〈sympathy〉
「ねえ、どうだった?アリーシャ。」
お昼休みの第一食堂で、俺はリアとメイミにアリーシャの話を報告していた。
「意外と普通に話せるし、噂話とはイメージが違ったなあ。」
「えー?そうなの?不気味な感じとかしなかった?」
メイミは興味津々なようで、体が前にのめりだりしている。
「特に…。強いていうなら、目の赤さは少し怖かったかな。」
「本当に目が赤いのかぁ。スロア、その後何か変なこととか起きてない?身の回りで。」
「そんなのないよ。でもアリーシャと会ってから、まだ二日か三日ぐらいしか経ってないからなあ。」
「スロアに何かあったら、うちのせいだよね。異変がおきたら、ちゃんと言ってよ。できるだけ何とかするから。」
「リアも何とかするよ!」
メイミは真剣な表情だ。リアはフライドポテトをつまみながら賛同する。
「ありがとう。大丈夫だと思うけどね。怖い人だとは思わなかったし。まあ俺がこのまま無事でいたら、アリーシャが普通の子だって証明できるでしょ。」
「そうだといいな、本当に。…うちたちの地域って何か変だよね。例の予言もこの辺りの地区から出てきたし。」
「予言って、あの世界が滅亡するとか言っている、アレのこと?」
リアがメイミに聞いた。
「そう、それそれ。しかも、その予言された年って今年でしょ?」
「そうだよ、今年。リアの弟は本気にして、世界が滅亡するなら勉強しても意味ないとか言って親を困らせてる。笑っちゃうよ。」
「それなのよ。本当に滅亡するなら、うちも学校行かないで遊びまくる。だけど嘘だったときが怖いから、今もこうして真面目に学校行っているの。嘘か本当なのかはっきりしてほしいわ。」
メイミはオレンジフロートを、勢い良く飲み干した。
「スロアはどう思う?予言のこと。」
リアに水を向けられた。
「そうだな…。俺はむしろ、世界が滅亡すればいいと思っている。」
「え?スロア、頭おかしくない?大丈夫?」
「嫌なことがあるなら、リアが話を聞いてあげるよ。」
メイミからは引かれて、リアからは優しい眼差しを注がれた。二人の反応を見て、俺は言ったことを少し後悔する。
「いや、誤解しないでほしい。俺は正常だから。ただ、生きているとどうしても苦労や嫌なことは出てくる。そういうことを考えると、滅亡した方がその苦しみを味あわずに済むからいいと思った、それだけ。」
俺は二人に理解してもらえるように、ちゃんと自分の考えを説明した。だが、
「スロアが、自殺志願者みたいなことを言っている気がする…。お姉さんは心配だよ。」
リアがそう言うと、メイミも
「ネガティブだなぁ。良いこともおきるでしょ。もっと明るく考えようよ。」
またもや微妙な反応をされてしまった。
「いや、滅亡してほしくはないな。まだ死にたくないし。さっきのは思いつきで言っただけ。」
俺は仕方なく嘘をついた。こう言っておいた方が、二人は納得するだろう。
「ああ、やっぱり?うちもまだ死にたくないなぁ。まあ、予言とかって大抵当たらないから、心配はしてないけどね。」
メイミはストローで、飲み尽くされて氷だけになったオレンジフロートをかき回す。
「でも、もし予言通りになったとしても、大丈夫だと思うの。」
リアがぽつりと言った。俺とメイミは、同時に「え?」と声を出す。
「だって、予言の最後には、〈祝福されて栄えた〉て書いてあるから。これって良い意味でしょ。」
それから、一週間程度が経った。俺は学校に行って、放課後はアリーシャと会い、お昼には二人に報告する生活を送っていた。
報告はしているけど、二人がアリーシャからの情報をちゃんと活用しているのか、俺には分からなかった。
あともう一週間経つと、アリーシャと会えなくなるのだろうか。リアとメイミと一緒に、食堂でご飯を食べる理由もなくなってしまう。
それを考えると、俺は憂鬱な気分に襲われた。また誰とも話さない生活に戻るのは嫌になっていた。
それともう一つ、俺の頭を悩ませる事件が起きていた。俺がこの一週間、第一食堂で女子とご飯を食べていることが、クラスで噂されるようになっていた。
男子と女子で校舎が分かれていると、どうしても男子校みたいになる。そしてそんな環境になると、女子に縁がない奴もまあまあいる。
そんな奴らからの嫉妬でも買ったのか、俺は居心地の良くない扱いを受けることが最近増えた。
