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 〈encounter〉

 「君、いつも一人で食べているよね?」
 
 お昼休みに、いつも通り三十分ほど時間をずらして第一食堂に来ていた。いつもここは満員だから、普段は避けていた。
 だけど一ヶ月近くも行っていないと、人が多い少ない関係なく行きたくなるようだ。
 人が比較的少なめの所をぐるぐるとローテーションしていて、飽きたというのある。
 そんな訳で、俺は四人掛けのテーブルを二人で占領している女子に相席してもいいかを尋ね、無事に了解をいただいた。
 そして、少し遅めのランチタイムに入っていた。ちなみにメニューは、丸ごと焼いたじゃがいもにビーンズやチーズにパセリを加えたベイクドポテト。
 それと、ひき肉と細かく刻んだ玉ねぎを炒めて羊肉を使ったソースと煮て、マッシュポテトを合わせて焼いたシェパーズ・パイ。
 デザートとして、器の中にカスタードクリームや生クリーム、スポンジケーキ苺やラズベリージャムを層状に重ねたトライフル。
 これらの料理をゆっくり味わいながら食べているときにー突然声が聞こえた。最初は自分に話しかけているとは思わず、スルーしてしまった。
 だけど、その女の子が諦めずに「ねえ、君っていつも一人でご飯食べているよね?」と同じことを言ったときに、俺は思わず女の子の顔を見た。
 その子が俺から視線を外さずにー俺のことを見ている、つまり俺に話しかけていることをようやく認識できた。
 「それって俺のこと?」
 十中八九俺のことを言っていると分かっているのに、とっさにそう返してしまった。
 「そうだよ。君のことだよ。一人で食べていて寂しくないの?」
 その女の子は、よく見ると頬にそばかすがあった。目は大きくて、二重がくっきりとしている。顔が痩せていて、顎がとがり気味だ。髪型はおでこをだしたツインテール。
 突然話しかけられて動揺しつつも、態度には出ないように気を付けた。どう返すか考えすぎて間が空いても気まずいので、返事をさっきと同じように、咄嗟に返した。
 「寂しいときが全く無いわけでは無いけど、俺は一人が好きだから一人でいる。」
 女の子は不思議そうに少し首を傾げた。俺はそれを見て、慌てて言葉を付け足す。
 「誰かといると、その人に合わせないといけないから疲れるだろう。一人でいると自由でいい。でも、協調性はちゃんとあるよ。社会で生きていくためには必要だし。合わせるべき場面では、みんなに合わせて行動している。」
 ぺらぺらと勝手に口が動いた。正直、自分でも何を言っているのか分からない。
 ただ目の前の女の子に、自分は周りから避けられているわけでは無く、自分で一人を選んでいることは分かって欲しかった。
 女の子がポカンとした表情をしているような気がして、俺は少しドキリとした。
 そして、女の子はふんふんと首を上下に動かした。納得しましたよ、というジェスチャーだろうか。
 「なるほどね。まあ、確かに君はいつも平気そうに見えたから、大丈夫みたいだね。」
 「いつも、って…。そんなに俺たち会っていたっけ?」
 女の子をまじまじと見るが、俺の記憶にない。第一に女子とは校舎が違うから、関わる機会があまりなかった。
 「リアは君のこと、割と見かけたことあるよ。だから顔を覚えちゃった。礼拝にいつも参加しているでしょ?リアも毎日行っているから。」
 この子はリアという名前なのか。
 「ああ、礼拝は男女合同で参加するからか…。毎日行っているって、リアも成績のために?」
 「成績?礼拝と成績って関係あるの?」
 リアはキョトンとしている。礼拝に行くと内申点が上がることを知らないようだ。
 「リアは親がトリス・キス・ムイラの信者だから、行けってうるさくてね。あ、君の名前って何?何歳?」
 「俺は…スロア。十四歳で、中学部二年生。」
 名前の部分は少し小声になった。
 「先輩だ。リアは中学部一年の十三歳!スロアって、珍しい名前だね。」
 何が面白いのか、リアは満面の笑顔だ。それから、また少し首を傾げる。
 「スロア…何か、どこかで聞いたことあるなあ。どこだろう。…ねえ、お父さんは何している人?お母さんはいるの?」
 俺はドキリとした。胸の鼓動が速くなる。動揺していることを悟られたらだめだ。リアの顔を見ていることが出来なくなって、食堂の壁を見つめた。
 「気のせいでしょ。確かに珍しい名前だと思うけど、俺の他にもスロアって奴はいるし。親は普通の人だよ。両親は仲が良くて、本当にどこにでもいる親って感じ。」
