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 〈about god〉

 俺たちは放課後にまた集まった。お昼休みの時間だけでは、話し足りなかったからだ。
 「グループワークって、具体的に何をするのか教えてほしい。」
 俺は三人の仲をとり持つ、仲介役になると決めた。だけどその前に、情報を集めて具体的なルールを作らないといけない。
 明確なルールがあった方が、混乱せずに上手くやっていきやすいだろう。
 「まず大枠のテーマがあって、今回は〈祖国〉なの。そこから各グループで、祖国に関連するテーマを絞り込む。リアたちは…どういうテーマにする?」
 リアが困った様子でメイミを見る。メイミは「うーん。」と唸った。
 「こういうの、本当はアリーシャとも話し合った方がいいと思うけど。」
 俺がそう意見すると、メイミは渋い表情を作る。
 「そうした方がいいのは分かっている。だけど、あまり時間がないのよね。他のグループはもう行動しているし。うちたちが一番遅いの。だからここでちゃっちゃと決めちゃって、アリーシャには勝手に決めてごめん、てスロアから伝えといて。」
 メイミは焦っているのか、少しキツイ口調だ。
 「期限、いつまでなの?」
 「夏季休暇が始まる前には、終わらせないといけない。もう一週間は経っているでしょ?あと二週間で完成させないと。」
 「そうか、なら仕方ないな。俺から伝えとくよ。」
 メイミの機嫌をこれ以上悪くさせたくなかった俺は、メイミの意見に従うことにした。
 「リア、テーマを思い付いた!…〈宗教から見えてくる自国の歴史〉というテーマはどう?」
 「何で宗教?」 
 メイミが腕を組んでリアに尋ねる。
 「重要文化財とか地域に根付く伝統芸能とかのメジャーなテーマは、もう他のグループに取られてるでしょ?トリス・キス・ムイラとかそういう宗教系をテーマにしたグループはまだなかったから、かぶらなくて良いと思ったの。」
 リアは得意気な顔をしている。
 「ああ、確かにいなかったね。うちは特に思い付かないし、もうそれでいいかな。」
 メイミは若干、投げやりな態度だ。
 「テーマは決まりだな。それで俺はどうやってアリーシャに会って、いかにして二人に報告すればいいのかな。」
 「アリーシャに会う方法は先生から聞いてあるよ。ちゃんとメモして渡すから。とりあえず、アリーシャにはトリス・キス・ムイラに関係する情報を集めてもらう。その情報はスロアを通して受け取り、うちたちがまとめる。」
 「スロアに報告してもらう場所は、今日みたいにお昼休みの第一食堂で良いと思う!リアたちが場所取りしておくからさ。」
 「スロアはそれでいい?」
 メイミが俺をじっと見る。俺には特に、否定する理由が無かった。
 「ああ。そうしよう。」

 少し緊張しているからか、やけに喉が渇く。今日の授業は全て終わった。
 生徒は自習をするかクラブ活動に精をだすか、どちらでも自由に選べる時間がやってきた。
 普段の俺なら、他の生徒と同じように勉強しているけど…今日は違う。
 アリーシャと初めて会う日だ。メイミから渡されたメモによると、今は使われていない第四校舎の理科室にアリーシャはいるらしい。
 そして俺は今、その第四校舎の中にいる。元々の第四校舎は小学校だった。だけど施設の老朽化が進行し、改修工事をすることよりも新しい校舎を建てることを選んだ。
 第四校舎は廃校になった。廃校に入るには、学校の責任者の許可と鍵が必要だ。メイミとリアはアリーシャと会うときのために、先生からそのどちらも貰っていた。
 その鍵は今、俺が持っている。廊下の突き当りに理科室はあった。俺は深呼吸をして、思い切ってドアを開けた。
 