例をあげると、パンツ下ろしだ。放課後、アリーシャの元へと行こうとしたら、突如後ろから羽交い締めにされた。
一人は動画を撮る担当らしい。カメラを構えていた。
そしてもう一人が俺の服を脱がそうとしているのか、俺の制服に手をかけた。
その瞬間、俺は全力で抵抗した。蹴りをいれて脱がされないようにし、両腕に力を入れて何とか自由になろうとした。
隙ができたのか、羽交い締めにしていた奴の力が緩んだ。俺はその瞬間を見逃さず、更に暴れることで、ようやく羽交い締めから解放された。
そのまま全力疾走でアリーシャのいる第四校舎へと逃げ込んだ。
アリーシャには先程起きた出来事を話さずに、至っていつも通りに過ごした。
他には、プール学習が終わって着替えるとき、何故か俺のパンツが消えていた。
そして俺が女子を中絶させた経験があるとか性病を持っているとか、意味不明な噂も流れた。こんな噂、信じる人はいないだろうけど。
アリーシャも似たような気持ちでいたのかもしれない。俺はアリーシャに心から同情した。
突然じゃんけんをさせられ、俺が負けるとどうでもいいような雑用を押し付けられもした。自販機でジュース買ってきてとか、そんな感じだ。ただのパシリだ。
リアとメイミと一緒にお昼を過ごせるのは、あと一週間。アリーシャに会えるのも、あと一週間だけだ。俺は泣き出したいような衝動にかられたけど、我慢した。
学校がタイミング良く、夏季休暇に入ることが救いだった。
「ねえ、スロアはどうして、そんなに特待生になりたがるの。」
アリーシャに尋ねられた。ここはいつもの理科室だ。ここに居ると、誰にも見られることはないし、邪魔させることもない。
俺は段々と、アリーシャと居るこの空間が癒やしになっていた。
「中学部では、三年生になると五人の特待生が選ばれる。特待生に選ばれた人は、高校の学費の免除と留学権が得られる。」
「留学権?特待生は全員留学するの?」
「いや、留学しないで国内の高校に進学する人もいるけど、数は少ないよ。この国は小さくて高校自体、数は多くない。それで成績優秀な特待生は、格安な学費で留学できる権利がもらえる。特待生を狙う人は、大体が留学権狙いだね。」
「ということは、スロアもそうなの?」
「もちろん。俺はここから離れたいから、今まで頑張ってきた。特待生になれても試験はあるけど、普通に受験するよりかは簡単だ。留学するのも、学校が手続きしてくれるから楽なんだ。」
「スロアはこの場所が、あまり好きじゃないみたいだね。」
「…場所というか、親から離れたい。」
俺は小さな声で言った。
「親?」
アリーシャは俺をじっと見つめた。
「うん。実は、俺の本当の母親は自殺しててさ。今の母親とは血が繋がっていない。」
俺の人生で初めてだ。このことについて誰かに打ち明けたのは。アリーシャなら、話しても良いような気がして、つい口が滑った。
「…これを聞いてもいいか迷うけど…。どうして、お母さんは自殺したの?」
アリーシャは静かな声で尋ねた。
「元々、精神が不安定な人だったみたいで、薬とか飲んでいたらしい。俺はその頃、まだ小さくてよく分かってなかったけど。だけど、成長していくうちに気付いた。」
アリーシャはただ黙って話を聞いている。俺の口は止まらなかった。
「俺の父親は、不倫していた。母さんは元から精神的に病んでいたけど、それを知ってさらに悪化した。別れてと母さんは暴れたらしいけど、父親は別れようとしないで母さんをただ放置していた。それで最終的に、橋から飛び降りて死んだ。」
「…スロアの、今のお母さんは…。」
「その当時の、不倫相手だって。それが原因で人が死んでいるのに、全くどういう神経をしているんだよ。それが俺の実の父親だから、嫌になるね。」
俺の語気は段々と荒くなっていった。このことについて考えると、いつもイライラしてしょうがない。
「…夫婦仲はいいの?」
「どうだろ…。父親はあまり家に帰ってこない。父親は仕事って言っているけど、新しい女がいるかもね。それに家に居ると、俺に睨まれるし居辛いのかも。母親は俺と同じ空間に居るのが気まずいのか、自分の部屋によくこもっている。」
「あまり、仲は良くなさそうだね。」
「母さんを自殺に追い込んどいて仲良くしていたら、俺がぶっ殺してるよ。」
普段は使わない、物騒な言葉が自然と出てきた。その言葉を聞いた瞬間、アリーシャの目が光ったような気がした。
