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ヤバイ事言い出したぞ



「あ! それともう一つ考えてるメニューがあるの! 待ってて!」

 と、立ち上がったラナ。
 手伝おうか、と立ち上がろうとした俺に「大丈夫!」と言ったラナが冷凍庫部分を開ける。
 そしてグラスを四つ。
 からんからん、と小気味良い音を立てて、小さな透明の四角いものがグラスに入っていく。
 そこへ、今度は冷蔵庫から取り出した瓶の中身を注ぐ。
 なに、あれ?

「ジャジャーン!」

 ……と、ラナが持ってきたグラスはなにやら気泡のぷくぷくした……水?
 そこに透明な四角いものが入っている。
 なに、これ。
 また奇妙なものを……。

「ン〜? エラーナちゃん、なぁに、コレ?」
「炭酸水よ。この間から南側の方へ畑を広げてたんだけど……なんと炭酸水が湧いているのを見つけたの! 飲んでも大丈夫だったから採ってきたのよ」
「「「炭酸水?」」」
「まあまあ、飲んでみてよ。体にもいいから!」

 顔を見合わせる。
 だが、まあ……水なら?
 と、思って飲んでみた。

「ぶっ!」
「ぐっ!」
「!?」
「しゅわしゅわするでしょう!?」

 …………先に言ってよ。

「ゲホゲッホ! ……な、なにこれ……辛いわヨ!?」
「しゅわしゅわが刺激として辛く感じるだけよ」
「そ、そ、そ、それに、この中に入ってるガラスみたいなやつはなんだ? つ、冷たいぞっ!」
「それは氷です! 井戸水を四角く削った木枠に注いで冷凍庫で固めて作ったんですよ!」
「こ、氷!? 氷ってまさかあの氷!?」

 驚いたレグルスが立ち上がる。
 それもそのはず、氷は『青竜アルセジオス』と『緑竜セルジジオス』の国境東にある『千の洞窟』という場所で、冬にしか採れない超貴重品。
 世界でも『青竜アルセジオス』と『緑竜セルジジオス』の王族しか口に出来ないと言われる、超高級珍味……。
 それがこのグラスには……一人につき三つほど……入っている。

「………………」
「え? みんなどうしたの?」
「ど……どうしたのって……ラ、ラナ……まさか氷がどんなものなのか……わ、分かってない?」
「え?」

 あ、コレ本当に知らないやつだ。
 ……前世の記憶が戻った時から、学んだ事が曖昧になってるところがある、みたいに言ってたから知らないというか忘れてるのかもしれないけど。
 と、いうか……氷って……人間の手で作れるもの、なの?
 マジで?

「…………っていうモノなのヨ?」

 俺が絶句してる間に、レグルスがラナに説明してくれた。
 タラーリ、と汗をかくラナだがもう遅いよ。
 肩を落として半笑い。
 しかしすぐにドヤ顔になる。
 いや、よくそこからドヤ顔になったな?
 さすがすぎる。

「! つまり! レグルス!」
「? な、なぁにン?」
「『冷凍庫』は冷凍庫単体で王族貴族にバカ売れするって事じゃない!? だって冷凍庫があれば氷は作れるもの! 冷凍庫で水を冷やして固めるだけで出来るんだもの! 小型の冷凍庫を作って庶民にも手が届くようにすれば食べ物の保存期間はより伸びるし! ねえ、フラン! 小さい冷凍庫も作れるわよね!?」
「え? あ、ああ、気温設定を下げるだけだから余裕だけど」
「余裕……!?」

 ……グライスさんにめっちゃ睨まれた。
 え、簡単でしょ、気温設定下げるくらい……。

「ま、待ってエラーナちゃん、それは……ちょっと慎重に動かないとヤバいワ」
「え! や、ヤバいの? なにがヤバいの?」
「ラナ、さっきレグルスが説明した通り、氷は『千の洞窟』が冬にだけ作ったものを王族だけが口に出来る。貴族でさえ手が出ない超貴重珍味なんだよ。それが竜石道具で簡単に作れるなんて事になったら……」
「……大混乱?」

 正解です。
 頷く俺たちに、しおしおと座り込むラナ。

「えー……じゃあ氷を使った飲み物は全般アウト? そんな〜」
「世界的な珍味をこうもあっさり……」
「恐ろしい子……」
「とりあえず本気で売る事を考えるなら『緑竜セルジジオス』の王家に献上してからだろうなぁ」

 全く、うちのお嫁さんは本当にとんでもねーなー。
 しかし、王族しか口に出来ない珍味が目の前にあると思うとやはり食べてはみたい。
 しゅわしゅわの水は全部飲める気がしないんだが、アイスを食べた時のスプーンですくい上げてみる?
 いや、さすがにちょっと行儀悪い。
 うーん、けどなー……。

