちゃん達」
「いつ! 私達がリュカ様のものになったの! そして、ユウリは私の子猫ちゃんよ!」
「何言ってんの、ナディア……」

 もしかするとこれは普通の反応ではないかもしれない、と呆れ顔のユウリを胸に抱いて、ナディアはリュカを威嚇している。

「ナディアちゃんは、相変わらず威勢がいいねぇ」
「うるさい、ですわ! 可憐なるユウリにこそ似合うこの美しい花園で、何をなさってるの!」
「いや、ナディアは本当もう黙って……」
「ふふふ」

 相変わらずこの二人は相容れないのだ、と認識して、ユウリは額に手を当てる。

「ああ、待ってよ。仔猫ちゃん達、お茶でもどお? 美味しいお菓子もあるよ」

 リュカが指す庭園の中に誂えられた東屋に、ケーキスタンドとティーセットが並べられている。それだけならまだ良かったのだが、そこには数人の女生徒達が居て、鬱陶しそうにユウリとナディアを見ていた。

(親衛隊だ)

 ユウリは内心頭を抱える。
 どうしてこの王子は、こういつもいつも災いの元を無視できるのだ。

「あの、お邪魔してごめんなさい……」

 リュカに引き摺られて東屋まで来ると、ユウリは彼女達に謝る。揉め事を起こすのは、ユウリの本意ではない。
 腰に回されたリュカの腕を剥がそうと格闘しているナディアを睨みつけて、彼女達はユウリに鋭く言い放つ。

「こちらは、リュカ様のためにわざわざお取り寄せしたんですのよ!」
「そうですわ、生憎人数分しかございませんの。遠慮なさって」

 高級そうなスイーツが、ケーキスタンドに並べられている。一人の女生徒は、リュカのものであろう冷めたお茶を淹れ直していた。
 それなのに、彼女達がそこに居るのをまるで忘れていたかのように、リュカはただちらりと視線を移しただけで言い捨てる。

「ああ、君達はそれ置いてもう行っていいよ」
「な……!」
「リュカさん!」

 顔色の変わった親衛隊が何か言う前に、ユウリがリュカの腕を振り払った。
 彼女は今、リュカの親衛隊に対する態度に、本気で頭に来ていた。

「いい加減にしてください!」
「ワーオ、仔猫ちゃんがお怒り」
「茶化す場面じゃないですよね。きちんと彼女達に謝ってください。リュカさんを慕って、側に居てくれる方達を、蔑ろにしないでください。彼女達に失礼です! そして、そんな風に贔屓されるのも、私やナディアに失礼です」

 ぽかんとする親衛隊とリュカを残して、ユウリはお辞儀して、背後で今にもリュカを絞め殺しそうだったナディアを引っ張っていった。

「なん、ですの、あれ」
「リュ、リュカ様に生意気な」

 親衛隊の文句も、いつもの勢いがない。
 ユウリが本気で、彼女達のために怒ってくれたのだ、とわかって、面食らっている。
 リュカは、ふ、と息を吐いた。長い睫毛が、その頰に翳りを落とす。

「なんて、真っ直ぐなんだろうね」

 ——彼女なら、受け入れてくれるのだろうか
 ——彼女なら、信じてもいいのだろうか

 湧き上がる思いに、リュカは知らずと頰を歪めていた。

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