「…両親のこと、恨んでいる?」
「当たり前だよ、こんなことが起きたら。さらに最悪なのは、このことを地元の人たちは結構知っているってこと。」
「へえ。私は知らなかったけど。」
「十代とか、そのぐらいの子には広まっていないよ。知っている人はそれなりの年齢の人。この学校は人数が多いから、俺の親みたいな、センセーショナルな事件があっても埋もれる。もっと人が少ない学校だったら、みんなも知っていただろうね。」
誰にも秘密にしていようと思っていたことが、アリーシャにはスラスラと話せた。アリーシャも自分と同じように、孤独な子だと思っていたからかもしれない。
「こんな家、早く出たいけどさ…。もし俺が家を出て、これで厄介払いできたと思われたりとか、二人の仲が良くなったりしたら、それも嫌だな。」
俺は深い溜め息をついた。改めて、自分の境遇を自分で哀れんだ。
「人には誰でも、罪悪感があるよ。スロアのご両親も自分が何をしでかしたのか、本当は分かっているはず。自分で蒔いた種は、自分で回収するの。」
「自分で蒔いた種は自分で回収する?」
アリーシャの言っていることがよく分からなくて、俺はつい復唱した。
「自分で自分の首を締めるようなことをしているの、スロアの親は。」
「?」俺にはやっぱりアリーシャの言葉の意味がよくわからず、頭の中には疑問符が浮かんでいる。だけど、
「俺さ、初めて親のことについて愚痴れたよ。今までは、こんな事件があったことを周りから隠そうとしていたから。アリーシャには、何でも話せるきがする。」
人に話して、少しスッキリできた。親に対する怒りはあるけれど、誰かに理解して欲しかった。
「アリーシャには親も兄弟も恋人や友人もいないから、何を話しても誰かに漏れることはないよ。」
アリーシャはにやりと笑った。黄ばみも何もない、綺麗で真っ白な歯が見えた。
「俺は、アリーシャの友だちになれないか?」
「え?」アリーシャは拍子抜けした様な顔になった。俺はもう一度、繰り返しす。
「俺はアリーシャの友だちになりたい。だめか?」
「友だちはなろうと言ってなるものではなく、自然となっているものなのだよ。」アリーシャはもっともらしいことを言い、すぐに笑顔になった。
「でも、ありがとう!スロアとアリーシャは、今日から友だちだ。」
「ああ…。なあ、グループワークが終わってからも、会いに来ていいか?」
俺は勇気を振り絞り、そう伝えた。
「いいよ!約束したら、私はちゃんと来るよ。…しかし、スロアにそこまで好いてもらえるとは嬉しいなぁ。」
アリーシャはおどけた調子で言った。
「これを言うと、アリーシャには失礼かもしれないけど…。俺はアリーシャに、親近感を感じたんだ。親はいるけどいない様なものだし、恋人も友だちもいなかったから。俺の人生は嫌なことばかりで、最近は同級生に陰湿なことをされて…でもアリーシャと仲良くなれたことは、とても良いことだ。」
そこまで言って、俺は少し照れた。喋りすぎたかもしれない。
「嫌なことばかり?陰湿なことをされたって、何されたの?」
アリーシャは、反応しなくていいところに反応した。言おうか迷ったけど、結局クラスメイトにされたことを洗いざらい話してしまった。
格好悪くて、できることなら隠しておきたい話だけど、アリーシャなら話しても大丈夫だろう、という謎の安心感があった。
「女の子と仲良くしていたから、モテない男子にやっかまれたのね。中学生って大変だなあ。遠い昔、私にもクラスメイトがいたときはあったけど…。何年も個人授業を受けているから、忘れてきた。」
「いつから一人で受けるようになったの?」
「七歳とか、そこら辺かな?化け物とか妖怪とか言われまくって、心配した先生が個人授業という待遇にしてくれたの。ここは生徒も教師も、尋常じゃないぐらい多いからできることだね。それにしても、生まれつきの容姿を否定されると、辛いわぁー。」
アリーシャには口で言うほどの悲壮感が、あまりない。へらへらと笑っている。
「アリーシャは、とても綺麗だよ。お世辞じゃなくて、本当に。」
「慰めてくれてるの?ありがとう。…スロアは、両親のことをまだ許していないでしょ?」
「そうだよ。当たり前だよ、恨まれるようなことしているから。」
「じゃあさ、軽い復讐をしてみない?」
「軽い復讐?」
「家出するの。私とスロアで。」