 俺は右手で左腕をきつくにぎりしめながら、一息にそう言った。リアに何か、変だと思われなかっただろうか。リアの顔が見れない。
 「ふうん、そっか。リアの親も仲いいよー。二人とも熱心な信者だから、リアに行け行けうるさいけどね。」
 リアの言葉が頭の中で木霊する。ふうん、そっか。
 本当にそう思ってくれたのか?俺のことを誰かに詮索しないだろうか。同年代ならまだしも、親に俺たちのことを聞いたら、知られてしまうかもしれない。
 リアの親はきっと、俺たちに起きた事件を知っているだろう。俺はもう食欲がなくなっていて、食べる気力が湧かなくなっていた。
 突然リアが笑顔で手を左右にふりだした。リアが見ている方向を見ると、女の子が一人こっちに向かってきた。
 「遅くなってごめんね!トイレ混んでいたからさ。」
 「大丈夫、大丈夫。メイミのことを待っている間、スロアと話していたから。」
 「スロア?誰?…あ、この人?」
 メイミ、という名前らしき女の子が俺のことを指さした。正直、指をさされるのはあまり良い気分になれない。
 「そうだよ!この人二年生だから、先輩だよ。」
 「え、そうなんだ!うち、メイミっていいますー。よろしくお願いします!」
 メイミは肌が抜けるように白く、華奢でバランスの良い顔立ちをしていた。髪はややウエーブのかかったボブスタイル。その儚げな見た目を裏切るかのように、声がやたら大きい。
 「敬語使わなくてもいいよ。俺は先輩って感じではないし。俺はスロア、よろしく。」
 相変わらず、名前を言うときは声のボリュームを落としてしまう。メイミは「はーい。」と言いながらリアの隣の席に腰を下ろした。
 「これ、食べないの?残っているけど…。時間、もうあまりないよ。」
 メイミが俺の大皿に盛られた料理を指さした。食堂の時計を見ると、次の授業までに残された時間は十五分程度。
 「ああ、食べたいならあげるよ。今日はあまり食欲がなくて。夏バテかな。」
 「え、いいの!?本当に貰っていいの?」
 メイミは俺の大皿にもう手を触れている。
 「遠慮するな。ほら、どうぞ。」
 俺は大皿をメイミのテーブルへと移した。メイミはさっそく食べだした。食欲旺盛な子だ。俺が使っていたカラトリーを、メイミは気付いていないのか普通に使っているけど、まあいいか。
 「ありがとうございます!美味しいよ!」
 メイミは口をもぐもぐ動かしながらお礼を言った。どうでもいいけど、食べながら話すと口の中の咀嚼された食べ物が少し見える。
 「食べるか喋るか、どちらかに集中した方がいいよ。喜んでくれて良かった。」
 リアが突然、テーブルに突っ伏した。「はあーあ。」とわざとらしい溜め息もついた。突っ込んでほしそうだったので、俺は一応「どうしたの?」と聞いておいた。
 「明日からグループワーク始まるから、憂鬱。」
 リアが突っ伏したまま答えた。
 「あーわかる。あの子がいるからでしょ。」
 メイミがトライフルに手を付けながら反応する。メイミは食べるスピードが速いのか、料理は残り僅かになっていた。
 「あの子?」
 誰のことを言っているのかはわからないけど、その子に対してあまり良い感情を二人は持っていないようだ。
 それが俺の心をざわつかせた。
 「アリーシャのことだよ。うちとリアは同じグループで、先生に言われてアリーシャも一緒にやることになったの。」
 「アリーシャ?」
 「アリーシャのこと、知らないの?有名なのに。生まれつき銀髪で赤目の子。怖いよね、赤目って。まあ生まれつきだから、仕方のないことだと思うけどさ。」
 銀髪で赤目…それなら噂で聞いたことがある。特異な見た目の女の子が、この地域に住んでいるという噂。
 その子の周りでは、不吉なことが何度も起きているとも聞いた。例えばその子の両親はもう亡くなっているようで、突然死だった。
 だけど死因は心疾患・消化器疾患・脳疾患のどれでもなく、原因は不明のままらしい。そしてその死に顔は、苦しみと恐怖に満ちた恐ろしい顔をしていたと…。
 実はその子が殺したのではないか、と噂する人もいた。
 他にも、その子を虐めた人は家が火事で全焼してここを引っ越したとか、その子が嫌った人物は気が触れて今も精神病院に入院しているとか何とか…。
 その子に関しては、信憑性に欠ける都市伝説のような噂が流れていた。
 俺も噂を知っていたが、いつも赤目の子という呼ばれ方をされていて、名前までは知らなかった。
