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第190話 懇親会という名の②

「やあやあ、諸君。半年経ってみて、どうだね? 何かあったら、言いなさい。この先輩が聞いてあげよう。――さあ、今日は私の奢りです。たんと食べなさい」


 得意げに胸を張ってそう言う死神ちゃんに、ピエロが呆れ果てて顔をしかめた。


「|小花《おはな》っち、それ、何キャラなんだよ。ちょっとウザいよ」

「うるさいな! たまには先輩風吹かしたって良いだろう!?」

「|薫《かおる》ってば、可愛い……」


 火がついたように怒りを露わにした死神ちゃんを、クリスが微笑ましそうに眺めた。そしていまだご立腹中の死神ちゃんを宥めるように、権左衛門が苦笑いを浮かべてメニュー表を差し出したのだった。



   **********



 先日、冒険者とのやり取りで〈新入社員が入社してから半年が経った〉ということを思い出した死神ちゃんは、後輩三人を誘ってアジア料理のお店へとやって来た。個室に通され席に腰掛けてすぐ、死神ちゃんは三人を見渡して先輩らしく振る舞った。しかし逆に呆れられてしまい、死神ちゃんは苦虫を噛み潰したような顔をした。


「今さら畏まらのうても、あしは先輩を先輩やと、きちんと思っておるぜよ」

「権左衛門、俺の味方はお前だけだよ……」


 死神ちゃんはしみじみとそう言いながら、権左衛門から差し出されたメニューを受け取った。すると、ピエロとクリスが不服そうに頬を膨らませた。


「ひどいよ、薫。私だって、いつでも薫の味方なのにさ」

「あちしだって、小花っち大好きだよ!」

「す、〈好き〉って言うなら、私のほうが好きだもん!」


 好き好き合戦を始めた彼女達を無視するように、死神ちゃんは店員さんを呼んだ。そんな死神ちゃんにクリスが「ひどい!」と声を上げ、ピエロがおかしそうにケタケタと笑った。

 目の前に並べられた品々の中から、ピエロはむんずとパクチーの入ったボールを手に取った。クリスはぎょっとすると、ピエロに向かって眉根を寄せた。


「それ、サラダとしてじゃなくて、お料理に乗せる用に出されたものだよ。なのに、何でひとりで抱え込むのさ」

「パクチーは美容効果がすごく高くて〈奇跡のハーブ〉って言われてるくらいなんだよ、知らないの?」

「いや、そういうことじゃなくてね」

「いいじゃん、このお店、パクチーフリーなんだからさ!」


 そう言って、ピエロは満面の笑みでパクチーを頬張った。クリスはため息をつくと、店員にパクチーの追加を頼んだ。死神ちゃんと権左衛門はというと、とても楽しそうに|漢《おとこ》の会話に花を咲かせていた。クリスはハッとすると、勢い良くピエロに視線を戻した。


「またあんたに構ってたら乗り遅れちゃったじゃん!」

「別に、気にせず会話に入っていけばいいじゃん! ――あ、小花っち、あちしにも生春巻き分けてちょーだい!」


 ピエロは自分の取り皿を差し出すと、死神ちゃんに生春巻きを取り分けてもらった。それを頬張りながら「海老プリプリだね!」とピエロが嬉しそうに笑うと、死神ちゃんも同じように笑い返した。その様子を見て、クリスは「ずるい!」と叫んだ。


「ずるいってなんだよ、ずるいって」

「私だって、薫に食べ物取り分けてもらってニッコリ笑われたい」

「いや、そんなの、寮ではしょっちゅうしてるだろ」


 死神ちゃんが呆れ顔を浮かべると、クリスが口を尖らせた。困惑して頭を掻く死神ちゃんに、権左衛門が「先輩、モテモテやき」と苦笑した。
 マイペースに生春巻きをもくもくと頬張っていたピエロはゴクリと飲み込むと、「そういえば」と言って笑った。


「小花っちが〈飛行靴を買って仕事の効率化を図ると良い〉ってアドバイスしてくれたじゃん? その通りにしたらさ、とってもいい感じなんだよね!」

「おっ、よかったじゃあないか。俺ら、他のヤツらと比べて体が小さい分、歩幅も狭いから、そういうので補ったほうが仕事しやすいんだよな」


 肯定するようにコクコクとピエロが頷いた。権左衛門も、第二の面々と一緒に〈天狐の体育担当〉をするに当たって死神ちゃんから色々とアドバイスをもらっていたらしく、これが役に立ってありがたかったというようなことを言って礼を述べた。
 死神ちゃんは自分が〈普段から、ちゃんと先輩していた〉ということに胸を撫で下ろしつつ、二人からお礼を述べられてこそばゆい気持ちになった。クリスはひとり愕然とした表情を浮かべると、ボソリと呟くように言った。


「どうして私には薫との〈先輩後輩エピソード〉的なものがないの……?」

「だってクリス、|班長《マコちん》にべったりじゃん」

「マッコイさん、他の班長と比べて教え方が丁寧やかしね」


 ピエロが当然とばかりにそう言うと、権左衛門が同意するように頷きながら付け足した。ケイティーとグレゴリーは結構面倒くさがりなところがあり、細かなことになると「何かあったら、誰かに聞いて」と丸投げしてしまうのだ。対して、マッコイはとても丁寧に、分からないことがあれば理解できるようになるまで付きっきりで教えてくれるタイプだった。
 そのおかげというべきか、そのせいというべきか、ピエロと権左衛門には死神ちゃん以外の先輩とも仕事上の交流があり〈先輩後輩エピソード〉もいくつもあった。しかしながら、マッコイにべったりのクリスは〈先輩後輩エピソード〉よりも〈仲のいい同居人たち〉との思い出ばかりが溜まっていくばかりだった。
 死神ちゃんは「俺もそうだったから気にするな」と言って苦笑いを浮かべた。


「グレゴリーさんもケイティーも軍で隊長してたから、仕事の振り分けが上手いんだろう。面倒くさがりっていうだけじゃなくて。対してマッコイはマンツーマンのエリート養成かつ独立後もずっと一人だったらしいから、手取り足取りが向いているんだろうな」

「ていうか、別にそれはそれでいいじゃん。第三のみんな、|第一《うち》よりもすっごく仲良しさんで、あちし羨ましいよ!」

「あしもそう思うぜよ」


 そうかなあと言いながら首を捻るクリスに、ピエロと権左衛門が「そうだよ」と返しながら頷いた。
 死神ちゃん達は引き続き料理を堪能しつつ、あれこれと会話に花を咲かせた。楽しそうに食事を口に運ぶ後輩三人を眺めながら、死神ちゃんは〈後輩がいるって、いいな〉と思った。殺し屋時代は一匹狼だったし、諜報員時代はチームで動くことがあっても、その中に〈先輩後輩〉といった関係の者はいなかったのだ。だから、死神ちゃんが明確に〈後輩を持つ〉という状況に置かれたのは、今回が初めてなのだ。
 また、自身も第三のみんなにとても気にかけてもらっていることを改めて思い出し、すごくありがたいことだなと思った。そして死神ちゃんは「自分も、この後輩たちをしっかりと気にかけていこう」と心の中で誓ったのだった。




 ――――なお、このあと、可愛い後輩たちを眺めてほっこりとしていたら、その後輩たちに「可愛い」と言われて、死神ちゃんは頬を膨らませてちょっとご立腹になったのDEATH。

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