 人がいた。後ろを向いていて、顔は見えない。髪がやたら長く、腰の位置まである。この地域では滅多にお目にかかることのない、銀色の髪。
 ドアを開ける音に気付いたのか、ゆっくりとこちらを振り向く。緊張感のあまりに、俺は逃げ出したい気持ちにかられた。
 だが足はピクリとも動かず、まばたきもできずに俺は直立不動で、ただ前を見つめていた。
 「君は、私と同じグループの人?」
 声をかけられたと気付くのに、数秒かかった。やや低めの、透き通るような綺麗な声だった。
 「そうだよ、同じグループ。君はアリーシャ…だよね。」
 アリーシャの顔を直に見たとき、俺の心にさざ波が立った。心の乱れをアリーシャに悟られたくない。俺は平気なフリをすることに全神経を注いだ。
 「うん、私がアリーシャ。私と同じグループの人って、女の子じゃなかったっけ。君はどう見ても、男の子だよね。」
 アリーシャが不思議そうな声を出す。
 「あ、それは…。その女の子は別のことで忙しくて、俺が代わりに来た。俺がその子の代わりに、アリーシャに伝達するから。」
 我ながら苦しい言い分だ。何も考えてこなかったので、少々しどろもどろになってしまった。
 「ふうん…。下手な言い訳しなくていいよ。要するに、その子は私に会いたくなかったのだろう。先生の命令でグループを組まされたから、私のことを無視する訳にもいかない…。それでその子に頼まれた君が、ここに来ることになったというわけか。」
 「ああ、大体その通りだよ。」
 否定しても意味がないような気がしたので、俺はあっさり認めた。
 「会ったこともない人に会いたくないと思われる私は、可哀相だねぇ。」
 本気でそう思っている風でもなく、軽い口調でアリーシャはそう言った。
 「いや…そんなことはない。俺はアリーシャを見てみたかった。」
 最初にあった緊張感が、だんだんと薄れている。それはアリーシャが、恐ろしさや不快さを与えるような感じではなくてーとても美しく見えたから、かもしれない。
 「へえ。それは良い意味かな、悪い意味なのかな…。私は見世物小屋に売られそうな外見をしているからね。ほら、髪はこんな色で眼は赤いし、額にはこんなものができている。」
 アリーシャは自分の額を指さした。そこには、三日月型の模様が浮き出ていた。
 「…俺も噂だけ聞いていると、怖いイメージがあった。だけどこうして実物を見て話すと、そうでもないかな。」
 燃えるような赤色の瞳を見ていると、確かに心臓をドキリと冷やされるような感触はする。
 だが、アリーシャからは人間離れした美しさを感じた。変な言葉遣いになるが、それは美しい動物や風景を見た気持ちに似ていた。
 「それは良かった。巷で流れている私の噂を聞くと、私は愉快な気持ちになるよ。」
 アリーシャは肩をすくめた。その言い方から察するに、やはり間違った噂も結構あるのだと思った。
 「君の名前は何ていう名前?」
 「…俺の名前はスロア。」

 「私は最初から気が進まなかった。グループワークをやることに。案の定、よく知らない子から嫌われてハブられている。こんな状態でやる意味はあるのかな?」
 アリーシャがわざとらしく、大きな溜め息をついた。
 「嫌い…ではないみたいだったよ。ただ会うのが怖いって、言っていた。」
 「怖い?どうして?私の見た目が?」
 アリーシャは食いついてきた。
 「アリーシャが嫌いな人には、不幸をもたらすと噂になっているからじゃないかな。実際、その子の学校で何人か原因不明なまま消えた子がいるみたいだよ。」
 「へえ…。面白い噂だね。」その瞬間、アリーシャの瞳が妖しく光ったように見えて、俺の心臓は一瞬、止まりそうになった。
 「でも、私に嫌いな人はいないよ。私はハートフルな生き物だから。」
 そう言って、おどけたように笑う。
 「まあ、俺も考え過ぎだと思っているけどね。そういうことを信じやすい時期だから。」
 「スロアもまだ中学生なクセに。」
 ははっと笑い声をあげた。
 「そう言うアリーシャは俺より年下。ここら辺で、本題に移るよ。今回のテーマは、宗教から見えてくる自国の歴史。アリーシャと同じメンバーの子が、勝手にテーマを決めてゴメンって言っていたよ。」
 「人伝じゃなくて、本人にちゃんと謝ってほしいね。大したことではないけれど。…というか、私は本当にそのグループ課題をやらないといけないのかな?」
 アリーシャは不服そうだ。
 「一応、ちゃんと協力しておこうよ。誤解が解けるかもよ。」
 「誤解?」アリーシャは首を傾げた。
 「そう。協力すれば仲良くなれるかもしれないし。…アリーシャには、トリス・キス・ムイラについて調べてほしいと言っていた。」
 俺の本音は、グループの課題とかは割とどうでも良かった。ただ、アリーシャについてもっとよく知りたかったし、話していたかった。
 グループワークのためにアリーシャと会っているというのは、ただの口実だ。
 「トリス・キス・ムイラ…ね。この国で人気の神様だよね。」
 「そうだよ。その神様についての情報収集をアリーシャに頼みたいって。」
 「ふうん。分かった。いいよ、そういうの得意分野だから。」
 こちらが拍子抜けするぐらいに、あっさりと了承した。
 「…俺、明日もここに来るから。本当にちゃんと調べておいてね。」
 「はーい。待っているからね、スロア。」
 
