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「はぁ……」
 翌日の放課後、俺は普段よりも重たいスクールバックを肩に、図書室の前に立っていた。
 気が乗らないな……。
 何でこんな所にいるかというと、先日、俺は学校からの手紙を出せ出せと強要してくる母親の押しに負け、今まで溜まっていた保護者宛てのプリントをしぶしぶ提出する際に、誤ってテスト範囲表まで手渡してしまったので、さっそく期末が近いことがばれてしまったのだ。
 帰宅部のくせに塾にも通ってないのに、この成績の悪さ。一学期中間のテスト結果を未だに執念深く覚えていたママ様は、塾に行きたくないなら今回こそいい点数を取ってこいと、夕飯の時間まで家に入れてくれなくなった。
 すなわち、夕飯までは学校かどこかで勉強してこいということなのだ。
 これで点数が低空飛行を続けるものなら、俺は即座に予備校デビューを果たすこととなる。
 高校受験が終わってすぐに、またしても塾三昧は勘弁して欲しいので、俺は高三が集まるピリピリした受験ムード漂う自習室ではなく、もう少しまったりで、なおかつ割と静かな図書室を勉強場所としてチョイスした。
 したのだが。
 あんな噂を聞いた後だ。しかも俺は幽霊が見える。また見えるってだけで命を狙われるのは勘弁してほしい。行方不明者の一員になるのは、さすがにごめんこうむりたいのである。
 そんなわけで俺の右手には白い笛、左手には黒い笛が、私を吹いてと、自己主張を続けているのだ。
 二つあると地味に迷う。
 どっちを吹いても二人とも来るんだから、別にどちらでもいいのだが、どっちでもいいというのがまた困る。
 用事というのがただ図書室に一緒に入って欲しいだけで。帰る時また呼ぶから、一緒に出て来て欲しいだけという。ほんとにそれだけ。
 ソラは暇そうだから呼びやすいけれど、呼んだら呼んだでそんなことで笛吹くなって、心底面倒臭いという顔されるのが簡単に想像出来る。なんだかんだいって、頼んだことはしてくれるんだろうが。
 ロクさんは、人のいい笑顔で、快く全部引き受けてくれるだろうけど。……けど、あの人ソラの仕事もやってくれてるみたいな事を言っていたから、忙しい時にこんな要件で呼ぶのも悪い気がしてしまう。
 あー、もう!
 悩むことが面倒になって、俺は頭をガシガシと掻く。
 いいや、こんなことでこんなに悩むくらいなら一人で入ればいいんじゃないのか!?
 何もなければいいんだから、中二病に遭ってからちょっと臆病になりすぎている気がする。もっとしっかりしよう。中二病の時もなんとか逃げ切れたんだし、今回は片方の笛を落としても予備があるし、まぁ大丈夫だろ。
 二つの笛をズボンのポケットにねじ込む。
 よし、と意を決して図書室のドアに手を掛けた時、頭をぽんと叩かれて心臓が口から出るかと思った。
 超高速で振り向くと、そこには眉間にしわを寄せたソラが立っていた。
「お前さ、昨日の話覚えてんの?」
 覚えている。だからモノクロの笛に手汗が少しついてしまったんだ。
「ならちゃんと呼べよ。オレもちゃんと行くんだから」
 面倒臭がらずにか?
「……それは保障しかねる」
 呼ばなかった原因の一部は改善されそうもなかった。
「でも、何かあってからじゃ遅いンだぞ」
「それは、何かあった後の方がさらに面倒くさくなるからだろ」
「…………」
 異論はないようだ。
「ってか、そもそも、お前はこの件に関わらないんじゃないのか?」
 じとっとソラを見上げると、ソラはなんともあっけらかんと答えた。
「つぐが絡むなら別だろ。幽霊、見えてるんだから。ライオンの檻に無装備で飛び込もうとするやつを見過ごす程、性格悪くないつもりだぜ?」
 ライオンの檻に無装備って……。どんな例えだよ……。
 ぽんぽん、と頭を撫でてくる大きな手を振り払って、俺はポケットから黒い笛を取りだすと、無表情で吹いた。
「あ! おい! なんでそういうことすんの!?」
「君が頼りないからじゃないのかい」
「うぉ!?」
 笛を吹いて一秒経ったか経ってないか。それくらいの速度で、ロクさんはソラの隣にいた。たまたま近くにいたのかもしれない。中二病の時のソラは遅すぎだ。
「それで、どうしたんだい? 図書室の前に立って」
「これから、図書室で勉強したいんですけど、入る時と出る時だけ同伴して欲しいんです」
「あぁ、君は見えるからね。確かに、絡まれたりしたら大変だ」
 度胸のない俺のわがままに、ロクさんは予想通り笑顔で応えてくれた。
「すみません、忙しいのに、こんなことで呼んじゃって……」
「いやいや。お安い御用さ。何かあってからでは遅いからね。どんな小さなことでもいいから、いつでも呼んでくれ」
「ありがとうございます」
 俺は小声でお礼を言い、安心して図書室に入ろうとした。
「ちょっと、オレと随分態度違くないか」
 さっきあいつオレと同じ台詞言ったぞ、言及しないのか、と大きな子どもが俺の肩をがくがくと揺らしてくる。
「鬱陶しい!」
 俺がまたソラの手を振り払うと、ソラは少ししょんぼりしたように見えた。
 いや、そんなタマじゃないから、きっと見間違いだろうけど。
「……ソラも来てくれるんだろ」
 なんとなく一緒に行くよう誘ってみると、案外乗り気でソラは後ろをついてきた。

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