 「存在は知っていたけど、名前は知らなかった。というか、本当に存在しているのか疑ってたよ。そんなに目立つ容姿なのに、見たことなかったし。」
 「男子は校舎が違うから、あまり見る機会ないのかな。とは言っても、リアもアリーシャを見たのは三回だけだよ。」
 「三回?同じクラスなのに?」
 「アリーシャは特別待遇なのよ。うちも詳しくは知らないけど、アリーシャが一人だけで授業を受ける、特別教室があるみたい。三回でもよく遭遇する方だよ。私は一度も見たことない。」
 メイミはトライフルを食べ終えたようだ。紙ナプキンで口を拭いている。
 「リアが見たのは後ろ姿と、横顔と、先生と歩いているところかな。距離は多少離れていたけどね。本当に銀髪だったよ!凄く長い髪で、腰ぐらいまで伸びていた気がする。服は意外と、普通だったなぁ。薄手のレースのワンピース。」
 リアは前髪をいじりながらぼんやりと話す。
 「リアの話を聞いて、うちもアリーシャは実在していたことが分かったの。それに今回のグループワークも一緒に組まされるし。…あ、今思いついたけど、アリーシャもリアに目撃されたことを知っているから、うちたちのグループに入ることになったかな?」
 「えー、見たのは一年前ぐらいだよ。アリーシャもリアみたいな普通の子は記憶に残っていないよー。」
 そう言うリアの顔は、どこか不安そうに見えた。
 「二人はさ、アリーシャと組むのが嫌なの?話を聞いているとそういう気がしたけど。」
 リアとメイミは顔を見合わせた。口を開いたのはメイミだった。
 「嫌いと言えるほど、関わったことがあるわけじゃないよ。噂はよく聞いたけどね。ただ…怖い。」
 メイミは最後の一言をポツリと言った。
 「怖い?」
 俺が聞くと、メイミは黙ってうなずいた。 
 「リアもメイミと同じ気持ち。アリーシャと関わったことのある人の噂、聞いたことある?」
 「ああ…いくつかはね。」
 「中学部の生徒で、毎年何人かは学校からいなくなるの。もちろん、普通に転校した子やただ学校に行っていないだけの子もいるけど…。特に理由が説明されないまま、いなくなる人もいてね。音信不通になっていて連絡もとれない。先生に聞いても、家庭の都合で来れなくなったとそれだけ。いつも先生はそう言うの。」
 「リアの言う通り、そういう訳ありで消えた子もいるの。そういう子はアリーシャに消されたのでは、と女子の間では噂になっているのよ。アリーシャに何かしたか、嫌われたかで。」
 メイミは頬杖をついて、あさっての方向を見ている。
 「グループワークでアリーシャの機嫌を損ねたら、リアたちはどうなるのかな。」
 リアが独り言のように呟いた。二人は噂を完全に信じているわけではないと思うけど、それでも不安になるのだろう。
 「…アリーシャって、普段は一人で授業を受けているって聞いたけど…。それなら、グループワークに参加する必要あるの?」
 疑問に思っていたことが、ふと口からでてきた。
 「うちも同じことを先生に聞いたよ。先生の答えは、アリーシャもいずれは社会にでないといけないから、今のうちに少しづつ集団行動に慣れさせよう、ということになったらしいよ。」
 「へえ…。まあ、まともな考えだよな。いつまでも一人でいたら将来が心配だし。」
 そう言いながら、完全にブーメランな発言をしたことに気付き、俺は恥ずかしくなった。
 「そうだけどねー。ただの噂だと信じたいけど…。うちがいなくなっても、みんな忘れないでね!」 
 メイミが大げさに手で顔を覆った。リアが「メイミー。」と言いながらメイミの背中に抱きついた。俺は茶番に付き合う気はなかった。
 しかし、そのアリーシャという少女に興味が芽生えはじめた。俺と似たところがありそうな気がしたからかもしれない。
 「なあ、そんなに憂鬱なら、俺もそのグループワーク手伝うよ。気にしているのは、そのアリーシャのことだけだろう?だから、アリーシャと関わることだけ手伝う。」
 「本当?呪われても知らないよ?」
 メイミがからかうような口調で言った。
 「大丈夫。そういうオカルト系は信じていないから。大体、他と違う見た目だから変なイメージや噂がついてきちゃうわけ。」
 「じゃあ本当に頼むけど、いい?」
 メイミが確認するかのように聞いた。
 「いいよ。」
 俺ははっきり、そう言ってしまった。
 

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