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 友達としゃべることもなく、俺はさっさと教室を後にした。
 早く、美音さんに知らせてあげたい。
 ………元気にしてるってことだけ教えて、彼女がいるってことは黙っておこう……。嘘も方便って言うし、不用意に傷つける必要はないよな。
 下校が始まったばかりで騒々しい中を、俺は周りを見渡しながら、廊下を歩いた。
 前を見ずに、横ばかりに気が行っていたせいで、どん、と誰かにぶつかってしまった。
「あ、すみませ……」
「おい」
 ………………ソラ。
 謝って損した。俺は華麗なスルーをかまして、何事もなかったようにソラに背を向ける。
「待てよ」
 なんだよ。
 腕を掴んできたので、思いっきり振り払う。
「もう分かったんだろ、アイツの元カレの身元」
 そうだけど、それがなんだっていうんだ。勝手にしろって言っただろ、お前。
「これからどうする気だ」
 どうするも何も、それを伝えに行くんだよ。
「それ、明日にしてくれねーか」
 は?
「だから、アイツに元カレの個人情報教えんの、明日に引き延ばしてくれって言ってんの」
 なんでだよ、美音さんも早く知りたいだろうに。妙な意地悪するなよ。
「そういうんじゃねぇよ!」
 突然、何の前触れもなく怒鳴ったソラに、少なからず俺は怯んでしまった。ソラの方もはっとしたように、口を押さえる。思わずでかい声が出てしまったという表情だ。
「悪い……。そうじゃなくて、違うから、頼むから……!」
 茫然とする俺の前で、ソラは腰を折って、長い体を直角に曲げた。
「この通りだから……明日まで待ってくれ……!」
 俺に頭を下げるソラ。なんて、俺は予想しなかった事態にかなり動揺した。
「そこまで言うなら……別に、いいけど……」
「ほんとか!」
 俺が折れると、ソラは子供っぽい笑顔で、ぱあっと輝いた。
「じゃあ、明日な! 絶対な! 言う時は知らせてくれ!」
 手を振りながら、どんどん遠くへと行ってしまうソラ。なんなんだアイツは。
 既に友達と別れてしまった俺も、大人しく帰ることにする。
 しかし、そんなに今日伝えるのがいけないことなのか。
 明日でも今日でも、そんなに変わらないと思うし、ソラが頭を下げる程の理由はどこにもなかったと思う。あのまま喧嘩腰でやめろと言われてたら確実に教えていただろう。
 ソラにとって、明日だと何か都合が悪いのかもしれない。
 ロクさんも今日は都合が合わないみたいだった。
 まぁ、俺だけが美音さんといても、何か要望があった時に応えられないし、二人がいた方が色々と心強いから、俺も今日じゃない方がよかったかもしれない。
「あの……」
 自転車を押して、あと少しで校門、という所で背後から話しかけられた。声の主に目を向けると、立っていたのは美音さんだった。
「彼のこと、何か分かりましたか……?」
 期待と恐れの詰まった瞳が俺を捉えている。
 その瞳に、何故か俺は一瞬怯えた。
「あぁ……」
 良い人のはずなのに、なんで今、俺はこの人を怖いと思ったんだ?
 真実を言おうか、少し躊躇ったが、頭を下げるソラがよぎり、俺は情けない笑顔を顔面に張り付けた。
「もうちょっと時間かかるそうですよ」
「……そう、ですか」
 落胆する彼女。
 しかし、すぐに俺の両肩をがっと掴んできた。
「いっ!?」
 ぎりぎりと強められる力に、いつかのジャンケンに混ざってきた人を思い出す。
 ホントに女子の握力かこれ!?
「急いでください……! 時間がないんです……!」
 俯いていて顔は見えないが、とてつもなく低い声色に、彼女が苛立ち怒っていることが窺えた。
「で……でも……明日には分かるそうですよ……」
「ほんとですか!」
 苦痛に耐えながら、なんとか言うと、ぱあっと花がほころぶような素敵な笑みと同時に肩にかかっていた圧力もなくなった。俺は思わず距離をとる。
「ありがとうございます……!」
 深々と礼をする美音さん。長い髪が肩から流れた。今日はよく人のつむじを見る日だ。
「じゃあ、明日、絶対に教えてくださいね!」
「はい、必ず」
 控えめに振ってくれる手に、軽く会釈をして応えた。
 その手を見ながら、まだじんじんと痛む肩を触る。
 ………なんだったんだ、今の?

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