「けど……ネエ、エラーナちゃん、この氷に近い物……なにかないかしラ?」
「は? なにかって?」
「実はアタシとお兄は『赤竜三島ヘルディオス』出身なのヨ。あの国は火山島の島国でねェ……これからの時期、死者が出るほど暑い場所なのヨ」
「え!」
「……」

『赤竜三島ヘルディオス』。
 別名『神竜の頭』と呼ばれる三つの島。
 年間通した気温は四十度以上で、夏場は六十度を超える日もある。
 その代わり夜はとてつもなく冷え、その寒暖差で人が最も住みづらい国。
 故に『神竜の神域』とも呼ばれている。
 火山も毎年噴火しており、それでも住み続けるヘルディン族は自分たちを『神竜に仕える一族』と主張し譲らない。
 ん……という事は……。

「レグルスたちはヘルディン族?」
「ええ、赤竜ヘルディオスに忠誠を誓った部族ヨ」

 ……なるほど、それで二人ともどこか訛りみたいなものが入っていたのか。
 グライスさんは比較的流暢だけど、話してると時々ニュアンスがおかしかったり、方言みたいな単語が出てきてた。
 ヘルディン族だったなら納得。

「……アンタたち、全然驚かないし気味悪がったりしないわねェ? 普通の人はアタシたちがヘルディン族だと話すと嫌そうな顔したり、怖がったりするのヨォ?」
「え? そうなの?」
「俺は貴族時代の仕事柄、他国には比較的詳しい方なんで別に」
「え、そうなの? フラン、貴族時代にどんな仕事してたの?」
「パシリ」
「いや、そーゆー事じゃないんだけど……」

 いやいや、そーゆー仕事だったんですよラナさん。
 押し付けられてきた仕事は多岐に渡るが、国内と他国情勢の調査はよくやらされた。
 なので、この国にも何度も来た事がある。
 野宿も慣れたもの。
 それに加えて家の仕事や奴らのリファナ嬢への贈り物作り、陛下や宰相様、親父から頼まれて学園での諜報活動etc……。
 色々やったなぁ。
 ま、諜報活動といっても親バカさんたちの「うちの子学園で上手くやってますか」調査が主なので、大した情報とかは取り扱ってないのだが。
 今考えてもしょーもねーよなー。

「き、貴族もなんか大変そうネ」
「庶民の生活クッソ楽でいいよね」
「や、やめてあげて」
「ゴ、ゴメンネ」

 俺はさぞいい笑顔だった事だろう。
 だが、俺の話はどうでもいい。

「それで? レグルスたちがヘルディン族だから、氷でなんかしたいとかなんとか……もう少し具体的に教えてくれない?」
「ア、アア、そうネ。エエ、アタシとお兄は……過酷なあの国で育てられないからと両親に捨てられたのヨ。児童施設があってネ……一応。他国の支援で成り立つ小さな場所なのだけれド……アタシたちは大人になったから、そこを出て商人になって……それでいつかあの児童施設を買い取るのが夢なのヨ。その為に儲けようと思っているワケ」
「……そうだったのね。素敵な夢!」
「…………」

 一瞬目を見開いたレグルスとグライスさん。
 素敵……ね。
 ラナってなんつーか、本当に前向きというか……すげー。
 他国の支援で成り立つ児童施設なんて、閉鎖的なヘルディン族からまともな扱いを受けているとは思えない。
 多分、そこまで分かってなくて言ってるんだろうな。
 ……なにより、他国の支援……他国が唯一、その児童施設をダシにしてヘルディン族と『赤竜三島ヘルディオス』に接触出来ている。
 そこは窓口なんだよ、ラナ。
 だから、この二人がいくら儲けようとも買取は……。
 もしそれが可能になるというのなら、その時はヘルディン族が門を開いた時だけだ。
 頑なに自分たちを『神竜に仕える一族』と主張する彼らを、他の国の者たちと交流させるのは難しい。
 単純な距離もあるし、どの国もプライド高いからなー。

「……ふふ、本当にイイ子ネェ。……エェ、だから、アンタたちの作るモノ、生み出すモノは……希望に思えるのヨ。もしかしたら、って」

 そんな、大それた事。
 そう思うのだが……グラスについた結露で濡れた手のひらの中。
 透明なグラスから今も気泡がふつふつと浮かんでは弾ける液体。
 その中に、気泡をたくさん纏った四角い透明な物体。
 これを、人の手で生み出せると証明してしまったラナ。

「…………」

 あぁ、レグルス。
 俺も……そんな気がしてる。
 この子、この世界のあり方を変えてしまうかもしれない。
 ただの高慢ちきで高飛車でプライドの高いだけの公爵令嬢だとばかり思ってたのに……ラナ、君は、もしかしたら——!

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