 そして俺は、次の日も第四校舎の理科室に来た。ドアを開けると、先日と同じように、アリーシャはもう来ていた。
 アリーシャは理科室の実験台に腰掛けている。俺を見ると「やっほー。」と挨拶した。
 アリーシャはやたら長い銀髪を縛りもせず、だらんと下ろしっぱなしだ。前髪も長く、額をだしている。
 「その髪、ゴムでまとめた方がいいと思うけど…。」
 アリーシャは少し驚いたような顔をする。
 「この髪型、変かな?どうしても、髪はまとめないと駄目?」
 「変っていうか、そこまで髪が長いと…。しゃがんだときに髪が地面に着いているのを見ると、汚く見える。」
 アリーシャはショックを受けたようだ。不貞腐れたやうな表情になる。「次から気をつける。」と言って実験台から降りた。
 「気を悪くさせたのなら謝る。アリーシャの髪は綺麗だよ。」
 「私は心が広いから、こんなことで一々怒りませーん。見え透いたお世辞もいらないよ。」
 アリーシャの口調はふざけている。
 「お世辞は言っていないけど。」
 「ああ、もういいの。…それより、私は約束を守ったよ。ちゃんと情報を持ってきたから。」
 「ん?トリス・キス・ムイラのことを?」
 「そう、そのトリキスミイラについてね。まあ調べなくても元々、私は知っていたけどね。」
 俺は突っ込まなかった。
 「その情報を二人に伝えるから、教えてくれ。」
 「せっかちだなあ。…この国で信じられている神、トリス・キス・ムイラは唯一神として崇められ、万物を創造し、また破滅させることもできる。
 耳は無いけど聞いていて、口は無いけど語りかけ、目は無いけど見ている。精神だけの存在だから、どこに居ても、どんな時でもそこに居ると言われていて、絵に表すことはできない。
 多くの場合、預言者を遣わして人々に言葉を伝える。その言葉をまとめたものが聖典。
 トリス・キス・ムイラは世界が終わりに近付いたとき、今存在している全てのものを破壊して、もう一度世界を作り直す。トリスは昔の言葉で破壊を、ムイラは創造を意味している。キスは豊穣や生命力という意味。
 別名では、ヴァーシャベルやランガヴァーン、バイシュバリィという名前もある。
 ヴァーシャベルは全てを統治する偉大な神、ランガヴァーンは幸福を与える神、バイシュバリィは殺戮と恐怖の神という意味が込められている。他にも異名があるけど、多いから省略。
 預言者は神の知らせを受け取り、更にその知らせを聖徒に伝える義務がある。
 聖徒とは、神を信じ神に仕える者をさす。預言者は預言者であると同時に、聖徒でもある。
 トリス・キス・ムイラは普通、目には見えず感じられもしないが、まれに人にとりつくことがある。
 これを神憑りという。預言者が神託を受けるときは、この神憑り状態になるようだよ。
 そして極めて稀に、神霊に取り憑かれ、長い年月を神憑り状態で過ごした人がでてくるときがある。
 その人は年月を得るたびに、付喪神みたいに力が増していって…やがて神のような力が使えるようになるらしいよ。
 …ちょっと喋り疲れた。今日はここまででいいかな?」
 アリーシャはぱたぱたと手で顔を扇いでいる。
 「ああ、お疲れ。しかし本当なのか嘘なのか、よくわからない話だな。神様が本当にいるのかも、俺には分からないし。」
 「スロアは、トリス・キス・ムイラを信じていないの?」
 「うーん、あまり…。宗教を信じている人を、馬鹿にはしていないけどね。そういう心の拠り所?みたいな物は必要だと思うし。だけど俺には、あまりピンとこない話だな。」
 「大人びているね、スロア。子供らしくないなぁ。」
 「そういうアリーシャは、信じているの?」
 「アリーシャは自分のことを信じているよ。」
 よく分からない回答が返ってきた。 


 

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